聖黒の魔王

灰色キャット

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第1章・底辺領土の少女魔王

17・お嬢様、再び猫と見える

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 ケルトシルの使者ケットシーの要件は『リーティアスと再び国交を結びたい』ということだった。
 いまさらこの落ちぶれた国となにを……とも思ったけど、ケットシーが言うには先代の王とのとき国交断絶したのはフェーシャの独断であったこと。

 私に代替わりしたことをきっかけに今までのことを謝罪し、復交を図ろうとしたのだとか。
 だったらあのバカフェーシャをなんで連れてきたんだ……と思う。一応魔王だし、わがまま起こされたら止められないってのもわかるけどね。

 今回の件も含め、もう一度賢猫と呼ばれている猫人族も交えてよく話さなければならない。
 ただ、リーティアスとケルトシルは現在かなり距離がある。リーティアスの領土だったところはアールガルムに抑えられてるからということもある。

 具体的には往復するのに半月ほどかかる…とか。
 ここの気候が比較的暖かく穏やかなこともあって、あまり気にかけてなかったけど……この世界では30日で一月となっていて


 1の月・ガネラ
 2の月・アジラ
 3の月・コルドラ
 4の月・クォドラ
 5の月・メイルラ
 6の月・レキールラ
 7の月・ビーリラ
 8の月・ペストラ
 9の月・ファオラ
 10の月・パトオラ
 11の月・ズーラ
 12の月・ルスピラ

 の12の月で構成されているとか。最後に必ずつく『ラ』とは『月』を意味するらしい。
 本やリカルデの話で知ったことだけど、どこかの国では四季があり、月に応じたそれぞれの季節で美しい景色を楽しめるという場所もあるとか。

 他にも各国では祭りが開かれてることも多く、ペストラの13~15日に死者の魂が家族のもとに還ってくるという言い伝えから生まれた『送魂祭』と呼ばれる祭りが存在するらしい。
 この戦争が終結して一段落したら、私もその各国特有の祭りや季節なんかを堪能したいものだ。

 私達が予定を話し合い、ケットシーがリーティアスから離れたのが6の月・レキールラの13の日。
 そこから計算すると、あの子がケルトシルから帰ってくるのは6の月・レキールラの28の日ということになる。

 それまでの間あの馬鹿フェーシャが何かをしでかさないよう監視しなければならず、結局アシュルとの外出もなし。よっぽど楽しみにしていたのか、忌々しげに軟禁してる部屋を見て「覚えてなさいよ……」とか通るたびになにか呟いていた。

 アシュルにはまた悪いことをしたなぁ……ケルトシルとの件が終わったら今度こそちゃんと埋め合わせしてあげないといけないなぁ…とか考えながら今はただ、書類整理をしてケットシーが帰ってくるのを待つのであった。






 ――





 今日の分の仕事が終わり、一息ついてふとケルトシルのことを思い出した。
 ケットシーがリーティアスを出発してから半月。予定ではもうそろそろ帰ってる頃だけど……。

「ティファさま。お客様だそうですよ」
「わかったわ。応接室の方に通しておいて」

 私がいつもどおり執務室でお仕事をしていると、アシュルが私が待っていた来訪者を知らせてくれた。
 ちょうどよく仕事に区切りがついたし、ぱぱっと片付けてから応接室のほうに向かう。

 そこにはケットシーのほかに一匹の猫が座って待っていた。
 なんだか全体的に白く長い毛でふわふわしていて、耳や手足、口に尾といった部分が暗い茶色をしてる猫だ。抱きしめたりしたら柔らかくてとても暖かそう。

「ティファリス女王、お初にお目にかかりますにゃー。ぼくは賢猫けんびょうの一人、カッフェーと申しますにゃー」

 えらく間延びした声に少し眠そうな目をしながらも、ぺこりと頭を下げるその仕草はちょっとかわいい。
 でもこんないつ寝てもおかしくなさそうな様子で来られても困るんだけど。

「この目と喋り方は生まれつきですにゃー。ちゃんとお話は聞いておりますので、ご安心くださいにゃー」

 私がなにを思っているのかわかったのか、カッフェーは腕を組んでうんうん頷いている。
 それがあんまりにも眠そうに頭がゆらゆらしてるように見えて、どうも説得力がない。

