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第六節 リアラルト訓練学校編
第117幕 軋む絆
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血に沈んだカーターの死体を一瞥した俺は、ミシェラたちの元に歩み寄っていく。
「お前ら、大丈夫……か……」
「え、あ、うん……」
「だ、大丈夫……」
そこにいたのは怯え、戸惑い……負の感情をその目に宿した者の姿だった。
ミシェラとシエラだけは違っていたが、俺を師匠だと呼んだレグルでさえ、ルルリナやシャルランと同じ表情を浮かべていた。
シエラは俺が英雄グレリア・ファルトだと知っているからか、唖然としつつも目の前の光景をきちんと受け止めきれていない……思考が追いつかないといった感じだった。
それを考えると唯一ミシェラだけは俺を真に英雄でも見るかのようにキラキラした目でこちらを見てきたようだけど、それでも大半が怯えている……という現実は少々堪えるな。
以前はそうでもなかった。
魔物の王を倒し、困難を乗り越えた先に待っていたのは、英雄という名誉と烙印だったからだ。
平和な世の中に強すぎる力を持つ者は、時として毒に触れるかのような扱いを受ける場合もある。
一方で讃えられても、一方では恐れられる……人が人である限り、それは逃れられない運命のようなものなのだ。
もちろん兵士たちのように普段から戦いにその身を置いてる者からしたら、俺は基本的に憧れの的……まさしく国の剣となり盾となりうる素晴らしい英雄だっただろう。
俺は相手が魔物や人でも自分の信念を貫いて戦ってきた。
誰かを守る為。弱い者を――愛した人を守る為に……全てを捧げる覚悟で戦い抜いた。
しかし、それは戦いを知る者の詭弁だ。
彼らは……レグルたちは戦いに投入される前の……いわば訓練しているだけの一般人に近い。
なまじ訓練で戦いというものを知っているだけあって、俺の力が異常なことが理解できるのだろう。
「みんな、大丈夫か?」
「うん!」
「は、はい……」
それでも俺は冷静を装って彼らに接することを選んだ。
なんでもない……そういう風に振る舞わなければ、三人に余計に怯えさせるだけだからだ。
先にシエラとミシェラが立ち上がってほこりを払ったところを見た姿を見て、ようやくレグルたちも正気を取り戻したようで、各々立ち上がってきた。
「し、師匠……さっきのあれは……」
「……話は後だ。今はそういうことを喋りたい場合でもないだろう?」
「あ、ああ……」
とりあえず、カーターを殺してしまったことは後回しにしておこう。
「ひとまず……」
適当にヒッポグリフの死体から証拠品の嘴を二つ、先に採取しておくことにした。
ちょっと卑怯かもしれないが、これで討伐試験は終了だ。
カーターのせいでヒッポグリフが周囲にいないのだから、これくらいはしてもいいだろう。
「おにいちゃん、これで試験終わり?」
「……そういうことになるな」
「……いいの? こんなに簡単に終わらせて」
「あの馬鹿の介入がなければもっと簡単だった。
少なくともこんな事にはならなかっただろうからな」
ちらっとレグルに視線を向けると、ぎこちない笑顔があった。
……恐らく、彼はもう駄目だろう。
そうやって去っていく人を俺は幾度となく見てきた。
寂しくもあるが、仕方がないことなのだろう。
俺の自身、こういう事になるから力を隠していたかったんだがなぁ……。
なんてことを思っていると、ミシェラは自分の腰に携えていた剣を抜いて、そっとカーターの首に剣を当てていた。
「な、なにしてんだ?」
「え? だっておにいちゃんが勇者を倒したんだよ?
その証拠があれば、きっと先生もすごく喜んでくれるって……」
「だ、だからってわざわざ首を切らなくてもいいでしょ!?」
ミシェラは『当然でしょ?』というかのようににこやかな表情でレグルの質問に答えると、それに耐えかねたルルリナが限界だと叫ぶように非難する。
ここに来るまではなんだかんだ言って仲が良かったようにも思えたのだが、それももう無理だろう。
俺から見てもミシェラの行動は普通の思考とは常軌を逸脱していると思う。
……なるほど、改めて思った。
ミシェラは他に感情をほとんど知らないのだろう。
だから周囲には異常に見える。俺がそうであったように、どこか異質に見える。
「……随分と悠長に構えているのね」
ミシェラとレグル・ルルリナと揉め、シャルランが戸惑うように見守る中、不意にその声は響いてきた。
カーターの死体が置いてある場所から少々遠く離れた場所……そこからゆっくりと姿を現したのは……アリッカルに存在するもう一人の勇者であるソフィア・ホワイトだった。
「ソフィア……さん」
「久しぶりね。随分と立派になったじゃない」
どこか熱に浮かされるような表情をしているソフィアさんは、どこか他人事のようにカーターを一瞥して、その視線を俺の方に向け、完全に捉えていた。
どうやら、勇者との戦いはまだまだ続くらしい。
それにしても次々と湧いて出るように現れて……確かアリッカルにはセイルが向かったはずなのだけれど、こうなるとあいつらの無事が心配になってくる。
……が、こっちもそればっかりというわけにはいかないだろう。
今目の前には勇者がいるのだから。
「お前ら、大丈夫……か……」
「え、あ、うん……」
「だ、大丈夫……」
そこにいたのは怯え、戸惑い……負の感情をその目に宿した者の姿だった。
ミシェラとシエラだけは違っていたが、俺を師匠だと呼んだレグルでさえ、ルルリナやシャルランと同じ表情を浮かべていた。
シエラは俺が英雄グレリア・ファルトだと知っているからか、唖然としつつも目の前の光景をきちんと受け止めきれていない……思考が追いつかないといった感じだった。
それを考えると唯一ミシェラだけは俺を真に英雄でも見るかのようにキラキラした目でこちらを見てきたようだけど、それでも大半が怯えている……という現実は少々堪えるな。
以前はそうでもなかった。
魔物の王を倒し、困難を乗り越えた先に待っていたのは、英雄という名誉と烙印だったからだ。
平和な世の中に強すぎる力を持つ者は、時として毒に触れるかのような扱いを受ける場合もある。
一方で讃えられても、一方では恐れられる……人が人である限り、それは逃れられない運命のようなものなのだ。
もちろん兵士たちのように普段から戦いにその身を置いてる者からしたら、俺は基本的に憧れの的……まさしく国の剣となり盾となりうる素晴らしい英雄だっただろう。
俺は相手が魔物や人でも自分の信念を貫いて戦ってきた。
誰かを守る為。弱い者を――愛した人を守る為に……全てを捧げる覚悟で戦い抜いた。
しかし、それは戦いを知る者の詭弁だ。
彼らは……レグルたちは戦いに投入される前の……いわば訓練しているだけの一般人に近い。
なまじ訓練で戦いというものを知っているだけあって、俺の力が異常なことが理解できるのだろう。
「みんな、大丈夫か?」
「うん!」
「は、はい……」
それでも俺は冷静を装って彼らに接することを選んだ。
なんでもない……そういう風に振る舞わなければ、三人に余計に怯えさせるだけだからだ。
先にシエラとミシェラが立ち上がってほこりを払ったところを見た姿を見て、ようやくレグルたちも正気を取り戻したようで、各々立ち上がってきた。
「し、師匠……さっきのあれは……」
「……話は後だ。今はそういうことを喋りたい場合でもないだろう?」
「あ、ああ……」
とりあえず、カーターを殺してしまったことは後回しにしておこう。
「ひとまず……」
適当にヒッポグリフの死体から証拠品の嘴を二つ、先に採取しておくことにした。
ちょっと卑怯かもしれないが、これで討伐試験は終了だ。
カーターのせいでヒッポグリフが周囲にいないのだから、これくらいはしてもいいだろう。
「おにいちゃん、これで試験終わり?」
「……そういうことになるな」
「……いいの? こんなに簡単に終わらせて」
「あの馬鹿の介入がなければもっと簡単だった。
少なくともこんな事にはならなかっただろうからな」
ちらっとレグルに視線を向けると、ぎこちない笑顔があった。
……恐らく、彼はもう駄目だろう。
そうやって去っていく人を俺は幾度となく見てきた。
寂しくもあるが、仕方がないことなのだろう。
俺の自身、こういう事になるから力を隠していたかったんだがなぁ……。
なんてことを思っていると、ミシェラは自分の腰に携えていた剣を抜いて、そっとカーターの首に剣を当てていた。
「な、なにしてんだ?」
「え? だっておにいちゃんが勇者を倒したんだよ?
その証拠があれば、きっと先生もすごく喜んでくれるって……」
「だ、だからってわざわざ首を切らなくてもいいでしょ!?」
ミシェラは『当然でしょ?』というかのようににこやかな表情でレグルの質問に答えると、それに耐えかねたルルリナが限界だと叫ぶように非難する。
ここに来るまではなんだかんだ言って仲が良かったようにも思えたのだが、それももう無理だろう。
俺から見てもミシェラの行動は普通の思考とは常軌を逸脱していると思う。
……なるほど、改めて思った。
ミシェラは他に感情をほとんど知らないのだろう。
だから周囲には異常に見える。俺がそうであったように、どこか異質に見える。
「……随分と悠長に構えているのね」
ミシェラとレグル・ルルリナと揉め、シャルランが戸惑うように見守る中、不意にその声は響いてきた。
カーターの死体が置いてある場所から少々遠く離れた場所……そこからゆっくりと姿を現したのは……アリッカルに存在するもう一人の勇者であるソフィア・ホワイトだった。
「ソフィア……さん」
「久しぶりね。随分と立派になったじゃない」
どこか熱に浮かされるような表情をしているソフィアさんは、どこか他人事のようにカーターを一瞥して、その視線を俺の方に向け、完全に捉えていた。
どうやら、勇者との戦いはまだまだ続くらしい。
それにしても次々と湧いて出るように現れて……確かアリッカルにはセイルが向かったはずなのだけれど、こうなるとあいつらの無事が心配になってくる。
……が、こっちもそればっかりというわけにはいかないだろう。
今目の前には勇者がいるのだから。
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