上 下
64 / 415
第四節 魔人の国・探求編

第63幕 森を行く男

しおりを挟む
 これはグレリアがセイル達と再会し、ダティオの宿屋で話す前の出来事。
 およそ一年と少し前の話である――。


 ――◇――


 森の奥へと駆け出してしばらく経ったんだが、未だに俺を追跡する気配が止まない。
 幸い見えない攻撃は止まったのだけれど、これじゃあ一向に振り切れないでセイル達と合流することが出来ない。
 さてどうしようか……と考えていると、俺はふとあることを思い出した。

「ああ、そうだ……魔方陣を使えばいいじゃないか」

 そう、今は森の奥深く。
 更に相手は恐らく俺の気配のみで探しているのだろう。
 少なくとも見える範囲には人の影すらいない。

 なら、多少魔方陣を使って敵をまくことぐらい造作もないというわけだ。

 そうとわかった俺は早速足の方に魔方陣を構築し、一気に加速する。
 肉体強化の魔方陣。常時発動型で、使ってる間は常に身体を強化してくれる。

 これによって爆発的な加速を得た俺は、一気に追跡者を振り切った。
 流石にこの速度には付いてこれなかったようで、しばらく走り続けたが……これが一番悪かった。

 久しぶりに使った魔方陣は想像以上の力を発揮してくれた。
 なんだろうか……久しく感じていなかったこの疾走感。
 まるで自身が完全に風と一体化した――いや、それ以上の高揚感。

 全ての楔から解き放たれた俺はどこまでも走って……森を突き抜けたのは良かったが、完全に見知らぬ土地に出てしまったのだった。


 ――


 森から抜け出して草原をのんびりと歩く俺だったが、状況は相当不味いだろう。
 お金は一応持ってきている。司が投げて寄越してくれた剣もあるし、いざとなったら売れるだろう。
 問題なのは食料。保存食すらもはやない現状では、ロクな食事も出来ない。

 既に五日ほど経過しているわけだし、これ以上、俺も色々と我慢できそうにない。
 ここに頭を悩ませることになる。

 最悪、もう一度魔方陣で身体を強化して、どこか村が見つかるまで走るしかないだろう。

 そんな事を考えながら、のんきに歩いていると……そんな考えは杞憂だと言わんばかりに遠くに町が見えてきた。
 なんだろうか、どこか懐かしさを感じる町に感じる。
 前に一度、この光景を見たことがあるような……不思議な気持ちだ。

 そんな感覚を胸に秘めながら先を進んでいくと、そこには門があり、門番が二人立っているようだった。

「ん? 見かけない顔だな。お前、名前は?」

 不審な人物を見るような目つきで俺の方を見ている。
 じろじろと不躾な視線に晒されながら、自分の名を告げることにした。

「グレリア・エルデ。ここには初めてきた」
「グレリア……!?」

 驚きの表情を向けてくる門番だったが、次の瞬間にはその顔を怒りの色に染めてしまった。

「なんの冗談だ? グレリア様と同じ名前などと……」
「不敬だぞ!」
「不敬も何も、本名なんだが……」

 それだけ言いかけたとき、俺はある出来事を思い出した。
 ルエンジャの学園にいた頃、白銀の髪をした少女と一戦交えたことがある。
 その時も彼女は俺の名前対して激しい怒りを覚えていた。

 ということは……彼らはアンヒュルということになる。

「まだ言うか!」
「お前……まさかヒュルマか……?」

 疑いの目をこっちに向けてくる門番だったが、これ以上変な疑惑を向けられる前にそれだけは解決しておいたほうが良いだろう。

 そう思った俺は腕に魔方陣をまとわりつかせ、身体強化の魔方陣を発動させる。

「何言ってるんだ。ヒュルマが魔方陣を嫌っているのは知ってるだろう?
 これが俺が違うっていう何よりの証明になるだろう」
「……そうか。確かにお前は我らが魔人の同胞。
 脆弱なヒュルマの魔術ではそのようなことはできないからな」

 まだ不審そうな顔をしている門番だったが、俺が魔方陣を使うことでとりあえずは信用したようだ。
 というより、なんだか急に優しげ……というより生暖かい目で俺の方を見てきた。

