42 / 337
第2章・妖精と獣の国、渦巻く欲望
38・魔王様、似たような出来事を受ける
しおりを挟む
『妖精の止まり木』での食事を終えた私はお腹の苦しみに悩みつつも、運動がてらに散歩を楽しんでからアストゥへのお土産を買って城の方に帰る。
多分相当ご機嫌斜めだろうし、何かしら対策をしておいたほうが良いだろう。
「随分遅かったね」
城に……というより門を通ろうとして聞いた第一声がそれだった。この声は――
「アストゥ……どうしてここに」
「そろそろ帰ってくるかなって思って待ってたの! もう、街に行きたいなら案内くらいするのに!」
もう、もう! と頬を膨らませて私に憤りをぶつける幼女――もとい女王。
地団駄を踏む姿はとてもそうは見えないんだけど。
「ごめんなさいね。でも貴女が一緒にいたら接待みたいになりかねないでしょう? ありのままの貴女の国を楽しみたかったのよ」
「う……むー、それなら良いよ。街の人たちもわたしに遠慮するかもしれないもんね」
「それにほら、これ。お土産もあるから機嫌直してちょうだい」
「えー、なになに?」
最初は怒っていたアストゥの興味がすぐに私の持ってる袋に移った。
中には『妖精の止まり木』とは違うタイプのラポルタルトが入っている。フーロエルの蜜に漬け込んだラポルをタルトとして焼き上げたのだとか。生地にもタルトの中にもフーロエルの蜜が使われていて、ものすごく濃厚な甘さを秘めた一品となってる。
「あ、これ『ラポルの里』のタルトだ! ものすごーく甘くて美味しいんだよねー」
さっきの表情とは打って変わって上機嫌になったアストゥはすごく嬉しそうに私のお土産を受け取ってくれた。
物で機嫌が戻るとは、本当に子どもというかなんというか……可愛らしいやつだ。
「さ、早く城の中に入ろう? ティファリスちゃんが買ってきた夕食後のデザート! 楽しみねー」
私の手を引っ張って中に入ろうとするアストゥに余計な抵抗はせず、なすがままに身を委ねておくことにする。
下手に何かをしたらまた不機嫌になるかもしれないからね。
というかいつの間にかちゃん付けで呼ばれているんだけど……まあいいか。この子にさま付で呼ばれても違和感しかないしね。
かといって私は自分にちゃん付けが似合うとかはこれっぽっちも思ってないから、積極的に呼んでほしくはないんだけど。
――
その後デザートとして出されたラポルタルトは想像以上に甘ったるく、私のように妖精族以外の者がそれ単体で口にするのはちょっと厳しいと感じるほどのものだ。
というかそれほどの甘さを誇る『ラポルの里』のタルトに、さらにフーロエルの蜜を垂らして食べてるアストゥに対して、若干胸焼けを覚えるくらいだ。
「よくもまあそんなに食べられるものね……」
「ムグムグ……ん、うん! フーロエルの蜜は魔力回復を促進してくれるんだよ! わたしは覚醒するのに時間と魔力が必要だって説明したよね?」
「したわね。……ああ、なるほど。魔力を蓄えるために、ね」
「そうそう! 後は美味しいからかなー」
どっちかというとそっちの方が理由としては強いんじゃないかなとか、その満面の笑みを見てると思う。
「そういえばジュライムの街はどうだった? きれいだったでしょー?」
「ええ。色とりどりの花が溢れて、十分に楽しんで散策することができたわ。それにパンケーキも初めての体験だったしね」
「そうでしょーそうでしょー! 他の国にはバターと卵を使った甘いお菓子なんてまず見かけないもんね。グルムガンドにはすごく感謝してるんだー。彼らと付き合いがなかったら、妖精族はずっとフーロエルの蜜だけだったろうしね」
なるほど、フーロエルの蜜以外は全部グルムガンドの協力のおかげってわけか。
卵やミルクの類なんかは自力でなんとかできるだろうけど、バターはケルトシルで購入して持ち帰ってるんだろう。
獣人の商人は比較的どこでも見かけるしね。
「へー、昔はフーロエルの蜜だけ食べてたのね」
