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24・本番当日、開演一時間前、控え室は隣の武道場
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九月。夏休みが終わって、僕は少し緊張した面持ちで、登校をした。
そういえば、あの事件から今日まで、部活の皆と過ごすことはあれど、クラスの皆と過ごすことはなかったからだ。
裕喜君とは、クラス違うしね。ここでは、一人で頑張らないといけない。
だって、頑張るって決めたから。
そう思って、教室へ入った僕ではあるが。
まあ、そんな急には変わらないよね。
うん、それはわかっている。焦っちゃダメだ。
あ、でもね、
あの日僕に絡んできた獣人の子から、少しだけ話しかけられたりもした。ご丁寧にも、僕にもわかる声で、だ。
それは嬉しかったなぁ。しかも、文化祭の日に劇を見に来てくれるんだって言ってくれて、つい手を握ってしまったりした。
いけないいけない。最近一絆君にスキンシップをし過ぎていて、癖になっていた。
なんでだろうね。一絆君にはスキンシップが激しくなっちゃうの。不思議だ。
まあ、そんなわけで、
事態が急転したわけではないけれど、それでも緩やかに前進していた。
演劇の詰めも程々に、完成度は上がっていって。
本番の日は、あっという間にやって来た。
十月。文化祭当日。
今は、体育館で軽音楽部が演奏会をしている。それも、あと二十分くらいで終わって、
その後三十分で、舞台の準備を済ませて、
十分、お客さんの入場を待ったら、
ついに、本番だ。
僕達は今、体育館の隣にある武道場で、最後の確認をし合っていた。
「っー、っ、う」
「あー、っあ、う」
絶えず、皆がやり取りをしている。その内容はわからないけれど、やっぱり皆、どこか緊張した面持ちだ。
いつもなら一緒にいてくれる裕喜君は今、メイクの途中なので隣には居ない。
だから、ってわけではないけれども、少し心細さを感じる。
(紲君、大丈夫?)
(あ、加茂さん。うんとね、少し緊張してるかも)
(だよね。私も緊張する~)
一足先にメイクが終わった加茂さんが、僕の隣にやって来た。部員の皆は、僕との会話にすっかり慣れてくれて、今では自然とスマホの画面を見せてくれるようになっていた。
(でも、メイクって凄く濃いよね。僕はそうでもないみたいだけど)
(観客さんに見えるようにしなきゃだから、綺麗なメイクじゃなくて、印象づけのためのメイクなんだよ。ドーランいっぱい塗ってさ。紲君は、メイクをしなくても印象的だからだね。確か、耳を立てるために固定するくらい、だっけか)
(成る程!)
いつもは優しくて穏やかな印象の顔をしているけれど、今はドーランで極端に肌を白くした、化粧の濃い顔をしている加茂さんはそう言うと、いつも通り優しく笑った。
(花ちゃんも弐瓶君も、本間君だってすっごい顔で出てくるよ? 茂野ちゃんはそのままかな。猫ちゃん可愛いよね)
(獣人はそれだけで個性的だから、なのかな)
(あ、ごめん。これはあれ、人間からの一方的な目線だったかな?)
加茂さんは、慌ててそう言うと、少しだけ申し訳なさそうな顔をした。
裕喜君と一緒にいるだけあって、獣人に対する見方が多角的だ。そういう結論に行き着く人間はあまりいないと思う。
獣人からしたら、同じ種で考えると、あまり個性の出ない種もあって、そういう意味では没個性となってしまうものもある。けれど、人間からしてみれば、動物の個性を宿しているだけで個性的となる。
ってことを、加茂さんはこの一瞬で考えてくれたようなのである。
(いや、大丈夫だよ。そういう風に言える時点で、加茂さんは多角的な見方ができているから)
(まあこれ、本間君からの受け売りなんだけれどね)
やっぱりだ!
(獣人が好きなだけ、っていうけどもさ。凄い人だよね、本間君)
(うん、本当に)
(実は私、本間君のこと好きだったことがあってさ)
「んぐっ!?」
え、え、え?
すっごく唐突な告白に、僕は思わず口から音をこぼしてしまった。
その様子に、加茂さんはニコニコ笑いながら、続きの言葉を僕に見せてくれた。
(本間君のスタンスに、憧れたんだ。その憧れが、そのまま好きって気持ちになったの。けれどさ、そもそも脈がないのはわかりきっているじゃない? だって、獣人が好きって豪語してるんだもの。だから、私は諦めちゃった)
(加茂さんは、それで良かったの?)
(良かった良かった。今になってしまえばさ、本間君とは友人同士が丁度良かったなって思えるもの。けれど、好きだったって、伝えてもよかったかなって思うときもあるけれど……これは内緒ね)
人差し指を口元に当て、加茂さんはウインクをした。
そうして、彼女はもう一つ、大きな爆弾を落としていく。
(だから、なんとなくわかっちゃう。本間君さ、今、たぶん好きな人がいるんだよね)
え、え、え!?
裕喜君、好きな人がいるの!?
(本人も、どうやら意識し始めたみたいで、傍から見てバレバレなんだよね。気付いていないのは、本人と、お相手だけかもしれないなぁ。多分だけどね)
(そう、なんだ。ええと、ビックリしたよ)
(みたいね。紲君、顔に驚いてますって出ているもの)
(う、そうかも)
(あと、焦りかな。そう思ったでしょ?)
「んぐ」
え、っと。
そう、指摘されると、そう思ってしまう。
確かに、驚きと一緒に、なんだか焦りがあった。
なんでだろう。
裕喜君に好きな人が居るのは、いいことじゃないか。
僕が、どうこう思うことではない、
はず、
なのに。
あれ、
あれ、えっと、
これは、もしかして。
そういえば、あの事件から今日まで、部活の皆と過ごすことはあれど、クラスの皆と過ごすことはなかったからだ。
裕喜君とは、クラス違うしね。ここでは、一人で頑張らないといけない。
だって、頑張るって決めたから。
そう思って、教室へ入った僕ではあるが。
まあ、そんな急には変わらないよね。
うん、それはわかっている。焦っちゃダメだ。
あ、でもね、
あの日僕に絡んできた獣人の子から、少しだけ話しかけられたりもした。ご丁寧にも、僕にもわかる声で、だ。
それは嬉しかったなぁ。しかも、文化祭の日に劇を見に来てくれるんだって言ってくれて、つい手を握ってしまったりした。
いけないいけない。最近一絆君にスキンシップをし過ぎていて、癖になっていた。
なんでだろうね。一絆君にはスキンシップが激しくなっちゃうの。不思議だ。
まあ、そんなわけで、
事態が急転したわけではないけれど、それでも緩やかに前進していた。
演劇の詰めも程々に、完成度は上がっていって。
本番の日は、あっという間にやって来た。
十月。文化祭当日。
今は、体育館で軽音楽部が演奏会をしている。それも、あと二十分くらいで終わって、
その後三十分で、舞台の準備を済ませて、
十分、お客さんの入場を待ったら、
ついに、本番だ。
僕達は今、体育館の隣にある武道場で、最後の確認をし合っていた。
「っー、っ、う」
「あー、っあ、う」
絶えず、皆がやり取りをしている。その内容はわからないけれど、やっぱり皆、どこか緊張した面持ちだ。
いつもなら一緒にいてくれる裕喜君は今、メイクの途中なので隣には居ない。
だから、ってわけではないけれども、少し心細さを感じる。
(紲君、大丈夫?)
(あ、加茂さん。うんとね、少し緊張してるかも)
(だよね。私も緊張する~)
一足先にメイクが終わった加茂さんが、僕の隣にやって来た。部員の皆は、僕との会話にすっかり慣れてくれて、今では自然とスマホの画面を見せてくれるようになっていた。
(でも、メイクって凄く濃いよね。僕はそうでもないみたいだけど)
(観客さんに見えるようにしなきゃだから、綺麗なメイクじゃなくて、印象づけのためのメイクなんだよ。ドーランいっぱい塗ってさ。紲君は、メイクをしなくても印象的だからだね。確か、耳を立てるために固定するくらい、だっけか)
(成る程!)
いつもは優しくて穏やかな印象の顔をしているけれど、今はドーランで極端に肌を白くした、化粧の濃い顔をしている加茂さんはそう言うと、いつも通り優しく笑った。
(花ちゃんも弐瓶君も、本間君だってすっごい顔で出てくるよ? 茂野ちゃんはそのままかな。猫ちゃん可愛いよね)
(獣人はそれだけで個性的だから、なのかな)
(あ、ごめん。これはあれ、人間からの一方的な目線だったかな?)
加茂さんは、慌ててそう言うと、少しだけ申し訳なさそうな顔をした。
裕喜君と一緒にいるだけあって、獣人に対する見方が多角的だ。そういう結論に行き着く人間はあまりいないと思う。
獣人からしたら、同じ種で考えると、あまり個性の出ない種もあって、そういう意味では没個性となってしまうものもある。けれど、人間からしてみれば、動物の個性を宿しているだけで個性的となる。
ってことを、加茂さんはこの一瞬で考えてくれたようなのである。
(いや、大丈夫だよ。そういう風に言える時点で、加茂さんは多角的な見方ができているから)
(まあこれ、本間君からの受け売りなんだけれどね)
やっぱりだ!
(獣人が好きなだけ、っていうけどもさ。凄い人だよね、本間君)
(うん、本当に)
(実は私、本間君のこと好きだったことがあってさ)
「んぐっ!?」
え、え、え?
すっごく唐突な告白に、僕は思わず口から音をこぼしてしまった。
その様子に、加茂さんはニコニコ笑いながら、続きの言葉を僕に見せてくれた。
(本間君のスタンスに、憧れたんだ。その憧れが、そのまま好きって気持ちになったの。けれどさ、そもそも脈がないのはわかりきっているじゃない? だって、獣人が好きって豪語してるんだもの。だから、私は諦めちゃった)
(加茂さんは、それで良かったの?)
(良かった良かった。今になってしまえばさ、本間君とは友人同士が丁度良かったなって思えるもの。けれど、好きだったって、伝えてもよかったかなって思うときもあるけれど……これは内緒ね)
人差し指を口元に当て、加茂さんはウインクをした。
そうして、彼女はもう一つ、大きな爆弾を落としていく。
(だから、なんとなくわかっちゃう。本間君さ、今、たぶん好きな人がいるんだよね)
え、え、え!?
裕喜君、好きな人がいるの!?
(本人も、どうやら意識し始めたみたいで、傍から見てバレバレなんだよね。気付いていないのは、本人と、お相手だけかもしれないなぁ。多分だけどね)
(そう、なんだ。ええと、ビックリしたよ)
(みたいね。紲君、顔に驚いてますって出ているもの)
(う、そうかも)
(あと、焦りかな。そう思ったでしょ?)
「んぐ」
え、っと。
そう、指摘されると、そう思ってしまう。
確かに、驚きと一緒に、なんだか焦りがあった。
なんでだろう。
裕喜君に好きな人が居るのは、いいことじゃないか。
僕が、どうこう思うことではない、
はず、
なのに。
あれ、
あれ、えっと、
これは、もしかして。
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