「話の方は大体聞いてるわね?」
「はいですにゃー。うちのばかフェーシャ王がお世話になったそうで、大変申し訳ありませんにゃー」

 本当に悪いと思ってるように見えないのは、カッフェーの態度のせいだろう。
 というか、賢猫けんびょうと呼ばれてる割には、結構とぼけた顔してるなとすら思う。

「あ、あの、ティファリスの女王さま……カッフェーさまはこれが普通ですミャ。
 話し合いでもいつもこんな感じですミャ」
「……まあいいけど。ケルトシルの人選? 猫選? はちょっと問題あるんじゃないかしら」
「で、でも! カッフェーさまは賢猫の方々の中でも、すごく頭がいいですミャ!」
「そーなのにゃー。ぼく賢いのにゃー」

 あれでねぇ……と疑うような目になっちゃうのはしょうがないことだろう。
 というか語尾に「ニャ」だの「ミャ」だの付けるのは猫人族だからかな? その語尾もあいまってえらく間抜けに見える。

「も、もういいわ……話が進めばなんでも……」
「そう言っていただけると助かりますミャ」
「それじゃあ、改めてお話をしましょうにゃー」

 ちょっと気が抜けるけど、あのバカフェーシャよりはマシだろう。
 そう結論づけて、とりあえず話に移ることにする。

「まずはあなた達のところの魔王について話しましょうか」
「あー、それはあなたがたにお任せいたしますにゃー」

 仮にも自国の魔王の処遇についてだというのに、このカッフェーというのは心底興味がないと言わんばかりの態度だ。

「そう。あの魔王はすでにどうでもいい、ということね」
「はいですにゃー。ぼくたち賢猫けんびょうの総意はこの度の件、ケルトシルの誠意としてフェーシャさまのこと、ケットシーのこと、全部貴方様にお任せすることにいたしましたにゃー」

 フェーシャのことは多少なりとも揉めると思っていた。だけど今回の騒動で向こうもほとほと愛想が尽きたのだろう。
 体の良い厄介払いというか、私に上手く処分させることにしたというか。

「つまり、何をしてもいいと?」
「はいですにゃー。それと、ぼくたちケルトシルと同盟を結んでいただけるのでしたら、こちらは可能な限り譲歩いたしますにゃー」

 フェーシャの件といい、あっさり譲歩することといい、意外にも私達にとって有利な方向に話が進んでる。
 ケルトシルは滅びる寸前とも思えるこのリーティアスに再び同盟を結ぼうというのだ。多少こちらに不利な条件を提示してくるんじゃないかと予想してたからね。
 それに以前フェーシャのせいで同盟を破棄したと言っても、今まで黙っていたことを考えれば『可能な限り』というのはかなり怪しくも感じる。

 邪推しすぎなのかもしれないけど、疑り深くなっている私は言質を得る為にも、もうちょっと突っついてみることにした。
 普通だったらそんなに考えないんだけど、最初にあのバカフェーシャを寄越されたこっちの身からすれば、まだなにかあるんじゃないかな? と思わざるを得ないのだ。

「さて、それはどれくらい可能なのかしらね。結ぶと決めた後から難癖つけられてもたまらないんだけど」
「にゃはは、それは大丈夫ですにゃー。ぼくたちとしてもこの度の失態、だいぶ重く見ておりますにゃー。貴方様がこちらに余程の不利益を与えるつもりでないのも、ちゃんと存じておりますにゃー」

 先程の眠たい雰囲気や語尾を除けば、意外とケットシーよりもしっかりと話してる。
 普段がこうなのかは知らないけど、かなり礼儀も正しいし、最初からカッフェーが来てくれればよかったのに。
 まあ、向こうには向こうの事情があるんだろうけど。

「それにフェーシャ様の数々の無礼を働きましたにゃー。それを貴女様は許してくださるとおっしゃいましたにゃー。
 ぼくたちはそれに対して、恩で報いると決めましたのにゃー」

 私が短絡的に走らず、こうして再び話し合いの機会を設けてくれた私に最大限の感謝をしたい、ということだった。

「そう…それじゃ、話を突き詰めていきましょうか」


 その後私達は同盟を結ぶに当たっての条件や貿易の話になってきた。
 向こうは内陸で他の国と囲まれているせいか、魚介類やシードーラのように海で採れる産物がほしいのだとか。
 この場合水属性の魔法で氷を作ったり、それなりに容量のある時定袋を持ってるほどの商人が必要だ。