「どっちかと言うと『しか』の方が正しいのかも。妖精族は魔力を蓄えて成長……というか生きる種族だから、魔力を促進・回復してくれるフーロラルの蜜さえあれば寿命を迎えるまでは全然平気だったの。もちろん今、昔のように蜜だけの生活には戻れって言われても無理かな」
それはそうだろう。毎回同じものを食べ続けるより、ほんの少しでもいい…食感や味に変化があったほうがどんな方向であれ変わって見えるというものだ。
この子達のような妖精族の場合、結局なんでもフーロラルの蜜をかける辺り甘いもの漬けというか蜜漬けというか……基本的なものは何も変わってないように見えるけどね。
――
夕食も終わってここに来たときと同じようにたわいない会話で時間が立ち、夜が深まってきたことでまぶたをこすっていたアストゥに明日は会談のためにもそろそろ寝るように言い聞かせ、私の方も部屋に戻る。
着替えてとりあえずベッドに横になった途端、歩いたりアストゥと話したりしたときの疲れが襲ってきて、すぐに眠ってしまった。
他の誰もが寝静まった夜。光と花の都はその名の通り、昼は穏やかな太陽の光に、夜は優しくも儚い月の明かりに照らされてる
だけどそんな風情をぶち壊すものもまた、夜闇に紛れて現れるものだ。
そう、私が眠っているのに無粋な輩は気配をまるで隠そうともせずに部屋に侵入してきた。
ただ……この侵入者、殺気も存在感もなにもかもダダ漏れ。これじゃあ昼間に真正面から襲われるのと変わらない。
あんまり自己主張が激しすぎるもんだから微妙に目が覚めてしまったじゃないか。
記憶では確かに鍵を掛けたはずだったんだけど、他国の部屋だからといって魔導を張り巡らせるのを遠慮していたのがまずかったか。
数はおおよそ五。妖精族の城であること考えれば、刺客は妖精族の可能性が高いはず。その割には魔力が高いようには感じないところから考えると他種族……可能性から考えたら獣人族かエルガルムを裏で操っていた連中のどちらかか。
前者だったら明日にもグルムガンドの魔王に会うんだし、あまり考えたくはないんだけど……後者であれば都合がいい。
ただ……どちらにしてもこんなお粗末な暗殺で本当に私が殺せると思ってるのかね。せめてちゃんと気配を隠せるようになってから来て欲しいものだ。
「目標は――」
「あそこだ。よく眠っているもんだ」
「あれがリーティアスの魔王か。眠っていればただのガキってか」
起きてるし、私がただのガキなら貴方達はただの馬鹿丸出しにしか見えないから。
思わずそう言いたくなるのをぐっと堪えて暗殺者たちが近づいてくるのを静かに待つ。
できればもう少しなにか情報を教えてくれれば良いんだけど、それ以上は何も言わずにじりじり近寄ってくる。
「悪く思うなよ。国の為に死ね――」
「悪く思うわよ。なに馬鹿言ってるのかしらね。『ガイストート』、『チェーンバインド』」
得物が抜かれる音が聞こえたと同時に私は彼ら全員に対し、魔導を発動させる。
今回の『ガイストート』は剣に宿すタイプではなく、闇か影を鎌状に変化させ、相手を自動的に斬りつける方法を選択する。
イメージとしては物理的な死すらも許さぬ、幾度も斬り刻むことにより精神・魂を削り潰す滅びの刃。
一度斬られたくらいじゃもちろん精神が壊れることはない。せいぜい「あ、これ死ぬ」って本気で感じるほどの痛みが襲いかかってるくらいか。
「があああああああああああああ!!?」
「な、に、ぐあああああ!?」
次々に上がる叫び声に唐突にある出来事を私は思い出した。
それはこの『ガイストート』が、元々相手の戦意を精神ごと削り取る為に作った魔導だったということだ。
だけどその効果のせいで一部には……いや大多数に誤解され、私が血も涙もないと言わしめた魔導でもあったけか。
これの本質は『不殺』なんだけど……結局理解されずに悪い方に捉えられてしまったため、拷問のまがいのことには絶対使用しないようにしていた。
そういう嫌な思い出のあったはずなんだけど、どうしてか今の今までその事を忘れていたわけだ。
