15 / 32
14・僕は普通の獣人たりえるか
しおりを挟む
僕は笹崎高校に編入したさいに、一人暮らしを始めていた。
そもそも、この編入は僕が無理を言って推し進めた、わりと身勝手な計画だった。
それを、優しいお母さんとお父さんは受け入れてくれたわけだが、社会生活を送る獣人二人が急に、遠くに引っ越しをするというのは難しかったわけで。
そういうわけで、ロフト付きワンルームという、僕の第二の家が誕生したのだ。
それを、僕は他の人に言いふらしたことはなかった。だってなんか、心配されてしまいそうだったから。
だから、裕喜君にも言ってなかったわけで。
だというのに、今この部屋には裕喜君がいる。
誰かを招くつもりなんてなかったこの部屋は、僕だけが座れるように座椅子とローテーブル。あとは勉強机と椅子があって、
裕喜君は、勉強机の椅子に腰掛けていた。
「……」
「う、ぐぅ……」
けれど、座椅子に座る僕は裕喜君と対面していなかった。なんか、ちょっと気まずかったから。
普通の人なら、こんな状況でも声一つで会話を始められるのかもしれない。
けれど僕じゃ、そうはいかない。僕では、こんな状況だと会話を始めることさえままならない。
本当は、言いたいことがいっぱいあるのに。
謝りたいし、感謝したいし、慰めたいし、立ち上がりたい。
のに、
胸の中のもやもやが、僕の意思を薄弱にしていく。
たぶん、そのもやもやは、名前をつけるならきっと……
罪悪感、だ。
一人で背負い込んでしまったこと、
受け入れるスタンスで努力を放棄していたこと、
裕喜君にも話していなかったこと、
彼を巻き込んでしまったこと、
今こうして、会話をすることさえできないこと、
その全てにつきまとう罪悪感が少しずつ、僕を緩く締め付けているんだ。
どうしよう。
どうしたらいいんだろう。
どうすればいいのかわからない。
……
助けて、欲しい。
「はあぁぁ」
「っ」
突然、後ろから大きな息の音がした。言葉ではないようなので、たぶん、溜め息、のようなものだろうか。
裕喜君が、息を吐いたのだ。
その音に、僕は全身をびくりと震わせてしまう。
多分、尻尾の毛という毛が逆立ってしまっているだろう。
ど、どうしよう。
そう思っていると、後ろの気配がゆっくり動いて、
「あ、あ……っ」
「っ、い」
目蓋を赤く腫らした裕喜君が、僕の前にやって来て、床に座り込んだ。
息じゃない音が、意味の不明瞭な音が耳に届く。
けれど、その音は多分、
僕の、名前を呼ぶ声だと、なんとなくわかった。
何度も、何度も聞いたニュアンスの、彼の声、だったから。
ああ、僕も、
彼の名前を、音にできたらな、って、思ってしまう。
(一絆君、話をしてもいい?)
スマホに表示された文字。それを打ち込む指が、少しだけ震えているのがわかった。
裕喜君も、感情が穏やかではないみたいだとわかる。
自分のことではないというのに、こんなになってしまうまで心を割いてくれているのがわかる。
わかってしまう。
(うん。話したい。いっぱい、いっぱい話したいことがあるんだ)
(わかった。全部話して欲しい。俺は、一絆君が話してくれるなら、それが、嬉しい)
普通でない獣人の僕を、普通の関係で扱う裕喜君に、
話したいことが、いっぱい、あるんだ。
だから僕は、罪悪感を振り払って、スマホに言葉を打ち込んでいく。
普通の、友人同士の会話を始めるために、指を動かす。
そもそも、この編入は僕が無理を言って推し進めた、わりと身勝手な計画だった。
それを、優しいお母さんとお父さんは受け入れてくれたわけだが、社会生活を送る獣人二人が急に、遠くに引っ越しをするというのは難しかったわけで。
そういうわけで、ロフト付きワンルームという、僕の第二の家が誕生したのだ。
それを、僕は他の人に言いふらしたことはなかった。だってなんか、心配されてしまいそうだったから。
だから、裕喜君にも言ってなかったわけで。
だというのに、今この部屋には裕喜君がいる。
誰かを招くつもりなんてなかったこの部屋は、僕だけが座れるように座椅子とローテーブル。あとは勉強机と椅子があって、
裕喜君は、勉強机の椅子に腰掛けていた。
「……」
「う、ぐぅ……」
けれど、座椅子に座る僕は裕喜君と対面していなかった。なんか、ちょっと気まずかったから。
普通の人なら、こんな状況でも声一つで会話を始められるのかもしれない。
けれど僕じゃ、そうはいかない。僕では、こんな状況だと会話を始めることさえままならない。
本当は、言いたいことがいっぱいあるのに。
謝りたいし、感謝したいし、慰めたいし、立ち上がりたい。
のに、
胸の中のもやもやが、僕の意思を薄弱にしていく。
たぶん、そのもやもやは、名前をつけるならきっと……
罪悪感、だ。
一人で背負い込んでしまったこと、
受け入れるスタンスで努力を放棄していたこと、
裕喜君にも話していなかったこと、
彼を巻き込んでしまったこと、
今こうして、会話をすることさえできないこと、
その全てにつきまとう罪悪感が少しずつ、僕を緩く締め付けているんだ。
どうしよう。
どうしたらいいんだろう。
どうすればいいのかわからない。
……
助けて、欲しい。
「はあぁぁ」
「っ」
突然、後ろから大きな息の音がした。言葉ではないようなので、たぶん、溜め息、のようなものだろうか。
裕喜君が、息を吐いたのだ。
その音に、僕は全身をびくりと震わせてしまう。
多分、尻尾の毛という毛が逆立ってしまっているだろう。
ど、どうしよう。
そう思っていると、後ろの気配がゆっくり動いて、
「あ、あ……っ」
「っ、い」
目蓋を赤く腫らした裕喜君が、僕の前にやって来て、床に座り込んだ。
息じゃない音が、意味の不明瞭な音が耳に届く。
けれど、その音は多分、
僕の、名前を呼ぶ声だと、なんとなくわかった。
何度も、何度も聞いたニュアンスの、彼の声、だったから。
ああ、僕も、
彼の名前を、音にできたらな、って、思ってしまう。
(一絆君、話をしてもいい?)
スマホに表示された文字。それを打ち込む指が、少しだけ震えているのがわかった。
裕喜君も、感情が穏やかではないみたいだとわかる。
自分のことではないというのに、こんなになってしまうまで心を割いてくれているのがわかる。
わかってしまう。
(うん。話したい。いっぱい、いっぱい話したいことがあるんだ)
(わかった。全部話して欲しい。俺は、一絆君が話してくれるなら、それが、嬉しい)
普通でない獣人の僕を、普通の関係で扱う裕喜君に、
話したいことが、いっぱい、あるんだ。
だから僕は、罪悪感を振り払って、スマホに言葉を打ち込んでいく。
普通の、友人同士の会話を始めるために、指を動かす。
0
お気に入りに追加
11
あなたにおすすめの小説
理香は俺のカノジョじゃねえ
中屋沙鳥
BL
篠原亮は料理が得意な高校3年生。受験生なのに卒業後に兄の周と結婚する予定の遠山理香に料理を教えてやらなければならなくなった。弁当を作ってやったり一緒に帰ったり…理香が18歳になるまではなぜか兄のカノジョだということはみんなに内緒にしなければならない。そのため友だちでイケメンの櫻井和樹やチャラ男の大宮司から亮が理香と付き合ってるんじゃないかと疑われてしまうことに。そうこうしているうちに和樹の様子がおかしくなって?口の悪い高校生男子の学生ライフ/男女CPあります。
俺の顔が美しすぎるので異世界の森でオオカミとクマから貞操を狙われて困る。
篠崎笙
BL
山中深月は美しすぎる高校生。いきなり異世界に跳ばされ、オオカミとクマ、2人の獣人から求婚され、自分の子を産めと要求されるが……
※ハッピーエンドではありません。
※攻2人と最後までしますが3Pはなし。
※妊娠・出産(卵)しますが、詳細な描写はありません。
【完結】遍く、歪んだ花たちに。
古都まとい
BL
職場の部下 和泉周(いずみしゅう)は、はっきり言って根暗でオタクっぽい。目にかかる長い前髪に、覇気のない視線を隠す黒縁眼鏡。仕事ぶりは可もなく不可もなく。そう、凡人の中の凡人である。
和泉の直属の上司である村谷(むらや)はある日、ひょんなことから繁華街のホストクラブへと連れて行かれてしまう。そこで出会ったNo.1ホスト天音(あまね)には、どこか和泉の面影があって――。
「先輩、僕のこと何も知っちゃいないくせに」
No.1ホスト部下×堅物上司の現代BL。
【完結・BL】俺をフッた初恋相手が、転勤して上司になったんだが?【先輩×後輩】
彩華
BL
『俺、そんな目でお前のこと見れない』
高校一年の冬。俺の初恋は、見事に玉砕した。
その後、俺は見事にDTのまま。あっという間に25になり。何の変化もないまま、ごくごくありふれたサラリーマンになった俺。
そんな俺の前に、運命の悪戯か。再び初恋相手は現れて────!?
クラスのボッチくんな僕が風邪をひいたら急激なモテ期が到来した件について。
とうふ
BL
題名そのままです。
クラスでボッチ陰キャな僕が風邪をひいた。友達もいないから、誰も心配してくれない。静かな部屋で落ち込んでいたが...モテ期の到来!?いつも無視してたクラスの人が、先生が、先輩が、部屋に押しかけてきた!あの、僕風邪なんですけど。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる