聖黒の魔王

灰色キャット

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第10章・聖黒の魔王

283・戦場を駆け抜ける者

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 ――ティファリス視点――

 ヒューリ王率いるユーラディス軍との戦闘が始まってどれくらい時間が経っただろうか?
 今の戦況はどうなってるんだろう? なんてことが頭によぎってくるけど、彼らが私を信じてくれているように、私も彼らを信じて戦わなければならないだろう。
 そう結論づけた私は、神創具『ヴァニタス』を片手にどんどん先へ進んでいく。

 他の兵士たちよりも進みすぎたせいか、多分ここが一番の最前線なんだと思う。
 周囲には敵兵の姿ばかりで、今も私に襲いかかってくる兵士たちが数十人くらいいる――が……。

「『フラムブランシュ』!」

 この程度の相手に手こずっている場合ではない。
 私は巨大な白い炎の熱線で前方にいる敵兵の軍勢を一気に焼き払う。
 彼らは跡形もなく消し飛んでいき、私はそれを左翼と右翼に気を使うように次々と解き放っていった。

 最初、いくつものこぶし大の炎を降り注がせる『フレスシューティ』や無数の風の刃を放つ『フィロビエント』を駆使して戦っていたんだけど、どうにも向こうにはあまり効きが良くなくて……中には動かなくなった敵兵もいるんだけど、それ以上に回復魔法で復帰する兵士たちの方が多かった。

 だからこそ、前方の敵を一気に殲滅することが出来る『フラムブランシュ』を軸にしてユーラディス軍を圧倒しているというわけだ。
 本当は『幽世かくりよの門』や『メルトスノウ』などの大軍を想定した魔導で一斉に殲滅するのも手だったのだけれど、それをしてしまうとこちら側の兵士たちも巻き込みかねない。

 私にとって彼らは守るべき国民たちなんだ。
 彼らは戦いの後も重要な仕事が待っていて、家族がいる。

 それを踏みにじるような真似、少なくとも私には出来ない。
 だからこそ、威力の高い魔導も出来るだけ範囲を絞れるやつを選んでいるというわけだ。

「な、なんだこいつ……」
「ま、まさか、前の奴らが逃げてきた理由って……」

 私の『フラムブランシュ』から逃れた敵の兵士たちは恐怖し、みんな散り散りに逃げ始める。

 ――全く、逃げるのなら最初から私に向かわなければよかったものを……。

 大体の兵士たちがこの『フラムブランシュ』の威力を目撃して、後ろ姿を見せながら隙丸出しで逃げていく。
 だけども、彼らの反応もある意味仕方ないことなのかも知れない。

 最初に別の……跡形もなく消し飛ばすような魔導を使う前は、すぐに回復して戦線に復帰していたようだし、魔法頼りの回復力を当てにしていたのだろう。

 だけど、私が今使っている魔導は、回復も何もあったものではない。
 身体どころか、存在すらも消えて無くなった相手に回復魔法なんて掛けようもないからだ。

 正直、私の『リ・バース』にだってそんな事は不可能だ。
 身体の一部を元に戻すっていうのだけでも魔導としては相当完成されている方なのに、完全に失われたものを戻すなんてことは、少なくとも現代の魔法で出来るような芸当じゃない。

 それを向こうもわかってるからこそ、全てを消し飛ばして進む私に恐れをなしているのだろう。
 問題は……左翼や右翼に逃げ延びて、そのまま戦線に加わることだけれど、こればっかりは仕方がないだろう。

 あまりに広範囲に魔導を放つと、私より突出している可能性のある味方を巻き込みかねない。
 ここは割り切ってひたすら前方の敵兵たちを焼き払うことに専念しよう。





 ――





 向かってくる兵士たちを『フラムブランシュ』で次々と一掃していっていると、いつの間にか私を避けるように兵士たちがいなくなり……代わりに青い鎧を身に纏った黒い髪の男が待っていた。
 左の腕に丸い盾を装着していて、右手には剣身が黒い剣を持っていた。

