聖黒の魔王

灰色キャット

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第2章・妖精と獣の国、渦巻く欲望

35・魔王の夢、幸せの残響

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 ラントルオと国樹についての話も終わり、フェアシュリーへ向かう旅を続けていると日が落ちかけた夕方ぐらいにだろうかな、町よりは小さいであろう村……にしてはそれなりに大きい場所にたどり着いた。

「リカルデ? どうかした?」
「はい、フェアシュリーまでずっと野宿というのもお嬢様に申し訳がございません。幸いにもちょうどいい時間でこの村にたどり着いたことでございますし、今日はここで一晩泊まり、明日の朝に再び発ちましょう」
「そうね。たまにはいいでしょう」

 ここまで来るのにいくつか村や街はあったけど、首都であるフェアシュリーに向かうのを優先して通り過ぎる形を取っていた。ちょうど着いたのが朝方や昼頃だったということも原因の一つだろうけど。

 家も結構建っていて、街とも遜色のない賑わいを見せている。
 ただフェアシュリーの村の一つであったはずが獣人族しかいないというのはちょっと残念だ。
 私としては妖精族をしっかり見る機会だったため、余計にそう感じてしまう。

「ティファリスお嬢様、どうかされましたか?」
「いいえ、ただ妖精族がいないというのがね」
「グルムガンドとの仲の良さがここでも目立っているということですね」
「そうね。普通他種族だけの村なんて珍しいもの。スライム族の方はさておき、ね」

 私の国土にあるゴブリン族の村でもどっちかというと魔人族とゴブリン族が暮らしていて、人口の比率がゴブリン族に傾いているだけに過ぎない。
 こういう風に獣人族しかいないという方が珍しい。そういう点では逆に興味が惹かれる。

 私達が村の中を進んでいると、宿屋の近くでラントルオが休んでいる小屋を発見する。
 馬小屋みたいだけど、こちらの世界風に言うなら鳥小屋になるのかな。途端に鶏なんかを入れる程度の小屋を想像してしまう。

「ああ、あちらでしたらちょうどいいですね。お嬢様もそれでよろしいですか?」
「……ねぇ、よくよく考えたんだけど、これ目立たない? この馬車って結構高価なように見えるんだけど」
「あまり気にしては負けだと思いますよ。どうあがいても街に入った時点で目立っておりますので」
「ああ、そうだったわね」

 そういえばチラチラとこっちを見ているような視線を感じることがあった。もっと早く気付けていればこんな風に悩み必要もなかったのに。
 ……いや、服装がこれな時点で珍しいものを見られる視線は回避不可能か。質の良い素材を使っていることが見る人が見ればすぐにわかるだろうしね。

「大丈夫でございますよ。お嬢様のまま振る舞っていただければなんの問題もありません」
「何をどうしたら私以上に自信たっぷりで言えるのか不思議なんだけど」

 リカルデの言いように若干呆れもしたけど、仕方ない。また野宿するっていう選択肢は既にリカルデの中には存在しないだろうし、こうなれば覚悟を決めますか。
 ……それにしても今一瞬渋るような表情を浮かべてたような気がするが、気のせいかな?

「それでは参りましょう」
「はいはい」

 結局さっきのことは聞けず、見間違いということにして、私達はラントルオを操り所定の位置に止めることにした。
 で、宿屋に向かうとやはりというかなんというか……たれた犬の耳を頭につけている恰幅のいいおじさんが信じられないと言わんばかりに目を見開いている。なんというかいきなりやってきて多少申し訳なくなってきた。
 だけど突然の来訪に驚いたっていうより、どこか怯えが混じっているような気がする。気の所為と言うにはあまりにも見過ごせないほどに。

「え、ええっと、い、いいいらっしゃいま、せ?」
「部屋を取りたいんだけど、空いてる?」
「あ、はっ、はい! 空いておりますです!」
「そんなに緊張しないでちょうだい。何もしないから安心しなさい」

 あまりに取り乱していてまともに会話することが難しそうだから、まずは落ち着かせるほうが先決だろう。
 余計に怯えた目をしている主人に害がないことを何度も説明して、ようやく落ち着いて話をすることができた。
 それでもどこか不安そうな目をしているけど……一体何がそんなに怖いのだろうか?

