聖黒の魔王

灰色キャット

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第10章・聖黒の魔王

277・銀狐は戦場を行く

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 ――フラフ視点――

「フラフひめさま! 戦いが始まったよ!」
「うん、わかってる」

 あたしはちょっと気合を入れて、そっと剣に手を触れた。
 ティファリスさまに貰った剣。とても、素敵な剣。

 フォヴィに出会って、記憶を取り戻したあたしは、ようやく本当の記憶を取り戻して……ティファリスさまに惹かれてる理由がわかった。

 あの人は、どこか母様に似た優しい雰囲気があって……どこか温かい感じがしたからだ。
 だから、すごく好きだった。だけど、それって恋とかじゃなくて……親愛のそれだったけど。

「行こう、フォヴィ」
「うん!」

 今は、ティファリスさまに魔王だと言われてるけど、国……隠れ里はもう壊滅してる。
 だけど、あの方が、あたしのことを魔王だって……言ってくれるんなら……。

 あたしは、ずっと魔王で居続けようって、そう思った。
 だから――

「みんな、お願い。あたしに……力を貸して」
「フラフ様のために!」
「「フラフ姫様のために!」」
「頑張るにゃー!」

 数少ない生き残った銀狐族の兵士。
 それと……あたしに付いてきてくれている猫人族のみんな。
 戦おう、全ては……道を示してくれた、あの御方のために。





 ――





 戦争が始まってすぐに右側の陣から凄まじい爆発音というか……魔法での攻撃の音が聞こえてきてものすごくびっくりしてしまったけど、あれは多分……猫人族の魔王であるフェーシャ王が頑張ってる音なんだろう。

 そんな危ない音が聞こえただけで、あそこにいなくて良かったと心底思う。
 だって、変に巻き添えを喰らったら洒落にならないからね。

 その後はずっと戦い続けていたんだけど……どうにも戦況が良くない。
 元々銀狐族っていうのは攻撃魔法よりも相手を妨害したり、誰かを補助する魔法を得意としていたりする。

 攻撃魔法ももちろん使えるけど……銀狐族の代表的な魔法と言えば、『ヒートヘイズ』っていう対象に炎の鏡像を作り出して、相手の攻撃が当ったら周辺に炎を撒き散らしながら敵を撹乱させる魔法。
 もちろん他にもあるんだけど……敵の隙を突くタイプの魔法を中心的に扱う。

 どうにも今回の相手にはそれが不利なようで、仮に隙を付いたとしても、敵は怪我を負うとすぐに回復の魔法を使ってきて一向に倒れない。

 まるで不死……そういえばパーラスタでフェリベル王が言っていたことを思い出した。
 以前、エルフは不老不死を手に入れるために他国を攻め、捕虜を実験動物として扱って……昔には聖黒族を実験に使ったこともあるらしいって。

 多分……今目の前にいるのもそれの名残なのかもしれない。
 彼はエルフ族の輝かしい栄光の為だとあたしに自慢気に話していた。

 確かにそれが完成していたのだとしたら、それはこんな感じになるんだろうけど……。
 それでも完璧に弱点がなくなる、なんてことなかったはず。

「伝令にゃ! 左翼の右の陣で戦ってる猫人族は被害甚大にゃ!」
「フラフひめさま、どうする?」
「……一人、捕らえよう」

 伝令の言葉を聞いてあたしは決断した。
 ただこのまま戦ってても埒が明かない。

 かといって特になにか策があるわけでもない。
 なら、一つ一つ確かめるだけだ。
 あたしは、これ以上みんなを傷つけさせたくない、から……。

「行くよ、フォヴィ」
「うん!」

 あたしたちは一人で戦ってる敵兵に狙いを着けて、二人で攻撃を仕掛ける。

「なに!?」
「『ヒートヘイズ』」
「『コンフュージョン』!」

 あたしの方は炎を纏っていつでも防御に移行できるように。
 フォヴィは相手の精神に働きかけて、心を乱す魔法を使う。

 上位魔王級の相手には効きにくいだろうけど、ただの兵士になら効果は抜群だ。

「くっ……あっ……な、んだ……」
「フォヴィ!」
「うん!」

 あたしとフォヴィは敵兵がふらふらとおぼつかない足取りで攻撃をしようとしていた隙を付いて、首と頭に向かって思いっきり刃を振り下ろして……あたしの一撃は兵士を容易く真っ二つにした挙げ句、地面に鋭く突き刺さった上、なんでか衝撃波でも走ったかのように亀裂が走ってた。

「……え?」
「え、えっと……ひめさま?」
「な、んだ……それは……!?」

 ティファリスさまから貰った剣。
 それは剣のつばの部分に猫の肉球を絵にしたような可愛らしい装飾が施されていて、柄頭にすごく可愛い猫のマークもついていて、ひと目見た時に気に入った。

 鞘の方にも猫の絵と肉球が散らばっていて、剣を抜くと剣先には猫の耳を表現しているように二つに別れてる。
 少し丸みを帯びていて、ちょっとでも猫を再現しようとしている努力が感じられる。

「『猫愛限界突破剣キャリッツ・オーバー』……ティファリスさまに貰った剣」
「あの方は、なんて威力のものを……」

 まさかここまで恐ろしい切れ味の武器だとは思わなかったけど……それより怖いのは、頭から真っ二つにされてるのに、まだこの敵兵は生きてるってところだろう。

『お、おのれぇぇぇ……』
「ひっ……!」

 しかもいきなり両方から喋ってきたから、思わず小さく悲鳴を上げて、更に胸の辺りを横に一閃。

『が……な、にぃ……』

 すると、さっきまで怖いくらいに動いていた兵士がいきなり動かなくなって……そのまま倒れてしまった。

「……あれ?」
「これは……」

 なんで真っ二つになっても生きてたほどの相手が今死んだのか……それが気になってちょっと気持ち悪いけど、勇気を出して覗き込んでみた。

「……おえっ」
「フラフひめさま、わざわざ見なくても……」

 吐き気がして思わず目をそむけてしまって、フォヴィにも呆れたような声を出されてしまった。
 ここで敵兵がやってきたら、今のあたしは簡単に倒されてしまうだろう。

 ……フォヴィが一緒にいてくれてるからこれだけ気の抜けるような事もできるのかも知れないけど。
 でも、どうしよう。
 このままじゃ、何もわからないままで終わってしまいそうだ。

「うーん……」

 フォヴィが左半身の胸の方をナイフで突いていると……なんだか変な音が聞こえてくる。
 なにかがぶつかるような……鈍い音。

「フォヴィ、それ……」
「これ、ここの方、なんだか硬いものが……」

 多分それがこの兵士たちを動かしている動力源なんだろう。
 というか、それ以外他に止まる理由がない。

「……伝令! 伝令兵!」
「は、はいですにゃ!」

 大声であたしが叫んでいると、そそくさと後ろの方からさっき報告してくれた彼がやってきてくれた。

「ユーラディスの兵士たち、左胸の方になにか硬いものが、埋め込まれてる。
 そこを集中して狙うように、伝令して」
「わかりましたにゃ! ぼくにお任せください!」

 彼はあたしの言葉にしっかりと頷いてくれると、すぐさま戦場の只中、左翼の各指揮官、部隊長に伝令するために動き出してくれた。

「……みんな! 兵士たちの左胸を狙って!」

 この場の皆にはフォヴィの方から大声で伝達してもらい、そこから遠くにいる兵士が更に大声を上げて伝えてくれている。
 ちょっと原始的な事をしてるけど、ただでさえ今は敵の再生力にこっちの士気がすごく下がっている。

 一刻も早くそれを取り戻す方法が欲しかったのだ。
 だから遠くの兵士たちへの伝令はあの猫人族の兵士に任せて、あたしたちは周囲に大声で呼びかける……という方法を選択した。

「左胸……」
「かしこまりました!」
「いくぞー!」

 あたしたちの言葉に希望を持った様子の兵士たちは、そこからみんなでユーラディスの兵士たちに攻勢を仕掛けることにした。

 徐々にこの攻略法が突破する唯一の道だとわかると、少しずつ士気が上がっていって……ようやく本当の戦いらしくなっていった――
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