聖黒の魔王

灰色キャット

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第3章・面倒事と鬼からの招待状

77・魔王様、図書館へ向かう

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 祭りの終わり際……私達は近くの川にいた。
 確か毎日祭りが終わった時に『霊船流し』を行うんだったか。

 空を彩っていた魔法が打ち終わったと同時に色んな鬼たちがここに集まってきていたため、私達もそちらに移動することにしたのだ。

「祭りの時よりもすごい人だかりですね」
「アシュル、はぐれないようにね?」
「はい!」

 多分祭りに参加していた鬼の大多数がこちらに来ているのだろう。
 今まで以上に人が集まってきていて、下手をしたらあっという間にはぐれてしまうんじゃないかと感じてしまうほどだ。

 その中でもいくつか列になって並んでいるように見える場所に行ってみると、どうやらその先で受付をしているようだった。

「うわー……ティファさま、あれに並ぶんですか……?」
「アシュル、覚えておきなさい。最後の仕上げまでやってこそ祭りというものよ」

 送魂祭はただただ遊ぶだけのお祭りじゃない。霊を悼み、次の生が幸福であることを願うための儀式という側面ももったお祭りなのだ。
 だからこそ、最後まで参加することに意義がある。例え私が生命を奪う側の者だったとしてもだ。

 アシュルもちょっと渋る様子はあったんだけど、このお祭りの重要な部分がわかってることはあるのだろう。それ以上な何も言わずに大人しく一緒に並んでくれた。

 しかし、こう改めて見るとこのお祭りの重要な側面がわかる。
 始まった時はあんなに楽しそうで賑やかだった。だけど今は、場は明るい空気で満ちているものの、別れを惜しみながらも、それでも笑顔で送り出してあげようという雰囲気が漂ってきていた。

 それを証拠に惜しむ声は多くても悼む声……悲しみ嘆く人たちは誰もいなかった。
 もしかしたらそれが鬼の性分なのかもしれない。セツキ王も言った通り、しみったれたことが嫌いなんだろう。
 並んでるときも「あの人はこういう事が好きだった」とか「彼はこんな人だった」とか嬉しそうに語る姿を見てもし自分が同じように……死を迎えたときも涙に暮れるより、少しでも笑顔で見送ってもらいたい、そう思えてくる。

 そんな風に思いながら鬼たちが死者との思い出を楽しそうに語りながら歩いていくのをぼんやりと眺めつつ、一緒に列を歩いていくと、いつの間にか一番前にたどり着いたのか受付の鬼のところにいた。

「恐れ入りますが、こちらの方に名前の記入をお願い致します」
「……これでいいかしら?」

 どうやら必要なのは名前だけだったようで、不足がないか確認していた鬼が驚いた表情をこちら側に向けていた。
 うん、まあそうだろうね。セツオウカに私が来たということは噂になっていたそうだ。だけど名前を見た瞬間驚いたところから見ると、姿までは伝わってなかったんだろう。それか、あまり気にしてなかったとか。

「……こ、こちらを受け取ってください。なにか乗せたいものがある場合、高価な物や貨幣は乗せないようお願い致します。ただし、黄泉幽世に導きたい方の形見の品であった場合は例外となります」
「わかったわ。ありがとう」
「いいえ、こちらこそ参加していただいてありがとうございます」

 うやうやしく私に小舟を渡したかと思うと周囲の鬼達が何事かと私の方を見ている。これはまずい。

「ちょっと、変に目立つからそういうことは止めて欲しいのだけれど」
「はっ、も、申し訳ありません」

 だからー……と口に出そうになったけど、これはもう何を言っても無駄そうな気がしたからさっさと川の方に向かうことにした。
 船に祈りを込めるかのように両手で持ってひたいと小舟をくっつけてる人や。別れの挨拶をしながらそっと流す人もいる。

 故人を思って流すのが『霊船流し』なんだし、私は……せっかくだから母の為に流すとしよう。
 あまり、というより全く覚えてないんだけど……なぜかそうしたいと思ったのだ。

「ティファさまティファさま、あの、前魔王のために祈っていいですか?」
「……ええ、ありがとう」

 これは正直、少し意外だった。
 アシュルが誰かのこと……しかもほとんど会ったことがないであろう前魔王――私の父に祈るなんて口にするとは思わなかったからだ。
 だけどそれがすごく嬉しかった。これがリカルデだったらまだそんなに深い感謝は抱かなかっただろう。
 あの人は昔の両親のことを知っていたし、少なからず思い入れもあるだろうから。

 それがアシュルだったから、尚の事嬉しい。

「本当に、ありがとう」

 だから私は小声でそれだけ口にしてそっと川に小船を着ける。思い出すことは何もない。記憶が無いというのはこういう時、とても寂しく感じる。
 それでも育ててくれて、守ってくれてありがとうと……それだけを思いながらそっと流してあげた。
 ゆっくりゆっくりと流れに沿って黄泉幽世に旅立っていく船団を私はじっと眺めていた。父と母の魂を乗せて行っているであろう小舟が完全に見えなくなるまで、私とアシュルはただただ見送っていくのだった。





 ――





 送魂祭の『霊船流し』を終えた翌日、私はいつもの服に着替えて図書館に行くことにした。
 お祭りは昼からやってるようだけど、なにもずっとお祭りに行く必要はない。昼の間は普通に過ごすのが良いと考えた結果だ。
 それにせっかくセツキ王に許可貰ったんだし、有効活用させてもらおうというわけだ。

 着付けに来た昨日の女性にそれを伝えた時はすごく残念そうにしてたな……。でもちょっと手の動きが怪しかったから断れて正解だったかもしれない。
 昨日のあのどこか恥ずかしい着せ替えをしなくて済んだんだしね。

 アシュルの方は別行動……というか決闘に向けて訓練をしたいと言っていた。
 確かにカザキリ相手にアシュルじゃどうしても役不足なような気がするのは事実。これは図書館での調べ物とか勉強とかが終わったら、ちょっと訓練の成果を見てから鍛えてあげようかと思う。

 前に魔導の訓練をしたっきりだったし、決闘前に少しは経験を積んでおくのもありだろう。
 出来ればアシュルが『人造命具』を使えるようになればいうことはない。魔導がこの世界の者でも使えることはアシュルが証明してくれているし、きちんと教えてあげれば習得するんじゃないだろうか。

 カザキリとの実力差を少しは埋まるだろうし、アシュル次第では善戦できるかもしれない。
 ま、今はひとまず図書館に行って、色々と学ぶとしようか。





 ――





 セツオウカの図書館は相当大きい施設だった。
 なんというか……私の館より大きいんじゃないかと錯覚するほどだ。……いや、錯覚なのか?
 一般人にも開放されているらしく、広く利用されている。

 セツオウカでは本を読むことを推奨していることもあり、鬼族の人たちは頻繁に訪れているようだ。
 リーティアスでは中々ここまではいかない。いや、エルガルムに大半の本を焼かれたせいもあってか、現在でも普及率が低いままなのだ。あるもの以外はほとんど流通してこないからないと言っても過言ではないかもしれない。
 今思えばそれもセントラルで渦巻いてる上位魔王たちの策略の一つだったんだろう。ま、今はもうセントラル側とのラインも繋がるから問題ない。大硬貨も本も続々と南西地域に流れてくるだろうし、より活発になっていくだろう。

 さて、実際図書館の中に入ってみると、本を多く収納しているところ……私の館の書斎とはまた少し違った独特な匂いがする。
 私の背丈よりもずっと高く、専用の脚立が近くにある。それを使って子どもが上の方の本を取ってる姿が微笑ましい。

 本が置いてある棚は日が当たらない場所に、本を読める場所には専用のランプ型の魔道具で、炎の魔石に魔力を使って火を灯すタイプのものだ。
 風が入りやすいように窓が設置されていて、定期的に虫干しされているのがわかる。本に陽の光や湿気は天敵だからね。

 しっかしこれだけ本が多いとどこに何があるのかさっぱりわからない。
 まずは司書を探すのが先だろうと思い、辺りを見回した時にふと気づいた。こういう所に勤めている者がどういう服を着ているのか、さっぱりわからないということを。
 役人タイプの服を着てるものも平気で本を読んでる姿が見れるし、探しているのか歩き回ってる者もいて判別がつかないということだ。

 どうしようか……これだけの量、単独で適当に探し回るなんて到底できそうにない。運が良ければ一日で行けるだろうけど、下手をしたら何日かかるかわからない。

「あ、あのぅ……」

 そんなことを考えながらあっちにうろうろ、こっちにうろうろしていたら後ろから細い声が聞こえてきた。
 振り向いてみるとそこには私を見下ろすような形で微妙に目が隠れた髪の長い二本角の青年がこちらを見ていた。

「えっと、どなた?」
「はい、自分、この図書館で司書してます。ショホウキと申します」
「ああこれはどうも。私はティファリスよ」

 私の名前を聞いた瞬間ショホウキと名乗る青年はあわあわと右往左往した後、思いっきり頭を下げてきた。

「も、申し訳ございません! 自分、てっきり迷い込んだのかと思って……まさか今噂になってる他国の女王様だなんて思いもしなくて」
「そんなに熱心に謝らなくたっていいから」

 もう頭を下げたら止まらないと言った様子のショホウキに対して宥めるようにすると、パアッと明るい顔でこっちを見て、今度は首をかしげてきた。

「その、女王様は一体どんなご用事でこちらにいらしたんですか?」
「セツキ王からこの施設を自由に使っていいって言われたからね」
「セツキ様が……!」

 驚愕に顔を染めるのは良いけど、またわたわたするのは止めて欲しい。一向に話が進まない。

「とりあえず話を進めていいかしら?」
「え、あ、はい! 申し訳ございません!」
「……もう頭は下げなくていいから、まずは魔王についてわかる本、ある?」
「は、はい! こちらになります!」

 気を取り直した様子のショホウキは手で丁寧に案内してくれていて、それに従うように歩いていく。

 しばらく歩いたかと思うと、たどり着いたのはこの図書館でも奥の区域だった。
 先程私がいた場所よりもずっと明かりが乏しく、読めるような場所はほとんどない。

「ここは……?」
「大名の方用の区域です。向こうでも魔王については学べますが、ここでしたらより深く知ることができますよ」
「わざわざ一般と大名で分けてるの?」
「はい、蔵書が多くなってきた際に分けられました。比較的わかりやすい本は一般用に、より深い知識を求められる方は大名用に……もちろん一般の方でもそれ相応の学を修めておられる方であれば閲覧できますよ」

 なるほど、結構雑多な感じがしたけど、向こうは割と整えられてたというわけか。
 これは後々知った話なのだが、案内表にどこの区画にどのジャンルの本が置いてあるかはきっちり表記されているらしい。
 とはいえ数箇所の壁に張り出されてるだけだし、覚えにくいのが難点なんだとか。

「女王様が知りたいものでしたらこちらにございます」

 相変わらず案内を受けながらも、やっと目当ての本が閲覧できると思うと知らず知らずのうちに早歩きになっていく……んだけど、なぜか一周して元の位置に戻ってきてしまった。
 なんで今回ってきたのだろうか? なにか仕掛けでもあるとか?
 よくわからないショホウキの行動に疑問を抱く私がそこにいた。
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