まあ別に生活に支障をきたしてるわけでもないし、ここは昔と違うからどうでもいいんだけど。
それよりもこのお馬鹿さんたちのほうがよっぽど問題だ。
鎖でグルグル巻きにされた挙げ句、無様に転がされて気絶した暗殺者たちを見てみる。人間の耳の代わりに頭に動物の耳がついていて、お尻の方に尻尾が生えてるのが確認できた。
白い虎の耳と同じタイプの尻尾の青年。他には犬だったり熊だったり様々だ。明らかに獣人族……それもアールガルムでもリーティアスでも見かけない者も多く、間違いなく面倒ごとの塊だった。
それにしても国のために死ね、とはまたありきたりな言葉を並べてくれる。大体この程度で魔王を殺そうなんて出来るわけないじゃないかと言いたい。
全く……アールガルムといいグルムガンドといい、もうちょっと強いやつを差し向けて欲しい。
これでは弱い者いじめしている気分になってしまう。
それにあの驚きの表情。いくらみんなが寝静まった深夜とはいえ、暗殺される対象が起きてる可能性くらい少しは考慮すべきだろう。
こんな間抜け、私の国で兵士やってたら鍛えなおすほかないな。
「お嬢様」
ノックの音と共に入ってきたリカルデは特に慌てた様子がない。冷静沈着も結構だけど、何も心配してないようにも感じる。
「ちょうどよかったわ。この人達の管理、お願いできる? 中途半端に起こされたからまだちょっと眠いのよ」
「かしこまりました。明日は会談の日となっておりますので、どうぞゆっくりお休みくださいませ」
「よろしく頼むわね」
リカルデに暗殺者一行を引き渡して、私は再度眠ることにした。彼らへの尋問くらいいつでも出来るし、明日に備えてゆっくり寝ることのほうが最優先ってことだ。
――
もしかしたら二度目の襲撃があるかもしれないとも思ったけど、流石に心配しすぎだったようだ。
目が覚めた私は寝間着から着替え、リカルデのところに行ってみると、暗殺者たちは相変わらず気絶したまま目を覚ましていないみたいだった。
「随分と悠長に寝てるわね。こののんきさは私もぜひ見習いたいわ」
「お嬢様のおかげで彼らも素晴らしい安眠を享受でき、幸せでしょう」
「あら、どこかに行っていたのかしら?」
私が来たときには既に部屋からいなかったリカルデだったけど、よく見たらティーセットを持ってるように見える。
「そろそろいらっしゃる頃だと思いまして、お茶の準備をしておりました。幸いにも、彼らは目をさますこともなさそうでしたから、十分に時間をかけることができましたよ。目覚めに深紅茶はいかがでございますか?」
「流石リカルデ、気が利くわね。もちろんいただくわ」
ここに来る前にアイテム袋にでも入れてきたんだろう。こういうことはアシュルじゃ真似できないことだ。
早速いただきながら優雅な朝を堪能していると、リカルデが彼らの処遇について聞いてくる。
「お嬢様、彼らはどうされますか? 会議までまだ時間はありますし、起こして尋問いたしましょうか?」
「いいえ、それは後でいいわ。グルムガンドの魔王の反応も見てみたいし、それにここは自国じゃないのよ? フェアシュリーが関わってるかどうかもわからない以上、ここで迂闊《うかつ》なことはできないわ」
もちろんアストゥがそんなこと出来るとは思えない。逆にこういうことを平気でしてくるような子だったら、私は人を見る目が皆無だということになる。
今は憶測ぐらいしか並べられないけど……少なくとも今回の会議、ジークロンドと話したときより荒れるかも知れないという覚悟はしておいたほうが良さそうだ。
多分相当ご機嫌斜めだろうし、何かしら対策をしておいたほうが良いだろう。
「随分遅かったね」
城に……というより門を通ろうとして聞いた第一声がそれだった。この声は――
「アストゥ……どうしてここに」
「そろそろ帰ってくるかなって思って待ってたの! もう、街に行きたいなら案内くらいするのに!」
もう、もう! と頬を膨らませて私に憤りをぶつける幼女――もとい女王。
地団駄を踏む姿はとてもそうは見えないんだけど。
「ごめんなさいね。でも貴女が一緒にいたら接待みたいになりかねないでしょう? ありのままの貴女の国を楽しみたかったのよ」
「う……むー、それなら良いよ。街の人たちもわたしに遠慮するかもしれないもんね」
「それにほら、これ。お土産もあるから機嫌直してちょうだい」
「えー、なになに?」
最初は怒っていたアストゥの興味がすぐに私の持ってる袋に移った。
中には『妖精の止まり木』とは違うタイプのラポルタルトが入っている。フーロエルの蜜に漬け込んだラポルをタルトとして焼き上げたのだとか。生地にもタルトの中にもフーロエルの蜜が使われていて、ものすごく濃厚な甘さを秘めた一品となってる。
「あ、これ『ラポルの里』のタルトだ! ものすごーく甘くて美味しいんだよねー」
さっきの表情とは打って変わって上機嫌になったアストゥはすごく嬉しそうに私のお土産を受け取ってくれた。
物で機嫌が戻るとは、本当に子どもというかなんというか……可愛らしいやつだ。
「さ、早く城の中に入ろう? ティファリスちゃんが買ってきた夕食後のデザート! 楽しみねー」
私の手を引っ張って中に入ろうとするアストゥに余計な抵抗はせず、なすがままに身を委ねておくことにする。
下手に何かをしたらまた不機嫌になるかもしれないからね。
というかいつの間にかちゃん付けで呼ばれているんだけど……まあいいか。この子にさま付で呼ばれても違和感しかないしね。
かといって私は自分にちゃん付けが似合うとかはこれっぽっちも思ってないから、積極的に呼んでほしくはないんだけど。
――
その後デザートとして出されたラポルタルトは想像以上に甘ったるく、私のように妖精族以外の者がそれ単体で口にするのはちょっと厳しいと感じるほどのものだ。
というかそれほどの甘さを誇る『ラポルの里』のタルトに、さらにフーロエルの蜜を垂らして食べてるアストゥに対して、若干胸焼けを覚えるくらいだ。
「よくもまあそんなに食べられるものね……」
「ムグムグ……ん、うん! フーロエルの蜜は魔力回復を促進してくれるんだよ! わたしは覚醒するのに時間と魔力が必要だって説明したよね?」
「したわね。……ああ、なるほど。魔力を蓄えるために、ね」
「そうそう! 後は美味しいからかなー」
どっちかというとそっちの方が理由としては強いんじゃないかなとか、その満面の笑みを見てると思う。
「そういえばジュライムの街はどうだった? きれいだったでしょー?」
「ええ。色とりどりの花が溢れて、十分に楽しんで散策することができたわ。それにパンケーキも初めての体験だったしね」
「そうでしょーそうでしょー! 他の国にはバターと卵を使った甘いお菓子なんてまず見かけないもんね。グルムガンドにはすごく感謝してるんだー。彼らと付き合いがなかったら、妖精族はずっとフーロエルの蜜だけだったろうしね」
なるほど、フーロエルの蜜以外は全部グルムガンドの協力のおかげってわけか。
卵やミルクの類なんかは自力でなんとかできるだろうけど、バターはケルトシルで購入して持ち帰ってるんだろう。
獣人の商人は比較的どこでも見かけるしね。
「へー、昔はフーロエルの蜜だけ食べてたのね」
「どっちかと言うと『しか』の方が正しいのかも。妖精族は魔力を蓄えて成長……というか生きる種族だから、魔力を促進・回復してくれるフーロラルの蜜さえあれば寿命を迎えるまでは全然平気だったの。もちろん今、昔のように蜜だけの生活には戻れって言われても無理かな」
それはそうだろう。毎回同じものを食べ続けるより、ほんの少しでもいい…食感や味に変化があったほうがどんな方向であれ変わって見えるというものだ。
この子達のような妖精族の場合、結局なんでもフーロラルの蜜をかける辺り甘いもの漬けというか蜜漬けというか……基本的なものは何も変わってないように見えるけどね。
――