 そう考えてから獣人族が魔人族のことを怖がるのは当然かと思い直した。
 だけど、今更引っ込めることも出来ない。こうなっては仕方のないことだろう。今日は一日泊まって、なるべく早くからこの村から離れればいい。

「はい、それでは二階の奥の部屋をお使いください。お食事は朝と夕に。湯は別料金となっております」
「わかったわ。お湯もつけて、全部でいくらかしら?」
「お、お代は……ですね………その」
「気にしないで普通に請求してちょうだい。高めに請求しても構わないわ」
「そ、それでは……鉄貨を…出来れば25枚と銅貨を2枚いただければ」
「うん? それだったら銅貨3枚と鉄貨5枚でも良いんじゃ?」
「この村では鉄貨の方が使う機会が多く、銅貨よりも使いまわしが良いので。あまり鉄貨ばかりですと量がかさばってしまいます。で、出来れば、それだけいただければと」
「それでいいのなら構わないけど……ちょっと待ってちょうだい」

 アイテム袋の中に一応だが一通りの硬貨は揃ってる。ただ数を間違えたとかあってはならないからね。
 一つ一つ取り出していく。

「24、25っと……あとは銅貨2枚ね。これでよろしい?」
「はい、ありがとうございます。湯は後で部屋に持っていきますので、ごゆっくりどうぞ」
「ええ、ありがとう」

 二階に上がって奥の部屋、そこはそれなりに広いがベッドが二つに棚が一つあるだけの寂しい空間だった。
 明かりをつけても殺風景なんだけど、新鮮味があっていいかもしれない。

「お嬢様」
「リカルデ、今日は貴方も休みなさい。拒否権はないからね」

 こんなところで共に寝るなんて、本来であればありえないことなんだろう。
 だけどリカルデは昼はラントルオを操っていたし、疲労が溜まっているはずだ。絶対に休ませないといけない。
 あの時のあれは、やはり気のせいじゃなかった……特にさっきは獣人族の村に入ったということで、ちょっと神経を尖らせてたみたいだからね。

「お嬢様、それはさすがに」
「ダメよ。貴方にも疲労はあるでしょう。部屋には誰が来てもわかるように魔導で結界を張っておくから、休みなさい。命令よめ・い・れ・い!」
「……かしこまりました。申し訳ございません」
「別に謝ることじゃないわ。しっかり休みなさい」
「ありがとうございます」

 店主が運んできたお湯の方はリカルデに先に使ってもらい、私はその間に部屋に侵入しようとする者を阻むように魔導を張り巡らせておくことにした。
 私とリカルデ以外が許可なしに入ろうとすると作動するように設定しておく。

「これでよし、と」

 結界を貼り終わったし、リカルデが体を拭き終わるまでしばらく適当に時間を潰すことにする。その後は交代で部屋に入り体を拭いて、さっさと食事をして寝ることにした。
 あまり歓迎されてない……というか遠巻きに不安そうに眺めている視線をはっきり感じてしまったらねぇ……。
 そんな中のんびりと滞在するわけにもいかないし、早く寝てしまおう。問題は移動中も夢うつつだったせいで今から眠れるか、ということだけれども。





 ――





 ――激しい雨音が城に響いている。ときおり雷が落ちてくるような音までして、相当悪天候に感じました。
 普段はこの――にこれほどの酷い雨が降っていた日なんて、本当に数えるほどしか私は知らないです。
 ……こんな日はやたらと心を不安にしてしまいます。まるでなにか悪いことが起こるような、そんな後ろ向きの考えをしてしまうほどに。

「お嬢様、お目覚めですか」
「おはよう――。なんだかすごく天気悪いね」
「昨日の夜から既にこのような気象だったとか。今日はあまり出歩かれませぬよう」
「うん、ありがとう」

 私に話しかけてくれる――の顔はどこか暗い。それは多分、最近不穏な噂を聞くようになったからでしょうね。
 ――がこちらに戦争を仕掛けてこようという話があって……でも……。

「――、目が覚めましたか?」
「お母様! おはようございます!」
「ええ、おはよう」

 私と同じ黒い髪がとてもキレイで、お母様と同じと言うだけでちょっと誇らしい気持ちにしてくれます。
 そんなお母様の体に抱きつくとふわりと柔らかい匂いがしてきて、この不安な空模様でも安らいで優しい気持ちにさせてくれました。

「――、少しはしたないわよ」
「あ、あう……ごめんなさい」

 お母様に注意されてしまってちょっと恥ずかしい気分に。
 そういえば起きたばかりだからまだ寝間着で髪の毛も全然整ってなかったのでした……。

「ふふっ、ほらこちらにいらっしゃい。梳いてあげるから」
「…! は、はい!」

 優しく髪を撫でてくれたお母様の声とその撫でられた感触と暖かさに思わず頬がゆるんで、とてもうれしくなってきました。
 こんな日がいつまでも……いつまでもずっと続いてくれれば、柔らかい笑顔を私に向けてくれているお母様に微笑み返しながら、そんなことを思うのでした。





 ――





「お嬢様、お嬢様」
「ん、おかあ……んぅ?」

 誰かが呼ぶ声に目を覚ました私は、なんだか心地よい……優しい夢を見ていたような気がした。
 まるで陽だまりの中にいるかのような、普段の私ではまず考えられないような不思議な夢を見ていたみたいだ。

「お目覚めですか。お嬢様、おはようございます」
「おはようリカルデ……どうしたの? 朝からそんな目でこっち見て」

 リカルデの声が聞こえてそちらの方に目を向けたのはいいんだけど、どこか遠い昔に過ぎたものを懐かしむような目をしていた。

「いえ、なんでもございません」
「そう? なら別にいいんだけど……」
「それよりもお嬢様、早く支度をしましょう。朝一番に向かうのでございましょう?」

 そうだった。この村は私達に対してあまり良い目で見てないし、さっさと出ていくはずだったんだっけか。
 ああ、でもその前に一つだけ知りたいことがある。ふと急に思ったことなんだけど、一度気になったらどうしようもない。

「ねえリカルデ、ちょっとだけ聞いていい?」
「はい、どうされましたか?」
「えーっとね、私のお母様ってどんな人だったの?」
「……すごく優しい方でございましたよ。強い心をお持ちの御方で、私達にも優しくしていただきました」

 そんな風に語るリカルデの目は相変わらず私が目覚めた時と同じようななんともむず痒い視線を向けてきてくれている。
 ……いや、さっき一瞬驚いたように見えたんだけど、気のせいだったか?

「強くて優しいって、お世辞とかで言われそうな言葉ね」
「ははっ、確かにそのとおりでございますね。……後はそうですね、お嬢様のことを誰よりも愛しておりました。先代魔王様よりもずっと可愛がっておられましたね。
 以前のお嬢様は奥様にべったりでして、それはそれは仲睦まじい親子でございましたね」
「へー……って随分と甘えん坊だったのね。私は」

 自分事なんだけど、他人事のように恥ずかしく感じる……というか顔がちょっと熱くなってる気がする。

「……王妃様のことを聞きたいと言うのは急にどうされたのですか?」
「……別に。ちょっと気になっただけよ」

 母親の夢を見ていたような気がする。そんな恥ずかしいことは口が避けても言えない。
 これ以上藪蛇にならないようにさっさと準備をしてフェアシュリーの首都に向かうとしようか。

 それから、妙に優しい視線でこちらをみてくるリカルデに対し、どこかこそばゆい感覚に襲われながら村を後にすることになったんだけど……なにかが引っかかるのは気のせいだろうか……?
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