「貴方は……」
「久しぶりだな、ティファリス女王」
「……ヒューリ王」

 一瞬誰かわからなかったけど、私のことを知っていて堂々とした様子で呼ぶような敵の軍勢なんて、ヒューリ王ぐらいしかいないだろう。

 というか、本当に誰かと思った。
 私が初めて会ったのは『夜会』の時だったし、もう随分と時が過ぎていて……彼の容姿も青い兜と鎧の姿しか覚えてなかったし、当然、声も漠然としか記憶にない。

 それだけに全く違う容姿で私の前に現れたものだから、目の間にいる彼がヒューリ王だったなんて全く気付かなかった。

「俺が言うのもなんだが、随分と恐ろしい魔法を使うものだ。
 どうだ? 兵士たちをゴミのように始末していく気分は?」
「そうね、特に何も感じないわ。
 生きてる気になってるまがい物なんて、いくら消し飛ばしても心動かされないものね」

 随分と私の事を見下しながら挑発してくれているけど、そんなことで心が揺さぶられる訳がない。
 むしろ逆に挑発仕返してしまったが、彼の方もどこ吹く風といった様子だ。

「なるほど、どうやらリーティアスの魔王は随分と冷酷なようだな」
「死者を蘇らせて自分の思う通りにしているような輩に言われたくはないわね」

 敵も味方も兵士は誰もおらず、いるのは私とヒューリ王だけ。
 そんなもんだからこれくらいの会話をする程度の余裕もあるというもんだ。

「はっ、彼らは新しく生まれ変わったんだよ。
 産まれ、死に……そして新しく完璧な『生命』として進化を遂げた……素晴らしいことではないか」

 この男は一体何を言っているんだ? という疑問が私の胸中に湧き上がってきたが、しばらく彼を見ていて……ヒューリ王は本気でそんなふざけた事を思っているんだと確信した。

 彼はこの死んだ兵士たちの姿を心から完璧な生命体だと認識している。

「なにを馬鹿なことを……」
「違うというのか? 彼らは自身の身体に『生』と『死』の両方を内包している。
 それがどんなに素晴らしいことか、お前には本当にわからないのか?
 死を超越したその身体は生命力に満ち溢れ、あらゆる病にかかることはなく、傷を負っても魔法を使えば瞬く間に元に戻る。
 まさに完璧な姿ではないか」
「飢えることも渇くこともなく、子供を作る必要もない……それが?」
「そうだ。完全に己一人で成立している生き物……それこそ我らが追い求めていた存在だろう」

 ヒューリ王が力説しているところ悪いが、私はそんな存在になりたいだなんて思ったことは一度もない。
 確かに今の身体は不便だろう。

 睡眠を取る必要もあるし、食事をしなければ死んでしまう。
 病気にかかれば、傷を放置すれば……命を落とす理由なんてそれこそ色々だ。

 生きていれば必ず死はつきまとう。どんなに長命であっても避けては通れない宿命のようなものだ。
 それを克服することを望むものだって後を絶たないだろう。

 だけど、ヒューリ王が創り出してるのはそういうものじゃない。
 彼がやってるのは結局死んだ者を強制的に蘇らせてる……ように見える別の魔法だ。

 生命というのは……生きるというのは営みがあってこそ初めてその価値が出てくる。
 食事をし、眠り、誰かを愛し愛され、子を成して想いを時代へと紡いでいく……それこそが私たちがしなければならない、この世界に生きるものとしての営みだと思っている。

 ヒューリ王はそれら全てを否定している。
 彼の魔法で生み出された兵士たちはいわば物と一緒だ。
 感情があるかないかなんて関係ない。

 一人だけで完結してしまった彼らは、生きているとは言えない。
 感情や記憶を持つ、武器や防具とほとんど変わりはしないだろう。

 だからこそ……私は彼らを認めない。認めてはならない。
 ミィルが使者としてやって来た時にも思ったことだが……それが例えどんなに望まれたことであれ、死者が生き返るなんてことはあってはならない。

 だから、この男とは決してわかりあえることはないだろう。
 彼が『死』の中に『生』を見出してる以上、理解し合うなんて不可能なのだから。
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