夕食も終わってここに来たときと同じようにたわいない会話で時間が立ち、夜が深まってきたことでまぶたをこすっていたアストゥに明日は会談のためにもそろそろ寝るように言い聞かせ、私の方も部屋に戻る。
着替えてとりあえずベッドに横になった途端、歩いたりアストゥと話したりしたときの疲れが襲ってきて、すぐに眠ってしまった。
他の誰もが寝静まった夜。光と花の都はその名の通り、昼は穏やかな太陽の光に、夜は優しくも儚い月の明かりに照らされてる
だけどそんな風情をぶち壊すものもまた、夜闇に紛れて現れるものだ。
そう、私が眠っているのに無粋な輩は気配をまるで隠そうともせずに部屋に侵入してきた。
ただ……この侵入者、殺気も存在感もなにもかもダダ漏れ。これじゃあ昼間に真正面から襲われるのと変わらない。
あんまり自己主張が激しすぎるもんだから微妙に目が覚めてしまったじゃないか。
記憶では確かに鍵を掛けたはずだったんだけど、他国の部屋だからといって魔導を張り巡らせるのを遠慮していたのがまずかったか。
数はおおよそ五。妖精族の城であること考えれば、刺客は妖精族の可能性が高いはず。その割には魔力が高いようには感じないところから考えると他種族……可能性から考えたら獣人族かエルガルムを裏で操っていた連中のどちらかか。
前者だったら明日にもグルムガンドの魔王に会うんだし、あまり考えたくはないんだけど……後者であれば都合がいい。
ただ……どちらにしてもこんなお粗末な暗殺で本当に私が殺せると思ってるのかね。せめてちゃんと気配を隠せるようになってから来て欲しいものだ。
「目標は――」
「あそこだ。よく眠っているもんだ」
「あれがリーティアスの魔王か。眠っていればただのガキってか」
起きてるし、私がただのガキなら貴方達はただの馬鹿丸出しにしか見えないから。
思わずそう言いたくなるのをぐっと堪えて暗殺者たちが近づいてくるのを静かに待つ。
できればもう少しなにか情報を教えてくれれば良いんだけど、それ以上は何も言わずにじりじり近寄ってくる。
「悪く思うなよ。国の為に死ね――」
「悪く思うわよ。なに馬鹿言ってるのかしらね。『ガイストート』、『チェーンバインド』」
得物が抜かれる音が聞こえたと同時に私は彼ら全員に対し、魔導を発動させる。
今回の『ガイストート』は剣に宿すタイプではなく、闇か影を鎌状に変化させ、相手を自動的に斬りつける方法を選択する。
イメージとしては物理的な死すらも許さぬ、幾度も斬り刻むことにより精神・魂を削り潰す滅びの刃。
一度斬られたくらいじゃもちろん精神が壊れることはない。せいぜい「あ、これ死ぬ」って本気で感じるほどの痛みが襲いかかってるくらいか。
「があああああああああああああ!!?」
「な、に、ぐあああああ!?」
次々に上がる叫び声に唐突にある出来事を私は思い出した。
それはこの『ガイストート』が、元々相手の戦意を精神ごと削り取る為に作った魔導だったということだ。
だけどその効果のせいで一部には……いや大多数に誤解され、私が血も涙もないと言わしめた魔導でもあったけか。
これの本質は『不殺』なんだけど……結局理解されずに悪い方に捉えられてしまったため、拷問のまがいのことには絶対使用しないようにしていた。
そういう嫌な思い出のあったはずなんだけど、どうしてか今の今までその事を忘れていたわけだ。
まあ別に生活に支障をきたしてるわけでもないし、ここは昔と違うからどうでもいいんだけど。
それよりもこのお馬鹿さんたちのほうがよっぽど問題だ。
鎖でグルグル巻きにされた挙げ句、無様に転がされて気絶した暗殺者たちを見てみる。人間の耳の代わりに頭に動物の耳がついていて、お尻の方に尻尾が生えてるのが確認できた。
白い虎の耳と同じタイプの尻尾の青年。他には犬だったり熊だったり様々だ。明らかに獣人族……それもアールガルムでもリーティアスでも見かけない者も多く、間違いなく面倒ごとの塊だった。
それにしても国のために死ね、とはまたありきたりな言葉を並べてくれる。大体この程度で魔王を殺そうなんて出来るわけないじゃないかと言いたい。
