聖黒の魔王

灰色キャット

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第10章・聖黒の魔王

296・猫人族の前夜祭

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 セツキとコクヅキが相談(?)に来てからまたしばらくの月日が過ぎ――現在は2の月アジラの21の日……そう、フェーシャとノワルの結婚式の前日。

 なんとか仕事をこなすことができた私は、ベリルちゃんとアシュルを連れてケルトシルに到着することができた。

 本当ならフレイアールも一緒に来る予定だったのだけど……あの子はあまり乗り気ではなかったから、仕方なく三人で来たというわけだ。

 ケットシーにも誘いをかけたんだけど、彼女は仕事を理由にして断られてしまった。

 ナロームやルチェイルを含めた一度魔王と契約したことのあるスライムたちがそれなりにこちらに流れてきてくれたお陰で、人材により一層潤いが出た結果、ケットシーが数日留守にしても日常の業務に差し支えは出ない程度にはなってきたはずなんだけれど……やはりなんだかんだで思うところがあったのかもしれない。

 その代わりに祝いの品だけでも渡しては欲しいと言われたので、それだけは持ってきている。

「ティファちゃん、フェーシャ王に会った後はどうする? お祭り見て回る?」

 ベリルちゃんは周囲の熱気に当てられたのか、少しウキウキした様子で嬉しそうに歩いていた。
 気づいたらアシュルの方も妙にそわそわしているようだった。

 ……まあ、それもそうか。
 フェーシャとノワルが結婚するということになって、ケルトシルはこのところお祭り騒ぎなのだとか。
 おまけに二日前辺りから昼も夜も出店があったり、いつも以上に夜が明るかったりしていて……みんながフェーシャの結婚を祝福していた。

 ほとんど暗君だった彼が、そこまで国民の気持ちを取り戻した証拠になるだろう。

「それはフェーシャのところに行ってからにしましょう。
 彼に渡したいものもあるし……全てはそれが終わってから考えましょう?」
「「はーい」」

 まるで二人共子どもが初めてこんな楽しいイベントに遭遇した! とでも言うかのように元気よく返事をしてくれた。
 いや……ここ最近戦争が続いたかと思うと、日常を駆け抜けるように過ぎ去っていったことともあるし、久しぶりにゆっくりと祭りを見て回るのもありだろう。

 だけど今はフェーシャとノワルに会うのが先だ。
 私たちは、初めてケルトシルに来た時と同じように、そのまま城に直行して、門番たちの案内を受けながら王の間へと向かうのだった――。





 ――





「ティファリス様! 今日は本当によくいらっしゃいましたにゃ!」

 王の間で私たちを迎える為に玉座で待っていたようだ……ご苦労なことだ。
 本当はいつもなら執務室で仕事をしているはずらしいんだけど、三日前くらいから色んな種族が結婚する二人の為に訪れ、その度に面会をしなければならないものだから、執務は現在レディクアとネアの二人に任せているのらしい。

 ……まあ、これは仕方のないことだろう。
 魔王が結婚するということは、その国にとってそれだけめでたいことなのだから。

 私以外にも彼に会いに来た者たちは多いだろうに、顔色ひとつ変えず……というかそれ以上に嬉しそうに笑顔で迎えてくれるものだから、つい私の方も頬が緩んでしまった。

「フェーシャ、しばらくぶりね。
 ケルトシルはどう? 戦後の影響とか、最近の出来事とか」
「そうですにゃあ……ティファリス様たちのおかげで、僕の国にはほとんど損害らしいものを出さずに済んだから、立て直すのは簡単だったにゃ。
 むしろそっちは大変だったんじゃないのかにゃ……?」
「ふふっ、そうでもないわ」

 私の方は敢えて忙しいことを伏せるようにした。
 ここで私がヒューリ王が侵攻した土地に少数兵士を送り、後から分ける時のためにこちらが管理しておくことにしているのだ。

