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第七節 動き出す物語 セイル編
幕間 動き出す暗躍するものたち
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アリッカルにある城の一室。
主に賓客をもてなし、泊まらせる目的で使われている部屋。
そこにはジパーニグの王・クリムホルンが身体を休めていた。
どこか思い耽るように窓から夜の空を眺めている彼のいる部屋に、ノックの音が聞こえる。
クリムホルンが何かを言う前に扉は開かれ……現れたのはアリッカルを治めるアスクード王だった。
「どうだ? あの少女の様子は」
「うむ、抜かりはない。
既にあれは……そうだな、愛の虜と言えば美しいかも知れんな」
くっくっくっ、とどこか含みのある笑いを浮かべるクリムホルンの近くにあるテーブルに酒を置いて、アスクードはどっかりと腰を下ろした。
そこには遠慮というものは一切なく、どこか旧友と接するような節すらあるそれに対し、クリムホルンも嫌な顔ひとつせずにいる。
「全く、恐ろしいものよな。
どこぞの本に『王の言葉には魔力が宿る』という一節があるが、ぬしのそれは本物だからな」
「それは互いに同じことが言えるだろう。
最も……一節はあの方にこそ相応しいものではあるがな」
「ははっ、それもそうだな」
クリムホルンの言葉にアスクードは皮肉げな笑みを浮かべながらグラスに酒を注ぎ、彼に渡す。
麦の色合いがよく出た黄金色と白の対比が美しい逸品と呼ぶに相応しい――ビールを受け取ったクリムホルンはそれに手を付けず、一通り色合いを楽しんでから口を付けた。
……が、アスクードは渋い顔でその様子を見ていた。
どうやらクリムホルンの飲み方が彼にはあまり気に入らないようだ。
「……そののんびりと飲む癖はやめないか?」
「別によいだろう。何かを嗜む時、人は自由であらねばならない。
私の美学だよ。これは」
クリムホルンは少しずつ飲み進めながら減っているグラスの中を見つめているのを見て、アスクードはため息をついて自身のビールグラスに酒を注ぎ、一気にあおる。
「この苦味と香りの楽しみ方がわからんとは……まあいい。
それで、あれはどうする? ここで使い潰しても構わんのか?」
「……そんな事をしてみろ。アレがお主を殺しにやってくるぞ。
お主とて、アレの恐ろしさは十分に理解できているはずだが?」
呆れるような視線を向けるクリムホルンの視線から逃げるように苦虫を噛み潰したような顔で窓から暗い夜の景色を眺めるアスクード。
脳裏に昔のことがよぎったのか、アリッカルの王と呼ばれた男は小刻みに震え、冷や汗をかいて……情けない姿をさらけ出していた。
そこにいるのは王としての矜持など全てかなぐり捨てた、無様で哀れな男。
しかし、国の長たるものが醜態を晒してしまうほどの恐怖が、そこにはあった。
「アスクード。落ち着け」
「俺は落ち着いている! なにも、恐れてなどいない……」
「……それほど恐れているのであれば、わざわざ墓穴を掘らずともよかろうに」
荒ぶった声を上げるアスクードに対して、冷静に状況を見つめているクリムホルンは半ば仕方ないと諦めながら、彼が落ち着くまでビールを嗜むことにしたようで、外を見ながら気を紛らわせているようだった……。
――
それからしばらくの時間が過ぎ、ようやく落ち着きを取り戻したアスクードはどこかバツが悪そうな顔でクリムホルンの様子を伺っていた。
「……済まない」
「気にするな。私もあれほど恐ろしいものはあの方以外に見たことがない。
とてもではないが、反抗の意思すら湧いてこぬほどにな」
謝罪するアスクードに対し、クリムホルンは何事もないといった表情で彼を許していた。
他の者から見れば、むしろ嬉しさすら感じているように思えただろう。
それは彼が通ってきた道であり、過去の自分を見ているからこそ抱けるものだった。
「……そうだな。話を戻そう。
ならばあの娘はどうすればいい?」
「あれはこちらの方に組み込むつもりだ。
残りの二人は大方アンヒュルの元にでも投げ込んでいるだろう。
あちら側とはいえ、追跡する術はいくらでもある」
どちらが上という訳ではない、対等の立場の者同士の会話が繰り広げられる。
酒のせいにしながら、どこか気心の知れているような雰囲気がそこにはあった。
「話は変わるが……なぜあの娘はぬしが担当した?
