聖黒の魔王

灰色キャット

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第7章・南西地域での戦い

178・白覇の魔王

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 たった一人……私はその大軍を目前として思ったことがある。
 ――彼らは、なんて儚い生き物なんだろう、と。

 上位魔王と呼ばれる程の力を持っている私に対し、彼らは何の疑いも無く進軍してくる。
 ラントルオが引く鳥車から続々と降り、がちゃがちゃと鳴り響く鎧の音。地鳴りが聞こえてくるほどの兵士たちの集まり。

 傍目から見たら完全に絶望的状況と言えるだろう。
 こちらはほぼ丸腰同然。いつもの外交用の服を着ているのだから。
 向こうから見れば、あまりの戦力差に負ける気すら覚えないだろう。

 ただ、私は違った。
 転生前の記憶が完全に戻ったからわかる。この程度、数の内には入らない。

 だんだんと足を早め、私に突撃を掛けてくる兵士達を見ながら、私はゆっくりと目を閉じる。
 それは余裕を表す所作。お前らなんか、眼中にないという証拠。
 思い知らせてやる。私を……怒らせたらどうなるというのかを!

 ――イメージするのは死の世界へと繋がる地の底の門。紫色の蝶が舞い、『黄泉幽世よみかくりよ』へと続く道に生者を導く恐ろしくも儚げな水先案内人。

「『開け、幽世の門』!!」

 私の発動した魔導は、一つの巨大な扉の付いた門を地面に出現させる。
 いきなり足元に現れた門の存在に、兵士達は驚き困惑しているのをよそに、私は魔導を行使していく。
 ゆっくりと開いた扉に、兵士たちは一瞬落ちると思っていたのだろう。逃げ惑う者や目を閉じて身をすくめる者がいたが、その彼らの全てがその門の中に落ちることはなかった。

 彼らから虚仮威こけおどしか? という言葉が漏れているけど……そんなわけがない。
 ただ、生きている体が落ちるような魔導ではないということだ。

 開いた門から徐々に紫色の蝶が現れ、優雅にひらひらと舞いながら辺りを漂っている。

「な、なんだこれは……?」

 あまりの光景にこれから何が起こるのかと戦々恐々している様子だが……その行動からしてすでに終わっていると言える。
 少なくとも私であれば警戒して魔力による防御を行う。周囲が暗くなって、いかに幻想的な風景だとは言え、何が起こるかわからないのだから。

 彼らの終焉を暗示するかのように、紫色の蝶は彼らの体に触れ――そのまま飛び立ったかと思うと、その体から魂のようなものが抜け出し……そのままその男の体は崩れ落ちてしまった。
 それはまるで、生きていたと思っていたものが人形だったのではと思えてしまうほどの唐突さ。
 ぷっつりと糸が切れたかのように地に伏せ、二度と起き上がれなくなっていた。

 その蝶が連れているふよふよとした白い魂のようなものは……そのまま一緒に門の中に入ってしまう。

「な、なんだ……!? 何が起こっている!?」

 次々と抜け殻になっていく兵士たちに、その光景を見ている生者達は、恐怖を覚え、更に混沌として状態になっていく。

『幽世の門』。死という概念そのものを纏った蝶が、生者に触れると、その魂を黄泉幽世へと誘う魔導。
 セツオウカの伝承や送魂祭の知識を活かした魔導だ。
 魂という不透明で不確かなものが果たして表せられるかどうか分からなかったが、魔導とはつまりイメージの表現だ。

 だからこそ強く願えば力の届く範囲内であれば叶う。それこそ今のように。
 この魔導を防ぐには魔力を体中に漲らせ、防御するしかない。

 その特性上、恐ろしいほどに魔力を消耗する。多分だけど、私だからこそこれほどの広範囲に影響を及ぼすことが出来るのだろう。
 普通に使うのであれば、家一軒分覆えるほどの門を召喚する程度で精一杯だろうが、それでも周囲に散る蝶が尋常じゃないほど魔力を奪っていくだろう。

 私ですら自分の魔力が急激に減っていくような感覚を覚えるほどだ。
 そんな状態でも全く普通……というか魔力がなくなる気配すら見えないのだから自身の魔力量が桁違いであることが改めてわかる。

