71 / 337
第3章・面倒事と鬼からの招待状
間話・銀狐の孤独、惹かれる心
しおりを挟む
――フラフ視点――
あたしは話すのが苦手だ。人と接することも苦手だし、つい空気の読めない発言をしてしまう。
それに銀色っていう、人とはちょっと変わった髪の色に、それに合った目と小さい体つき……そのせいでどこか他の狐人の子と距離を感じてしまい、もしかしたら彼らとは別の存在で、そのせいで周りが近づいてくれないのかと……そう思った。
親とももう長く会ってないし、父さんも母さんもあたしとは全然違う、どこにでもいる感じの狐人の親だし……だから余計にそう感じてしまうのかもしれない。
そういう考えのせいか、余計にあたしは人と関わることをやめ、喋る回数は更に減っていってしまった。
あたしだけ浮いていて、まるで世界に一人だけ取り残されてしまったかのような……あたしだけ仲間はずれにされてるような、そんな錯覚さえ覚えるほどだった。
だからあたしはクルルシェンドの軍に志願したのかもしれない。
だって人と接する必要なんてあんまりないし、精々位の高い人への接し方だけ気をつけておけばそれでいいし……面倒な人付き合いもない。そう思って入隊を決めたんだっけ。
戦う相手には気を使わなくていいし、それこそ話す必要もない。
幸いにも身体能力は人よりも高かったから、なんの問題もなく入ることが出来た。
もちろんそんな理由で入ったからあたしは独りっきり。
最初から話しかけてくれる人もいなければ、自分から向かうこともない。集団の中の孤。それがあたしだった。
だからだろうか……入隊して一年が経った時、あたしはフォイルと組んで活動することになった。
彼はクルルシェンドの元後継者で、魔王になりそこなった敗者。地位も居場所も奪われて兵士に身をやつしたんだとか。
もちろん最初はいい迷惑だった。急に魔王の縁者の人と話すなんて、あたしには敷居が高すぎたからだ。幸い、フォイルはもう全部失ったんだからと気軽に話しかけてくれと言われたから、呼び捨てにするような今の状況になったんだけど。
フォイルは何もかも無くなったはずなのに、それでも頑張っていた。腐らずにクルルシェンドを良くしようとしていた。
そんな彼を見てあたしは、すごく羨ましく思っていた。あたしのようにはじめから無かったわけじゃない。あったものを失うっていうのはそれよりも辛いことなんだ。それでも再出発しようとしているフォイルはちょっと輝いて見えた。
それにあたしのことをあまり気にしてないようだったし、すごく付き合いやすかった。
だけど、あたしの中の孤独感はずっと埋まらなかった。だってフォイルも狐人族だったから。あたしとは違って、彼は普通の狐人だったから。
そんなあたしが初めて会った誰とも違う、あたしと同じように浮いてる存在。それがティファリスさまだった。
最初は護衛の為に任務についたんだけど、どう軽く考えても責任重大な任務にあたしのようなものをつけるなんておかしいと感じていた。なにか裏があるのかも、とか。
だから、もしかしたらなにか大事に巻き込まれてるのかもしれない。そう思っていた。
そんなちょっと不安になりそうなことを考えてたんだけど、あたしが初めて見た他の国の魔王さまのことを改めて見てみると、黒くてきれいな髪に魔人族とは思えない白く輝く目。同性でも思わず見惚れそうなほどの顔立ち。
最初はどこか遠い世界の人にしか見えなかった。一般兵と魔王さまだし、当たり前なんだけどね。
だからかもしれない。ちょっと気になったのは。
まさかいきなり「チェンジ」なんて言われるなんて思っても見なかったけど。
このティファリスという魔王さまはすごく変わっていて、野宿のときもアイテム袋に食料あるのにわざわざあたしたちに合わせてくれてるし、宿屋がどんな場所でも文句言わない。食事だって酒場とか物騒なところでも普通に付き合ってくれる。
……でも、あの時は本当に申し訳なかった。私があんなところに案内したせいでちんぴらみたいなのに絡まれちゃったし、その後リカルデに怒られることになっちゃったし。
でもあの酒場での毅然とした態度、格好良かった。しかも魔法であっという間に鎮圧するから、あたしの出番とかなかった。
今思ったらその時に……あの酒場での立ち回りの時に、気になってたのかもしれない。あたしが聞いてた魔王さま像とは違う。アロマンズさまみたいに威張り散らしてばっかりの口だけの人とは違う。
この人は自分の中でやるって決めたら絶対にやる人なんだって思った。
金狐さまと呼ばれている霊獣さまとの戦いが終わって、クルルシェンドとグロアス王国が連合を組んで鎮獣の森に侵攻してきたときもそう、ティファリスさまは一人で戦いを挑んでいった。
普通だったらまず魔王さまの方が逃げるものだ。あたしたちを犠牲にしてでも自分の国に戻って立て直すのが本当なら正しいはずだ。
あたしたちは最悪死んだって影響なんてないけど、魔王が死ぬってことは国を支えている人が、最大の戦力が消えるってことだもの。いくら魔王がその国で一番強くても体力や魔力が無尽蔵でない以上、本当だったらこんな戦い、無謀もいいところなんだ。
だけど、ティファリスさまはあたしたちに生きて欲しいって思ってくれていた。死なせたくないって。
だから一人で戦うって言ってくれてたんだし……そこまでしてくれる人は今までいなかった。だってあたしは独りだったし、それでいいと思ってたから。
そんな風に思われたことなんて一度もなかった。だから……もしかしたらあの独りで戦ってる孤高の魔王さまは、あたしを受け入れてくれるかもしれない。そう、感じた。
気づいたときにはあたしは、ティファリスさまに惹かれてしまったのかもしれない。
――
――リンデル・街中
絡んできたちんぴら傭兵をぶちのめしたティファリスさまと一緒に警備兵に突き出した後、またブラブラと歩いていくことにした。
あのときの顔は見ものだったなぁ。血がサーッと抜け落ち様な音が聞こえてきそうなくらい青くなってたんだもん。
きっと魔王さまだって打ち明けたんだろうね。
それにしても、ティファリスさまはすごく強い。あたしとかまるで騎士に守られてるお姫さま状態だ。
いや、ちょっと誇張しすぎかも。どっちかというと守るのはあたしの方なんだけどね。
「バカ共に軽く付き合ったらちょっとお腹すいてきたわね……」
あれだけのことを『軽く』で済ませられるんだもんね。あたしにもあまり動きが見えなかった。
男が足を折られてた瞬間とか、剣を折ったところとか……全然わからなかった。
それだけ動いてちょっとお腹が空いてきたで済ませるんだから、ティファリスさまの強さを感じる。
「フラフ? ぼーっとしてどうしたの?」
「ん、ちょっと、考え事」
ティファリスさまが顔を覗き込むように見てくるから、思わず目を反らした。
すると、ちょうど食べ物を売ってる屋台を見つける。ちょうどいい、これを出しにさせてもらおう。
「あれ、気になった」
「あれ? ……ああ、屋台が並んでるのね」
「ちょうどいいから、見て回ろう?」
「ええ、面白そうだし行ってみましょうか」
軽く笑いかけてきたティファリスさまにドキッとしながら後ろをついていくことにした。
ドワーフの街って酒場か採掘場とか……こういう屋台なんてないと思ってた。
ドワーフ族の他にも魔人族にリザードマン族が店を出してる。というか、リザードマン族なんて初めてみた。
本では体中鱗に覆われたトカゲのような一族で、竜人の亜種らしくて頭の左右に角が生えてるのはその名残だとか。
ティファリスさまも同じようで、一直線にリザードマン族の方に駆けていった。
「らっしゃい」
「へぇ、リザードマン族なんて初めてみたわ」
「おいらを見た人はみんなそう言うねぇ。そうだ良かったらコレ、食ってみないかい? 代金いただくけど」
そう言って差し出されたのはなんだろう……なんだか大きい卵みたいなものにサクサクの衣がついた揚げ物みたいだ。
あたしやティファリスさまでは片手じゃ持てないくらいの大きい。
食べることが大好きなティファリスさまは誰が見てもわかりそうなほど。
「これ、初めて見るけど……なんていう料理?」
「へい、これはリザードマン族で飼育してるリッツフォーゲルの卵を使った『ドローリウフ』って食べ物よ。一個大銅貨12枚さ」
「へー……それじゃ、二つ貰おうかしら」
「まいどありっ」
ティファリスさまがちょっと不安定になりながら包み紙に入った『ドローリウフ』を持ってきてくれて、あたしに一つ渡してくれた。
普段見慣れてる卵よりもずっと大きくて、なんというか……圧倒される。
「ありがとう、ティファリスさま」
「ちょっと付き合わちゃったからね。お詫びみたいなものよ」
お詫びなんて……むしろあたしの方がお礼する立場だと思う。
ティファリスさまは全く気にしてないで自分の手に持ってる『ドローリウフ』に注視してた。
