聖黒の魔王

灰色キャット

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第1章・底辺領土の少女魔王

19・お嬢様、人狼と再会する

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 ケルトシルの使者であるカッフェーが訪れてから随分時が経った気がする。

 フェーシャは相変わらず軟禁状態だけど、脳天気に食事に歌にメイドの本の音読と結構やりたい放題やっている。言いたいことは色々あるけどもう放っておくことにした。
 変に突っかかってしまうと、またあれこれ文句言って私の神経を逆なですることは火を見るより明らかだ。メイドたちに危害を加えず部屋から出なければ好きにさせておくのが一番というわけだ。

 ケットシーの方もこれまた結構自由に過ごしてて…というか私より自由にやっている。
 私の仕事を手伝ってくれたり、アシュルと魔導の訓練をしたりしているのだ。猫人族というのは魔法の扱いに長けている種族だけど、どうも苦戦してるみたいだ。
 魔法を使い慣れてるからなのか、いまいち感覚がわからないのだとか。やっぱりアシュルは私の契約スライムだったからなのかな? ここは気長に待つしかないのかもしれない。

 休みの日はディトリアの店で美味いもの巡りをしてるみたいで、手帳に細かく店の評価と点数を着けてるらしい。さりげなく私よりこの街に詳しくなってた。

 どうも猫人族っていうのは前向きっていうかお気楽っていうか……順応性が高いって言えば聞こえはいいけど、どっちかというと我が道を行くって感じね。

 あれから私はずっと町の予算やら苦情やらの書類整理に、リカルデのくれる軍補強の報告にその視察にと色々と忙しいのに、あの猫どもと来たら自由気ままに勝手気ままに過ごしてくれちゃって……最初の一年も館に詰めてたけど、こんな心境にはならなかった。

 せめてお金に関することが出来る人材がいてくれれば私もない頭を絞って考えなくてもいいのに……大体なんでもかんでも一人でなんて限界がある。
 国家予算の計算に工事に施政に防備に軍備に治安に…ケルトシルの猫たちが来るまではまだ半分以下だったのに、今じゃこれだ。これ以上増えてしまっては戦争前に過労死してしまいそうだ。

 どんどん遠ざかっていく安寧の日々に苦悩していると、メイドの一人が執務室にやってきた。
 左右に結んだ赤い髪に薄い赤色の目のちょっと幼い顔立ちの子で、一番最初私に猫耳のカチューシャと、淡いピンク色でふりふりのフリルのついた可愛らしい衣装を渡そうとしてきた子だ。確か白い尻尾も服についてた気がする。
 えっと、名前はリュリュカって言ってったっけ。

「お嬢様お嬢様! お客様がいらっしゃいました!」

 またか。つい最近ケルトシルからカッフェーたちが来たばかりだっていうのに……。

「はあ……随分とお客様の多いこと。あとで行くから応接室に案内して、適当にもてなしておいて」
「はい、かしこまりました!」
「ああそれと……」

 リュリュカが部屋から出る前にこれだけは伝えておこうと呼び止めると、きょとんとした顔でこちらを見ている。

「はい? どうされましたか?」
「その『お嬢様』っていうのはやめて。名前で呼んでちょうだい」
「かしこまりました! ティファリス様!」

 満面の笑みでお客様のところに戻るリュリュカを見送って、ため息一つ。
 今回はどんな珍妙なお客が来たのか、あまり乗り気もしないけど、行くしかないだろう。







 ――






 書類の片付けが終わって待たせていたお客のところに行くと、そこには久しぶりに会う面子がいた。


「あ、ティファリス様どもっす」
「久しぶりだな。リーティアスの魔王」
「…ええ、久しぶりね。
 まず聞きたいんだけど、なんであなた達がここにいるのか知りたいわね」

 そう、狼スライムのフェンルウとそこからあやかって適当に名付けられたにしか見えない人狼のウルフェン、その配下たちだった。

「亡命っすよ亡命。自分たちはアールガルムを逃げてきたっす」

 相変わらずへらへらとした様子のフェンルウはのんびりお茶とお菓子を……って、それ私が楽しみにしてたお菓子! 砂糖のとても上質なものと、同じく最高品質のバターがたっぷり入ったクロシュガルっていうサクサクした高貴な甘さを感じさせるお菓子で、カッフェーがケルトシルで少数が限定販売されてるって言ってた希少なやつだ!