 私は次々と魂を引き抜かれていく兵士たちを横目にみやりながら、きちんと対応出来ている兵士達に向かってさらに魔導を発動させる。

「散りなさい『斬桜血華ざんおうけっか』」

 更に私は周囲に刃に成り得る桜吹雪を舞い散らせる。ローエン戦ではさほどのダメージを与えることなかった魔導だけれども、次々と体を切り裂く花びらの中で彼らは更に動きを停滞させる。
 そのまま死の蝶の誘いを受けて『幽世の門』に入っていく兵士達の姿も。

 今唯一傷を受けていないとすれば、ワイバーンくらいなものか。
 彼らは乗っている兵士達を振り落としてでも自分たちの安全を重視しているようで、私の魔導の範囲外で滞空しているようだった。

「『人造命剣「フィリンベーニス」』。光は全てを塗り潰す。
『人造命鎧「ヴァイシュニル」』。黒は全てを飲み込む」

 魔力が切れることのないように安全策に走った私は、『フィリンベーニス』と『ヴァイシュニル』を顕現し、未だ元気な彼らを傷つけ……るのだが。
 魂を抜かれ、抜け殻になった遺体の方からも光の粒が出現し、私の方に徐々に吸収される。

 まさか『幽世の門』で遺された体にまで影響を及ぼすとは思わなかった。
 いや、おかげでわずかに残っていた可能性も完全に絶たれたというわけだ。
 ならば後は……邁進するのみ。

「く、くそっ……化物め……!」
「ありがとう。最高の褒め言葉よ」

 怯えながら叫ぶように震えた声を上げる兵士に向かい、私は最上級の笑顔を浮かべ――その男の命を奪っていく。

 しかしあれだ。夜のように真っ暗な空模様。
 そこからまるで雪が降り積もるようにひらひらと舞う花びら。刃のような桜吹雪。
 地の底から開かれた地獄の底へと続きそうなもんが開かれ、花びらと同じように宙を舞う死を内包した紫の蝶が、生者を死の国へと引きずり込む。

 恐ろしくも儚げなその様子は、とても美しく見える。
 ――なんて綺麗な光景なんだろうか。

 ゾクゾクするほどの妖麗さ。兵士たちは蝶に触れられ、魂を引き抜かれ抜け殻に……。
 おぞましくも見るものを魅了する光景が、そこにはあった。

 ……こんな事を考える私はきっと化物と呼ばれるのに相応しいのかもしれない。

「さあ、それじゃあ……今行くわよ。イルデル」

 恐らく軍勢の中央か……後方に居るであろう彼の方に向かった徐々に、徐々に歩いていくことにした。
 時折向かってくる兵士たちを一撃で斬り伏せ、その魔力を奪っていく。

 本当であればもう少し急いで戦わなければならないだろう。
 無用な犠牲を避け、確実に主導者であるイルデルを仕留め、降伏を促す――。
 それが本来あるべき戦争の仕方なのかも知れない。現にクルルシェンドとの戦いでは戦意を折る為に相当の犠牲を強いたが、最終的には全面降伏を認めさせた。

 だけど今回は……イルデルに完膚無きまでの敗北を突きつけてやる必要がある。
 フレイアールやナロームの方に敵が行かないようにするには、こちら側にいる兵士たちを片っ端から殲滅していく必要があるだろう。
『幽世の門』から逃げ延び、そのまま私と敵対せずに逃亡するという選択をしたものはまだいい。
 しかし――

「くっ、くそっ……! 怯むな! 奴さえ……あの上位魔王さえ倒せばこのおかしな蝶も花びらも消える! 一気に押し込め! 奴にこれ以上何かをさせる時間を与えるな!!」
「「「お、おおおおおおおーー!!!」」」

 それでもこういう風に士気を高めて向かってくる愚か者が存在するのだから。
 指揮官が鼓舞するかのように言葉を飛ばす彼の姿は、この混乱を極めた戦場ではさぞかし勇ましく映ったことだろう。
 一気に自らの士気を上昇させた軍勢が私の元に押し寄せてくる。あるものは突き。あるものは横薙ぎであったり振り下ろしたり……魔法を使うものまでいた。

「『フラムブランシュ』」

 だけどそれも無意味。私が前方に向けて放った白い炎の魔導により、全ては儚い灰燼と化す。
 戦意が折れないのなら何度でも……それこそ完璧に心を砕いてやる。
 もはや私は、向かってくる者に手心を加える気など、なくしてしまったのだから――。
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