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第十節 女王の誓い・決別編
第189幕 記憶の絵
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「……シエラは、貴女となにか関係があるのですか?」
「ふむ、彼女を語るには、わしの全てを説明せねばなるまい。
しかし……」
大げさに顔を横に背け、そのまま視線を向けてくるミルティナ女王は、何かを求めるような色をその瞳に宿している。
恐らくは、セイルやラグズエルについてのことだろう。
というより、今までの彼女との会話で、他に何を聞きたいのかは思いつかない。
「ラグズエル、という男についてはセイルからある程度の情報を得ています。
曰く、記憶を操作する者だとか」
「その解釈は些か確かではない。
正確には、記憶を『上塗り』する者――書き換える者だ」
やはり、こちらよりもラグズエルと呼ばれている男の事をよく知っているようだ。
でなければ、間違いを訂正するような口調で話しかけたりはしないだろう。
そのまま顔を正面に向け、再び腕を組み足組み、こちらを見据えている。
色々と仕草を変えながら、俺の行動を伺っているようにも見える。
「記憶を上塗りする……?」
「ふむ、例えた方が早いかもしれんな。
絵の具があるだろう? 青と白を混ぜれば水色に。
黄色と緑を混ぜれば黄緑に。
記憶のキャンパスに新しい白紙を無理やり強いて、そこに新しい色を足していく。
あやつのやっていることは、言わばそういうことだ」
「……それは記憶を書き換える事に何の違いがあるのでしょうか?」
「はぁ……」
無知な者め……とでも言うかのような深いため息をついてきた。
馬鹿にされたような気もするけど、実際違いのわからない俺では判断のしようがない。
「一度消したものは、再び同じように書かなければならない。
しかし記憶とはその一瞬一瞬を描いていく行為に等しい。
いくらそれを操作出来る者でも一度真っ白にしたものを寸分違わず同じようにするのは無理であろう?
だが、ただ新しい紙を上に敷いただけであれば、それを取っ払えば元の物が出現する。
要はそういうことだ」
中々難解な説明の仕方だが、要するに一度消したものを復元する事は難しいが、元になっている物を保存しているのであれば、それを持ち出せばいい……そういうことだろう。
どうにも不明瞭な感じで、よくわからない風な顔をしてしまった俺を見て、ミルティナ女王は不思議そうにこちらを見ているばかりだった。
「ふむ、どうにも言葉というものは難しい。
様々な事を知っているが故、どうにも難しくしていまいがちになる。
つまるところ、ラグズエルの力は魔力によるもので、だからこそ魔方陣による治癒は可能である……というわけだ。
問題としては治癒を行った場合、記憶を上塗りされた期間によって意識が曖昧になる、といったところだろうか」
「……随分と良く知っておられるのですね」
そこまで饒舌に語れるのであれば、接点がある……というだけでは説明がつかないだろう。
いよいよ本格的にミルティナ女王も敵の仲間であると判断しようとすると、彼女は困った物を見る目で俺のことを見つめていた。
「そなたがわしのことをどう思ったか、よく伝わってくる。
確かにそなたの思っておる通り、わしはラグズエルの事をよく知っておる。
あれこそがこの国を治めている影の存在だからな」
「な……」
今正に重大な事を告げられた気がする。
あまりに重い真実を告白されてしまった俺は、思わず目を見開き、一瞬呆然としてしまった。
「どうした? そんなに、意外だったか?」
「……当然ではないですか。
あなたは、自身は傀儡に過ぎないと公言しているのですよ?」
「それがどうした。
他者の記憶を自由に出来る力を持っている者がいるのだぞ?
あれに会ったことのある者であるならば、国の中枢を握ろうと画策する輩だとわかるであろう」
ミルティナ女王は何も悪びれず、むしろ『それがどうした?』というような佇まいで俺の反応を見ていた。
それは挨拶がてらの世間話でもするかのような軽さで、それが世界の常識なのだと公言されているようにも思える程だった。
「なぜ……」
「ん?」
「何故、私にその話を?」
今の話、気軽にしていいものではない。
国の重要気密そのものだ。
そして……俺はこの話をされたことで後には引けなくなった。
今までしてきた話が嘘だろうと本当だろうともはや関係ない。
必要なのは女王がそれを俺に語ったという事実と、今のこの状況。
どの道を選ぶにしても、停滞すら許されない状況に追いやられたと言った方が正しいだろう。
もちろん、途中で話を打ち切って終わりにするという方法もあったのだろうが……俺の性格上、それはありえない。
こうなってしまっては、俺も前に進むか……命を絶つか以外出来ない。
腹を括った男の姿を見てくれたのか、女王は意味ありげに笑いながら、女王は少し呼吸を整えて気持ちを落ち着かせているようだった。
まるでこれが本題であり、今の前座は全てこれを整えるために用意されてきたのだと言うかのように。
――そして、それは静かに紡がれる。
「わしは――ミルティナ・アルランスはラグズエルに対し、反旗を翻す。
そなたにはその一番槍となってもらいたい。
この世界の反逆者としての謗りを受ける覚悟があるのであれば、な」
ある意味予想出来た展開。
しかしそれ以上に信じられない言葉の数々が、彼女をもっと知りたいという俺の考えを強めた。
……この人は、きっと今からもっと信じられない事を口にする。
それを俺は冷静に判断し、どういう対応を取るか決めなければならない。
どんな最悪の場面であろうと、俺はくずはやエセルカ、そしてシエラを守る責任と義務があるのだから。
「ふむ、彼女を語るには、わしの全てを説明せねばなるまい。
しかし……」
大げさに顔を横に背け、そのまま視線を向けてくるミルティナ女王は、何かを求めるような色をその瞳に宿している。
恐らくは、セイルやラグズエルについてのことだろう。
というより、今までの彼女との会話で、他に何を聞きたいのかは思いつかない。
「ラグズエル、という男についてはセイルからある程度の情報を得ています。
曰く、記憶を操作する者だとか」
「その解釈は些か確かではない。
正確には、記憶を『上塗り』する者――書き換える者だ」
やはり、こちらよりもラグズエルと呼ばれている男の事をよく知っているようだ。
でなければ、間違いを訂正するような口調で話しかけたりはしないだろう。
そのまま顔を正面に向け、再び腕を組み足組み、こちらを見据えている。
色々と仕草を変えながら、俺の行動を伺っているようにも見える。
「記憶を上塗りする……?」
「ふむ、例えた方が早いかもしれんな。
絵の具があるだろう? 青と白を混ぜれば水色に。
黄色と緑を混ぜれば黄緑に。
記憶のキャンパスに新しい白紙を無理やり強いて、そこに新しい色を足していく。
あやつのやっていることは、言わばそういうことだ」
「……それは記憶を書き換える事に何の違いがあるのでしょうか?」
「はぁ……」
無知な者め……とでも言うかのような深いため息をついてきた。
馬鹿にされたような気もするけど、実際違いのわからない俺では判断のしようがない。
「一度消したものは、再び同じように書かなければならない。
しかし記憶とはその一瞬一瞬を描いていく行為に等しい。
いくらそれを操作出来る者でも一度真っ白にしたものを寸分違わず同じようにするのは無理であろう?
だが、ただ新しい紙を上に敷いただけであれば、それを取っ払えば元の物が出現する。
要はそういうことだ」
中々難解な説明の仕方だが、要するに一度消したものを復元する事は難しいが、元になっている物を保存しているのであれば、それを持ち出せばいい……そういうことだろう。
どうにも不明瞭な感じで、よくわからない風な顔をしてしまった俺を見て、ミルティナ女王は不思議そうにこちらを見ているばかりだった。
「ふむ、どうにも言葉というものは難しい。
様々な事を知っているが故、どうにも難しくしていまいがちになる。
つまるところ、ラグズエルの力は魔力によるもので、だからこそ魔方陣による治癒は可能である……というわけだ。
問題としては治癒を行った場合、記憶を上塗りされた期間によって意識が曖昧になる、といったところだろうか」
「……随分と良く知っておられるのですね」
そこまで饒舌に語れるのであれば、接点がある……というだけでは説明がつかないだろう。
いよいよ本格的にミルティナ女王も敵の仲間であると判断しようとすると、彼女は困った物を見る目で俺のことを見つめていた。
「そなたがわしのことをどう思ったか、よく伝わってくる。
確かにそなたの思っておる通り、わしはラグズエルの事をよく知っておる。
あれこそがこの国を治めている影の存在だからな」
「な……」
今正に重大な事を告げられた気がする。
あまりに重い真実を告白されてしまった俺は、思わず目を見開き、一瞬呆然としてしまった。
「どうした? そんなに、意外だったか?」
「……当然ではないですか。
あなたは、自身は傀儡に過ぎないと公言しているのですよ?」
「それがどうした。
他者の記憶を自由に出来る力を持っている者がいるのだぞ?
あれに会ったことのある者であるならば、国の中枢を握ろうと画策する輩だとわかるであろう」
ミルティナ女王は何も悪びれず、むしろ『それがどうした?』というような佇まいで俺の反応を見ていた。
それは挨拶がてらの世間話でもするかのような軽さで、それが世界の常識なのだと公言されているようにも思える程だった。
「なぜ……」
「ん?」
「何故、私にその話を?」
今の話、気軽にしていいものではない。
国の重要気密そのものだ。
そして……俺はこの話をされたことで後には引けなくなった。
今までしてきた話が嘘だろうと本当だろうともはや関係ない。
必要なのは女王がそれを俺に語ったという事実と、今のこの状況。
どの道を選ぶにしても、停滞すら許されない状況に追いやられたと言った方が正しいだろう。
もちろん、途中で話を打ち切って終わりにするという方法もあったのだろうが……俺の性格上、それはありえない。
こうなってしまっては、俺も前に進むか……命を絶つか以外出来ない。
腹を括った男の姿を見てくれたのか、女王は意味ありげに笑いながら、女王は少し呼吸を整えて気持ちを落ち着かせているようだった。
まるでこれが本題であり、今の前座は全てこれを整えるために用意されてきたのだと言うかのように。
――そして、それは静かに紡がれる。
「わしは――ミルティナ・アルランスはラグズエルに対し、反旗を翻す。
そなたにはその一番槍となってもらいたい。
この世界の反逆者としての謗りを受ける覚悟があるのであれば、な」
ある意味予想出来た展開。
しかしそれ以上に信じられない言葉の数々が、彼女をもっと知りたいという俺の考えを強めた。
……この人は、きっと今からもっと信じられない事を口にする。
それを俺は冷静に判断し、どういう対応を取るか決めなければならない。
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