聖黒の魔王

灰色キャット

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第6章・悪夢の王の奸計

142・魔王様、無理やり護衛を付けられる

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 ――ティファリス視点――

 朝、私は結局その夜、ラスキュスの腕の中で一晩過ごすことになった。
 こういう言い方するとあれだけれども、本当にただ腕の中で寝ていただけである。
 私としてももう少しなにかあるかもしれない……と変な勘ぐりをしたわけだけど、そういう事もなく無事朝を迎えることが出来た。
 だけど……朝目が覚めた私が見た、かすかに涙に濡れている彼女の顔は、やけに印象的に残ったかな。
 なにをそんなに泣いているのか、私にはよくわからなかった。だけど、彼女も昔からこの世界に生きている者の一人。

 きっと私が思っているよりもずっと、辛いことや苦しいことを経験しているに違いない。

 そんな彼女なんだけど、目が覚めた時にはいつも……というか昨日のような感じに戻ってくれていた。
 その目には若干憂いを帯びているようだったけど、この世界に生まれて20年かそこらの小娘に何を言われても彼女の心には伝わってこないだろう。
 私に出来ることと言えば、せいぜい普段どおりに振る舞ってあげること、その一点に尽きるだろう――。





 ――





「というわけで、ティファリスちゃんに他にも護衛をつけようと思うの」
「なにがというわけなのよ」

 みんなにおはようを言って全員で食事をすることになり、一通りのんびりして……さて、次の国に行くためにワイバーンを借りる交渉をしようとした矢先の発言だ。
 入ってすぐにラスキュスからこんな事を言われた私は思わず面食らった顔をしていることだろう。

「ティファリスちゃん、貴女は少々自分の種族について無頓着すぎるわ。だからこその護衛よ!」

 ビシッと指をさすのは良いんだけど、そんなに無頓着だろうか?
 アシュルとフレイアールの方にもちらっと見てみるけど、おんなじようにキョトンとした顔をこっちに向けるばかりだ。
 その結果、ラスキュスに「はぁぁぁぁーー……」とものすごく深い溜息を吐きながら頭を左右に首を振られてしまう。

「貴女達は最悪種族が発覚したって構わない程度にしか思ってないんでしょうけど……それは間違いというものよ」
「そうなの?」
「本当に最終的な……これでしか切り抜けることが出来ないという状況でもない限り、絶対に明かしてはならないわ。
 だからその可能性を少しでも下げるために護衛をつけることにしたってことよ」

 そんなにグッと力強く見つめられるとそうじゃないかと本気で思ってくる。
 まあ、彼女は聖黒族の契約スライムであることをずっと隠して上位魔王をやってきたんだ。
 どれだけの長い期間隠し続けていたかはわからないけど、きっと私以上に気を使っていたんだろう。
 ……まあ、彼女の外見で聖黒族だと言われてもあまり信憑性に欠けるように思えるんだけどね。

 仕方ない。私の方も戦力が増えることには否定的でもないし、ラスキュスは多少は信用できる女性だ。
 下手に断る必要もないし、どうせ彼女も引き下がることはないだろう。ここは素直に好意に甘えさせてもらおう。

「……わかったわ。無理に断る理由もないし、遠慮なくつけてもらうとしましょうか」
「ティ、ティファさま、よろしいのですか?」
(新しい人が一緒にくるのー?)

 アシュルの方はちょっと不安そうに。
 フレイアールの方はむしろ若干喜んでいるように見える。

 アシュルの気持ちもわかるが、ここでいつまでも問答している方が無駄というものだ。
 私としてもそんなに急ぐ理由もないんだけど、惰性に時間を過ごす意味もない。
 それにラスキュスにワイバーンを借りないと北の地域に行くことが出来ない。まあ、私的にはそれでも構わないのだけれど、せっかくだからフワローク女王やマヒュム王とも会いに行きたい……というわけだ。

 あまり機嫌を損ねるわけにもいかないだろう。

「よかった。それじゃあ、しばらくの間ワイバーンは貸してあげるわ。私は三匹程所有してるから、他国との交流には一匹いれば十分だから」

 まるでこちらの要求はお見通しと言わんばかりにウインクして私の考えを見透かしてきた。
 ……まあ、私がワイバーンを所有していないことを見越してのことだったんだろうけど。
 じゃなきゃそもそも使者が私を連れてくるまで滞在するようなことはしなかっただろう。少なくともスロウデルに行くと言った時点で全員引き上げてることになっても不思議ではない。

 全く、色々と見透かされてるなぁ……。
 というか、セツオウカには二匹しかいないのに、こっちには三匹もいるのか。
 いや、セツオウカの場合、飛竜が一匹いるから合わせて三匹なんだろうけど。

 そんなこんなでワイバーンを借り受ける代わりに、私はラスキュスの言う護衛を受け入れることになった。





 ――





「お待たせしました」
「おう、女王様。いま来たぜ」

 現れたのは……これはリザードマン族とドワーフ族のスライムだ。しかも完全な人型の。
 いや、リザードマン族の方は人型と言えるのだろうか? そこら辺はちょっと疑問だな。

 暗い紫を含んだ青色の鱗がてらっと光っていて、黄色い瞳の爬虫類特有の目をしている。声が女性的なような気がするけど、正直彼らの性別はよくわからない。
 対するドワーフ族スライムは完璧に男性のそれなんだけど……これも筋骨隆々と言ったほうが相応しい外見なのが一般的なドワーフ族に比べ、細い体つきをしている。
 筋肉質なのは変わらないため、非常にスマートな感じだ。こちらは若葉の新芽のような色の髪をしている。

