聖黒の魔王

灰色キャット

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第10章・聖黒の魔王

287・終わりを求めて 後編

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 それから私たちは指し示したかのように相手の出方を無視し、勘で防御行動を取り、自身の意識を攻撃にのみ専念していく。
 私自身、ヒューリ王の剣の間合いに率先して入り、彼との距離を詰める。

 本来、『カエルム・ヴァニタス』にとってこの距離は自殺行為といってもいいほどに近い。
 完全に剣身は消えた状態の代わりに、空間を歪め切り裂いてあらゆる角度、場所から何本でも喚び出す事ができる。

 要は剣身だけ別の空間に置かれていて、必要に応じて魔力と神創具の力で分身している……と考えたほうがいい。

 まあつまり、私が近距離で防御する場合……必然的に剣のつばに当たる部分で防ぐしか手はなくなるのだ。
 だからこそ、ヒューリ王も率先して間合いを詰め……私も彼の行動を制限するためにそれに応じた。

 彼の剣の間合いから明らかに離れてしまったら、恐らく『マリスハウンド』や『オンブランジェ』のような延々とこちらを追尾してくる魔法を使ってくるだろう。
 それらを対処している間に接近されれば、隙を突かれる可能性は十分にある。

 彼の剣では『イノセンシア』を貫いて私を負傷させることは出来ない……が、別に全身鎧に覆われてるわけじゃない。
 足だって腕だって、生身の部分が出ているところもあるし、布を纏っている部分もある。
 ヒューリ王もそこをわかっているからか、鎧の部分の攻撃を避けて攻撃をしてきていた。

 軌道が読みやすい分、『クイック』を使った攻撃を主軸に組んでいる。
 私も『ラピッド』で応戦するんだけど、元々身体能力を『聖体闇身・集約』で底上げされているヒューリ王に比べ、どうしても速さで負けてしまう。

「っ……流石に攻撃が衰えないわね……!」
「俺も魔王と呼ばれている男……! この程度の傷で動きを止められると思うな!」

 さっき以上に気迫に満ちたヒューリ王の剣撃は、まるで自身の命を炎として燃え上がらせるかのような果敢な攻撃。
 あまりの猛攻に私も徐々に気圧されていってしまう。

 やはり、ヒューリ王の距離では私の方が不利ということか……。

「くぅっ……!」

 ガキィィンッッ! と激しい刃とこちらのつばがぶつかりあう音が聞こえる。
 そのまま一度持っている柄を引いて、ヒューリ王は無闇に力を入れないように一度距離を取ってきた。

「『アクラスール』!」

 空中から水の槍が複数喚び出されて、一気にヒューリ王に向かって襲いかかっていく。

「『セイントスコール』!」

 ヒューリ王の魔法で彼の目の前に白く大きな球体が勢いよく空へと昇り……弾けるように砕け散って、小さな粒となって広範囲に降り注いでいく。

 というかこれは……。

「正気? 自分にも当たるわよ?」
「ああ、ただし……喰らうのはお前だけだけどな」

 にやりと不敵な笑顔を浮かべるヒューリ王に不信感を抱くけれども、そんなことより自分の身の安全の方が先だ。

『アクラスール』は完全に『セイントスコール』の雨に飲み込まれてしまって……私自身は防御するよりも、魔導で相殺することを選んだ。
 最初は神創具を二つ顕現していて、内一つは完全に解放しているから防御しようとしていたのだけれど……ヒューリ王の魔法をあまり甘く見ないほうがいいと判断したからだ。

「『フラムブランシュ』!」

 私は迷わず頭上よりやや斜め目掛けて白い炎の熱線を繰り出す。
 真上にしても良かったのだけれど、それだけだと防ぎきれないと感じての判断だ。

 迷わず『フラムブランシュ』で迎撃した私の行動を読んでいたのか……『セイントスコール』が終わる少し前にヒューリ王が私の方に接近してきた。

「な……っ」
「死ねっ……!」

 完全に私の攻撃を読んでの行動。
『フラムブランシュ』で片手が塞がっている今の状況では回避は不可能。
 咄嗟に残った右腕の篭手を防御代わりに割り込ませたのだけれど……その後すぐに左足の太ももに鋭く深い痛みを感じる。

