聖黒の魔王

灰色キャット

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第2章・妖精と獣の国、渦巻く欲望

36・魔王様、フェアシュリーにつく

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 ――フェアシュリー・ジュライム――

 フェアシュリーの首都であり、国樹の下に栄える街ジュライムは別名『花と光の都』と言われている。
 ジュライムは完全に国樹により環境が管理されており、天候さえもこの近辺であれば自由に出来ると言われているらしいが、実際どこまでの範囲が近辺に該当するかわかっていない。
 ただ、ディトリアのところまでは時季による気温の緩やかな変化さえまったくなく、常に穏やかな暖かさに包まれている。
 名物は国樹の魔力によって育まれたフーロラルの花から採れる蜜で、それはそれは美味なのだとか。

 常に採れるその甘い花蜜の他にもなにかあると聞いたけど……なんだったろうか?
 まあ、いいか。


 村を出た後、ラントルオに急がせる必要もないほど余裕ができたこともあって、ゆっくり旅を続け…村での滞在も含めたらおおよそ四日ほどかけてこの花と光の都・ジュライムに到着した。
 その前に道程も合わせて、ディトリアからだと合計十日ぐらいかかったか。

 国境を超えてフェアシュリーが近づくにつれ、徐々に緑が増えていって首都のジュライムの近辺に入ると緑というより花が生を謳歌おうかするかのように咲き誇っていた。

「さすが言うだけのことはあるわ。花びらが風のおかげでまるで雪のように舞い散っていて、すごく幻想的に見える」
「予想以上でございますな。魔王様方はグルムガンドの干渉を恐れて来国することはないとされていますが……この光景は素晴らしさの前では、いささかもったいなく思えますな」

 ジュライムに入ってからは外行き用の口調に切り替わったリカルデの言葉に頷きながら、ジュライムの中央に塔のようにそびえ立つ城を見る。
 あそこが今回二人の魔王と会う城……ね。

「誰も彼も立派なお城を持っちゃっててまあ……」
「お嬢様もフィシュロンドの再興がなればご自身の城にお戻りになられればよろしいかと」
「あの盗賊豚の親玉オーガルが根城にしてたあげく、汚らしい穴ぐら化したあそこに戻るっていうのは嫌なんだけど」
「一応あそこはお嬢様のご両親も住まわれていた場所ですので……そのようなことを言わないでくださいませ」

 リカルデが悲しげな顔で私に懇願するように言ってるけど、私にはどうもあそこに帰る気が起きない。
 別にさっき言ったようにオーガルがドブネズミの住処以下に改装されたからだけじゃない。いや少しはあるけど。

 なんというか、あそこにいると気持ちがざわざわするっていうか……色んな感情がないまぜになるっていうか……ああもう、私にもよくわからない!

「悪かったわ」

 とはいえさすがに私も言い方が悪かっただろう。リカルデには過去の――転生前の私や私の知らない両親と共に過ごした大切な場所なのだろう。そういうことも少しは考慮してから喋れば良かった。

「いえ、オーガル王があの城をどのように扱っていたか……私も報告で聞いております。かつてのあの場所が言葉にすることもはばかられる程の悲惨なことになっていることも知っております。私こそ、申し訳ありませんでした」
「いいわ。お互い様、ということにしましょう」
「……かしこまりました」

 どうにか城の話をする前の空気に戻ったけど、さすがに私の方は気まずく、それからは到着するまで互いに口を聞くことはなかった。






 ――






 城の中に入り、鳥車を置ける場所まで行くとようやく外に出ることが出来た。
 なんだかんだで体を動かせなかった日も多かったし、若干鈍ったような気がしないでもない。

「お疲れ様のところではありますが、もう少しご辛抱なさってください」
「フェアシュリーの女王に会って、落ち着ける場所に行くまで、でしょう?」
「そのとおりでございます」

 運がよかったらグルムガンドの魔王とも会えるかもしれないけど、会談までは今日を除けばまだ三日くらい時間がある。
 前回のアールガルムでも三日後に決闘とかだったし、どうも3の数字に愛されているのかもしれない

「ようこそフェアシュリーの中でも光り輝き花が舞う都、ジュライムへ」

 鳥車を降りた私達に向かってきた。どこか大人びた雰囲気を纏った羽が生えた女性がこっちに来てなにやら優雅に挨拶をしてきた。

「私、案内役を仰せつかっておりますニンベルと申します。以後お見知りおきを」
「ティファリスよ。こっちは私の従者のリカルデよ」
「リカルデでございます。よろしくお願いいたします」
「はいお二人様、よろしくお願いいたします。さあ、こちらにどうぞ。我らが女王陛下がお待ちです」

 仕草がどことなく優雅で気品がある。これだけの人を従えるフェアシュリーの女王って一体どんな人物なんだろう。
 緩やかに案内するニンベルの姿に、この国の魔王に興味が湧いてきた。






 ――






 城の中に入ると、魔法の灯と陽の光でとても明るい……っていうか明るすぎる!
 昼間これだけ陽の光が取り入れられるなら魔法の方は要らないだろうに。よくわからないところだ。
 それと、ここにいるのは誰もこれも女性の姿をしていて、男性の姿が全然見えない。そのせいか知らないけどリカルデの存在がすごく異質に見える。

「女性しかいないのがそんなに不思議ですか?」
「え? そうね……珍しい光景だとは思うわ」

 私のところでもリカルデといいウルフェンといい男の方が多い気がする。軍の方も今は男性の比率の方が高い。
 ……ああ、ケットシーとアシュルは女の子だし、そうでもないか。

「妖精族は女性の方が魔力が高いのですよ。このフェアシュリーは魔法が長けている者ほど軍や女王陛下に関わることが仕事に就くこと出来るのです。もちろん男性も少なからずいますが……今回は私達の国をより理解していただくために少々別の場所で活動してもらっています」

 私の……というよりも普通の国とは逆というわけか。
 魔力の高い者ばかりの軍隊ということは、魔法で相手を近づかせない戦い方をする国だということになるな。
 近接戦が得意なものがいても足止め程度の戦力しか備わってなさそうだけど……ケルトシルと似たような感じか。

「変わってるのね」
「ええ、そうでしょうね。他の国の方にも言われております。さあ、もうすぐ謁見の間でございますよ」

 いよいよ件の女王に会える。
 そういえば私以外の女魔王に会うのは初めてだ……というよりニンベルの姿を考えたら人の姿をした魔王に会うのも初めてかも知れない。
 フェーシャ・ジークロンド・オーガルと獣の姿をした魔王しか見たことがなかったし、オウキを見れば恐らく人に近い姿をしているだろう鬼族の魔王セツキはそもそも会ったことがない。

 そう考えたらちょっとだけ緊張してきたかもしれない。

「それではこちらの方に……」

 ニンベルがそっと扉を開けると、そこには――

「私の国にようこそ! いつ来るか楽しみにしてたんだよ!」

 私の思考を邪魔するかのように一際大きい声が聞こえてきた。

「アストゥ女王陛下、大声を出されるのははしたないですよ」
「えー、でもでも、ずっと待ってたんだよ?」

 女王と呼ばれたその子は私より小さいっていうか……私の手よりは大きいっていう程しかない羽の生えた女の子だった。
 転生前のおとぎ話で出てきた妖精の想像図そのものを表した感じだ。

「アストゥ……女王……?」
「うん! わたしアストゥ・フェアシャリア! よろしくね!」

 薄い黄色の髪がきらきらと光り、その持ち主の溢れんばかりの笑顔が輝く。仕草を見ても、とても一国の王とは思えない可憐さを感じる。

「え、ええ。私はティファリス・リーティアスよ。よろしくお願いするわ」

 こっちもついフルネームで挨拶したけど……私とは違って国名がファミリーネームというわけではないようだ。
 無邪気に笑うその姿はまるで子どものように見える。実際そうなんだろうけど。

「それでもう一人の――」
「固い話はまだ後ででいいでしょ? ねね、一緒にお話しよう?」
「あ、ちょっと……!」

 グルムガンドの王は来ているのか聞こうと思ったんだけど、先回りされてしまった。
 あまりにもちっちゃい姿で私の手を一生懸命引っ張ろうとしてるもんだから、ついつい彼女に合わせて歩いてしまう。

「アストゥ女王陛下、そのお姿ではティファリス女王様も困ってしまいますよ」
「え、そう? でも……」
「あまり自由すぎては他のものにも示しがつきませんので、お願いします」
「はーい……」

 私の指から離れながら不服そうに呟くアストゥ女王の体が柔らかい緑色の光に包まれたかと思うと、徐々に光の輪郭が大きくなっていく。

「この姿って、重力に引かれてるようでなんだか嫌なんだよねー」

 光が収まったと同時に現れたのは、アストゥ女王が私より背丈が低い程度の姿になってたのには驚いた。
 私が少女としたら、アストゥは幼女と呼ぶのがふさわしいだろう。

「大きくなった……?」
「妖精族の魔王はその血筋から小さく、幼い姿のまま魔力を節約しながら長い時を過ごし、やがて精霊の女王として目覚めるのですよ」
「妖精の女王じゃなくって?」
「妖精族の魔王はちょっと特殊でねー。覚醒魔王として目覚めるのに時間と魔力が必要なの。そのかわり他の魔王たちと違って条件さえ満たせば覚醒できるんだけどね。
 で、覚醒したら妖精族から精霊族に昇華するの! 魔王になれるほど素質が高い妖精しかなれないんだよ。他にも鬼族とか竜人族とかも別の種族になるんだよー」

 また種族に関することが増えてきて、段々とややこしいことになってきたな。そこに加えて私のように滅んだ種族の先祖還りみたいなのがいるんだからいい加減覚えづらい。

「まるで子どもが大人に成長するかのような言い方ね」
「妖精族はみんなそんな感じだよ。魔力で生きてるようなものなの。そんなことよりさ、もっと面白いことを話そうよー」
「あ、もう……わかったから急かさないでちょうだい」

 今度は子どもぐらいの大きさになったアストゥ女王が強く力を入れたせいでちょっと足がもつれそうになったけど、そんなのお構いなしにぐいぐい引っ張ってくる。
 なんだか想像と随分違っていてすっかり毒気が抜けてしまい、なすがままにされてる私はリカルデとニンベルに助けを求めるように視線を向けた。

「後でお茶とお菓子をお持ちいたしますね」
「お嬢様、しばらくの間お楽しみくださいませ」

 ニンベルはともかく、リカルデにまで見捨てられるとは……なんでそんなに優しい顔をしてるのかな。
 こんな小さい子に振り回される私の身にもなってほしい。

 結局そのまま日が暮れて、夜が深まってきても私がアストゥ女王から解放されることはなかった。
 お茶菓子や食事も美味しかったようなそうじゃないような……味もロクにわからなかった気がする。

 今までに会ったことないタイプの子だっただけに、アストゥ女王が眠って解放された時にはどっと疲れが押し寄せてきた。

「アストゥ女王に付き合っていただいて、本当にありがとうございます」
「この礼、高くつくわよ」
「はい、かしこまりました」

 じとっと睨む私をニンベルは涼しげに笑いながら受け流してる様子を見て、思わずため息が出てきた。

「はぁ……私の従者は?」
「お部屋で疲労回復効果のあるお茶を入れてお待ちしていますよ」
「それはまた随分なことで……」
「案内しますのでこちらにどうぞ」

 その後の私はリカルデの入れたお茶を飲んだ後、すぐに眠ってしまった。
 これでまだここにいなきゃならないんだから、先が思いやられるな……。
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