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12・夏休み前はアンニュイが詰め合わせで送られてきやがる

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 夏休み前って、本当気が滅入る。
 テストあるし、
 部活できないし、
 暑いし、
 ぐえぇぇ……

「裕喜、お疲れ!」
「真司ぃ……まじ、も、テストは勘弁して……」
「ほほぉ。そんな裕喜君に耳寄り情報だ!」
「へぇ?」
「テストはまだ、諸々合わせたら四回くらいはあるぜ?」
「……ぐえぇぇ」

 とはいえ、今回のテストはかなり解けたほうだった。
 これはもちろん言わずもがな、一絆君のおかげである。
 ご存じの通り、一絆君は二年生の授業内容のほとんどを、既に頭にたたき込んでいるらしいのだ。そんな彼に教えを請えば、下手な先生よりもわかりやすく解説してくれる。
 ちなみに、どうしてそんな先までの勉強をしたんだ、と聞いてみたところ。

(ほら、初めての普通高校生活だからさ、授業に遅れないように先回りしたんだよ。それに、部活動を全力でしたかったのもあるね。あとは、えっと……)
(ん? なに? 区切るの珍しいな? あとは、なに?)
(うーん……僕、頭いいから、覚えちゃうんだよね)
(くっっっっっっっっっそ羨ましい!)
(だから言おうか迷ったの!)

 だ、そうだ。本当、死ぬほど羨ましい!
 っと、じゃなくて、だ。
 そうそう一絆君だ。

「でも、今日から部活できるから俺は無敵ぃ! じゃな、真司!」
「おー! 頑張ってなー!」

 そっそ。今日はもう授業はないし。終わった結果をうじうじ悩んでも仕方がない。前進しようぜ多忙な演劇部部長。
 と、いうわけで。
 一絆君をクラスまで迎えに行こう!
 俺は、るんるんな足取りで隣のクラスに向かう。

「っしょ、おーい一絆……君? あれ?」

 しかし、一絆君の姿はなかった。珍しい。
 いつもなら、俺が来るのを待っていてくれる筈なんだけれど……なんか用事かな?

「あ、ねえねえ、転校生知らない?」

 じゃあもう、他生徒に聞くしかないじゃん。そう思って、俺は考えなしに近くにいた獣人男子に声をかけた。
 そう。なにも、考えていなかった。

「っ」

 その生徒は、俺の言葉を無視して教室から出て行ってしまった。
 おっと。
 ああ、あーそ、っかぁ。
 いつもなら一絆君がいるから、他の生徒に彼の話題をふることがなかったんだ。
 だから、他の生徒が一絆君のことを今現在どう思っているのか。
 その情報が、俺の頭の中で更新されていなかった。
 演劇部で底抜けに明るく活動する彼を見ていると忘れがちだが、クラス内ではやっぱり、扱いが悪いままのようであって、
 というか、最初の頃に他の生徒から話しを聞いたあの時期よりも、
 もしかして悪化している、ような?

「あ、あの、君、紲君の友達の……?」
「へ? ああうん、そうそう」
「よかった! ちょ、ちょっとこっちに来て!」

 ぼやっと、今まで想定していなかった最悪を思い描いていると、廊下にいた人間女子生徒に声をかけられた。
 あまり関わった記憶のない女子であったが、一絆君と同じクラスの子だったような。
 そんな彼女に呼ばれ、俺は階段のところまで誘われた。

「き、紲君、さっき、クラスの獣人グループ、の、人達に連れられて、この上に行っちゃった……」
「へ? この上? 屋上んとこ?」
「そう、です。ご、ごめんなさい。本当は止めなきゃなんだって思った、んだけれど、わ、私、怖くて……紲君のこと、獣人の皆が嫌っていて、あんまり、関われていなくて」
「そ、れは、しかたないと思うけれど。じゃなくて、ええと、連れられて、って、それはもしかして……」
「たぶん、その、き、気に食わない、から、呼ばれ、て」

 途端、頭ん中がカッとなった。
 は?
 それつまり、なんていうか、
 集団、リンチ、的な?
 っ!!

「わかった、教えてくれてありがとう! っ、そうだ。職員室にいる虎柄先生に声掛けて来て! まきでお願い!」
「へ? あ、はい、わかりました!」

 頭の中全部が真っ赤になる前に、理性的な部分が保険を用意した。とりあえず虎先が駆けつけてくれれば、どうにかはなるはずだ。
 だから、もう、
 理性で抑える必要がなくなった。
 俺は、階段を駆け上がる。
 二年の教室は三階。四階は一年。
 その、もう一つ上から、
 なにか、酷く耳障りな声が響いてきたんだ。

「てめぇさ、頭いいからかしらねぇけど、余裕ぶっこいててムカつくんだよ! 人語喋れねぇくせにさぁ!」
「っ、ううぅぅぅぅぅあぁぁ!!」
「喚くなよ、うっせぇなぁ。犬じゃなくて獣人だろ、言葉を話せよバーカ!」
「がう、あ、うああぁ!」
「は、この紙束がそんなに大事か? さっきも見てたもんなぁ……あん?」
「っ! はー、は、はーっ……なに、してんだよ」

 ついた。いつも、一絆君とお昼を食べているところだ。いつもなら二人きりの特別な場所だけれども、今はそうじゃない。
 でけぇ熊獣人と虎獣人、取り巻きの鼠獣人とか狼獣人とか……合わせて六人が、一絆君を囲んでいた。その内半分は一絆君のクラスメイト。残りは彼らの友人と思われる。
 熊獣人は、難なく一絆君を羽交い締めして拘束し、
 他の奴らが、一絆君の荷物を荒らし、
 虎獣人が、なにか紙の束を持っていた。
 それは、
 それはっ!

「それ、演劇の台本。大事なものなんだけれど?」
「んだおめぇ……ああ、いや、いつもクラスに来てるな。このイカれ犬野郎の友達か」
「あー、演劇部の。いや、つうか喋れもしねぇのに演劇部って! 笑う!」
「いいから、返せ。つか一絆君を離せよ、下郎ども」

 悪態が口を吐く。今まで、こんな風に喧嘩をしたことなんて無かったのに、まるで用意されていた言葉かのように、口から勝手にこぼれる。
 相手は獣人だ。
 俺は、獣人が大好きだ。
 けれどこいつらは、
 こいつらは、ダメだ。
 だってほら、一絆君が、
 泣いている。
 目元が腫れている。
 皮膚が切れて、血が出ている。
 殴られたんだ。
 殴られたんだ、っ!

「はは、人間風情が喚くなよ。貧弱なくせによぉ」
「関係ないだろ。つか、獣風情がイキんな。品がねぇんだよおめぇら」
「あ゛?」

 ダメだ。
 そんな風に思いたくないのに、口から言葉が溢れて止まらない。
 今まで、
 そんな風に虐められいる獣人を助けたくて、
 人間と獣人の友好関係、その問題を解決したくて、
 色々と首を突っ込んできていた俺が、
 そんな、言葉を、
 なんのためらいもなく言い放っている。
 ああ、
 一絆君が、言葉を理解できていなくて本当に良かった。

「脳味噌萎縮してんじゃねぇの? 今どき集団でよってたかってこんな、くっそだっせぇことしてさぁ?」
「頭腐ってんのはお前だろ? なんでこんな野郎と一緒にいられんのかわかんねぇよ」
「こんなって……一絆君は、言葉を話せないだけの、ただの獣人だろ?」
「はあ? 人間にはわかんねぇんかな、この気色悪さが。おめぇはよぉ、クラスの人間が犬の言葉喋ってたら、気味悪いとか思わねぇの?」
「あ?」

 ピタリ。頭で渦巻いていた憤怒が、一瞬で凍りついた。
 人間が、犬の言葉を、喋っていたら、
 それは、まあ、異質だ。人間の目線で見たら、普通ではない。そう思ってしまう。
 でも、一絆君は犬獣人だから、その例えは当てはまらないはずで……
 いや、
 いや、
 そうか、
 そういうことなのか。
 そう、だ。俺が自然と、獣人というフィルター越しで一絆君を見ているから、彼のことを気味悪く思わないだけ、で。
 同じ獣人からしてみれば、そのフィルターがないから、
 人間は、人間のことを、人間だと思うように、
 獣人は、獣人のことを、獣人だと思うから、
 それ以下が、それ以外がない、から、
 だから、
 一絆君の有り様が、気味悪く感じてしまう。
 そういう、ことなのか?
 なら、もしかして、
 もしかして、だ。
 間違っているのは……
 俺、のほうなのか?

「気色悪ぃんだよ! おめぇも、こいつもよぉ!」

 ドン。
 呆けていた俺の体を、唐突に襲う強い衝撃。
 俺が呆然としている隙をみて、虎獣人が俺を突き飛ばしたようだ。
 獣人の力は基本的に人間よりも強く、
 その打撃自体も結構なダメージだったけれど、
 問題はそこではなく、
 よろけて、バランスの取れない俺が後ろに倒れこんだのは、
 階段、で。

「がっ!? ぐぅ、う゛、っ、があぁぁぁぁっ!!!!」
「うおっ!?」

 落ちる。そう思った瞬間。
 聞こえたのは、あまりにも野性的な叫び声。
 一絆君の、声。
 瞬間、俺の体を、
 制服越しでもわかる柔らかな毛皮が包んで、
 そして……

 どっ
 ごとっ
 ばん
 ばたっ
 どさり

 体に、強い衝撃。
 酷い、痛み。
 揺らぐ頭。
 遠のく意識。

「お前ら、なにしてんだ!」
「っべ、先公じゃん!」
「逃げろ逃げろ! っ、どけっ!」
「な……お、おい! 紲! 本間!?」

 最後に聞こえたのは、虎先の声と……

「う、ぐう……」

 か細い、一絆君の声だった。
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