 リュリュカめ…お茶菓子はもうちょっと安いやつにしてくれてもいいじゃない……。
 なんでよりにもよって希少価値の高い物をこの二人のお茶請けとして出すんだ……。

 頭を抱えそうになっている私のことを無視して、フェンルウのやつ……これ見よがしに食べてくれている。

「美味いっすねこれ! サクッとして口の中でホロホロと上品な甘さがもろく儚くほどけていくっすよ~」
「フェンルウ、あまり食べないほうがいい。リーティアスの魔王の目つきが鋭くなってる」
「そのリーティアスの魔王って呼び方、やめてくれないかしら? 私にはティファリスって名前があるんだけど」
「ティファリス女王、そう膨れないでくれ。フェンルウも悪気があるわけじゃない」
「悪気があったらこの世から消し炭にしてあげてるところよ」

 私の唯一の安らぎ、お茶の時間の楽しみを奪ったんだ。これがわざとだったら、絶対に許さない。

「…! あ、あー…も、申し訳ないっす……」

 私の視線に気づいたのか、今までパクパクと美味しそうに頬張ってたフェンルウは、一気にしょぼくれたような顔になった。
 それを今一番したいのは私だ。癒やしのひとときを奪われた私なのだよ。

「……もういいわ。なんでわざわざここに亡命してきたのよ。他にもあるでしょ? ケルトシルとかフェアシュリーとか」

 フェアシュリーは妖精族の国で、あちらも女王が国を治めていると聞いてる。
 比較的小さな国で、首都は大きな木を丸々街にしているそうだ。
 名物はフーロエルと呼ばれる花から集めた蜜で、転生前に食べたことのあるはちみつとはまた違う甘さと華やかな香りを秘めているものだとか。今私が行ってみたい国の一つだ。

 一応アールガルムの隣国に位置する国だし、あちらに逃げるという手だって存在する。

「ケルトシルはあちらの愚王を信用しろって言うのが無理っすよ。いきなりやってきて侮辱侮蔑の嵐でしたっすからね。
 フェアシュリーはあまり争い事を好まない国っす。戦争を引き起こした挙げ句、亡命なんて絶対受け入れてくれないっす」
「……ケルトシルについてはケットシーがそんなことも言ってたわね…っていうかそれで私の所ってのもどうなの?」
「ジークロンド王もティファリス様のことを信頼してたっす。決闘のおかげですっかり気に入った様子っす」

 気に入られるような要素、あったかな。ぶっとばしただけのような気がするんだけど。

「それでジークロンド王が自分とウルフェンがリーティアスに亡命するように指示したっす。
 リーティアスで囚われている状態であれば、オーガルが何言っても無意味っすから」

 なるほどね。要は戦争が終わるまで捕虜として扱って保護しろってことか。

「確かにそれだったら最悪ウルフェンだけは守れるってことね」
「その通りっす。ここならオーガルの手も及ばないと考えてっす。
 ティファリス様があの豚魔王に負けるわけないっすからね」
「はぁ……そっちの事情は大体わかったわ。で、対価は何? まさかこっちの善意を期待してとかじゃないわよね?」
「ま、まさかそんなこと考えてないっすよ! 自分たちはティファリス様の部下みたいに扱ってくれて問題ないっす! リーティアスのために働くっすよ!」

 私がじとっと睨むと、慌てたようにフェンルウが訂正する。
 一瞬オーガルの裏で糸を引いてるやつが命令でもしたのかと思ったけど、それならフェンルウが一緒にいるわけもない。
 彼は今ここに来ている人狼陣営の中で唯一、そういう束縛を受けない立場にいるんだから。