 右腕をどけると、ヒューリ王の持っていた剣が私の左太ももに深々と突き刺さっていた。
 その瞬間、身体の魔力や体力が急激に減っていくような……吸い取られていくような感覚がする。

「くっ……!」
「いくらお前の鎧が刃を通せなくても……この剣にはこういう使い方もあるんだよ……!」

 これは不味い。
 ここまでの間、攻撃を掠らせたりすることはあったけど、まともに受けたことはなかった。
 魂を吸い取られるかのような感覚が、この剣が危険なものであると訴えかけてくる。

 だけど、ここでヒューリ王を振り払ったら、またさっきと同じ状況になる可能性が高い。
 再び『セイントスコール』を使われたら、私は『フラムブランシュ』なんかの殲滅する系統の魔導を使う事になる。

 その度に私の魔力と体力は、ヒューリ王の剣に吸い取られてしまうことになるだろう。
 ならば……敢えてその攻撃に身を任せる!

「『シャドーステイク』!」
「っ、な、にぃ……?」
「ふ、ふふふ……これで、貴方も逃げられなくなったわね」

 私は持っていた剣身のない柄だけの『カエルム・ヴァニタス』を捨て、ヒューリ王の腕を掴みながら『シャドーステイク』を発動させる。
 彼の左足に影の杭が突き刺さり、完全に動きを固定する。

 これで太ももから剣を抜いたとしても、彼は目の前から離れることは出来ない。
 そして、私は彼の右腕をしっかりと握り、剣を抜くことを拒絶している。

「……正気か? この剣の能力は、お前が今一番知ってるはずだろう?」
「だから良いんじゃない」

 皮肉げに笑っているヒューリ王に対し、私も同じくらい挑戦的に笑みを浮かべてやる。
 そう、今のこの状況……彼はもう剣を抜くことはしないだろう。

「ならば……このまま力を吸い取られて死ぬといい……!」
「いや、死ぬのは貴方よ。ヒューリ王! 『カエルム・ヴァニタス』、戻ってきなさい!」

 既に『セイントスコール』は止んで、私は残った左手をかざし……再びこの手に剣身を失ったままの柄をこの手に握りしめる。
 そのまま三度、それを振るうと、胸部の……左胸――心臓を目掛けて背後から剣身を飛び出させる。

「ぐっ……くっ……」

 避けようとしたヒューリ王の右腕を引っ張ってそれを妨害した私は、吸い取られ続けている体力のせいで少しよろけてしまう。

 ヒューリ王は左胸に深々と突き刺さった三つの剣を見つめ、やがて何かを悟ったかのように笑った。

「ティファリス……女王。お前は、今の……聖黒族の凄惨さを見て……なんとも思わないのか?」
「思うところはあるわ。
 だからこそ、私の元でもう一度種族を復興させてみせる。
 誰にも脅かされることのない、聖黒族以外のみんなが生きていける世界を作ってみせる!」

 私は、ヒューリ王の剣で体力を吸い取られているのも構わず、胸を張って言い切ってやる。

 全てを背負い進む……それがどんなに苦しい道のりだったとしても、前に進み続ける。
 起きてしまった過去をどう考えて未来に活かすか……それは全て今を生きる私たち次第なんだ。

「はっ……ははっ……ばかな考えだ……。
 世界は、そんなに……甘く、ない。かな、らず……後悔……する、ぞ」
「だったらその後悔も力に変えて進んでみせるわ。
 貴方の死人を蘇らせる魔法……あれじゃ何も変えられない。
 今は、未来は――全部この時代を生きる全ての者たちの物よ。
 過去に死んだ者たちは、想いを託して安らかに眠っていなさいな」

 辛くても苦しくても……恨んでも悲しんでも、それら全てをひっくるめて私たちは生きていかないといけない。
 ここは死んだ者たちの亡霊が支配する場所じゃない。
 痛みも笑顔も……生きている私たちの物なんだ。

「……せい、ぜい……頑張るん、だな。
 ひとあし、先に……げほっ、か、かんせ……い……した……死の、――で……」

『死の世界で待っている』その言葉を最後まで言えず、彼はゆっくりと崩れていくように倒れていった。
 ユーラディスの上位魔王……ヒューリは、自身のやっていることを信じて逝ってしまった。

『死』こそが『生』である……そんな妄想を胸に抱いたまま――。
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