聖黒の魔王

灰色キャット

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第10章・聖黒の魔王

303・魔王様、魔人スライムに疲れる

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 クレドラルで一晩を過ごした私たちは、その後はすぐにリーティアスへと帰ることにした。
 セツキの提案……れきの導入についてケットシーやフェンルウにも相談しなければいけないし、ナロームとルチェイルにも意見を聞いておきたい。

 彼らはいつの間にかリーティアスに馴染んでいて……というかナロームは結構やんちゃしている子どもたちの兄貴分みたいな感じになってる。
 いくらなんでも馴染みすぎでしょう、と私も思ったのだけれど、それだけ彼らの適応力が高いということだろう。

 アシュルとフレイアールは……どのみち私に賛成しそうな未来しか見えないから、特に相談する必要はないかもしれない。

 この子たちには、もう少し色んな事を知って欲しい。
 ただ賛成するだけじゃなくて、時には反対もして欲しいのだ。

 私だって常に正しいとは限らない。
 当然だ。生きている限り間違いは必ず犯す。
 それは知性のある生物に課せられた宿命のようなものだろう。

 常に正しく有り続け、何一つ間違わずに人々に道を示し続けられる存在なんてもの、この世のどこにも存在はしない。
 そんなものがいるとすれば、それは神か、それすらも超えているかのどちらかでしかないだろう。

 例え、誰もに『間違っていない』と言い切られる程の善人の象徴とも言える王も、裏切られ、謀反を起こされたとすればそれは『人として間違えている』ということになるのだ。
 正しくあればあろうとするほど、生き物として間違えてしまう……結局、間違えるしかないのなら、そこから何かを学び取って成長していく……。

 それが何よりも『生きている』という証になるのだ。





 ――





「……で、自分たちを集めたってわけっすか」

 私は様々な執務をこなし、暇が出来てはセツキの言っていたれきの原案を自分なりに練り上げていった。
 そうして出来上がったそれらを周囲に見せて反応を仰ぐために、私はフェンルウを始めとしたリーティアスの運営に携わっている信頼できる人材に集まってもらったというわけだ。

「そのような大切な場面に立ち会わせていただけるとは……なんという幸運でしょうか!
 私は感激のあまり、前が全く見えません……」
「これで涙を拭くといいですミャ」
「おお、これは……感謝しますよ。猫人の君」

 ケットシーがハンカチをそっと差し出すと、ロマンは勢いよくそれで涙を拭った。
 最初、彼を呼ぶかどうかはすごく悩んだのだけれど、あの傍若無人と言っても過言じゃないディアレイの元で欲求を抑えながら自分の仕事をこなすことが出来た彼は、頼りにはなるだろう。

 イルデルと戦うことになったときも、色々と裏で支えてくれたみたいだから呼ぶ事にした、というわけだ。

 だけど……彼の嗜好、昔より少し悪化してないかな?
 ケットシーの事を『猫人の君』なんて呼ぶようなスライムだったかな?

 少女や幼い女の子がなによりも大好きな上半身が人型、下半身が原型であるスライムボディのように丸いロマンは、とうとう手のつけられない領域に踏み出したのかもしれない。

「おや、愛しの我が姫はなにをそんなに見つめておられるのですかな?」
「別に見つめてないんだけど……貴方、前より酷くなってるんじゃない?」

 こういう事ははっきりと本人に言ってあげた方がいい。
 そう結論付けた私は、彼にそう切り出したのだけれど――

「はっはっはっ! 私も最初は猫人族や獣人族のように二足歩行した獣のような種族にはときめかないと思っていたのですが……いや、なんとも。
 彼女たちには彼女たちなりの可愛らしさがあるとわかりましてね。
 以降は、まず己の心の命ずるままに動くことにしております」

 そんな切り返しをしてきて胸を張ってくる始末。
 最後の言葉は妙に格好いいが、言ってることは最低だ。
 こんなのでも今までクルルシェンドに預ける形だった飛び地の領土を管理していて、あまつ慕われているのだからたちが悪い。

「変態すぎる有能な部下ほど扱いに困るわね……」
「ははは、もっと褒めてください。ついでに貴女様の愛の奴隷であること卑しい私にご褒美を与えてくださいませ」
「純粋に気持ち悪いから口を閉じていなさい」
「ありがたき幸せっ!!」

 全く褒めていないのに私の前で跪いてこうべを垂れるロマンに恐ろしさを感じた私は、ため息と共に『もうやめてくれ』というニュアンスを込めて命令気味に言ったのだけれど……見事に逆効果でむしろ感謝されてしまった。

「……こほん」

 ああ、ルチェイルがすごい勢いでロマンを睨んでる。
 ……のだけれど、肝心の彼は至って涼しい顔をしていて、先程までの醜態が嘘のようだ。
 彼女は潔癖というか……真面目でまっすぐというか、堅い性格だから、ロマンとは相性最悪だろう。

 しかもロマン本人は女とは言え、ルチェイルが成人サイズのリザードマン族スライムだからか、なんとも思ってないところが更に火に油を注ぐ結果になってしまっている。

 彼女がここにいるのはラスキュスが死去した後、正式に私の軍の一員になった彼女は、ナロームと違って軍務についているわけではなく、こちら側――国の執務の方に就いてくれている。

 元々落ち着いて真面目な彼女にはこっちの方が合っていたのか、最初の方こそ悪戦苦闘していたようだけれど、今では立派なディトリアの国の一員となってくれている。

 ちなみにもうひとり……ナロームも呼ぼうとしたのだけれど、『かたっ苦しいのはルチェイルに任せるぜ!』とか言ってそのままどこかに行ってしまったのが今でも目の裏に焼き付いている気がする。

「まあまあ、みんな落ち着くっす。
 自分たちがいつまでもこんな感じじゃ、全く話が進まないっすよ」
「そうですミャ。
 このままじゃ一向に終わりませんミャ」

 ルチェイルがロマンに対して一方的に剣呑な雰囲気を纏いそうになりかけたところを、ケットシーとフェンルウがすかさずフォローを入れてきた。
 なんというか、流石に戦場のような激務を生き抜いてきた二人だ。

 ルチェイルの方もこのままでは不味いと思ったのか、怒りの度合いを下げる為にゆっくりと深呼吸して自身を落ち着かせているようだった。

「そうですね。早く仕事を済ませてしまいましょう」
「誰のせいでこんなことになってると思ってるんだか……」
「まあまあ……」

 私がため息とともに思わず出た呟きに対し、宥めるような声をだしてくるフェンルウ。
 幸い、ロマンの方には聞こえていなかったけど、彼に聞こえていたらまた前回の巻き戻しになっていたことだろう。

 やはり、彼は有能なだけに扱いに困るな。
 特に今後はルチェイルと一緒にするべきではないだろう。
 唯一の救いは、彼が中央セントラル側にあるセルデルセルの町を任せてあるから、こんな重要なことでもない限りこのディトリアに呼び出されることはないだろう。

 可哀想な……とは全く思わない。
 むしろ私と初めて会った時、『ドワーフの女の子を十人くらい囲いたい』と宣言しそうになったときから、彼はトラブルの元になるだろうと思っていたからだ。

 彼には、このままセルデルセルの町を治めてくれたままで居てほしいものだ。
 なぜか向こうの町民には受けが良いんだからなぁ……本当に不思議なことだけれど、村や町を治める者の器は備わっている、というわけだろう。

「さて、それじゃ、始めましょうか」
「はいですミャ。まずは……ティファリス様の提案された『れき』について話をしていきたいと思いますミャ」

 なんだか始まる前からものすごく疲れてしまった。

 これから先が不安になりそうにもなるが、一度話し合いをしたらきちんと空気を変えてくれるみんなだと信じているから、大丈夫だろう。

 紆余曲折あったけど、ようやく話し合いをすることができそうだ……。
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