聖黒の魔王

灰色キャット

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第1章・底辺領土の少女魔王

29・魔王様、国の状況を考える

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 気がつけば月日は流れ、気付いたら3の月・コルドラの23の日になっていた。もうあの戦争から約二ヶ月以上過ぎたことになる。
 フィシュロンドで出会った貧民たちを引き連れてディトリアに戻ってくるのに、およそ一ヶ月程度かかった。オーガルたち率いる一部のオーク集団に暴行を受けていた節がある貧民たちを引き連れての行軍。あんまり無茶出来ないから最初の半月ほどはフィシュロンドで体を休ませ、ゆっくり進んでいった結果だ。

 最初は住民たちも不安がっていたが、オーガルがもういないこと。私がこれからあの街を支配することになったこと。一つ一つ丁寧に説明していったおかげで不安を取り除けたのか、皆が納得してくれた。
 あの時の住民たちの喜びよう……きっと私は忘れられないだろう。

 道中子どもが疲れたとかお腹が空いたとか騒いだり、弱った人を背負って運んだりしてる人もいて、行きとは違ってかなり苦労したな。
 幸いトラブル自体そんなに多くなかったから、これくらいなら可愛いものだろう。

 無事ディトリアに戻ってすぐにリカルデが出迎えてくれたが、貧民たちを連れて帰ったことをすごく怒られた。さすがにお尻を叩かれることはなかったけど、これからのことに頭を悩ませてたかな。

 リカルデには悪いが放っておけなかったのだから仕方がないだろう。

「全く……どうして少し考えて行動していただけませんかね。せめてフェンルウをこちらに寄越していただければ、仮宿の準備や設置が進めることも出来たのですが……」
「あー…悪かったわね。次からはリカルデにも相談するから…ね?」
「ふぅ……わかりました。これ以上何を言っても仕方ありません。これからはお嬢様が約束を守ってくれることを信じておりますからね?」
「ええ、ありがとう。それとごめんね」

 リカルデはそれ以上何も言わずに貧民たちの住居に関する手配をしてくれた。
 ちょっと……いやかなり迷惑をかけてしまった。出来ればなにかしてあげたいんだけど、そういうのもまだ先になりそうだ。

 とりあえず今はフィシュロンドの民はディトリアの方でテント暮らしだ。少しずつ家の方を用意してるけど、そこはまだ時間がかかりそう。
 幸いにも仕事に困ることも少ないし、子どもの面倒もゴブリンたちに見てもらってるからまだいい。

 問題なのはそれが徐々に増えていってるってことだ。





 ――






「ええっと……どう説明したらいいっすかね……」
「……もしかして、また?」
「はいっす」

 フェンルウが申し訳無さそうな声を上げてるけど、またというのはエルガルムが領土としていたところのことだ。
 村々はボロボロで住民も同じくらいひどい有様だ。仕方ないからゴブリン族の村とスラファムの二つの村に住んでもらってるけど……。

「土地を開拓していく、という点ではまあいいんだけど……このままじゃ食料と家の供給が追いつかなくなるわよ」

 ディトリアに帰った後、フェンルウには元エルガルム領土内にある村の調査に行かせていた。
 そこからは……そのボロボロの村で立ち行かなくなった人を持って帰ってくる始末で、まるで捨てられた子犬を拾ってきたような感覚で連れてきてる。

「申し訳ないっす」
「貴方が謝ることじゃないわよ。ただ、これ以上は難しいわね。
 領土の把握は国の王である私の仕事なんだけど……ひとまず今村に残ってる人には援助が必要なのよね……」
「そうっすね。エルガルム領にいた人々は誰も彼も弱っていたりするっすし、しばらくは探索は後回しにして村に救援物資を送る方向でいったほうがいいっすね」
「物資を送るにもディトリアからはそれなりに離れてるし……アイテム袋を使っての輸送って考えても頭を抱えたくなるわね」

 次々に起こる問題に思わずため息をもらしてしまう。
 この問題を解決するには……やっぱり……

「予定とは違うけど、他の国から借りを返してもらわないといけないかもね」
「というと、アールガルムとケルトシルのことっすか?」
「フェーシャとジークロンドに頼めばある程度の融通はしてくれるでしょう」
「でも、二人とも今はまともに会話すら出来ないじゃないっすか……」
「誰も今の状態のアレらに頼むなんてことしないわよ」
「あの、一応自分の元魔王様なんで、アレって呼ぶのはちょっと……」

 だって、ねぇ。
 片や洗脳されてる上に横柄な態度が酷いバカ猫。片や言葉が喋れないほど狂ってる上に両手両足が斬り落とされた人狼にくかい

 そんな状態のやつらと普通の会話が出来るなんて露程も思ってない。むしろ会話が成立したら私は怖い。超怖い。

「はぁ……大丈夫よ。二人共元に戻してあげるから」

 私の言葉に信じられないと目を見開かんばかりに広げてこっちを見ないでほしい。

「で、出来るんっすか!? フェーシャ王はともかくとしても、ジークロンド王は四肢欠損してるんっすよ!?」
「出来なきゃ言わないわよ。とりあえずアシュルが必要ね」
「じ、自分呼んでくるっす!」
「あ、ちょ……」

 まだ書類が…と言い終わらない内に、フェンルウはとっとと部屋から出ていってしまった。
 まあ、気持ちはわからないでもない。

 亡命してきたという関係でこちら側に身をおいてるとはいえ、フェンルウは先代の魔王の時から仕えている契約スライムだ。
 今まで一生懸命尽くした魔王のことなんだし、助けになりたいんだろう。

「全く……フェンルウもしょうがないわね」

 こういう風に分かれても大切に思ってくれる子がいるのはいいことかもしれない。
 呼びに行ったものはしょうがないし、アシュル連れて戻ってくる前にさっさと片付けるとしますか。






 ――






「それで、なんで私が必要なんですか?」

 なんとかフェンルウが戻ってくる前に大急ぎで書類を片付けた私は、アシュルを引き連れてジークロンドの部屋の前にいた。

「積極的に隠す必要はないって言われてるけど、私が聖黒族であることは切り札として取っておきたいからね。そこでアシュルの出番よ」
「私ですか?」
「そうそう。アシュルも光属性使えるでしょ?」
「私も一応ティファさまと同じ種族に分類されるスライムですから、使うことは出来ますね」
「でしょう? だから貴女を呼んだのよ。これなら私が光属性の魔導を使っても問題ないじゃない」
「………! ああ、わかりました! 私があの二人を治したことにすればいいんですね!」

 私のやりたいことが理解できた様子でポン、と手を叩いて納得している。
 アシュルは光。私は闇が使えるということにしておけば、バレないように魔導を使うことも出来る。

「わかったところで早速行くわよ」
「はい!」

 扉を開けた瞬間、けたたましい咆哮が飛んでくる。
 相変わらず正気を失ったままのジークロンドがそこにはいた。
 この状態で二ヶ月以上もいたんだから哀れには感じるけど……自業自得か。

「グルガアアオオオオオオオ!」
「はいはい、うるさいわね」
「ティファさま、怖くないんですか?」

 どうせ『衝動の咆哮シェイクハウリング』なんかは魔力を吸い上げられてる関係上使えないし、たかだか吠えるだけの犬なんて怖がる理由はない。

「この程度で怖がってたらきりがないわ。さっさと終わらせるわよ」

 光属性は難しい。多少漠然としたイメージでも補完してくれるのが光魔導なんだけど、それでもある程度のイメージと体内外の魔力の流れをよく知り、操ることが必要になる。
 特に欠損を埋めるには高度な技術がなければ上手くいかないから、怪我や傷を癒やすものとは違い、中々使える者がいない。

 だから今回のイメージは失った物を戻す反転。負を正に、黒を白に、骨を肉を、全てを包む癒やしの波動。
 そしてそれを補うように押し寄せてくる魔力の奔流。

「『リ・バース』」

 私の魔導がジークロンドの身体を淡い光で包み込み、それが徐々に強くなっていくと、失われた手足を綺麗に戻っていく。
 目が見えないほどの光が辺りを包み込み、収まった頃には私の『チェーンバインド』で拘束された状態のジークロンドがいたんだけど……

「あの、ティファさま。あそこまでひどかったのを完治させたのはすごいと思います」
「ええ」
「でも、あの……鎖がなんだか新手のファッションみたいになってるんですけど……」

 笑いを堪えるような哀れむような微妙な表情だ。

 気持ちはわかる。私も最初は生えた腕にそのまま鎖がまとわりつくのかと思ってた。
 実際は鎖の中から手足を生やしていて、相当シュールな格好してる。

「この時代を先取りしすぎて全くついていけそうにない服装、私からしたら完全に嘲笑ちょうしょうモノね」
「ティファさま、さすがにティファさまがそれ言っちゃダメだと思いますよ」

 いつもは肯定してくれてるアシュルだけど、やっぱり今回はダメだったみたいだ。

「む……う……な、なんだこれは……?」

 意識を取り戻したジークロンドは自身の立場があまり理解できてないのか、周りをキョロキョロしてる。
 どうやらきちんと正気を取り戻してるようだ。

「おはようジークロンド。よく眠れた?」
「む……ティファリス女王か……オレは一体」
「端的に言ったら操られて私に襲われた結果よ」
「操られて……?」

 私の言葉でようやく事態が飲み込めたのか、ものすごく申し訳無さそうな顔をする。
 曖昧だった意識もはっきりしてきたみたいだし、『リ・バース』で服装以外元通りになったみたいだ。

「襲いかかった挙げ句、このような手間までかけさせてしまい、本当にすまなかった」
「別にいいわ。貴方に死なれたらウルフェンも悲しむでしょう」
「しかし……」

 まあ、今の姿を見たら別の意味で悲しみに包まれそうな気がするから、ジークロンドに気づかれない内に『チェーンバインド』を解除してあげる。これで元通りだ。
 私は何も知らない。

「とりあえずゆっくり休みなさい。傷や他の悪いところは治癒してあげたけど、体力は元に戻ってないんだから。
 話は全部その後よ」
「だが……いや、わかった。すまない」

 ひらひらと手を振って私はアシュルを引き連れて、ジークロンドの部屋から出ていく。

「良かったのですか? 話は出来るみたいでしたが」
「治しておけば話くらいいつでも出来るわよ。怪我は治っても今の状況を理解する時間は必要よ。
 それに、フェーシャの方もさっさと治してあげないとね」

 久しぶりにフェーシャの部屋に入ってみると相変わらずふてぶてしい態度で私を見ている。

「随分とご無沙汰だったにゃ。てっきり死んだのかと思ったニャ」
「私が死んだら誰がお前の世話をするのよ……」

 本当にため息が出そうなバカさ加減のフェーシャに有無を言わさず『リ・バース』を発動させる。

「ニャ!? ニャんニャ!?」
「じっとしてなさい。鬱陶うっとうしいから」

 ジークロンドと同じように光に包まれたフェーシャは、しばらくおろおろとした様子だったけど、やがて糸が切れた人形のように意識を失ったみたいだった。
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