聖黒の魔王

灰色キャット

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第7章・南西地域での戦い

177・相まみえる両雄

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 それからイルデル王の軍勢を見つけるにはそう時間はかからなかった。
 というか北上してすぐに見つかったのだ。恐らくかなり前から出発していたのだろう。

 よくもまあ北地域に近い場所から南西地域付近まで来たもんだ。兵士単体の姿は一切見えないが、ラントルオにかなり大型の荷台のようなものを引っ張らせているのが見える。
 それに対し運転席に三人ぐらい座っているのも。
 ……恐らく、あの中には兵士がいたり、食料が入っていたりするのだろう。ワイバーンが空を飛んでいるが、足に大きな荷物のようなものをもたせている。
 なるほど、軍に合わせていることで荷物を持っての運搬が可能なんだろう。
 いつもの速度で飛ばせば、その分ワイバーンも疲れる。そう考えたら時折休憩しながら進むのは理にかなっているのだろう。

 しかしこの大軍……かなり前から入念に準備してきたのだろう。若干の後方に下がってるのは、恐らく支援部隊。


 南西地域に来るのはまだ先の話だったろうが、間に合ってよかった。

「フレイアール」
『うむ、承知しました』

 ゆっくりとあの大軍の正面になるように降りていくと、やはり彼らもフレイアールのような竜は初めて見るのか、動揺した様子でこちらの動きをじっくり観察していた。

 私達は出来るだけ余裕を見せて彼らの前に立ち、フレイアールから降りると同時に声を張り上げた。

「聞きなさい! 私はティファリス・リーティアス! 貴方達を率いている魔王に用がある! 大人しく道を開けなさい!」

 私の言葉が届いた瞬間、軍全体に緊張が走ったのか、一気に警戒度が上がっていくのがわかる。
 それでもこちらの話は聞くつもりがあるようで、一部の兵士達が奥に引っ込んでいくのが確認できた。

 それから僅か二人と一体の私達と、恐らく数万以上の軍勢がその中にいるのであろう、あの鳥車の大きさからしたら大体推察出来るというものだ。

 しばらく動かず様子を見ることになったが……やがて許可が出たのか、少しずつこちらの方に道が開いていき――やがて彼が姿を現す。

「これはこれはティファリス女王。わざわざこんなとこまでやってくるとハ……」
「それはこっちのセリフよ。南西地域では、よくも暴れまわってくれたわね」

 馬鹿にしたような笑みを浮かべるイルデル王に対し、真っ向から睨み上げる私。
 向こうのほうが背が高いせいか、若干見下されてるような気がするが……これはまず気の所為などではないだろう。
 彼は私のことを甘く見ている。

 ……いや、それもそうか。
 まず数が違いすぎるし、彼も曲がりなりにも上位魔王。
 それこそ上位魔王になったばかりの私が引き連れているナロームとフレイアールを見たところで……多少興味を引いたとしても、それ以上のことはないだろう。

「ふむ……どうやら贈り物は届いていなかったようですネ。
 だからこちらと合流したと言うべきですカ。……クフ、これはまた随分面白いことになりそうですネ」
「贈り……物?」

 眉をひそめた私に対してより一層笑みを深めるイルデル王。
 ここでなにか弁解しようというものなら問答無用で攻撃してやろうかと思ったけど、事ここに至ってはしらを切るつもりもないらしい。

「ええ、とびっきりノ。極上の贈り物でス」
「……何のことをかは知らないけれど、一体何の為に私の国に攻めてきたのかしら?
 遺言代わりに聞いてあげるわ」
「おやおや、随分と威勢が良いではありませんカ。
 ……良いでしょウ。なぜ私が貴女の国に攻めていったか、ですネ。
 単純ですヨ。私は人が絶望し、心が壊れていくのを見るのがなによりも……なによりも楽しみなのでス」

 はっきりと言い切ったイルデルお――いや、イルデルは、それは楽しそうに……まるで愉悦にでも浸るかのような熱っぽい目で私を見つめ、感嘆の息を吐いていた。
 つまりこの男は……私や他の者達の絶望した姿を見るためにわざわざここまで回りくどい事をした、と。
 そういうことなのか。

 怒りに拳を握りしめた私の事を放置して、彼は更に熱弁をふるう。

「貴女は特に素晴らしイ! その美しい容姿。端麗な顔。その姿が絶望に打ちひしがれた時……私は最高の甘露を味わう事が出来るでしょウ!」
「……れ」
「クフ、クフフ、どうでス? この軍もわざわざ貴女の為に用意したのですヨ? この大軍で貴女の守護する地域を蹂躙すれば、貴女はどんな――」
「黙れ」

 もうこの男の詭弁はうんざりだ。
 他者に絶望を撒き散らす――まさにお前は悪しき魔の者……悪魔だよ。
 だが、お前はやりすぎた。

「御託はもういい。お前のその軍勢とやらはここで全員、消えるのだから」
「……クフ、クフフフ、いくら貴女が上位魔王になったからとは言え、それは些か驕りが過ぎるのではないですカ?
 貴女の……『メルトスノウ』でしたカ? それでもこの軍勢を倒し尽くすことは出来ないでしょウ」

 何を馬鹿な……と見下した笑みを続けるイルデルだけど……そうか『メルトスノウ』の事も知ってるのか。
 あれは他の国でも魔導名までは伝わってなかったはずだ。

 しかもあれは他の国では一切使っていない。『ガイストート』や『フラムブランシュ』ならばいざしらず、『マジックミュート』と『メルトスノウ』はエルガルムとの戦争以降、全く見せていない。
 それを知っている……ということは、あの時からイルデルのスパイは私のところにいた……そういうことになる。

 なるほど、気づかなかった私も間抜けだけれど、ずっと前からそうやって機を伺っていたというわけか。
 もう少し私が注意深ければ……いいや、いまさらそんな事を思っても遅い。
 なら、今からでも精算してみせればいい。

「クスクス、『メルトスノウ』ばかりが私の魔導じゃないわ。思い知らせてあげる。
 この私を――リーティアスの魔王を怒らせたら、どんなことになるのかを……!」
「クフフ、ならば始めましょうか」

 すらりと抜き放ったイルデルの武器は大鎌。両刃の槍に鎌が付いたような形状をしている。
 その穂先を私に突きつけ、宣戦布告をしてきた。
 それと同時に鳥車に乗っていた兵士達が次々と飛び出し、私達を囲い始めた。

「クッフフ、それでは今から戦いましょウ。貴女を含めたたった二人と一匹で、どこまでやれるか見ものですけどね! クッフフフフフ!」

 そう言い切ったイルデルの姿はまるでそこにはじめからいなかったかのようにその姿を黒く歪め、霧散してしまった。
 あれは、恐らく闇属性の魔法だろう。この場で攻撃を仕掛けてこなかったところを見ると、相手を撹乱する系統の分身魔法。

「随分大見得切ったのはいいけどよ、本当に、いいんだな?」
『母よ、我は貴女を信じている。存分に、そのお力を振るわれよ』
「ええ、貴方達はそこでゆっくり見ておきなさい」

 ――思い知らせてあげる。完膚無きまでの敗北を。
 貴方達がいくら束になっても私の足元にも及ばないのだと言うことを。

 私はで彼らに歩み寄り、対峙する。
 過去を――【白覇びゃくはの勇者】だったころを思い出しながら、みんなで迎える明日を切り開く為に、今だけは……独りで……戦うと決めたのだから。
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