それこそ他にやりようがあっただろうに……」
「くくくっ、決まっているだろう」
グラスの中身を全て飲み干したクリムホルンは、アスクードに向けて愉快そうに笑みを浮かべ……楽しそうに語る。
「私にはあれほど恋い焦がれる者を引き裂くような真似はとても出来なくてな……。
出来る限りの手を尽くしてやるのが、大人というものであろう?」
クリムホルンは今から始まるであろう劇を心の底から待ち焦がれているような、少年のような顔で思いを馳せ……アスクードはその様子に苦笑いをしているようだった。
「……ぬしも本当に腹が黒いな。こちらも人のことは言えんか」
「だろう? 我らは、そういう娯楽に飢えているからな」
互いに笑いあい、アスクードもグラスの中身を飲み干すと、程よく酔ったその身体を立ち上がらせ、上機嫌そうな様子で戻っていく。
再び一人になったクリムホルンは、静かにアリッカルの夜を窓から眺めながら、グラスを傾け、今から起こるであろう出来事に胸を踊らせていた――。
主に賓客をもてなし、泊まらせる目的で使われている部屋。
そこにはジパーニグの王・クリムホルンが身体を休めていた。
どこか思い耽るように窓から夜の空を眺めている彼のいる部屋に、ノックの音が聞こえる。
クリムホルンが何かを言う前に扉は開かれ……現れたのはアリッカルを治めるアスクード王だった。
「どうだ? あの少女の様子は」
「うむ、抜かりはない。
既にあれは……そうだな、愛の虜と言えば美しいかも知れんな」
くっくっくっ、とどこか含みのある笑いを浮かべるクリムホルンの近くにあるテーブルに酒を置いて、アスクードはどっかりと腰を下ろした。
そこには遠慮というものは一切なく、どこか旧友と接するような節すらあるそれに対し、クリムホルンも嫌な顔ひとつせずにいる。
「全く、恐ろしいものよな。
どこぞの本に『王の言葉には魔力が宿る』という一節があるが、ぬしのそれは本物だからな」
「それは互いに同じことが言えるだろう。
最も……一節はあの方にこそ相応しいものではあるがな」
「ははっ、それもそうだな」
クリムホルンの言葉にアスクードは皮肉げな笑みを浮かべながらグラスに酒を注ぎ、彼に渡す。
麦の色合いがよく出た黄金色と白の対比が美しい逸品と呼ぶに相応しい――ビールを受け取ったクリムホルンはそれに手を付けず、一通り色合いを楽しんでから口を付けた。
……が、アスクードは渋い顔でその様子を見ていた。
どうやらクリムホルンの飲み方が彼にはあまり気に入らないようだ。
「……そののんびりと飲む癖はやめないか?」
「別によいだろう。何かを嗜む時、人は自由であらねばならない。
私の美学だよ。これは」
クリムホルンは少しずつ飲み進めながら減っているグラスの中を見つめているのを見て、アスクードはため息をついて自身のビールグラスに酒を注ぎ、一気にあおる。
「この苦味と香りの楽しみ方がわからんとは……まあいい。
それで、あれはどうする? ここで使い潰しても構わんのか?」
「……そんな事をしてみろ。アレがお主を殺しにやってくるぞ。
お主とて、アレの恐ろしさは十分に理解できているはずだが?」
呆れるような視線を向けるクリムホルンの視線から逃げるように苦虫を噛み潰したような顔で窓から暗い夜の景色を眺めるアスクード。
脳裏に昔のことがよぎったのか、アリッカルの王と呼ばれた男は小刻みに震え、冷や汗をかいて……情けない姿をさらけ出していた。
そこにいるのは王としての矜持など全てかなぐり捨てた、無様で哀れな男。
しかし、国の長たるものが醜態を晒してしまうほどの恐怖が、そこにはあった。
「アスクード。落ち着け」
「俺は落ち着いている! なにも、恐れてなどいない……」
「……それほど恐れているのであれば、わざわざ墓穴を掘らずともよかろうに」
荒ぶった声を上げるアスクードに対して、冷静に状況を見つめているクリムホルンは半ば仕方ないと諦めながら、彼が落ち着くまでビールを嗜むことにしたようで、外を見ながら気を紛らわせているようだった……。
――
それからしばらくの時間が過ぎ、ようやく落ち着きを取り戻したアスクードはどこかバツが悪そうな顔でクリムホルンの様子を伺っていた。
「……済まない」
「気にするな。私もあれほど恐ろしいものはあの方以外に見たことがない。
とてもではないが、反抗の意思すら湧いてこぬほどにな」
謝罪するアスクードに対し、クリムホルンは何事もないといった表情で彼を許していた。
他の者から見れば、むしろ嬉しさすら感じているように思えただろう。
それは彼が通ってきた道であり、過去の自分を見ているからこそ抱けるものだった。
「……そうだな。話を戻そう。
ならばあの娘はどうすればいい?」
「あれはこちらの方に組み込むつもりだ。
残りの二人は大方アンヒュルの元にでも投げ込んでいるだろう。
あちら側とはいえ、追跡する術はいくらでもある」
どちらが上という訳ではない、対等の立場の者同士の会話が繰り広げられる。
酒のせいにしながら、どこか気心の知れているような雰囲気がそこにはあった。
「話は変わるが……なぜあの娘はぬしが担当した?
それこそ他にやりようがあっただろうに……」
「くくくっ、決まっているだろう」
グラスの中身を全て飲み干したクリムホルンは、アスクードに向けて愉快そうに笑みを浮かべ……楽しそうに語る。
「私にはあれほど恋い焦がれる者を引き裂くような真似はとても出来なくてな……。
出来る限りの手を尽くしてやるのが、大人というものであろう?」
クリムホルンは今から始まるであろう劇を心の底から待ち焦がれているような、少年のような顔で思いを馳せ……アスクードはその様子に苦笑いをしているようだった。
「……ぬしも本当に腹が黒いな。こちらも人のことは言えんか」
「だろう? 我らは、そういう娯楽に飢えているからな」
互いに笑いあい、アスクードもグラスの中身を飲み干すと、程よく酔ったその身体を立ち上がらせ、上機嫌そうな様子で戻っていく。
再び一人になったクリムホルンは、静かにアリッカルの夜を窓から眺めながら、グラスを傾け、今から起こるであろう出来事に胸を踊らせていた――。
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