聖黒の魔王

灰色キャット

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第1章・底辺領土の少女魔王

間話・青スライム、その思い出

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 ――アシュル視点――

 私がまだスラミィっていう名前だった時、私は自分の名前が心底嫌でした。

 だってなんでもかんでも「スラ~」だったり「~スラ」だったりでほとんど変わり映えのしないこの名前。
 村でさえそんな調子でなんでもかんでも覚えやすいからと名付けられたそれは、まるで番号を割り振られてるかのように思えて、嫌で嫌で仕方なかったです。

 そりゃ丸い物体っていうのが私達ですし、性別の割り振りも芽生えた自我によって変わる程曖昧ですからあんまりはっきりした名前付けられても困る面も確かにありました。
 他の子の名前は覚えやすかったですし、私もそういうものなんだろうと多少ですけど、割り切れてはいましたけど……。


 でも…いつか自分だけの、たった一人になれる名前を手に入れて、『本当の私になる』――それが私の夢であり、実際に叶えることの出来る希望でした。
 それが魔王様と契約をする儀式のこと。血と名前を与えられ、新しい自分に生まれ変わる事が出来る唯一の手段。
 だから私は魔法も言葉も一生懸命勉強して、他のスライムたちより優秀だってことを証明して、魔王を継ぐ方との契約候補として選ばれることを目標にしていました。

 その時からすでに戦争真っ最中でしたので私とその人――ティファさまとの契約が本当に行われるかはかなり怪しい感じでした。
 リーティアスはエルガルムとアールガルムの二国に攻め立てられて、防戦一方という話でしたし、このままでは契約の話もなかったことになるかもしれないと噂されていました。

 それでも私は不思議と不安感はなく、絶対にその日は訪れると…なぜだかそう確信して、ただあの方がいらっしゃる日を待ち続けて……そして三年後、私はティファリス・リーティアスさまと出会いました。

 その綺麗なお顔に、流れるように艷やかな長い髪は美しく澄んだ夜空を魅せる黒色で、その輝く白銀の瞳はその夜空に浮かぶ月のよう。
 なによりもその方の悠然とした態度で私に向かって微笑んでくれてるその姿に、私は一目で魅了されてしまいました。

 私は自我の位置的には『女性』だったんですが、そんなものどこかに吹っ飛んでしまうくらい、ティファさまのお姿に心を奪われてしまいました。そう、完全に一目惚れしてしまったのです。

 そんな素晴らしい御方から、私は『青』という意味を持つ言葉から『アシュル』と名付けてくださいました。

 あの時の感動、今でも忘れられません。
 契約の時、血を与えられてティファさまの魔力と私が溶けて混ざり合って、何もかも一つになるかのような心地よい快感。様々な情報が私に与えられ、自分の姿が聖黒族の人の形に変わる――ティファさまと同じ種族のスライムになれることへの喜び……一生忘れることのない、私の大切な……とても大切な思い出です。

 そして私は決めました。一生涯ティファさまだけに尽くそう。この方のためだけに生きて、この方のためだけに死のうと、そう誓いました。

 ……本当は仕えるだけの存在じゃなくて、もう一段階上の関係に行きたいですし、もっともっと親しくなりたいですし、色んな事をしていきたいとか思ったり……。

 でもそれにはティファさまにお伝えしないといけないことがあるのです。これは契約スライムが真にお慕いしている方に自分の口で告げなければならないとばばさまが言っていましたけど……まだちょっとというか、とてもではないですが勇気がなくて、ですね……その日は未だ遠そうです。





 ――






 ――国境平原――

「アシュル様!! アシュル様!?」
「……! え? あ、ごめんなさい!
 ってあれ? ティファさまは?」
「しっかりしてください! ティファリス様、もう行ってしまいましたよ!?」
「え、ええ!? なんでですか!?」
「『ティファさま、最高に格好いいですぅ……』とか言ってとろけてるからですよ!
 なんで『わかりました!』って言ってすぐそうなってるんですか! ほら、ぼくたちも行きますよ!」

 ばばさまから伝え聞いた白く幻想的な雪の中を舞うように駆けていったティファさまの凛々しいお姿に見惚れていて、いつの間にか昔のことを思い出していたみたいです。ゴブリンの子から大声で呼ばれてようやく気づきました。

「は、はい! それではティファさまを追いかけて行きますよ!」
「いやいやいやいや、追いかけてどうするんスか! ティファリス様から被害を出さないように言われたじゃないスか!
 ボクらアシュルさんより能力低いんスよ!? 確実についていけないスよ!」
「もうティファリス様全然見えないからねー。おいらは大人しくエルガルムの兵士たちと戦うのがいいと思いますねー」
「えーーーー……」
「アシュル様とぼくたちが頑張ってエルガルムと戦えば、絶対ティファリス様も褒めてくれますよ!」

 周りのゴブリン三人が私を囲んでわーわー言ってるけどやっぱり私はティファさまのお側に……

「それに無茶したらティファリス様きっと怒りますよ?」
「!? そ、それはいけません!」

 ティファリス様のお役に立てなかった挙げ句、お叱りの言葉をいただくなんて妄想の中ではとんだご褒美ですけど、現実にされては辛いものが多すぎます! きっと立ち直れません……。

「し、仕方ありませんね。ここはゴブリンズの言う通り、雑兵共を蹴散らしてあげましょう!」
「ゴストルン、スよ」
「ゴルドンですよー」
「ゴウェインです」
「似たようなものですよ。名前なんてどうでもいいです。」
「「「酷い(です)(ス)(ですよー)!!」」」

 ゴブリンズが騒がしいですけど、酷くもなんともありません。
 早速あの愚かな豚どもを加工してひき肉にしてアースバードの餌にしないといけないのですから!

