死後屋のいろは

杞憂蛇

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序章:三叉路の邂逅

序章

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麗夜は腰を抜かしていた。
一般人には無理もない。
目の前に化け物が迫り、あわや殺されると思った所で、距離数mから跳躍して叩きのめした化け物がいるのだ。
「いやぁ災難じゃったなぁ、まぁ私にとっては手間が省けたと言えるがな。」
二十と名乗った女はケタケタと笑いこちらを見ている。
目線を返すが、苦笑いばかりで言葉もでない。
「まぁこ・ん・な・と・こ・ろ・で話すのもなんじゃし、ちょいとついて来て貰おう。」
「……はい」
流されるように、差し出された手を握る。
「じゃあ、戻ろうか。」
暖かく、優しく、それでいて堅い手のひらだった。
私が立ち上がると、手を握るまま歩き出す。
「あぁ、離さんでくれよ?何が起こるかわからんからな。」
しばらく歩いている間、麗夜はこの世界を観察していた。
何度も見た道路、塀、家、何もかも『見覚えのある』ような景色だった。
決して確信の持てない、デジャヴのような気持ちの悪い感覚だ。
「…何が違うんだ…?」
「何も違わんよ。強いて言うならば化け物がおるくらいじゃ。」
ぼそりとした呟きに、適当に返された。
多すぎる疑問に麗夜は少々気が立っていた。
「どういうことです?そもそも説明もまだ全然聞いてないんですけど、どこ行くんですか。」
「まずは出口じゃな、話はそれから、な?」
飄々とかわされ、尚更眉間にシワが寄る。
「あーほらそこじゃ。着いたぞ」
赤い頭から先に目を向けると、私がこけた自転車があった。
「えーっと、どこやったかな…」
女は死装束の襟や袖、に手を突っ込み、妙な紙をばら撒き始める。
「…」
「おぉう……更に怪訝な目で見られとる…と、あったあった。」
取り出したのはこれまた妙な紋様で、長方形の…
「…お札ですか?」
「あぁ、目ぇ閉じとれ」
そう言われ、ギュッとつむった瞬間、瞼ごしにも眩い光に、キーンと耳鳴りがなる。
「うわっっ!!」
目が色を取り戻し始めると、よく馴染む景色があった。
耳もさえずりや風の音の轟音を受ける。
「ここ…戻ってきたんですか⁉︎」
「おうとも、やはり素質アリアリじゃな。」
異界、とやらでなく、間違いなく私の知る景色である。
時刻は15時半も回っていない。
あれだけ逃げて走ったが、それほど時間は経っていなかったらしい。
大きく息を吐き、ようやっと胸を撫で下ろす。
「じゃあ私はこれにて」
「おい待てい」
サラッと帰ろうとしたがそうはいかない。
女は、いや双方やや口角を上げて目を合わせる。
「説明、してもらえます?」
「もちろんよ…ま、私も聞きたいことがそれなりにある、もう少し付き合ってくれ。」
揶揄うようにまたケラケラと、しかしどこか真面目に女は答えた。
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