 代わりにケルトシルで作られているバターやチーズなんかもこちらに輸出してくれるそうだ。

 バターはバウタービルスという猫人、チーズはチルダルーズとか言う魔人が最初に作ったもので、知名度を上げるために自分の名前を商品につけたわけだが、長すぎるということで言いやすく改良され今の名になったいう歴史をケットシーがそっと話してくれた。

 それからもお互いの利益について詳しく話してくれてはいたけど、ちょっと先走りすぎるし、今はこっちも戦争をしている。
 他にももう一つ、カッフェーは大事なことを忘れていた。

「こちらでも再びそれらを仕入れられるのは願ってもないことでしょうけど……」
「? なにかご不満でもありますのかにゃー?」
「アールガルムを差し置いてするような話でもない、ということよ」

 今現在、リーティアスとケルトシルの間にはアールガルムが存在する。
 戦争を起こそうというエルガルムが間にいるのであれば、口を挟むことはしないだろう。あそこの国に気を使うことなんてあり得ない。

「一応私が彼らと争う気がないというのは知ってるはずだと思うけど」
「決闘でジークロンド王を降したことは聞いておりますにゃー。そうですにゃー……ぼくたちの国の間に人狼族の国がある以上、彼らをないがしろにするわけにもいきませんにゃー」
「話が早くてなにより。詳しいことは戦争が終わり彼らを交えて……ということでいいかしら?
 少なくともエルガルムとの戦いが終わってから、になるでしょうけどね」

 カッフェーの方はそれでいいと納得してくれた。
 私達の話し合いの続きは、ジークロンド王を交えて行えるようになるまでストップすることになった。





 ――






「ふう…フェーシャがいないだけで色んな事が一気に進んだわね」

 一区切りついて深紅茶で喉を潤していると、カッフェーがふとため息をついて私達が知らなかった真実を口にする。

 一番話したかったケルトシルからの戦力支援については、アールガルムとのわだかまりがある以上、あまり期待できないということで幕を閉じた。
 こればっかりは私が介入すべき案件でもないし、仕方ないことだろう。

「昔、あの王がまだ即位して間もない頃はそうでもなかったんですけどにゃー……」
「昔は今とは違っていたのかしら?」
「あの頃の王は臆病ですが、ちゃんと民を思った政治をしておりましたにゃー。他国の王を侮辱するような真似など、とてもではないですができなかったですにゃー」

 カッフェーはどこか寂しそうな顔で天を仰ぎながらどこか遠くを見つめているようだった。

「貴方様の先代の王が即位する数年前くらいですかにゃー、突如人が…もとい猫が変わったかのように横暴な性格に変貌したのですにゃー」

 突然性格が……それは初耳の話だ。

「誰かに操られてるんじゃないの? それか別の何者かと入れ替わっているとか」
「入れ替わったということは有り得ませんにゃー。執務を行う際、魔力ペンを使いますにゃー。
 どれだけなりすますのが得意なものでも、根本的な魔力の波は絶対に変わりませんにゃー」

 なるほど、王や商人のように魔力ペンを頻繁に使う者は魔筆跡ルーペで魔力の波を調べられれば一発でわかる。入れ替わるのは不可能だろう。

「ただ、魔法医の調べを相当嫌がっておりましたから、傀儡くぐつになってる可能性はあると思いますにゃー。
 あの王に無理強いして魔法医を処刑されるのはこちらとしても困りますので、そこまで手は出せませんでしたにゃー」

 アレはへそ曲げたら最悪魔法医全員処刑しかねない。そうなったら誰が国民の病気や怪我を治療するのか? そういう風に考えて、踏み切ることができなかったとか。

「そう、それなら私が調べてみましょうか? 私であれば、処刑されるような心配はないでしょう」
「よろしいんですかにゃー? ティファリス女王が引き受けてくださるのであれば、願ったり叶ったりですにゃー」

 私の提案にカッフェーは嬉しそうに尻尾を立てて目を細めている。
 せっかく同盟を組むんだからもう少し貸しを作っておくのも悪くないし、私としても少し気になったことがある。

 フェーシャに会うのはちょっと気がすすまないけど、これも自分のため。早速軟禁してる部屋に行ってみましょうか。
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