25 / 32
24・本番当日、開演一時間前、控え室は隣の武道場
しおりを挟む
九月。夏休みが終わって、僕は少し緊張した面持ちで、登校をした。
そういえば、あの事件から今日まで、部活の皆と過ごすことはあれど、クラスの皆と過ごすことはなかったからだ。
裕喜君とは、クラス違うしね。ここでは、一人で頑張らないといけない。
だって、頑張るって決めたから。
そう思って、教室へ入った僕ではあるが。
まあ、そんな急には変わらないよね。
うん、それはわかっている。焦っちゃダメだ。
あ、でもね、
あの日僕に絡んできた獣人の子から、少しだけ話しかけられたりもした。ご丁寧にも、僕にもわかる声で、だ。
それは嬉しかったなぁ。しかも、文化祭の日に劇を見に来てくれるんだって言ってくれて、つい手を握ってしまったりした。
いけないいけない。最近一絆君にスキンシップをし過ぎていて、癖になっていた。
なんでだろうね。一絆君にはスキンシップが激しくなっちゃうの。不思議だ。
まあ、そんなわけで、
事態が急転したわけではないけれど、それでも緩やかに前進していた。
演劇の詰めも程々に、完成度は上がっていって。
本番の日は、あっという間にやって来た。
十月。文化祭当日。
今は、体育館で軽音楽部が演奏会をしている。それも、あと二十分くらいで終わって、
その後三十分で、舞台の準備を済ませて、
十分、お客さんの入場を待ったら、
ついに、本番だ。
僕達は今、体育館の隣にある武道場で、最後の確認をし合っていた。
「っー、っ、う」
「あー、っあ、う」
絶えず、皆がやり取りをしている。その内容はわからないけれど、やっぱり皆、どこか緊張した面持ちだ。
いつもなら一緒にいてくれる裕喜君は今、メイクの途中なので隣には居ない。
だから、ってわけではないけれども、少し心細さを感じる。
(紲君、大丈夫?)
(あ、加茂さん。うんとね、少し緊張してるかも)
(だよね。私も緊張する~)
一足先にメイクが終わった加茂さんが、僕の隣にやって来た。部員の皆は、僕との会話にすっかり慣れてくれて、今では自然とスマホの画面を見せてくれるようになっていた。
(でも、メイクって凄く濃いよね。僕はそうでもないみたいだけど)
(観客さんに見えるようにしなきゃだから、綺麗なメイクじゃなくて、印象づけのためのメイクなんだよ。ドーランいっぱい塗ってさ。紲君は、メイクをしなくても印象的だからだね。確か、耳を立てるために固定するくらい、だっけか)
(成る程!)
いつもは優しくて穏やかな印象の顔をしているけれど、今はドーランで極端に肌を白くした、化粧の濃い顔をしている加茂さんはそう言うと、いつも通り優しく笑った。
(花ちゃんも弐瓶君も、本間君だってすっごい顔で出てくるよ? 茂野ちゃんはそのままかな。猫ちゃん可愛いよね)
(獣人はそれだけで個性的だから、なのかな)
(あ、ごめん。これはあれ、人間からの一方的な目線だったかな?)
加茂さんは、慌ててそう言うと、少しだけ申し訳なさそうな顔をした。
裕喜君と一緒にいるだけあって、獣人に対する見方が多角的だ。そういう結論に行き着く人間はあまりいないと思う。
獣人からしたら、同じ種で考えると、あまり個性の出ない種もあって、そういう意味では没個性となってしまうものもある。けれど、人間からしてみれば、動物の個性を宿しているだけで個性的となる。
ってことを、加茂さんはこの一瞬で考えてくれたようなのである。
(いや、大丈夫だよ。そういう風に言える時点で、加茂さんは多角的な見方ができているから)
(まあこれ、本間君からの受け売りなんだけれどね)
やっぱりだ!
