聖黒の魔王

灰色キャット

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第7章・南西地域での戦い

175・魔王様、出陣の準備をする

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 アシュルに淹れてもらった深紅茶で一息ついた私は、今後の方針を説明するために主要な家臣たちと、ナロームとルチェイルを呼んでもらうことにした。
 具体的にはカヅキ・フェンルウ・ケットシーだ。この三人が一応国の中核を取り仕切っていると言ってもいいだろう。

 全員が勢揃いしたところで今回の私の方針を伝える。

「さて、みんな。集まってもらったのは他でもない。これからなにをするか……ってことだけれど」
「まずは軍の方をなんとかするほうが先ってこといいっすよね。
 一刻も早く裏切り者、偽物を燻り出した方がいいと思うっす」

 フェンルウはやはりそう思っていたようだけど、私は首を振ってそれを否定した。
 私がその理由を言おうとしたのだけれど……先にカヅキが口を開いてしまう。

「拙者はそれよりも今現在動くことが出来る軍勢を率いて南西地域とセントラルの境まで言ったほうが良いと思います。
 まだ向こうの魔王が姿を表していないです。イルデル王の軍勢であれば……これから更に大軍でこちらを襲いに来るでしょう。」
「その通りよ。クルルシェンド・フェアシュリー・グルムガンド・アールガルムの四国を犠牲にするというのであればフェンルウの言う通り軍の再編に力を入れた方がいいでしょうけど……それは到底出来る話ではないわ」

 こちら側に潜んでいる敵軍がフレイアールのおかげで一層されている以上、ここから更にリーティアスを急襲してくることはない。
 なら、今すぐすべきことはカヅキの言う通り、動ける者達……具体的には私とフレイアール……それとあと一人で行くのがいいだろう。
 殲滅は私が担当する。【白覇びゃくはの勇者】としての記憶を完全に取り戻した今、例えどれだけの軍勢が襲いかかってきてもなんとかなるだろう。

 私はあの時、先の見えない大軍相手にたった一人で戦ってきたのだから。
 本当はそういう事をあまりすべきではないだろう。私一人でなんでもこなしてしまっては、国として成長することはないし、出来れば死なないように支援にしながら経験を積ませるのが一番なのだ。

 だけど、今回は急を要する。そこまで準備している時間があるかどうかすらわからない以上、悠長に構えている暇はない。

「た、確かに……カヅキさんの言うのが本当であるなら……今まさに南西地域に迫ってきてるかも知れないっすね。
 でも、こっちも防衛力を残すために戦力をわけなければいけないっすし……正直、残ってる軍をそのままわけたところでロクに戦力にならないと思うっす」
「そうね。だからイルデル王と戦うのは少数精鋭……私・フレイアール・ナロームで行こうと思う」
「ちょ、ちょっと待ってください!」

 これに対して抗議を挙げてきたのは……やはりアシュルだった。
 それもそうだろう。私とアシュルは大体一緒にいたのだから。
 フェアシュリーやクルルシェンド、リンデルに行った時はリカルデが一緒にいた。

 だけどそれ以外の国に行くときは……必ずと言っていいほどアシュルがいてくれた。
 それで助けられたこともあるけれど……今はそうも言っていられないのだ。

「アシュル、駄目。貴女はここに残りなさい」
「な、なんでですか! 私じゃ……私じゃティファさまのお役に立てないというのですか!?」
「はっはっはっ、そりゃ違うぜアシュルさん。あんたがこの国で一番女王さんに信頼されてる……だからこの国を守ってほしいんだよ」

 今度はナロームが私の代わりに言ってくれたけど……彼も私の考えてることがわかっているみたいだ。
 殲滅力で言えば、アシュルはカヅキよりも高い。カヅキは確かにこの国では一二を争う実力の持ち主だろう。
 だけど、彼女は対個人の……強者と戦うのが基本的に向いている。全力で攻撃しなければ周囲を殲滅することが出来ないカヅキに対して、アシュルは『アクアブラキウム』で敵を薙ぎ払う事もできるし、彼女のことだ。
『アクアディヴィジョン』のように私の知らない魔導を編み出していることだろう。
 もちろん、カヅキも修練を積んでいることは知っている。だけど、現時点で殲滅力に期待するのだとすれば……まず間違いなくアシュルだ。

「で、でも……私は……」
「アシュル。常に魔王の傍にいるだけでは契約スライムとしては半人前だと私は思う。
 魔王の望む事、指示した事に全力を尽くす。それもまた、契約スライムとしての重要な役目の一つだ」
「う、うぅー……」

 同じようにルチェイルに言い含められそうになっているアシュルだけれど、どうももう一押し足りないようだ。
 なら……その最後は、私が押すべきだろう。

「アシュル、貴女はリカルデと仲良かったわよね?」
「は、はい」
「だったら……わかってちょうだい。彼の守りたかったもの。
 彼が貴女に託したものを……」
「リカルデさんが……私に託してくれたもの……」

 アシュルは服の胸の方をぎゅうっと握りしめ、しばらく考えた後、ようやく決断を下してくれた。

「……わかりました。でも、約束してください。必ず……必ず戻ってきてくださいね」
「ええ」

 俯いて、絞り出すような声でそう言ってくれたアシュルは、顔をあげると決意を秘めた表情をしていた。
 彼女も少なからずリカルデから受け継いでいたものがあるのだろう。
 その事に、私は心底嬉しくなってきた。彼はいろんな者を遺してくれた。

 だったら私達は少しでもそれを守っていく。それが彼に出来る最大の弔いなのだから。

「盛り上がってる所悪いっすけど……勝算はあるんっすか?
 ティファリス様が言ってるのは実質三人でその大軍を攻略すると言ってることなんっすよ?」

 フェンルウが素朴な疑問を掲げてきたけど、それについては問題ない……としか言いようがない。

「私を信じなさい。イルデル王――いいえ、イルデルとの決着は、必ず付ける。
 私や、貴方達が望む形でね。だから、貴方達は国民達に説明してちょうだい」
「……わかったっす」

 他にはなにか言いたいことがないか? と問いかけるように私はそれぞれの顔を見回す。
 アシュルの方はもう覚悟を決めたというかのようにしっかりとした視線をこっちを見ていた。

「にゃー達のやることは最初から一つですミャ。ティファリス様を信じ抜く……にゃーもアシュルさんと同じ、貴女様のお帰りをお待ちしておりますミャ」

 ケットシーはようやく言葉を発したかと思うと、最初から覚悟を決めていたかのように神妙な顔でいた。
 どうやら彼女はここに来た時点で私のことを信じるという選択をしてくれていたようだ。
 それだけ信じてくれるなら……私の方も彼女に報いなければいけないだろう。

 フェンルウ・ナローム・ルチェイルとそれぞれを見回すが、彼らもこれ以上何も言うことはないようで、一通り見回した私は一度深く頷いて彼らに指示を下した。

「それじゃ、アシュルはフレイアールに明日出発することを伝えてちょうだい。
 ナロームは今日一日ゆっくり休んで明日に備えること。
 カヅキは軍に。ケットシーは国民に今の状況の説明と不安を出来るだけ排除するよう。
 フェンルウとルチェイルは先の戦いで囚えた者の監視と、悪魔族への警戒をお願いするわ」

 それぞれが頷き、各自行動に移る中、私は今出来うる限りの魔王としての仕事をすることにした。
 国の主として、やらなければならないことを少しはこなさなければならないからね。

 各々自分の為すべきことを理解し、動いて――そして次の日、いよいよ出発の時だ。
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