そのモラハラ彼氏、いらないでしょ? ~エリート御曹司の略奪愛

朝霧なる

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第33話 別れの決意

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 七瀬は先週と同じ時間に帝鳳本社の受付を訪れ、二回目のワークショップを開催した。
 今回からの飛び込み参加ももちろん受け付けており、参加者総勢五十名、想像以上に好評だったようだ。
 今日はスタート時点から陣も参加してくれていて、楽しくレッスンして幕を閉じた。

「後日、受講した感想などを収集してスタジオさんにお送りさせていただきますね」

「ありがとうございます。お世話になりました」

「とても好評でしたので、また近くお願いできればと思います。その際はぜひ」

「こちらこそ、よろしくお願いします!」

 組合の担当さんに挨拶してロビーへ向かうと、受付前でコート姿の陣が待っていた。

「陣さ――三門さん! お疲れ様でした!」

 小走りに駆け寄ると、陣が相好を崩した。
 まだ社内ということもあり、かなり控えめにしているのだろうけど、あからさまなほどに嬉しそうな顔は、まんま恋人と邂逅を果たした青年である。
 こんな風に笑顔で迎えられるのが、どんなにうれしいことか――。
 ちょっとの懸念は残るものの、陣のやさしさに満たされて、平和そのものだ。

「センセーもお疲れ様。やっぱりセンセーのレッスンの後は体が軽くなっていいね」

「ほんとですか? うれしいです。幸いご好評だったようですし、私も楽しかったです」

「感想を伝えがてら、ごはんでも食べて帰りましょうか。たまには違うお店でも」

「そんなこと言わずに、潤さんのところに行きませんか? ビールを全制覇するのが目下の目標なんです」

「はは、兄貴が聞いたら喜ぶと思います。じゃあ」

 並んで正面玄関に向かったときだった。

「七瀬!」

 宗吾の怒声が響き渡り、条件反射で首をすくめた。
 声のした方を向くと、目を血走らせた宗吾がズンズンとこっちに向かってくる。それを見た途端、血の気が引いた。
 しかし、普段はそつなく着こなしているスーツが、今日はなんとなく乱れて見える。ネクタイは曲がっているし、着崩れているのだ
 だが、宗吾の視線は七瀬ではなく、その隣の陣に向いていた。

「よくこれで、七瀬を指名してないなんて言えますね。公私混同も甚だしいんじゃありませんか」

「それはこちらのセリフですよ、朝倉マネージャー。だいたい、もうとっくにお帰りいただいたはずですが、こんなところでどうしたんですか? 今後の方針は年明けに決定するので、それまでは自宅待機をお願いしたはずです。これ以上、心証が悪くなることはしない方がいい」

 二人の会話の意味がわからず目をぱちくりさせたが、業務的な会話のようだ。宗吾の怒りは明らかに陣に向いている。

「心証!? 人の恋人を寝取った挙句のパワハラ野郎が、偉そうな口を利くな!」

「朝倉くん。その発言は鈴村先生に対する誹謗だし、セクハラに当たる。ましてや彼女は社内の人間じゃない。企業の信用失墜につながる問題発言だぞ」

「聖人君子気取りか!」

 激昂した宗吾が陣の胸倉を掴み上げたので、七瀬はあわててその腕をつかんだ。

「宗吾さん、やめて!」

 だが、宗吾は七瀬の手を振り払い、彼に殴りかかる。
 幸い、陣は宗吾の拳を顔面に食らうことなく、手のひらで受け止めて押し返したが、揉み合いが始まってしまい、七瀬はどうすることもできず立ち尽くした。

 突然の暴力沙汰に周囲の社員たちが驚いて足を止め、すっ飛んできた警備員二人が、陣の胸倉をつかんで暴れる宗吾を羽交い絞めにし、引きはがす。

「なんとか言えよ三門! 人の恋人を寝取っておいて、そっちは無罪かよ!」

「……警備員室へ。彼はアストラルテックの社員なので、そっちに連絡して引き渡してください。僕からの報告は明日一番にします」

「承知しました」

 警備員に連行されながらも、宗吾は叫ぶのをやめなかった。

「七瀬、この裏切り者! どうせそいつの金目当てなんだろ、汚ねえ女だな!」

 そのまま七瀬の肩を抱いてロビーを出ようとしていた陣だが、その声に足を止め、踵を返して宗吾のところまで歩いていった。

「そんなに七瀬さんに未練があるのに、なぜ付き合っている間に大事にしなかったんだ。暴言暴力、挙句の果てに浮気ときたら、どんなに心の広い女性だって逃げ出すし、むしろ逃げ出さなくてはならない。彼女は心の強い人だからここまで耐えたが、朝倉くんの仕打ちは人の心を破壊する。彼女を自由意思のある一人の人間として、対等に接したことがあるのか?」

「部外者が口出しすんな」

 普段の紳士然とした様子はもう見る影もなく、険しい目で陣をにらむ宗吾は、まるで理性を失った獣のようだ。
 それに対峙する陣の後ろ姿が、怒りを堪えているのがありありとうかがえる。

「部外者じゃない。残念だよ、朝倉マネージャー。帝鳳のグループ会社として、身近な人の人権すら尊重できない人物を社員として雇用していたなんて。今日のことは懲罰委員会にもしっかり報告させてもらう。いいよ、連れていって」

 警備員に指示を出す陣のところまで七瀬は走り、宗吾の目をまっすぐ見つめた。

「宗吾さん、私は一人のヨギとして、あなたの傍で心と体の調和を保つのが難しいと判断し、自分の意思で離れる決意をしました。それは誰のせいでもなく、私の気持ちなんです。三門さんはそんな私を理解し、受け入れてくれました。共感してくれた上、心に安心をくれる人なんです」

「ヨガ、ヨガって、馬鹿の一つ覚えかよ」

 きっとふてくされて、そんなあてつけのような言葉が出てきたのだろう。腹が立ったりはしないが、やっぱりもう無理なんだと強く認識した。

「これ以上、三門さんを侮辱するのはやめてください。いつか宗吾さんの心にも平和が訪れるよう、心から祈っています。家に残っている私の物は、捨ててくださって構いません」

 ぺこりと頭を下げ、陣に微笑みかけると、かつての恋人に背中を向けて歩き出した。
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