(獣人が好きなだけ、っていうけどもさ。凄い人だよね、本間君)
(うん、本当に)
(実は私、本間君のこと好きだったことがあってさ)
「んぐっ!?」
え、え、え?
すっごく唐突な告白に、僕は思わず口から音をこぼしてしまった。
その様子に、加茂さんはニコニコ笑いながら、続きの言葉を僕に見せてくれた。
(本間君のスタンスに、憧れたんだ。その憧れが、そのまま好きって気持ちになったの。けれどさ、そもそも脈がないのはわかりきっているじゃない? だって、獣人が好きって豪語してるんだもの。だから、私は諦めちゃった)
(加茂さんは、それで良かったの?)
(良かった良かった。今になってしまえばさ、本間君とは友人同士が丁度良かったなって思えるもの。けれど、好きだったって、伝えてもよかったかなって思うときもあるけれど……これは内緒ね)
人差し指を口元に当て、加茂さんはウインクをした。
そうして、彼女はもう一つ、大きな爆弾を落としていく。
(だから、なんとなくわかっちゃう。本間君さ、今、たぶん好きな人がいるんだよね)
え、え、え!?
裕喜君、好きな人がいるの!?
(本人も、どうやら意識し始めたみたいで、傍から見てバレバレなんだよね。気付いていないのは、本人と、お相手だけかもしれないなぁ。多分だけどね)
(そう、なんだ。ええと、ビックリしたよ)
(みたいね。紲君、顔に驚いてますって出ているもの)
(う、そうかも)
(あと、焦りかな。そう思ったでしょ?)
「んぐ」
え、っと。
そう、指摘されると、そう思ってしまう。
確かに、驚きと一緒に、なんだか焦りがあった。
なんでだろう。
裕喜君に好きな人が居るのは、いいことじゃないか。
僕が、どうこう思うことではない、
はず、
なのに。
あれ、
あれ、えっと、
これは、もしかして。
そういえば、あの事件から今日まで、部活の皆と過ごすことはあれど、クラスの皆と過ごすことはなかったからだ。
裕喜君とは、クラス違うしね。ここでは、一人で頑張らないといけない。
だって、頑張るって決めたから。
そう思って、教室へ入った僕ではあるが。
まあ、そんな急には変わらないよね。
うん、それはわかっている。焦っちゃダメだ。
あ、でもね、
あの日僕に絡んできた獣人の子から、少しだけ話しかけられたりもした。ご丁寧にも、僕にもわかる声で、だ。
それは嬉しかったなぁ。しかも、文化祭の日に劇を見に来てくれるんだって言ってくれて、つい手を握ってしまったりした。
いけないいけない。最近一絆君にスキンシップをし過ぎていて、癖になっていた。
なんでだろうね。一絆君にはスキンシップが激しくなっちゃうの。不思議だ。
まあ、そんなわけで、
事態が急転したわけではないけれど、それでも緩やかに前進していた。
演劇の詰めも程々に、完成度は上がっていって。
本番の日は、あっという間にやって来た。
十月。文化祭当日。
今は、体育館で軽音楽部が演奏会をしている。それも、あと二十分くらいで終わって、
その後三十分で、舞台の準備を済ませて、
十分、お客さんの入場を待ったら、
ついに、本番だ。
僕達は今、体育館の隣にある武道場で、最後の確認をし合っていた。
「っー、っ、う」
「あー、っあ、う」
絶えず、皆がやり取りをしている。その内容はわからないけれど、やっぱり皆、どこか緊張した面持ちだ。
いつもなら一緒にいてくれる裕喜君は今、メイクの途中なので隣には居ない。
だから、ってわけではないけれども、少し心細さを感じる。
(紲君、大丈夫?)
(あ、加茂さん。うんとね、少し緊張してるかも)
(だよね。私も緊張する~)
一足先にメイクが終わった加茂さんが、僕の隣にやって来た。部員の皆は、僕との会話にすっかり慣れてくれて、今では自然とスマホの画面を見せてくれるようになっていた。
(でも、メイクって凄く濃いよね。僕はそうでもないみたいだけど)
(観客さんに見えるようにしなきゃだから、綺麗なメイクじゃなくて、印象づけのためのメイクなんだよ。ドーランいっぱい塗ってさ。紲君は、メイクをしなくても印象的だからだね。確か、耳を立てるために固定するくらい、だっけか)
(成る程!)
いつもは優しくて穏やかな印象の顔をしているけれど、今はドーランで極端に肌を白くした、化粧の濃い顔をしている加茂さんはそう言うと、いつも通り優しく笑った。
(花ちゃんも弐瓶君も、本間君だってすっごい顔で出てくるよ? 茂野ちゃんはそのままかな。猫ちゃん可愛いよね)
(獣人はそれだけで個性的だから、なのかな)
(あ、ごめん。これはあれ、人間からの一方的な目線だったかな?)
加茂さんは、慌ててそう言うと、少しだけ申し訳なさそうな顔をした。
裕喜君と一緒にいるだけあって、獣人に対する見方が多角的だ。そういう結論に行き着く人間はあまりいないと思う。
獣人からしたら、同じ種で考えると、あまり個性の出ない種もあって、そういう意味では没個性となってしまうものもある。けれど、人間からしてみれば、動物の個性を宿しているだけで個性的となる。
ってことを、加茂さんはこの一瞬で考えてくれたようなのである。
(いや、大丈夫だよ。そういう風に言える時点で、加茂さんは多角的な見方ができているから)
(まあこれ、本間君からの受け売りなんだけれどね)
やっぱりだ!
(獣人が好きなだけ、っていうけどもさ。凄い人だよね、本間君)
(うん、本当に)
(実は私、本間君のこと好きだったことがあってさ)
「んぐっ!?」
え、え、え?
すっごく唐突な告白に、僕は思わず口から音をこぼしてしまった。
その様子に、加茂さんはニコニコ笑いながら、続きの言葉を僕に見せてくれた。
(本間君のスタンスに、憧れたんだ。その憧れが、そのまま好きって気持ちになったの。けれどさ、そもそも脈がないのはわかりきっているじゃない? だって、獣人が好きって豪語してるんだもの。だから、私は諦めちゃった)
(加茂さんは、それで良かったの?)
(良かった良かった。今になってしまえばさ、本間君とは友人同士が丁度良かったなって思えるもの。けれど、好きだったって、伝えてもよかったかなって思うときもあるけれど……これは内緒ね)
人差し指を口元に当て、加茂さんはウインクをした。
そうして、彼女はもう一つ、大きな爆弾を落としていく。
(だから、なんとなくわかっちゃう。本間君さ、今、たぶん好きな人がいるんだよね)
え、え、え!?
裕喜君、好きな人がいるの!?
(本人も、どうやら意識し始めたみたいで、傍から見てバレバレなんだよね。気付いていないのは、本人と、お相手だけかもしれないなぁ。多分だけどね)
(そう、なんだ。ええと、ビックリしたよ)
(みたいね。紲君、顔に驚いてますって出ているもの)
(う、そうかも)
(あと、焦りかな。そう思ったでしょ?)
「んぐ」
え、っと。
そう、指摘されると、そう思ってしまう。
確かに、驚きと一緒に、なんだか焦りがあった。
なんでだろう。
裕喜君に好きな人が居るのは、いいことじゃないか。
僕が、どうこう思うことではない、
はず、
なのに。
あれ、
あれ、えっと、
これは、もしかして。
0
お気に入りに追加
12
あなたにおすすめの小説
後輩に嫌われたと思った先輩と その先輩から突然ブロックされた後輩との、その後の話し…
まゆゆ
BL
澄 真広 (スミ マヒロ) は、高校三年の卒業式の日から。
5年に渡って拗らせた恋を抱えていた。
相手は、後輩の久元 朱 (クモト シュウ) 5年前の卒業式の日、想いを告げるか迷いながら待って居たが、シュウは現れず。振られたと思い込む。
一方で、シュウは、澄が急に自分をブロックしてきた事にショックを受ける。
唯一自分を、励ましてくれた先輩からのブロックを時折思い出しては、辛くなっていた。
それは、澄も同じであの日、来てくれたら今とは違っていたはずで仮に振られたとしても、ここまで拗らせることもなかったと考えていた。
そんな5年後の今、シュウは住み込み先で失敗して追い出された途方に暮れていた。
そこへ社会人となっていた澄と再会する。
果たして5年越しの恋は、動き出すのか?
表紙のイラストは、Daysさんで作らせていただきました。
日本一のイケメン俳優に惚れられてしまったんですが
五右衛門
BL
月井晴彦は過去のトラウマから自信を失い、人と距離を置きながら高校生活を送っていた。ある日、帰り道で少女が複数の男子からナンパされている場面に遭遇する。普段は関わりを避ける晴彦だが、僅かばかりの勇気を出して、手が震えながらも必死に少女を助けた。
しかし、その少女は実は美男子俳優の白銀玲央だった。彼は日本一有名な高校生俳優で、高い演技力と美しすぎる美貌も相まって多くの賞を受賞している天才である。玲央は何かお礼がしたいと言うも、晴彦は動揺してしまい逃げるように立ち去る。しかし数日後、体育館に集まった全校生徒の前で現れたのは、あの時の青年だった──
必然ラヴァーズ
須藤慎弥
BL
ダンスアイドルグループ「CROWN」のリーダー・セナから熱烈求愛され、付き合う事になった卑屈ネガティブ男子高校生・葉璃(ハル)。
トップアイドルと新人アイドルの恋は前途多難…!?
※♡=葉璃目線 ❥=聖南目線 ★=恭也目線
※いやんなシーンにはタイトルに「※」
※表紙について。前半は町田様より頂きましたファンアート、後半より眠様(@nemu_chan1110)作のものに変更予定です♡ありがとうございます!


けものとこいにおちまして
ゆきたな
BL
医者の父と大学教授の母と言うエリートの家に生まれつつも親の期待に応えられず、彼女にまでふられたカナタは目を覚ましたら洞窟の中で二匹の狼に挟まれていた。状況が全然わからないカナタに狼がただの狼ではなく人狼であると明かす。異世界で出会った人狼の兄弟。兄のガルフはカナタを自分のものにしたいと行動に出るが、カナタは近付くことに戸惑い…。ガルフと弟のルウと一緒にいたいと奔走する異種族ファミリー系BLストーリー。

拝啓お父様。私は野良魔王を拾いました。ちゃんとお世話するので飼ってよいでしょうか?
ミクリ21
BL
ある日、ルーゼンは野良魔王を拾った。
ルーゼンはある理由から、領地で家族とは離れて暮らしているのだ。
そして、父親に手紙で野良魔王を飼っていいかを伺うのだった。

オッサン、エルフの森の歌姫【ディーバ】になる
クロタ
BL
召喚儀式の失敗で、現代日本から異世界に飛ばされて捨てられたオッサン(39歳)と、彼を拾って過保護に庇護するエルフ(300歳、外見年齢20代)のお話です。
イケメン俳優は万年モブ役者の鬼門です
はねビト
BL
演技力には自信があるけれど、地味な役者の羽月眞也は、2年前に共演して以来、大人気イケメン俳優になった東城湊斗に懐かれていた。
自分にはない『華』のある東城に対するコンプレックスを抱えるものの、どうにも東城からのお願いには弱くて……。
ワンコ系年下イケメン俳優×地味顔モブ俳優の芸能人BL。
外伝完結、続編連載中です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる