聖黒の魔王

灰色キャット

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第2章・妖精と獣の国、渦巻く欲望

53・その鎧は、あらゆる災厄から主を守る

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 転生前はいつも身につけていたけど、この世界に来てからは初めて着る決意をした鎧……だけど不安な要素が一つある。
 それは以前の私は男で、今は女であるということ。性別も体格全く違うから、どういう風になるかの予想がさっぱりつかないということだ。

 だけど今の私では使わないとかなり手こずるのは目に見えてるし、選択肢がない以上覚悟を決めるしかないか。

「行くわよ……」

 私の言葉にグッと姿勢を低く落とし、いつでも襲いかかれるように身構える霊獣。
 それを見据えながら、私は鎧の顕現を願う。

「現われなさい! 『人造命鎧「ヴァイシュニル」』!」

 私の呼びかけに応えたかのように、鎧と思える輪郭が黒く輝き、徐々に白い光を放ちながらその姿を表した。
 純白とも呼べる白く美しい鎧と私の腕にピッタリのサイズのガントレットと膝まで覆うレギンス。そこまではいい。
 だけどこの膝よりも短いスカートに、その布を覆うように装甲がついているようなのはちょっと恥ずかしい。更に左右にも上から下に広がるような感じの装甲がついていて、そこから布が……これはサイドスカートとでも言うべきなのだろうか? 短いスカートの左右と後ろだけロングスカートのような布が付け足されてるように見える。しかもあくまで左右から短いスカートを隠すように布が広がってるだけだから、微妙に後ろの方にも隙間がある。
 鎧の中央には黒いひし形のクリスタルが埋め込まれており、全身が白く染め上げられた私の中でも一際主張しているように感じる……というか……

「え? なにこれ?」
「お、お嬢様……お美しくなられて……」

 今まで着てた服はどこにいったのだろうか? と言いたくなるほど様変わりしていて、思わず困惑してしまう。
 いつものロングスカートからいきなりこんな短いスカートを着せられ、思いっきり股の辺りがスースーするような感じがする。布の部分には白に映える金の刺繍が施されており、きれいなのはいいんだけど……ものすごい違和感がある。
 あまりの出来事に思わずスカートを抑えて周りを見回すけど、いきなりのことでものすごく顔が熱く感じてしまう。

 というかリカルデはなぜか感極まっていて、フォイルは驚きつつも顔を赤くし、フラフに至ってはうっとりするかのような目でこちらを見ている。
 肝心の霊獣の方ですら私のあまりの変わりようにあ然とした様子で惚けるように口を微妙に開けてこちらを見ていた。

「ちょ、そんなに見られたら逆に恥ずかしいんだけど!」
「そ、そない言われてもなぁー……なぁ?」
「うん、ティファリスさま、すごくきれい」

 なんというかすごく反応に困るんだけど。
 まさかここまで様変わりするとは思ってなかった。私的には適当に鎧が装着される程度だろうと思ってたんだけど……着ていた服すら全く別のものに変わるとはね。

 しかもこれのせいで私の着装? 変装? みたいな魔導のせいで場の緊張感漂っていた空気が一気に打ち消されてしまった。

「ああもう! これが私の切り札の一つ、『人造命鎧「ヴァイシュニル」』よ!」

 このままではいけないと気を引き締めて霊獣を静かに見据えると、ようやく正気に戻ったのか急に慌てたかのように取り繕ってきた。

『……そ、そんな虚仮威しで我を倒せると思ってるのか?』
「その虚仮威しでぽかーんと口開けたまま凝視してたんはどこの誰やろかね……」
『「お前には言われたくない」』
「え!? なんでフラフまでさり気なく混ざってん!?」
「なんとなく」

 一回弛緩した雰囲気は中々元に戻らず、どこかフヌケた雰囲気が漂ってる中、霊獣が今一度気を引き締めようと動き出した。

『ふざけるのも大概にしておくがいい。どうあがこうとも我の幻は打ち破れぬわ』
「……それはどうかしらね」

 段々空気が元に戻ってきているところ悪いけど、勝負はほぼ決したと言ってもいいだろう。
 なぜなら、あれほどいた霊獣は今ではだけになっているのだから。

 これが『人造命鎧「ヴァイシュニル」』の力の一つ。私に悪影響を及ぼす全ての効果を無効にし、常にありのままを私に見せてくれる。
 幻とか変身なんてなんの意味もなさない。それがこの鎧の力。

 他にも具現化していない時は私の身体の異常を防ぐ効果がある。ただ、その場合は幻などの視覚系の攻撃は防ぐことが出来ない。あくまで体調を悪化させるもののみが対象だからだ。
 それでも毒や麻痺……呪いとか魅了なんかも無効にするから、日常生活中にも相当役に立つ。どんなに危ない毒を盛られたりしても一切問題ない。

 ――鎧以外の武装も全て含め、総じて『人造装具』と呼ばれるこの魔導は、勇者にとって到達するべき一つの目標だ。
 自らの『魂』と『心の在り方』を具現化した、まさに自分一人にしか生み出せない専用装具。自分の魂を削りだして作る為、一度作ってしまえばイメージする必要がない。
 また、普段は体内に収納されているためわざわざ装備する必要はないし、他人の手に渡ったところで性能はなまくら以下。しかももう一度魔導を使えば、若干のタイムラグはあるけど再び自分の手元に戻ってくるのがこの『人造装具』系の特徴とも言える。

 その分、一番最初に作ったときの負担が尋常ではなく、軽いものでも三日。重いもので一ヶ月はまともに動けなくなってしまう。
 どれだけ自分が魔力や魔導に精通しているかで負担が変わり、例外なく武器と防具の一つずつしか作れない。
 だけど魔導で造られた物は凄まじい性能を誇り、転生前の世界では勇者は自身を象徴する『人造装具』を持つことが必須であると言えた。
 私が『白覇びゃくはの勇者』と呼ばれるようになったのもこの鎧と武器を手に戦場を駆け抜けたからだ。

 本当は武器の方も使った方がいいんだけど……今回はあくまで一撃を入れる勝負だ。武器の方は下手をしたら殺してしまう可能性もあるし、見送った感じだ。

「それじゃ、行くわよ――!」

 私は霊獣の方に一直線に駆け抜け、右足を軸にして身体を捻り、左足で思いっきり振り抜く。
 自身の幻が通じていないとは露とも思ってなかった霊獣は、私の迷いのない攻撃に目を見開いて戸惑っている。

『!? バ、バカな!?』

 かろうじて回避には成功したみたいだけど、相当な速度で出した一撃は紙一重でさえ相手の体勢を崩し、行動を一手遅らせる。
 すかさず振り抜いた左足を回転しながら地面につけ、そのまま右足で後ろ蹴りを繰り出してやる。

『くっ……速っ……があぁっ!』

 体勢が崩れたまま避けようとしたみたいだけど、回避が間に合わず後ろ足に直撃。嫌な音を響かせて吹っ飛んどいった。
 そのまま私は霊獣についていき、地面に倒れ伏している霊獣の目の前で拳を振りかぶって静止してやる。

「…………」
『グッ……くっ、我の負けか……』

 嘘偽りない戦意喪失を確認して、ゆっくりとこちらも構えを解く。ただ、今からまだまだ戦いは続くだろうから鎧の方は戻さずにいるけど。あっさりと勝てて拍子抜けだけど、まだまだ気は抜けないだろう。
 今まで固唾をのんで見守っていた三人が喜びながら私の方に歩み寄ってきた。

『ヌシの勝ちだ。好きにしろ……』

 またなんというか聞き飽きた言葉を言う霊獣のことはひとまず無視して、まずは傷を癒やすことが先決だ。

「誰か光属性の魔法使えない?」
「あたし、使える」

 フラフが主張するように手を挙げる。もし誰も使えなかったら最後の手段に出ようと思ったんだけど、彼女が使えるのなら丁度いい。

「それならこの霊獣にかけてくれない? 倒しに来たわけじゃないんだからこのままなのは不味いでしょう」
「わかった」
『……どういうつもりだ?』

 敗者に情けをかけるような真似をしてどういうつもりだ? と言わんばかりの目で私を見てるけど、どういうつもりもなにもない。
 ただ、霊獣の方が話を聞きそうにないから勝負しただけだ。

「言ったじゃない。最初は討伐するつもりだったけど、今は違うって」
『……それでは、ここには何をしに来た?』
「貴方を討伐したい連中の罠にワザとかかった感じかしら?」
『どういうことなのかさっぱりわからん』

 ちょっと長くなるかも知れないけど、これは一から説明してあげたのほうがいいかも。
 幸い監視してたのは軒並み霊獣に始末されているし、ここで多少時間を掛けて話すぐらい大丈夫だろう。

 そこから野営の準備を行いながらできるだけ要点を抑えながら説明。その間にリカルデは料理。フラフはその様子を私の隣で嬉しそうに眺め、フォイルは……じっと考え事に耽っているようだった。

『ふむ……つまり我を餌としてヌシらをおびき寄せた、と』
「そういうことね」
『つまらんことに我を巻き込んでくれたものだな。だからこそヌシのような強者に出会えたということだろうがな。
 しかし……よくもやってくれたな狐人族の魔王め。一つならまだしも、すべての古き盟約を反故にするとはいい度胸だ』
「古き盟約?」

 それは一体どんなものかと霊獣に聞こうとしたけど、いきなり我に返ったフォイルから続きを聞くことになった。

「狐人族より先にこの地にいたんが霊獣なんですよ。クルルシェンドの初代魔王が霊獣の神域を侵さないこと、鎮獣の森を伐採しないこと、自身を悪意を持って利用しないことの三つを提示した言われてます」
『我は自身の領域を侵されなければそれでいいと思っていたが、どうやら甘かったみたいだな。
 ……それにしても、それを知っているということは、ヌシの方は魔王の系譜に連なる者か』

 霊獣の鋭い目線がスッと申し訳なさそうにしているフォイルの方に向く。

「ぼくは敗戦者ですよ。アロマンズの策略にも気づかんで自分の国だけに視線を向けてたばかりに……金狐様には申し訳もたちません」
「金狐?」
『クルルシェンドの魔王が我を呼ぶときの名だ。九つの尾を持つ金色の狐を略したとか言っておったな』

 それはもう見たそのまんまなんじゃないかと思うんだけど。
 ……それはそうと、魔王との盟約か。

『ふぅ……こうなってしまっては致し方あるまい。盟約が破られた以上、我も黙ってはおれん。ここは――』
「ちょっと待った」

 霊獣――金狐の言おうとしている事は何となく分かる。
 だけど今それをさせるわけにはいかない。いくら霊獣とは言え、軍と渡り合えるかどうかわからないし、金狐の存在は今の私にとっても必要なものだからね。
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