 それはまるで、悪いことをした子供を諭すような顔つきだ。

「だが、グレリア様の名前を気軽に使うのは良くない。
 あの方は伝説の御方。いずれ復活し、我ら魔人の大地にあまねく光を与えてくれし存在なのだから」
「その通りだ。大方田舎の方でグレリア様の申し子とでも呼ばれて育ったんだろう。
 だが、ここではそれは通用しない。よく覚えておけよ?」
「あ、ああ……わかった。ありがとう」

 とりあえず礼を言うと、門番の二人は納得したように頷いて門を開けてくれた。

 なるほど。
 どうやら彼らは俺がどこかの田舎で持て囃されてきたのだと勘違いしてくれたようだ。
 それはそれでありがたいが、微妙に複雑な気分になってしまった……。

 今回はなんとか取り繕うことに成功はしたが……ここから先、グレリアを名乗るのはあまり良くないだろう。
 正直産まれたときから使っているこの名を今更変えるなんてあまり気分じゃないのだが……こうも一々突っかかってこられては面倒くさい。

 仕方ない。
 昔の俺の名前――グレリア・ファルトから取って、グレファとでも名乗るようにしておこう。

 それにしてもここはどこなのだろうか?
 魔人……と門番達は言っていたけど、恐らくアンヒュルのことだろう。
 ということはここはアンヒュルの領土の中……ということになる。

 あまりの全力疾走で随分と遠くまで来たように思うが、むしろこれは絶好のチャンスなのかもしれない。

 人側から見たアンヒュル魔人を知った。
 ならば次は魔人から見たヒュルマについて知る必要がある……そういうことなのだろうと思った。

 エセルカやセイルのことは心配だが……アンヒュルの地に入っている以上、下手に色々うろつくよりは、情報収集したほうが良いだろう。

 そう決めた俺は、この世界のことを知る一歩。
 新たな真実を得るための探求の一歩を今、踏み出した。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

大工スキルを授かった貧乏貴族の養子の四男だけど、どうやら大工スキルは伝説の全能スキルだったようです

飼猫タマ
ファンタジー
田舎貴族の四男のヨナン・グラスホッパーは、貧乏貴族の養子。義理の兄弟達は、全員戦闘系のレアスキル持ちなのに、ヨナンだけ貴族では有り得ない生産スキルの大工スキル。まあ、養子だから仕方が無いんだけど。 だがしかし、タダの生産スキルだと思ってた大工スキルは、じつは超絶物凄いスキルだったのだ。その物凄スキルで、生産しまくって超絶金持ちに。そして、婚約者も出来て幸せ絶頂の時に嵌められて、人生ドン底に。だが、ヨナンは、有り得ない逆転の一手を持っていたのだ。しかも、その有り得ない一手を、本人が全く覚えてなかったのはお約束。 勿論、ヨナンを嵌めた奴らは、全員、ザマー百裂拳で100倍返し! そんなお話です。

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

悪役貴族の四男に転生した俺は、怠惰で自由な生活がしたいので、自由気ままな冒険者生活(スローライフ)を始めたかった。

SOU 5月17日10作同時連載開始❗❗
ファンタジー
俺は何もしてないのに兄達のせいで悪役貴族扱いされているんだが…… アーノルドは名門貴族クローリー家の四男に転生した。家の掲げる独立独行の家訓のため、剣技に魔術果ては鍛冶師の技術を身に着けた。 そして15歳となった現在。アーノルドは、魔剣士を育成する教育機関に入学するのだが、親戚や上の兄達のせいで悪役扱いをされ、付いた渾名は【悪役公子】。  実家ではやりたくもない【付与魔術】をやらされ、学園に通っていても心の無い言葉を投げかけられる日々に嫌気がさした俺は、自由を求めて冒険者になる事にした。  剣術ではなく刀を打ち刀を使う彼は、憧れの自由と、美味いメシとスローライフを求めて、時に戦い。時にメシを食らい、時に剣を打つ。  アーノルドの第二の人生が幕を開ける。しかし、同級生で仲の悪いメイザース家の娘ミナに学園での態度が演技だと知られてしまい。アーノルドの理想の生活は、ハチャメチャなものになって行く。

無限に進化を続けて最強に至る

お寿司食べたい
ファンタジー
突然、居眠り運転をしているトラックに轢かれて異世界に転生した春風 宝。そこで女神からもらった特典は「倒したモンスターの力を奪って無限に強くなる」だった。 ※よくある転生ものです。良ければ読んでください。 不定期更新 初作 小説家になろうでも投稿してます。 文章力がないので悪しからず。優しくアドバイスしてください。 改稿したので、しばらくしたら消します

転生したら死んだことにされました〜女神の使徒なんて聞いてないよ!〜

家具屋ふふみに
ファンタジー
大学生として普通の生活を送っていた望水 静香はある日、信号無視したトラックに轢かれてそうになっていた女性を助けたことで死んでしまった。が、なんか助けた人は神だったらしく、異世界転生することに。 そして、転生したら...「女には荷が重い」という父親の一言で死んだことにされました。なので、自由に生きさせてください...なのに職業が女神の使徒?!そんなの聞いてないよ?! しっかりしているように見えてたまにミスをする女神から面倒なことを度々押し付けられ、それを与えられた力でなんとか解決していくけど、次から次に問題が起きたり、なにか不穏な動きがあったり...? ローブ男たちの目的とは?そして、その黒幕とは一体...? 不定期なので、楽しみにお待ち頂ければ嬉しいです。 拙い文章なので、誤字脱字がありましたらすいません。報告して頂ければその都度訂正させていただきます。 小説家になろう様でも公開しております。

転生令嬢の食いしん坊万罪!

ねこたま本店
ファンタジー
   訳も分からないまま命を落とし、訳の分からない神様の手によって、別の世界の公爵令嬢・プリムローズとして転生した、美味しい物好きな元ヤンアラサー女は、自分に無関心なバカ父が後妻に迎えた、典型的なシンデレラ系継母と、我が儘で性格の悪い妹にイビられたり、事故物件王太子の中継ぎ婚約者にされたりつつも、しぶとく図太く生きていた。  そんなある日、プリムローズは王侯貴族の子女が6~10歳の間に受ける『スキル鑑定の儀』の際、邪悪とされる大罪系スキルの所有者であると判定されてしまう。  プリムローズはその日のうちに、同じ判定を受けた唯一の友人、美少女と見まごうばかりの気弱な第二王子・リトス共々捕えられた挙句、国境近くの山中に捨てられてしまうのだった。  しかし、中身が元ヤンアラサー女の図太い少女は諦めない。  プリムローズは時に気弱な友の手を引き、時に引いたその手を勢い余ってブン回しながらも、邪悪と断じられたスキルを駆使して生き残りを図っていく。  これは、図太くて口の悪い、ちょっと(?)食いしん坊な転生令嬢が、自分なりの幸せを自分の力で掴み取るまでの物語。  こちらの作品は、2023年12月28日から、カクヨム様でも掲載を開始しました。  今後、カクヨム様掲載用にほんのちょっとだけ内容を手直しし、1話ごとの文章量を増やす事でトータルの話数を減らした改訂版を、1日に2回のペースで投稿していく予定です。多量の加筆修正はしておりませんが、もしよろしければ、カクヨム版の方もご笑覧下さい。 ※作者が適当にでっち上げた、完全ご都合主義的世界です。細かいツッコミはご遠慮頂ければ幸いです。もし、目に余るような誤字脱字を発見された際には、コメント欄などで優しく教えてやって下さい。 ※検討の結果、「ざまぁ要素あり」タグを追加しました。

転生してチートを手に入れました!!生まれた時から精霊王に囲まれてます…やだ

如月花恋
ファンタジー
…目の前がめっちゃ明るくなったと思ったら今度は…真っ白? 「え~…大丈夫?」 …大丈夫じゃないです というかあなた誰? 「神。ごめんね~?合コンしてたら死んじゃってた~」 …合…コン 私の死因…神様の合コン… …かない 「てことで…好きな所に転生していいよ!!」 好きな所…転生 じゃ異世界で 「異世界ってそんな子供みたいな…」 子供だし 小2 「まっいっか。分かった。知り合いのところ送るね」 よろです 魔法使えるところがいいな 「更に注文!?」 …神様のせいで死んだのに… 「あぁ!!分かりました!!」 やたね 「君…結構策士だな」 そう? 作戦とかは楽しいけど… 「う~ん…だったらあそこでも大丈夫かな。ちょうど人が足りないって言ってたし」 …あそこ? 「…うん。君ならやれるよ。頑張って」 …んな他人事みたいな… 「あ。爵位は結構高めだからね」 しゃくい…? 「じゃ!!」 え? ちょ…しゃくいの説明ぃぃぃぃ!!

処理中です...