「なんていったらいいかわかんないんスけど、この人について行って大丈夫なんスかね?
 どう見ても頭ティファリス様でいっぱいなんスけど」
「んー、大丈夫だと思うねー。ティファリス様のえっと……『メルト、すのお』?
 の中でもおいらたちは動けるしねー」
「そうスね……。ちょっと頭アレな感じそうでも大丈夫そうスね…」

 さっきからこそこそと私に対して不穏当なことばかり言って……でもいいです。
 この子達は仮にもリーティアスの国民。しかもティファさまを慕って軍属になってるですから、この程度のことで怒るわけもありません。

「そう、ここはおおらかに…私はティファさまの一番の女なんですから……」
「呟いてるように言ってますけど、丸聞こえですからね?」
「その言い方は誤解を招くスから、心の中にしまっておいてくださいス」
「というか早く行かないとねー」

 そ、そうでした。いつまでもこんなバカなことやってる場合じゃありません。

「ようし! がんばりましょう!」

 ケットシーや他の人とは出遅れてしまいましたが、今なら未だ挽回可能なはずです。
 見ていてくださいティファさま! 誰よりも貴方のお役に立ってみせます!





 ――






 ゴブリンズと一緒に戦場を駆け抜けていくのはいいんですが、雪に触れて燃え尽きてるオークたちばっかりで戦闘になることすらまずないという、景色的には綺麗でも戦場と考えたらちょっと退屈……そんな感じです。

「さすがティファリス様です。エルガルム軍がこんな風に消滅していくなんて……」
「ボクらはお守りのおかげでこの雪の影響を受けないスけど、向こうはたまったもんじゃないスよね」

 ゴブリンズの言ってるのは、戦いに出発する前にティファさまから頂いた丸い金属製のお守りのことですね。
 なんでもティファさまの魔力が丹念に込められていて、これのおかげで私達は『メルトスノウ』の影響を受けずに済むわけです。

 つまり、ティファさまの暖かなぬくもりが、この寒空から降る雪から守ってくれているわけなんですよ!

「楽でいいねー。もうほとんど残党狩りのようなものだよねー」

 えっと、確かゴルドン…? の言う通り、身体に触れたら白い炎を上げて燃え上がるという性質上、まともにこの戦場をうろついてる敵兵はまずいないです。

「あ、アシュル様! あそこに敵がいますよ!」
「でもあれ、オークじゃないスよ?」

 今のはゴウェインね。
 あの子がいう方向を見てみると、フルプレートアーマーの…あれは魔人族の人みたいです。

「私達の中に魔人族の兵士はいないですし、あれは向こうに寝返った兵士ですよ!」

 私達に気付いた敵兵は抜刀して一気に襲いかかってきました。
 恐らくですが、向こうにとってはこれだけの大惨事ですし、せめて一矢報いらなければというような覚悟でしょうか。
 まあ、無駄なことなんですけど。

「ゴルドンとゴウェインは敵を牽制、ゴストルンは攻撃に移ってください!
 私は周りの索敵をします!」
「はーい」
「わかりました!」
「任せてくださいス!」

 私の指示とともに突撃するゴブリンズたち。
 リカルデさんから三人で行動するやり方を叩き込まれているだけあって、こういうことに関してはすばやく移ってますね。

 ゴルドンたちは防御しながら敵の隙を作るように動いて、ゴストルンがそれを突きながら攻撃しようとしてるみたいですが、敵の鎧が硬すぎてあまり効果がなさそうです。ここらへんは武器の性能がしょぼいのがかなり影響してるのかもしれません。
 なにせまともな武器は誓約の一件で大半なくなってしまいましたからね。

 ゴルドンとゴウェインが左右から相手の動きを見ながら互いの隙を埋めあってますし、ゴストルンに注意が向いたら相手を挑発したり、自分たちに狙いを変えるようにと、いい感じで支え合ってます。
 武器が対等だったら勝ち間違いなしなんですが……これはもう仕方ないですね。

「ゴブリンズ! 私が決めますから、少し離れてください!」
「「わか(りました/ったス)!」」
「はーい」

 鋭く尖った水の槍。当たった瞬間、水が急速に凍りついて敵の全ての熱を奪いさることを願う……。

 そんなイメージを強く抱いて、私はティファさま直伝の魔導を発動させる。

「『フリージングランス』!」

 三人があのフルプレートからすぐさま離脱したのを確認して魔導を解き放つと、フルプレートの方に見事に直撃して傷口からカチンコチンに凍らせてしまった。今はもう、身動き一つ取れない立派な氷像です!

「やりましたね!」
「さすがアシュルさんス!」
「おいらたちも頑張ったんだけどなー」
「ゴブリンズたちもありがとう。三人共よく連携し合って戦ってくれました」

 私から見ても三人の動きはすごく良かったですし、武器が通らない以外は全然問題なかったです。
 これならフルプレートの時以外、私は出張らなくても良さそうですね。

「よし! それじゃあどんどん倒して、ティファさまに褒めてもらいますよ!」
「アシュル様は相変わらずソレですね」

 ゴウェインがふぅ……とため息つく姿が見えたけどそんなの見えない知らない。
 私はティファさまの為に尽くせることが至上の喜びなのですから!

「アシュルさまが頑張ってくれれば、おいらたちもティファリスさまから褒められるし、いいことだよねー」
「そうス! アシュルさんの手柄はボクらの手柄ス!」

 なんだか私を利用しようと、都合のいいこと言ってるような気がしますが、まあいいです。

「さあ、もっと張り切っていきますよ!」
「「おーー!」」
「二人まで…しょうがないですね…」

 ゴストルンとゴルドンと共に気合を入れて、再び進軍開始。
 ティファさま、私がんばりますから、後でいっぱい褒めてくださいね!
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