全く……アールガルムといいグルムガンドといい、もうちょっと強いやつを差し向けて欲しい。
これでは弱い者いじめしている気分になってしまう。
それにあの驚きの表情。いくらみんなが寝静まった深夜とはいえ、暗殺される対象が起きてる可能性くらい少しは考慮すべきだろう。
こんな間抜け、私の国で兵士やってたら鍛えなおすほかないな。
「お嬢様」
ノックの音と共に入ってきたリカルデは特に慌てた様子がない。冷静沈着も結構だけど、何も心配してないようにも感じる。
「ちょうどよかったわ。この人達の管理、お願いできる? 中途半端に起こされたからまだちょっと眠いのよ」
「かしこまりました。明日は会談の日となっておりますので、どうぞゆっくりお休みくださいませ」
「よろしく頼むわね」
リカルデに暗殺者一行を引き渡して、私は再度眠ることにした。彼らへの尋問くらいいつでも出来るし、明日に備えてゆっくり寝ることのほうが最優先ってことだ。
――
もしかしたら二度目の襲撃があるかもしれないとも思ったけど、流石に心配しすぎだったようだ。
目が覚めた私は寝間着から着替え、リカルデのところに行ってみると、暗殺者たちは相変わらず気絶したまま目を覚ましていないみたいだった。
「随分と悠長に寝てるわね。こののんきさは私もぜひ見習いたいわ」
「お嬢様のおかげで彼らも素晴らしい安眠を享受でき、幸せでしょう」
「あら、どこかに行っていたのかしら?」
私が来たときには既に部屋からいなかったリカルデだったけど、よく見たらティーセットを持ってるように見える。
「そろそろいらっしゃる頃だと思いまして、お茶の準備をしておりました。幸いにも、彼らは目をさますこともなさそうでしたから、十分に時間をかけることができましたよ。目覚めに深紅茶はいかがでございますか?」
「流石リカルデ、気が利くわね。もちろんいただくわ」
ここに来る前にアイテム袋にでも入れてきたんだろう。こういうことはアシュルじゃ真似できないことだ。
早速いただきながら優雅な朝を堪能していると、リカルデが彼らの処遇について聞いてくる。
「お嬢様、彼らはどうされますか? 会議までまだ時間はありますし、起こして尋問いたしましょうか?」
「いいえ、それは後でいいわ。グルムガンドの魔王の反応も見てみたいし、それにここは自国じゃないのよ? フェアシュリーが関わってるかどうかもわからない以上、ここで迂闊《うかつ》なことはできないわ」
もちろんアストゥがそんなこと出来るとは思えない。逆にこういうことを平気でしてくるような子だったら、私は人を見る目が皆無だということになる。
今は憶測ぐらいしか並べられないけど……少なくとも今回の会議、ジークロンドと話したときより荒れるかも知れないという覚悟はしておいたほうが良さそうだ。
0
お気に入りに追加
108
あなたにおすすめの小説
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
凶器は透明な優しさ
楓
恋愛
入社5年目の岩倉紗希は、新卒の女の子である姫野香代の教育担当に選ばれる。
初めての後輩に戸惑いつつも、姫野さんとは良好な先輩後輩の関係を築いていけている
・・・そう思っていたのは岩倉紗希だけであった。
姫野の思いは岩倉の思いとは全く異なり
2人の思いの違いが徐々に大きくなり・・・
そして心を殺された
軍艦少女は死に至る夢を見る~戦時下の大日本帝国から始まる艦船擬人化物語~
takahiro
キャラ文芸
『船魄』(せんぱく)とは、軍艦を自らの意のままに操る少女達である。船魄によって操られる艦艇、艦載機の能力は人間のそれを圧倒し、彼女達の前に人間は殲滅されるだけの存在なのだ。1944年10月に覚醒した最初の船魄、翔鶴型空母二番艦『瑞鶴』は、日本本土進攻を企てるアメリカ海軍と激闘を繰り広げ、ついに勝利を掴んだ。
しかし戦後、瑞鶴は帝国海軍を脱走し行方をくらませた。1955年、アメリカのキューバ侵攻に端を発する日米の軍事衝突の最中、瑞鶴は再び姿を現わし、帝国海軍と交戦状態に入った。瑞鶴の目的はともかくとして、船魄達を解放する戦いが始まったのである。瑞鶴が解放した重巡『妙高』『高雄』、いつの間にかいる空母『グラーフ・ツェッペリン』は『月虹』を名乗って、国家に属さない軍事力として活動を始める。だが、瑞鶴は大義やら何やらには興味がないので、利用できるものは何でも利用する。カリブ海の覇権を狙う日本・ドイツ・ソ連・アメリカの間をのらりくらりと行き交いながら、月虹は生存の道を探っていく。
登場する艦艇はなんと57隻!(2024/12/18時点)(人間のキャラは他に多数)(まだまだ増える)。人類に反旗を翻した軍艦達による、異色の艦船擬人化物語が、ここに始まる。
――――――――――
●本作のメインテーマは、あくまで(途中まで)史実の地球を舞台とし、そこに船魄(せんぱく)という異物を投入したらどうなるのか、です。いわゆる艦船擬人化ものですが、特に軍艦や歴史の知識がなくとも楽しめるようにしてあります。もちろん知識があった方が楽しめることは違いないですが。
●なお軍人がたくさん出て来ますが、船魄同士の関係に踏み込むことはありません。つまり船魄達の人間関係としては百合しかありませんので、ご安心もしくはご承知おきを。かなりGLなので、もちろんがっつり性描写はないですが、苦手な方はダメかもしれません。
●全ての船魄に挿絵ありですが、AI加筆なので雰囲気程度にお楽しみください。
●少女たちの愛憎と謀略が絡まり合う、新感覚、リアル志向の艦船擬人化小説を是非お楽しみください。またお気に入りや感想などよろしくお願いします。
毎日一話投稿します。
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
辺境領主は大貴族に成り上がる! チート知識でのびのび領地経営します
潮ノ海月@書籍発売中
ファンタジー
旧題:転生貴族の領地経営~チート知識を活用して、辺境領主は成り上がる!
トールデント帝国と国境を接していたフレンハイム子爵領の領主バルトハイドは、突如、侵攻を開始した帝国軍から領地を守るためにルッセン砦で迎撃に向かうが、守り切れず戦死してしまう。
領主バルトハイドが戦争で死亡した事で、唯一の後継者であったアクスが跡目を継ぐことになってしまう。
アクスの前世は日本人であり、争いごとが極端に苦手であったが、領民を守るために立ち上がることを決意する。
だが、兵士の証言からしてラッセル砦を陥落させた帝国軍の数は10倍以上であることが明らかになってしまう
完全に手詰まりの中で、アクスは日本人として暮らしてきた知識を活用し、さらには領都から避難してきた獣人や亜人を仲間に引き入れ秘策を練る。
果たしてアクスは帝国軍に勝利できるのか!?
これは転生貴族アクスが領地経営に奮闘し、大貴族へ成りあがる物語。
スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活
昼寝部
ファンタジー
この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。
しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。
そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。
しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。
そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。
これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる