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14・僕は普通の獣人たりえるか
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僕は笹崎高校に編入したさいに、一人暮らしを始めていた。
そもそも、この編入は僕が無理を言って推し進めた、わりと身勝手な計画だった。
それを、優しいお母さんとお父さんは受け入れてくれたわけだが、社会生活を送る獣人二人が急に、遠くに引っ越しをするというのは難しかったわけで。
そういうわけで、ロフト付きワンルームという、僕の第二の家が誕生したのだ。
それを、僕は他の人に言いふらしたことはなかった。だってなんか、心配されてしまいそうだったから。
だから、裕喜君にも言ってなかったわけで。
だというのに、今この部屋には裕喜君がいる。
誰かを招くつもりなんてなかったこの部屋は、僕だけが座れるように座椅子とローテーブル。あとは勉強机と椅子があって、
裕喜君は、勉強机の椅子に腰掛けていた。
「……」
「う、ぐぅ……」
けれど、座椅子に座る僕は裕喜君と対面していなかった。なんか、ちょっと気まずかったから。
普通の人なら、こんな状況でも声一つで会話を始められるのかもしれない。
けれど僕じゃ、そうはいかない。僕では、こんな状況だと会話を始めることさえままならない。
本当は、言いたいことがいっぱいあるのに。
謝りたいし、感謝したいし、慰めたいし、立ち上がりたい。
のに、
胸の中のもやもやが、僕の意思を薄弱にしていく。
たぶん、そのもやもやは、名前をつけるならきっと……
罪悪感、だ。
一人で背負い込んでしまったこと、
受け入れるスタンスで努力を放棄していたこと、
裕喜君にも話していなかったこと、
彼を巻き込んでしまったこと、
今こうして、会話をすることさえできないこと、
その全てにつきまとう罪悪感が少しずつ、僕を緩く締め付けているんだ。
どうしよう。
どうしたらいいんだろう。
どうすればいいのかわからない。
……
助けて、欲しい。
「はあぁぁ」
「っ」
突然、後ろから大きな息の音がした。言葉ではないようなので、たぶん、溜め息、のようなものだろうか。
裕喜君が、息を吐いたのだ。
その音に、僕は全身をびくりと震わせてしまう。
多分、尻尾の毛という毛が逆立ってしまっているだろう。
ど、どうしよう。
そう思っていると、後ろの気配がゆっくり動いて、
「あ、あ……っ」
「っ、い」
目蓋を赤く腫らした裕喜君が、僕の前にやって来て、床に座り込んだ。
息じゃない音が、意味の不明瞭な音が耳に届く。
けれど、その音は多分、
僕の、名前を呼ぶ声だと、なんとなくわかった。
何度も、何度も聞いたニュアンスの、彼の声、だったから。
ああ、僕も、
彼の名前を、音にできたらな、って、思ってしまう。
(一絆君、話をしてもいい?)
スマホに表示された文字。それを打ち込む指が、少しだけ震えているのがわかった。
裕喜君も、感情が穏やかではないみたいだとわかる。
自分のことではないというのに、こんなになってしまうまで心を割いてくれているのがわかる。
わかってしまう。
(うん。話したい。いっぱい、いっぱい話したいことがあるんだ)
(わかった。全部話して欲しい。俺は、一絆君が話してくれるなら、それが、嬉しい)
普通でない獣人の僕を、普通の関係で扱う裕喜君に、
話したいことが、いっぱい、あるんだ。
だから僕は、罪悪感を振り払って、スマホに言葉を打ち込んでいく。
普通の、友人同士の会話を始めるために、指を動かす。
そもそも、この編入は僕が無理を言って推し進めた、わりと身勝手な計画だった。
それを、優しいお母さんとお父さんは受け入れてくれたわけだが、社会生活を送る獣人二人が急に、遠くに引っ越しをするというのは難しかったわけで。
そういうわけで、ロフト付きワンルームという、僕の第二の家が誕生したのだ。
それを、僕は他の人に言いふらしたことはなかった。だってなんか、心配されてしまいそうだったから。
だから、裕喜君にも言ってなかったわけで。
だというのに、今この部屋には裕喜君がいる。
誰かを招くつもりなんてなかったこの部屋は、僕だけが座れるように座椅子とローテーブル。あとは勉強机と椅子があって、
裕喜君は、勉強机の椅子に腰掛けていた。
「……」
「う、ぐぅ……」
けれど、座椅子に座る僕は裕喜君と対面していなかった。なんか、ちょっと気まずかったから。
普通の人なら、こんな状況でも声一つで会話を始められるのかもしれない。
けれど僕じゃ、そうはいかない。僕では、こんな状況だと会話を始めることさえままならない。
本当は、言いたいことがいっぱいあるのに。
謝りたいし、感謝したいし、慰めたいし、立ち上がりたい。
のに、
胸の中のもやもやが、僕の意思を薄弱にしていく。
たぶん、そのもやもやは、名前をつけるならきっと……
罪悪感、だ。
一人で背負い込んでしまったこと、
受け入れるスタンスで努力を放棄していたこと、
裕喜君にも話していなかったこと、
彼を巻き込んでしまったこと、
今こうして、会話をすることさえできないこと、
その全てにつきまとう罪悪感が少しずつ、僕を緩く締め付けているんだ。
どうしよう。
どうしたらいいんだろう。
どうすればいいのかわからない。
……
助けて、欲しい。
「はあぁぁ」
「っ」
突然、後ろから大きな息の音がした。言葉ではないようなので、たぶん、溜め息、のようなものだろうか。
裕喜君が、息を吐いたのだ。
その音に、僕は全身をびくりと震わせてしまう。
多分、尻尾の毛という毛が逆立ってしまっているだろう。
ど、どうしよう。
そう思っていると、後ろの気配がゆっくり動いて、
「あ、あ……っ」
「っ、い」
目蓋を赤く腫らした裕喜君が、僕の前にやって来て、床に座り込んだ。
息じゃない音が、意味の不明瞭な音が耳に届く。
けれど、その音は多分、
僕の、名前を呼ぶ声だと、なんとなくわかった。
何度も、何度も聞いたニュアンスの、彼の声、だったから。
ああ、僕も、
彼の名前を、音にできたらな、って、思ってしまう。
(一絆君、話をしてもいい?)
スマホに表示された文字。それを打ち込む指が、少しだけ震えているのがわかった。
裕喜君も、感情が穏やかではないみたいだとわかる。
自分のことではないというのに、こんなになってしまうまで心を割いてくれているのがわかる。
わかってしまう。
(うん。話したい。いっぱい、いっぱい話したいことがあるんだ)
(わかった。全部話して欲しい。俺は、一絆君が話してくれるなら、それが、嬉しい)
普通でない獣人の僕を、普通の関係で扱う裕喜君に、
話したいことが、いっぱい、あるんだ。
だから僕は、罪悪感を振り払って、スマホに言葉を打ち込んでいく。
普通の、友人同士の会話を始めるために、指を動かす。
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