「ふーっ……ウルフェンはずっと黙ってるけど、それでいいの?」
「父を軽々倒した貴女の力は本物だ。オレも尊敬している。いいも悪いもなく、納得している」

 前は「お前」呼ばわりだったのに、今は「貴女」か…えらい変わりようだ。
 話し方自体があまり変わってないせいか、結構違和感を感じるけど。

「ならいいわ。で、そこの後ろにいる子たちも一緒でいいのかしら?」

 ウルフェンの後ろの方に目を向けると、襲撃のときにいた人狼兄弟が居心地悪そうに立っていた。

「頼めるならこの二人も一緒に面倒見てほしい。こいつらもそれなりに役に立つだろう」

 私があんまりいい顔をしてないとでも思ったのか、ウルフェンはまるで嘆願するような声でこっちを見ていた。
 そんな拾った子犬を捨てるような真似、しないから少しは緊張を解いて安心してほしい。

「別にいいわ。今更四人だろうが六人だろうが構わないわよ」
「四人でも? ということは自分ら以外も誰かいるんっすか?」

 フェンルウは私の言葉の意味を知りたそうにしてるけど、ケルトシルがこっちに同盟を結ぼうとしてたことはやはり知らないみたいだ。
 どうせまた鉢合わせさせる予定で、これから付き合っていかなきゃなんない関係になるだろうし、説明しておいた方が心構えとかもできるだろう。

「ええ。実はケルトシルのフェーシャとケットシーが今ここに来てるわ」
「フェーシャ……ああ、あの無礼な猫人族の魔王か。
 なぜこんなところに…」
「同盟結びたいって話し合いに来たのよ。ウルフェンはあのバカのこと、知ってるの?」
「ああ、あれがこちらに来た時もオレは王の近くにいた。
 他国の王に対してよくもあれだけの暴言を口に出来るなと、呆れて何も言えなかった」

 貴方は私が行った時も「フェ、フェンルウ!?」しか言ってなかった気がするんだけど…と言いそうになったけど、なんとか飲み込む。
 ウルフェンがあまり話すのが得意じゃないのは彼の個性なんだろうし、しょうがないことだ。

「大方ティファリス女王にも同じことをして、軟禁でもされてるといったところか」
「そんなところよ。一応部屋は教えてあげるから近づかないようにしてね」
「わかった。もう一人のケットシーというのはどんなやつだ?」
「白い猫人族よ。詳しいことは省くけど、今は私の可愛い部下の一人だから喧嘩売ったらだめよ?」

 ちょっと怖い顔をしてみたら「あ、ああ……わかった」とちょっと怖気づいたように納得してくれた。

「でもなんで軟禁なんっすか? ケルトシルと戦争になるのを敬遠したとしても、牢獄に放り込むぐらいしてると思ったっす」
「そんなものここにはないわよ。大体仮にも魔王なんだから、そんな扱いはあんまりでしょう?」
「はっはは、ジークロンド王だったら絶対にあり得ないっすね。
 ま、ティファリスさまたちの事情はわかったっす。こっちもアレと会話する気は全く無いっすから、教えていただけたら近づかないっすよ」

 ははは、と笑いながらもフェンルウも承知してくれた。
 正直フェーシャに思うところはあるだろうけど、今はそれをぐっと飲み込んでおいてほしい。

 仲良く……というのは今のあのバカフェーシャとは難しいだろうし、積極的に揉め事を起こしさえしなければそれでいい。
 何にせよ武力以外での戦力が増えるかもしれない可能性が出てきたんだ。ここはお互いノータッチでいさせて、働きやすいようにさせないといけない。

 ……戦争前だというのに戦士より国務をこなせる人材が欲しいなんて、本当にここも末期だな…っと私はまたため息をついて天井を見上げたのだった。
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