 というか、これだけ完全な姿をしているということを考えると……上位魔王の中でも相応の力を持っている者の契約スライムだったことには間違いないだろう。
 ……なんでこんなのがポンポン湧き出るかのように出てくるんだ? 『夜会』の時の狐人族スライムといい、今いる二人といい、このスロウデルの戦力は底知れない。

(おおー、護衛っていうだけあって、すごい力を感じるよー)

 フレイアールが嬉しそうに飛び回っていて、彼らの強さを喜んでいるみたいだった。
 それを見たアシュルの方は尚更不機嫌になるんだけど……元々護衛を付けることに否定的だったし、仕方ないだろう。

「よくもこう上位魔王に付いてそうな契約スライムが出てくるわね」
「彼らは全員、仕えていた魔王が死んでここまで流れ着いたスライムたちよ。もちろん、中には力の弱い……人型になりきれていないスライムもこっちに流れてくるんだけど、あんまり力の差がありすぎる子をつけたって護衛にはならないでしょう?」
「確かにそうだけれど……」

 それにしてもこうも上位魔王と契約していたスライムを出されると、まるで安売りでもしているかのような気分になってくる。
 しっかしスライムにも色々いるものだね。カヅキのように国に留まる者もいれば、この二人やあの『夜会』でのスライムのように国から離れて別の場所に流れ着く者もいる、ということだ。
 ドワーフ族はまだわかるんだけど、リザードマン族や狐人族の中にも上位魔王として名を連ねた者がいるってことか。
 流石魔王、奥が深い。

「二人共、自己紹介」
「はっ、私はルチェイルと申します。ティファリス女王様、お会いできて光栄です」
「俺はナロームっつーもんだ。よろしくな、女王さん」

 ナロームのものすごく軽い挨拶にギロリとか音がしそうなほどルチェイルとアシュルが睨んでいるようだった。
 アシュルはともかくルチェイルの方も鋭い眼光を向けるとは思わなかった。
 そして次の瞬間には怒号のような声が解き放たれる。

「ナローム! いつも言っているだろう! 公務でそういうおちゃらけた態度を取るなと!」
「なははっ、そうおかたいこというなよ! なあ女王さんもそう思うだろ?」

 私の方に振らないで欲しい。
 実際別に気を使わなくていいというところはあるけれど、ここでそれを言ったら間違いなく反感を買うだろう。
 アシュルの方は表立って何も言わないだろうが、少なくとも場は私が悪いと言うかのような空気になるに違いない。

「今回は良いけれど、他の魔王の前ではあまり気軽に接してこないでね」
「ははっ、仕方ねぇ。善処するよ」
「なぁーにが善処する、だ! そう言って今までまともになった記憶が無いだろう!」

 女性のような透き通った声で勇ましく話すルチェイルには、どこか騎士のような気もする。
 というか、今まで……ってことはいつもこんなふうなやり取りをしているのか……。
 これ、本当に大丈夫なのか?

 ちらっとラスキュスの方を見てみると、ついっと顔を横に背けられてしまった。
 なんだか急に不安になってきたんだけど、どうしてくれるんだ?

 しばらくじろっと睨んでいると、コホンと一つ咳払いをしたラスキュスに注目が集まる。

「とにかく! ルチェイル、ナローム。貴方達二人はこれからティファリスちゃんの護衛……というよりもリーティアスに行って働いてもらいます。良いですね?」
「はい、お勤め先がティファリス女王様のお国であるならば、我らもなんの問題もなく――」
「ちょいと待った」

 ルチェイルの言葉を遮ってナロームが待ったを掛けてきた。
 それを再び黙るように睨むルチェイルなんだけど、彼はどこ吹く風。全く懲りていない。

「どうしました? まさか不服でも?」
「いや、ティファリスの女王さんの所に行くのは全く不満じゃねぇんだが……それはつまり、そこの契約スライムの下につけってことだろう? こいつにそんな器量があるとはあまり思えねぇなぁ。
 確かに能力だけは俺達よりもずっとあるように思える。だけどよ……それだけじゃ測れねぇものって、あるよな?」

 私の下につくことにはなんの不満もないが、彼らより契約スライムとしての経歴が浅いアシュルの下につくのは疑問があるっと。
 要はそういうことだろう。そう結論づけた瞬間――アシュルの方も不服そうにしていたその顔をより一層歪め、じっとナロームを睨んでいる。

「良いでしょう。私も貴方のようなスライムがティファさまの元に就くのなら、それ相応の力を見せてもらわないと困ります!
 ティファさまは誰彼構わず拾ってきてしまいますから!」
(わーい、姉様頑張れー!)

 ちょっと、人をそんな気軽に子犬を拾ってきては面倒事を押し付けるようなことを言わないで欲しい。
 確かに行く先々で人材を増やしていったのは事実だけれども、そんな誰彼構わずなんて酷い言い草だ。

 二人共一歩も引かずに睨み合ってるこの様子からではもう何を言っても無理だろう。
 フレイアールはよくもわからずにアシュルの事を応援してるし。

「いいでしょう」

 パン、と両手を合わせるかのように音を立て、再度注目を集めるラスキュスは、得意げな顔をしてこう言い放ってきた。

「この城にある訓練場で双方思う存分力を見せてもらいましょう。武器はこの国にある訓練兵用の剣でいい?」
「「問題ない(です)!」」

 頭が痛くなってくるが、止められない以上、この事態が収縮するのを大人しく見守るしかないだろう。
 せっかくだ。他の国の強者に触れることで、アシュルにいい経験を積んでもらえれば願ったり叶ったりというところだろう。
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