あたしの方はそのティファリスさまのことをじーっと見てる。前に酒場で見たんだけど、ティファリスさまは美味しいものを食べた時、すごく嬉しそうっていうか、艶があるっていうか……いい顔してるから見ておきたかった。
ティファリスさまが口をつけた時に聞こえてくるザクッと言う音と、食べ進んだ時にブシュっていう音が聞こえてきた。見てみると、卵の黄身がちょっと溢れ出してるのが見える。
慌ててこぼれないように黄身に口をつけて吸い取ってる仕草が可愛い。しばらくそのまま食べてたかと思うと、口を離してふぅ、ため息一つ。
ちょっと目を細めて嬉しそうな顔をしてる。少し色っぽいっていうか、すごく背徳感がある気がする。
ティファリスさまの反応を見ても結構美味しいものみたい。一通り目の保養を楽しんだ後、あたしも口をつけてみることにした。
『ドローリウフ』はざっくりとした衣の食感が歯に口に響いてきて、油と味付けされた卵の味。ある程度食べていくとティファリスさまと同じように黄身が噴き出してきた。
どろっと濃厚で、口の中で舌触りのいい感触が伝わってくる。ただただ黄身の味ってわけじゃない。きちんと味が整った美味しさがあって、たまらない。
「すごく、美味しい」
「そうね、予想以上の当たりだわ」
美味しいのは良かったんだけど、結構大きくて食べるのに時間がかかってしまうほどだった。
それからも気になった屋台に行って食べ歩きをしながら一日ゆっくり過ごしていく。
たったそれだけのことがとても嬉しくて、今まで思ったこともなかったんだけど、こういうのってすごく大切なように感じて……こんな日々が、ティファリスさまと一緒にいられる日が続けばいいなって、他人のことをこんなに想えたのって初めてのことで……とても嬉しかったの。
あたしは話すのが苦手だ。人と接することも苦手だし、つい空気の読めない発言をしてしまう。
それに銀色っていう、人とはちょっと変わった髪の色に、それに合った目と小さい体つき……そのせいでどこか他の狐人の子と距離を感じてしまい、もしかしたら彼らとは別の存在で、そのせいで周りが近づいてくれないのかと……そう思った。
親とももう長く会ってないし、父さんも母さんもあたしとは全然違う、どこにでもいる感じの狐人の親だし……だから余計にそう感じてしまうのかもしれない。
そういう考えのせいか、余計にあたしは人と関わることをやめ、喋る回数は更に減っていってしまった。
あたしだけ浮いていて、まるで世界に一人だけ取り残されてしまったかのような……あたしだけ仲間はずれにされてるような、そんな錯覚さえ覚えるほどだった。
だからあたしはクルルシェンドの軍に志願したのかもしれない。
だって人と接する必要なんてあんまりないし、精々位の高い人への接し方だけ気をつけておけばそれでいいし……面倒な人付き合いもない。そう思って入隊を決めたんだっけ。
戦う相手には気を使わなくていいし、それこそ話す必要もない。
幸いにも身体能力は人よりも高かったから、なんの問題もなく入ることが出来た。
もちろんそんな理由で入ったからあたしは独りっきり。
最初から話しかけてくれる人もいなければ、自分から向かうこともない。集団の中の孤。それがあたしだった。
だからだろうか……入隊して一年が経った時、あたしはフォイルと組んで活動することになった。
彼はクルルシェンドの元後継者で、魔王になりそこなった敗者。地位も居場所も奪われて兵士に身をやつしたんだとか。
もちろん最初はいい迷惑だった。急に魔王の縁者の人と話すなんて、あたしには敷居が高すぎたからだ。幸い、フォイルはもう全部失ったんだからと気軽に話しかけてくれと言われたから、呼び捨てにするような今の状況になったんだけど。
フォイルは何もかも無くなったはずなのに、それでも頑張っていた。腐らずにクルルシェンドを良くしようとしていた。
そんな彼を見てあたしは、すごく羨ましく思っていた。あたしのようにはじめから無かったわけじゃない。あったものを失うっていうのはそれよりも辛いことなんだ。それでも再出発しようとしているフォイルはちょっと輝いて見えた。
それにあたしのことをあまり気にしてないようだったし、すごく付き合いやすかった。
だけど、あたしの中の孤独感はずっと埋まらなかった。だってフォイルも狐人族だったから。あたしとは違って、彼は普通の狐人だったから。
そんなあたしが初めて会った誰とも違う、あたしと同じように浮いてる存在。それがティファリスさまだった。
最初は護衛の為に任務についたんだけど、どう軽く考えても責任重大な任務にあたしのようなものをつけるなんておかしいと感じていた。なにか裏があるのかも、とか。
だから、もしかしたらなにか大事に巻き込まれてるのかもしれない。そう思っていた。
そんなちょっと不安になりそうなことを考えてたんだけど、あたしが初めて見た他の国の魔王さまのことを改めて見てみると、黒くてきれいな髪に魔人族とは思えない白く輝く目。同性でも思わず見惚れそうなほどの顔立ち。
最初はどこか遠い世界の人にしか見えなかった。一般兵と魔王さまだし、当たり前なんだけどね。
だからかもしれない。ちょっと気になったのは。
まさかいきなり「チェンジ」なんて言われるなんて思っても見なかったけど。
このティファリスという魔王さまはすごく変わっていて、野宿のときもアイテム袋に食料あるのにわざわざあたしたちに合わせてくれてるし、宿屋がどんな場所でも文句言わない。食事だって酒場とか物騒なところでも普通に付き合ってくれる。
……でも、あの時は本当に申し訳なかった。私があんなところに案内したせいでちんぴらみたいなのに絡まれちゃったし、その後リカルデに怒られることになっちゃったし。
でもあの酒場での毅然とした態度、格好良かった。しかも魔法であっという間に鎮圧するから、あたしの出番とかなかった。
今思ったらその時に……あの酒場での立ち回りの時に、気になってたのかもしれない。あたしが聞いてた魔王さま像とは違う。アロマンズさまみたいに威張り散らしてばっかりの口だけの人とは違う。
この人は自分の中でやるって決めたら絶対にやる人なんだって思った。
金狐さまと呼ばれている霊獣さまとの戦いが終わって、クルルシェンドとグロアス王国が連合を組んで鎮獣の森に侵攻してきたときもそう、ティファリスさまは一人で戦いを挑んでいった。
普通だったらまず魔王さまの方が逃げるものだ。あたしたちを犠牲にしてでも自分の国に戻って立て直すのが本当なら正しいはずだ。
あたしたちは最悪死んだって影響なんてないけど、魔王が死ぬってことは国を支えている人が、最大の戦力が消えるってことだもの。いくら魔王がその国で一番強くても体力や魔力が無尽蔵でない以上、本当だったらこんな戦い、無謀もいいところなんだ。
だけど、ティファリスさまはあたしたちに生きて欲しいって思ってくれていた。死なせたくないって。
だから一人で戦うって言ってくれてたんだし……そこまでしてくれる人は今までいなかった。だってあたしは独りだったし、それでいいと思ってたから。
そんな風に思われたことなんて一度もなかった。だから……もしかしたらあの独りで戦ってる孤高の魔王さまは、あたしを受け入れてくれるかもしれない。そう、感じた。
気づいたときにはあたしは、ティファリスさまに惹かれてしまったのかもしれない。
――
――リンデル・街中
絡んできたちんぴら傭兵をぶちのめしたティファリスさまと一緒に警備兵に突き出した後、またブラブラと歩いていくことにした。
あのときの顔は見ものだったなぁ。血がサーッと抜け落ち様な音が聞こえてきそうなくらい青くなってたんだもん。
きっと魔王さまだって打ち明けたんだろうね。
それにしても、ティファリスさまはすごく強い。あたしとかまるで騎士に守られてるお姫さま状態だ。
いや、ちょっと誇張しすぎかも。どっちかというと守るのはあたしの方なんだけどね。
「バカ共に軽く付き合ったらちょっとお腹すいてきたわね……」
あれだけのことを『軽く』で済ませられるんだもんね。あたしにもあまり動きが見えなかった。
男が足を折られてた瞬間とか、剣を折ったところとか……全然わからなかった。
それだけ動いてちょっとお腹が空いてきたで済ませるんだから、ティファリスさまの強さを感じる。
「フラフ? ぼーっとしてどうしたの?」
「ん、ちょっと、考え事」
ティファリスさまが顔を覗き込むように見てくるから、思わず目を反らした。
すると、ちょうど食べ物を売ってる屋台を見つける。ちょうどいい、これを出しにさせてもらおう。
「あれ、気になった」
「あれ? ……ああ、屋台が並んでるのね」
「ちょうどいいから、見て回ろう?」
「ええ、面白そうだし行ってみましょうか」
軽く笑いかけてきたティファリスさまにドキッとしながら後ろをついていくことにした。
ドワーフの街って酒場か採掘場とか……こういう屋台なんてないと思ってた。
ドワーフ族の他にも魔人族にリザードマン族が店を出してる。というか、リザードマン族なんて初めてみた。
本では体中鱗に覆われたトカゲのような一族で、竜人の亜種らしくて頭の左右に角が生えてるのはその名残だとか。
ティファリスさまも同じようで、一直線にリザードマン族の方に駆けていった。
「らっしゃい」
「へぇ、リザードマン族なんて初めてみたわ」
「おいらを見た人はみんなそう言うねぇ。そうだ良かったらコレ、食ってみないかい? 代金いただくけど」
そう言って差し出されたのはなんだろう……なんだか大きい卵みたいなものにサクサクの衣がついた揚げ物みたいだ。
あたしやティファリスさまでは片手じゃ持てないくらいの大きい。
食べることが大好きなティファリスさまは誰が見てもわかりそうなほど。
「これ、初めて見るけど……なんていう料理?」
「へい、これはリザードマン族で飼育してるリッツフォーゲルの卵を使った『ドローリウフ』って食べ物よ。一個大銅貨12枚さ」
「へー……それじゃ、二つ貰おうかしら」
「まいどありっ」
ティファリスさまがちょっと不安定になりながら包み紙に入った『ドローリウフ』を持ってきてくれて、あたしに一つ渡してくれた。
普段見慣れてる卵よりもずっと大きくて、なんというか……圧倒される。
「ありがとう、ティファリスさま」
「ちょっと付き合わちゃったからね。お詫びみたいなものよ」
お詫びなんて……むしろあたしの方がお礼する立場だと思う。
ティファリスさまは全く気にしてないで自分の手に持ってる『ドローリウフ』に注視してた。
あたしの方はそのティファリスさまのことをじーっと見てる。前に酒場で見たんだけど、ティファリスさまは美味しいものを食べた時、すごく嬉しそうっていうか、艶があるっていうか……いい顔してるから見ておきたかった。
ティファリスさまが口をつけた時に聞こえてくるザクッと言う音と、食べ進んだ時にブシュっていう音が聞こえてきた。見てみると、卵の黄身がちょっと溢れ出してるのが見える。
慌ててこぼれないように黄身に口をつけて吸い取ってる仕草が可愛い。しばらくそのまま食べてたかと思うと、口を離してふぅ、ため息一つ。
ちょっと目を細めて嬉しそうな顔をしてる。少し色っぽいっていうか、すごく背徳感がある気がする。
ティファリスさまの反応を見ても結構美味しいものみたい。一通り目の保養を楽しんだ後、あたしも口をつけてみることにした。
『ドローリウフ』はざっくりとした衣の食感が歯に口に響いてきて、油と味付けされた卵の味。ある程度食べていくとティファリスさまと同じように黄身が噴き出してきた。
どろっと濃厚で、口の中で舌触りのいい感触が伝わってくる。ただただ黄身の味ってわけじゃない。きちんと味が整った美味しさがあって、たまらない。
「すごく、美味しい」
「そうね、予想以上の当たりだわ」
美味しいのは良かったんだけど、結構大きくて食べるのに時間がかかってしまうほどだった。
それからも気になった屋台に行って食べ歩きをしながら一日ゆっくり過ごしていく。
たったそれだけのことがとても嬉しくて、今まで思ったこともなかったんだけど、こういうのってすごく大切なように感じて……こんな日々が、ティファリスさまと一緒にいられる日が続けばいいなって、他人のことをこんなに想えたのって初めてのことで……とても嬉しかったの。
0
お気に入りに追加
108
あなたにおすすめの小説
【完結】幼馴染に婚約破棄されたので、別の人と結婚することにしました
鹿乃目めの
恋愛
セヴィリエ伯爵令嬢クララは、幼馴染であるノランサス伯爵子息アランと婚約していたが、アランの女遊びに悩まされてきた。
ある日、アランの浮気相手から「アランは私と結婚したいと言っている」と言われ、アランからの手紙を渡される。そこには婚約を破棄すると書かれていた。
失意のクララは、国一番の変わり者と言われているドラヴァレン辺境伯ロイドからの求婚を受けることにした。
主人公が本当の愛を手に入れる話。
独自設定のファンタジーです。実際の歴史や常識とは異なります。
さくっと読める短編です。
※完結しました。ありがとうございました。
閲覧・いいね・お気に入り・感想などありがとうございます。
(次作執筆に集中するため、現在感想の受付は停止しております。感想を下さった方々、ありがとうございました)
[鑑定]スキルしかない俺を追放したのはいいが、貴様らにはもう関わるのはイヤだから、さがさないでくれ!
どら焼き
ファンタジー
ついに!第5章突入!
舐めた奴らに、真実が牙を剥く!
何も説明無く、いきなり異世界転移!らしいのだが、この王冠つけたオッサン何を言っているのだ?
しかも、ステータスが文字化けしていて、スキルも「鑑定??」だけって酷くない?
訳のわからない言葉?を発声している王女?と、勇者らしい同級生達がオレを城から捨てやがったので、
なんとか、苦労して宿代とパン代を稼ぐ主人公カザト!
そして…わかってくる、この異世界の異常性。
出会いを重ねて、なんとか元の世界に戻る方法を切り開いて行く物語。
主人公の直接復讐する要素は、あまりありません。
相手方の、あまりにも酷い自堕落さから出てくる、ざまぁ要素は、少しづつ出てくる予定です。
ハーレム要素は、不明とします。
復讐での強制ハーレム要素は、無しの予定です。
追記
2023/07/21 表紙絵を戦闘モードになったあるヤツの参考絵にしました。
8月近くでなにが、変形するのかわかる予定です。
2024/02/23
アルファポリスオンリーを解除しました。
惣菜パン無双 〜固いパンしかない異世界で美味しいパンを作りたい〜
甲殻類パエリア
ファンタジー
どこにでもいる普通のサラリーマンだった深海玲司は仕事帰りに雷に打たれて命を落とし、異世界に転生してしまう。
秀でた能力もなく前世と同じ平凡な男、「レイ」としてのんびり生きるつもりが、彼には一つだけ我慢ならないことがあった。
——パンである。
異世界のパンは固くて味気のない、スープに浸さなければ食べられないものばかりで、それを主食として食べなければならない生活にうんざりしていた。
というのも、レイの前世は平凡ながら無類のパン好きだったのである。パン好きと言っても高級なパンを買って食べるわけではなく、さまざまな「菓子パン」や「惣菜パン」を自ら作り上げ、一人ひっそりとそれを食べることが至上の喜びだったのである。
そんな前世を持つレイが固くて味気ないパンしかない世界に耐えられるはずもなく、美味しいパンを求めて生まれ育った村から旅立つことに——。
配信者ルミ、バズる~超難関ダンジョンだと知らず、初級ダンジョンだと思ってクリアしてしまいました~
てるゆーぬ(旧名:てるゆ)
ファンタジー
女主人公です(主人公は恋愛しません)。18歳。ダンジョンのある現代社会で、探索者としてデビューしたルミは、ダンジョン配信を始めることにした。近くの町に初級ダンジョンがあると聞いてやってきたが、ルミが発見したのは超難関ダンジョンだった。しかしそうとは知らずに、ルミはダンジョン攻略を開始し、ハイランクの魔物たちを相手に無双する。その様子は全て生配信でネットに流され、SNSでバズりまくり、同接とチャンネル登録数は青天井に伸び続けるのだった。
わたくし、前世では世界を救った♂勇者様なのですが?
自転車和尚
ファンタジー
【タイトル】
わたくし、前世では世界を救った♂勇者様なのですが?
〜魔王を倒し世界を救った最強勇者様だったこの俺が二度目の転生で、超絶美少女貴族に生まれ変わってしまった。一体これからどうなる私のTS貴族令嬢人生!?
【あらすじ】
「どうして俺こんな美少女令嬢に生まれ変わってんの?!」
日本の平凡な男子大学生が転生し、異世界『レーヴェンティオラ』を救う運命の勇者様となったのはもう二〇年も前。
この世界を脅かす魔王との最終決戦、終始圧倒するも相打ちとなった俺は死後の世界で転生させてくれた女神様と邂逅する。
彼女は俺の偉業を讃えるとともに、神界へと至る前に女神が管理する別の異世界『マルヴァース』へと転生するように勧めてきた。
前回の反省点から生まれは貴族、勇者としての能力はそのままにというチート状態での転生を受け入れた俺だが、女神様から一つだけ聞いてなかったことがあるんだ……。
目の前の鏡に映る銀髪、エメラルドグリーンの目を持つ超絶美少女……辺境伯家令嬢「シャルロッタ・インテリペリ」が俺自身? どういうことですか女神様!
美少女転生しても勇者としての能力はそのまま、しかも美少女すぎて国中から讃えられる「辺境の翡翠姫(アルキオネ)」なんて愛称までついてしまって……ちょっとわたくし、こんなこと聞いてないんですけど?
そんなシャルロッタが嘆く間も無く、成長するに従ってかけがえの無い仲間との邂逅や、実はこの世界を狙っている邪悪な存在が虎視眈々と世界征服を狙っていることに気がつき勇者としての力を発揮して敵を打ち倒していくけど……こんな化け物じみた力を貴族令嬢が見せたらまずいでしょ!?
一体どうなるの、わたくしのTSご令嬢人生!?
前世は♂勇者様だった最強貴族令嬢の伝説が、今幕を開ける。
※本作は小説家になろう、カクヨム、アルファポリスに同時掲載を行なっております。
孤児のTS転生
シキ
ファンタジー
とある地球という星に住む男は仕事帰りに通り魔により殺されてしまった。
次に目を開けた時、男の頭の中には一人の少女の記憶が駆け巡り自分が今置かれている状況を知る。
此処は地球という星ではなく科学の代わりに魔法が発展した俗に言う異世界という所だった。
記憶によれば自分は孤児であり街の片隅にあるスラムにいるらしい。
何をするにもまず動かなくてはならない。
今日も探索、採取、狩猟、研究をする日々。
自分がまったりする日は少ししかない。
年齢5歳の身体から始まる鬼畜な世界で生き抜く為、今日も頑張ります!
空間魔法って実は凄いんです
真理亜
ファンタジー
伯爵令嬢のカリナは10歳の誕生日に実の父親から勘当される。後継者には浮気相手の継母の娘ダリヤが指名された。そして家に置いて欲しければ使用人として働けと言われ、屋根裏部屋に押し込まれた。普通のご令嬢ならここで絶望に打ちひしがれるところだが、カリナは違った。「その言葉を待ってました!」実の母マリナから託された伯爵家の財産。その金庫の鍵はカリナの身に不幸が訪れた時。まさに今がその瞬間。虐待される前にスタコラサッサと逃げ出します。あとは野となれ山となれ。空間魔法を駆使して冒険者として生きていくので何も問題ありません。婚約者のイアンのことだけが気掛かりだけど、私の事は死んだ者と思って忘れて下さい。しばらくは恋愛してる暇なんかないと思ってたら、成り行きで隣国の王子様を助けちゃったら、なぜか懐かれました。しかも元婚約者のイアンがまだ私の事を探してるって? いやこれどーなっちゃうの!?
公爵家に生まれて初日に跡継ぎ失格の烙印を押されましたが今日も元気に生きてます!
小択出新都
ファンタジー
異世界に転生して公爵家の娘に生まれてきたエトワだが、魔力をほとんどもたずに生まれてきたため、生後0ヶ月で跡継ぎ失格の烙印を押されてしまう。
跡継ぎ失格といっても、すぐに家を追い出されたりはしないし、学校にも通わせてもらえるし、15歳までに家を出ればいいから、まあ恵まれてるよね、とのんきに暮らしていたエトワ。
だけど跡継ぎ問題を解決するために、分家から同い年の少年少女たちからその候補が選ばれることになり。
彼らには試練として、エトワ(ともたされた家宝、むしろこっちがメイン)が15歳になるまでの護衛役が命ぜられることになった。
仮の主人というか、実質、案山子みたいなものとして、彼らに護衛されることになったエトワだが、一癖ある男の子たちから、素直な女の子までいろんな子がいて、困惑しつつも彼らの成長を見守ることにするのだった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる