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22・寂しい夜だなって、いつもの夜に思った理由

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 当たり前のことなんだけど。僕のお家には、音というものがあまりない。例えばそう、なんとなくテレビをつけるとか、動画を流すとか、結構な人がすると思うのだけれど、僕がそれをしようとすると、言葉のないものを選ばなければならないわけで。
 テレビ番組で、言葉のないものはほとんどない。だから、僕の部屋にはテレビがないんだ。
 ノートパソコンはあるけれど、普段はあまり使わない。調べ物とかはスマホで済んじゃうしね。たまに、本当にたまに、自然音声が流れる動画を流すことに使ったりする程度。
 そのたまにをするタイミングは、なんだか寂しかったり、悔しいことがあったりするときだ。無音の部屋に耐えきれない精神状態の時だと、僕は自己分析ができていて。
 で、今まさに、ノートパソコンでは海の景色と波の音が流れる動画が映っていて。
 つまり、僕自身の精神状態が、あまり良くない証左であった。

「う、ぐぅ……」

 僕は、つい何度もスマホの通知を確認しては、ノートパソコンに視線を移し、溜め息のような独り言をこぼす。
 そんなループに陥っていた。
 スマホを確認するのは、その、
 裕喜君から、連絡が来ないか気になっているからだ。
 実は、ここ最近。夜になる度に裕喜君とチャットアプリでやり取りをするのが日常になっているのだ。
 やり取りの内容は、こう、とりとめのないものなんだけれど、僕にとってはそんなやり取りが嬉しくて、つい夢中になってしまう。
 けれど、今日はそれがない。
 当たり前だ。今日は、少し遠くでお祭りがあって、裕喜君はお友達と一緒に行っているから。

「はぁ」

 裕喜君は最初、僕にお祭りに行くのかって聞いてきた。僕はそれに、つい否定で返してしまったわけなんだけれど。
 だって、僕が人混みにいったらきっと、迷惑をかけるから。学校内では少し慣れているけれど、全くの不特定多数の人達から聞こえる声には、まだ少しだけ、ストレスを感じてしまう。
 そんな僕がお祭りに行っても、迷惑をかけるだけだから。
 そう思って、僕はお祭りには行かないと返したわけなんだけれども、
 今になって思えば、裕喜君はたぶん、僕をお祭りに誘いたかったのかもしれないって、思ったんだよね。
 僕が、お祭りには行かないと言った瞬間、少しだけ表情に陰りが見えた気がするし、
 なにか、寂しそうな音で独り言をこぼしたんだ。
 意味はわからないよ。でも、なんだろう。意味不明なあの音に僕は、どこか寂しさを感じてしまって、
 それについて聞き返しても、はぐらかされてしまったし。
 だから、うん。これはきっと、驕りでも思い込みでもなんでもなくって、
 裕喜君はきっと、僕とお祭りに行きたかったんだ、と思う。
 それを、僕は尻込みしちゃって、断っちゃって。
 その事実が今、一人の静かな部屋で、僕の頭を苛んでいた。
 それに絶えきれなくて、僕はノートパソコンで動画を流しているのだ。
 と、まあ。
 こんな感じで、
 僕は、僕の心情を自己分析できる。
 今までだってそう。他人と会話が上手くできない代わりなのか、僕は僕自身で僕のことを冷静に分析する術を身に着けていた。
 はず、
 なんだけれど。

「……」

 なのに、気分は少しも晴れない。
 なんだか、一人の夜が寂しく感じてしまって。
 ただ、どうして寂しく感じるかが、わからなくて。
 いや、原因はわかるよ?
 裕喜君と、やり取りができていないからだ。
 大事な友人と、お話しができていないからだ。
 けれどさ、
 裕喜君はお出掛け中で、僕とやり取りができない状況であることを、僕自身は知っていて、
 しかたのないことだとわかっているわけで、
 なのに、
 なのに、この寂しさは消えてくれない。
 それはつまり、
 この寂しさは、理性や自己分析では振り払えない類いのものだってことで。
 ただ僕は、そんな感情を知らない。
 知らないんだよ。

「う、うぅ、ぐ、ぶぅ」

 不思議だなぁ。
 でも、当然と言えば当然なのかもしれない。
 僕は、こんなだからさ、誰かと深く仲良くなった試しがなくて、
 初めてで、
 だから、知らないこと、わからないことが確実に存在するわけで。
 この寂しさもきっと、その類いなんだろうな。
 でも、
 じゃあ、
 だとするとさ、
 この寂しさを、今、どうこうする術はきっとなくて。
 それが、
 僕は、辛いなって思うんだ。
 うん、だから、
 最初からわかっていた結論に起因する。
 裕喜君がいないから、僕は寂しくなってしまっているんだ。

 ――ぶぶッ
「んぐ!?」
 ――ぶ、ぶぶっ、ぶ、ぶぶ、ぶっぶぶ
「っ!?」

 お、わわ、
 ビックリした!
 今さ、感傷に浸っているところだったでしょうが!
 す、っごいビックリしたぁ。もうさ、毛並み全部逆立ったよ?
 誰さ、僕のアンニュイを斜め上からぶち壊しにきた不届き者は!
 っていうか通知鳴りすぎなんだよ、もう!
 ええい、とっちめてやる!

「……あ」

 って、変なテンションで見た通知に、書いてあった名前は、
 本間裕喜、
 だった。

(一絆君、お祭り行ったことないっぽいから、雰囲気だけでも知って貰えればなって思って。写真送るね)

 最初に、そんな一言が書き込まれていて、そっからは、色んな写真が送られてきていた。
 裕喜君と、裕喜君のお友達の黒猫さんが一緒に映っている写真。色んな食べ物が後ろに並んでいる。
 屋台の風景写真。人もいっぱいだけれど、明かりがキラキラしていて綺麗だなぁ。屋台も、色々な種類があるね。
 あ、加茂さんと花田さんだ。わあ、二人とも浴衣を着ている……凄い綺麗。
 こっちは、弐瓶君と小川君だ。っふふ、小川君も弐瓶君も、両手にいっぱいの食べ物を持ってるや。
 で、こっちがお祭りのメイン会場、神社なんだね。けれど、屋台のところより人が少ないかな。でも、色んな提灯飾りが綺麗だ……あ、風鈴もいっぱい飾ってある。
 とか、とか。
 沢山の写真が、裕喜君から送られてきていた。
 それを見るだけで、
 僕の寂しさは、瞬間霧散してしまった。
 今はもう、嬉しいとか楽しいとか、興味深いとかわくわくするとか、
 そんな感情で、胸がいっぱいだ。

(凄い! お祭りってこんな感じなんだね。皆楽しそうで、見ていてこっちも嬉しくなっちゃう。裕喜君、写真ありがとう!)
(俺がしたかったから、しただけだよ。一絆君も少しは楽しんでくれたらいいな、と思って。あと、そうだな。俺がさ、本当は一絆君とお祭り行きたかったから、せめて写真だけでも送れたらいいな、って思ったんだ)

 ああ、やっぱりだ。
 じゃあきっと、僕が祭には行かないと言ったあのとき、少なからず裕喜君を傷つけていたのかもしれない。
 でも、
 それでも裕喜君は、こうして僕にお祭りの雰囲気だけでもと、写真を送ってくれた。
 本当に、
 本当にっ!
 どこまでも優しい!
 裕喜君、裕喜君っ!

(ごめんね。その、人混みの中に行く勇気が出なくて。けれど、今度があったら、裕喜君と行きたいって、写真を見て思ったよ! 本当に、ありがとう!)
(そう思ってくれたなら、凄く嬉しいよ。明日また、学校で話そうな)
(うん、楽しみにしてるね!)

 あはは!
 もう、寂しくもなんともないや。
 いつも通りの、静かな夜。
 いつも通りの、素敵な夜。
 裕喜君がいる、寂しくない夜だった。
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