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第九節 迫りくる世界の闇・セイル編

第180幕 魂を込めた一撃

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 たった二人……だけれど様々な感情が荒れ狂い、炎が、氷が……雷が肌を撫で、殺気が吹き抜けていくこの戦場の中、俺は自分の精神を落ち着かせ、集中させる。

 俺自身より何倍も大きな魔方陣を展開し、起動式マジックコードを刻む。
 それは『命』『水』『龍』の三つ。
 最後の文字――『龍』に関する魔物は、俺も直接見たことがない。
 文献では『龍』だったり『竜』だったりするのだけれど……共通して言えるのはその圧倒的な存在感と力。

 時には『災厄』として。
 時には『絶対的な力』として絶えず受け継がれてきたその存在を、ここに表す!

 魔力が体の奥底から吸い尽くされるような感覚に襲われ、軽いめまいと共に身体がよろけるけど、足に力を込めて踏ん張る。

 必ず顕現させる――そのまっすぐな気持ちを持ち続け、存在する力すら根こそぎ奪われていく感覚に耐える。

「なんだ……? 何が起こっている?」

 大気が震え、刻一刻と変化していく状況を不審がるように声を上げたラグズエルを見据える。
 気がつけば炎の鷹も雷の虎も、魔力の供給がなくなってしまったせいか、徐々に消えていく。

 ありがとう、と一緒に戦ってくれていた三匹の獣に心の中で礼を呟く。
 最後に二匹はラグズエルに飛びかかり、行く手を遮って……そのまま消えていってしまった。

 そして……いよいよ魔方陣に十分に魔力が送られてそれは姿を現した。
 全体的には天をよりも高い、というのは流石誇張になるが、蛇のように細長い身体に手足がついていて……空に届けと言うかのように雄々しくも神秘的な姿だった。

 咆哮と共に優雅に魔方陣から飛び出していき、何故飛んでいるのかさっぱりわからない姿で空中に浮き、ラグズエルをじっくりと見据えている。

「おいおい、マジかよ……なんだよその魔方陣はぁ!」

 絞りカスになりそうなほど魔力を込めて出てきた『龍』の存在は、あまりにも圧倒的。
 ラグズエルもこの魔方陣の異常さに気づいたのか、明らかに目の色を変えていた。

「覚悟しろ……ラグズエル!」
「はっ、寝てから言えよ! セイルゥ!」

 向こうも魔方陣を複数同時に展開する。
 正直、立っているのもやっとなほど疲れている俺は、ラグズエルが展開している魔方陣の起動式マジックコードはよく見る事はできなかったけれど、炎の雨や雷の槍が次々と俺の龍に向かって降り注いでいって、発動と同時に射出された光の玉が水の龍に当たった瞬間、ドロドロの炎の塊が一気に広がる。

「ちっ……これでも駄目か」

 水が蒸発する音が周囲に響くけど、それでも大量の水で構成されたこの龍にとっては何の意味もない。
 むしろ怒りを招く結果になってしまい、一度の力強い咆哮と共に、その激流は全てを飲み込みながらまっすぐラグズエルの方へと向かっていく。

 飛び退きながら左右に後方に移動していくラグズエルは魔方陣を次々と展開して、なんとか水の龍の侵攻を防ごうと躍起になっているけど、まるで効いていない様子だ。

 流石、俺のありったけを込めた魔方陣から喚び出された龍なだけあるが、それをギリギリとはいえかわしながら攻撃を仕掛けてくるラグズエルの強さを伝わってくる。
 水の龍を避けながら絶えず攻撃を繰り出すその姿は、見事としか言わざるを得ない。

 しかし……それも無限に続くことはない。
 やがて完全に押し負けたラグズエルは追い詰められ、水の龍にその身を噛みつかれ飲み込まれてしまった。

 庭や建物をぶち壊しながら荒れ狂う激流は俺を残して全てを水でさらい――ひとしきり暴れた龍はまっすぐ天に昇り、消えていく。

 やがてぽつぽつと降り出した雨とともに空からずたぼろにされた男が一人、降ってきた。
 なんとか防御の魔方陣を展開してその衝撃を殺していたようだけれど、それでもラグズエルは満身創痍の姿を俺に晒した。

「くっ……がっ、俺が……ここ、まで……」

 まだ息がある――!
 なんとか身体を動かそうとしたのだけれど、既にこちらも限界に近く、戦えるだけの気力が残っていない。

 よろよろと起き上がるラグズエルも同じようで、こちらの方に向かってくるでもなく、ただ互いに何もない荒れ地と化した庭と、半壊したぼろぼろの建物が存在する中を向かい合うように立っているだけだ。

 雨が身体を冷やす中、しばらく互いに息を整えていたけど……ひとしきり呼吸が整った時、ラグズエルは不意に笑い出した。
 そこには今まであった侮蔑や嘲笑などはなくて……純粋に楽しそうに、彼は笑っていたんだ。

「な……なにがおかしい……!」
「は、はははっ、あの方の言う通り、人生ってのはやっぱり、立ちはだかる壁があってこそだ。
 セイル、認めてやるよ。お前は俺が全力でぶっ潰してやる。
 その為に……一度身を引かせてもらうぜ」
「くっ……逃がすと、思うか?」

 睨みつけながらラグズエルの動きに警戒するけど、俺の方も攻撃できるほどの余力を残していない。
 対する彼の方は徐々に俺から遠ざかりは出来るようで……このままでは確実に逃げられてしまうだろう。

「セイル、お前は俺を逃さざるを得ないと思うが?
 俺は記憶を消す時、いつも他の奴らは朝まで遠くの別館に待機させている。
 だが、あくまで『朝』までだ。
 俺を追いかけてる暇、あるのかよ」

 にやりと笑って語るラグズエルはつまり――『今すぐ離れなければ、面倒なことになるぞ』という事だった。
 そしてそれは、ラグズエルをそのまま見逃すことに繋がるだろう。

 ……例えここで止めを刺すことに固執しても、どっちもぼろぼろで、手間取る事は目に見えている。
 悔しい話だが、今回ばかりはこいつの言う通り、見逃すしかない。

 だが次は……必ず決着を付けてみせる。
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