 これにはセツキのところに流れ込んできているスライム族や、私のところにきた竜人族たちにも手伝ってもらっている。
 最早今更上位魔王に逆らうような気概のある魔王は周囲の地域に存在しないおかげか、激しい抵抗には合わずに済んでいる。

 ……いや、抵抗したらどうなるか、ヒューリ王の一件で骨身に染みているのかもしれない。
 あまり認めたくはないことなのだけれど、彼がここまで強引なことをしなかったら、戦後処理はもっと大変になっていただろう。

 だけど、そんな話をわざわざこんな祝いの席に持ってくる必要はない。
 明日はせっかくの結婚式だと言うのに、私の仕事話なんてどうでもいいのだ。

「そうだ、これ。ケットシーから貴方へ贈り物があるそうよ」
「ケットシーから……僕に……かにゃ?」

 意外そうに目を大きく開いているフェーシャに向かって、私はケットシーから受け取った。
 それは手のひらに収まる程の小箱で、フェーシャがそれを開いて中身を取り出していると……そこにあったのは少々古くはあるものの、シンプルさを感じるネックレスだ。

 だけど……これがケットシーからの贈り物なのだろうか?
 正直、そういうものとして贈るにはちょっと失礼なんじゃないか? とも思えるほどの古さを感じる。
 多分、なにかフェーシャに関係するものなんだと思った途端、彼は感動するような顔をしていた。

「これは……カッフェーの持ち物にゃ。
 賢猫けんびょうとして育てていたケットシーに渡したらしい品物なのにゃ」

 ……ケットシーは自分が貰ったカッフェーの形見とも呼べるようなものをフェーシャに渡したということか。
 恐らく、こんな機会でもなかったら渡せなかったんだと思う。

 こんなに喜んでもらえているのであれば、ケットシーも形見を渡した甲斐があったというものだろう。

「ティファリス様、ケットシーは……?」
「彼女はまだディトリアを離れられないから……と」

 ここにはケットシーが来ていないということを知ったフェーシャは少し顔を俯かせていたけど、再び顔を上げたときには立派な顔つきになっていた。

「だったら、帰ったときに『ありがとうにゃ。大切にするにゃ』と伝えてほしいのにゃ」
「……わかった。必ず伝える」
「お願いしますにゃ。
 それで、ティファリス様はこれからどうしますのにゃ?」
「ん、そうね……せっかくだからケルトシルのお祭りでも堪能しようと思うわ」

 フェーシャともそんなに長く話すことはなかったし、これなら二人と一緒に祭りを見て回る時間くらいはあるだろう。
 ここに来てまで国の仕事をするのも違うし、英気を養うのも国を治める者の努めとも言えるだろう。

 ……なんて、そんな都合の良いことを考えていたけど、要はたまには遊びたいということだ。
 少し前に散々セツキとコクヅキのいちゃつきを見せられたせいで色々と鬱憤が溜まっている。

 偶には、それを発散しても誰にも文句は言われないだろう。

「そうですかにゃ。
 その間に城の者には部屋の用意をさせておきますにゃ。
 どうぞ、心行くまで楽しんでくださいにゃ」

 私の気持ちをなにか察したのだろう。
 フェーシャは妙に生暖かい……穏やかな視線を私に向けて、そのまま玉座から離れて見送ってくれた。

「ティファちゃん、ほら、早く行こう?」
「ティファさま! 行きましょう!」

 ベリルちゃんとアシュルは玉座の間から離れた途端元気いっぱいに私に呼びかけてくれて……本当に子どものようだと思わず苦笑しながら、彼女たちに先導されるように歩いていく。

 外では色んな食べ物の匂い、色んな種族の活気、明るい雰囲気が一杯伝わってくる。
 セツオウカの時とはまた違った趣のあるお祭りだ。

 さて、それじゃあ私の方も楽しむとしようか。
 明日がフェーシャたちの結婚式だから羽目を外して……ということは出来ないけどね。
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