神様は僕に笑ってくれない

一片澪

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18.神様が笑ってくれなくても別に良いよ【最終話】

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李壱と初めてセックスしてから少し時間が経った。
恭一も幾分慣れて、李壱と行うその行為を純粋に好きだと思えるようになった。温かくて優しくて、そして何より気持ち良いし深く繋がり合えることで心だって満たされる。
なんでこんな素敵な行為をあれだけ恐れていたのか今になってはさっぱり分からない程恭一は李壱とするセックスが好きになった。

でも恭一は奎吾より明らかに体力が無いから繋がるのは週一回で必ず休みの前日だけ。
その代わりセックスをしない日でも普通に抱き合って眠ったりちょっとお互いで抜き合ったりとかが自然と出来るようになった。

そしてちょっとそんな気分になったら恭一からも特に構える事無く「シたい」と言えるようになって、それを告げると李壱はいつもとても幸せそうに笑って応えてくれる。
だから李壱がそんな気分になった時は恭一も大好きな人が求めてくれる幸せを胸いっぱい感じてにこりと笑って応じる。そんな毎日はとても幸せだ。

たまに実にくだらない軽い言い合いになることはあっても別にどちらも本気で怒ったりしないから最後には笑って終わって喧嘩らしい喧嘩はそもそも起きない。
何か問題が起きたら相手を責めたり変えようとしたりするんじゃなく、共通のゴールを定めてそれに行きつく為にはお互い自分自身がどんな風に考えてどんな行動を取れば良いのかを冷静に話し合えるのって多分凄いことなんじゃないだろうか。

そうそう、今では最初の頃は考えられなかったけれど二人でたまに一緒にお風呂に入ったりもしている。
しているけどお風呂場での李壱はえっちな悪戯をしてくるよりは圧倒的に恭一の手入れをすることに情熱を傾けていて、ちょっと分けてもらうだけだったシャンプーだけじゃなくて今ではトリートメントまで手ずからしてくれるから髪の毛だってサラサラの艶々だ。
この前久し振りに会った奎吾にも褒められたし、井上君も「元気そうで嬉しい」って言ってくれる。

恭一は自分が手に入れることが出来た確かな幸せを噛み締めつつ今日も李壱と一緒に仲良く海外ドラマを三話一気見した。昼過ぎまでは二人で買い物に行って夕方過ぎから見始めたからまだそんなに遅い時間じゃないのでゆっくり過ごせるのがとても嬉しい。
そしてさっき見たドラマの中で主人公がやたらと信じたり祈ったりしていた「神」についてふと李壱の考えを知りたくなる。

「ねえねえ」
「なぁに?」

テレビを消して、一緒に飲み物を飲みながら感想を語り合う時間が恭一は大好きだ。
隣に座って全く同じ物を見たのに自分が思ったことと李壱が思ったことは全然違うこともある。でも、恭一はそれを楽しいと感じる。
『違い』を実感してその相違を悲観するより「そんな視点もあるんだ!」と前向きに捉えられるようになった頃から少しずつ人生観も変わって来た気がするからだ。

「李壱は『神様』って信じてる?」
「んー? さっきの敬虔さを通り越して最早妄信しているレベルは疑問を感じるわね。居たら居るんでしょうけど、私はきっと最後の最後まで祈らないわ。そこに縋るより先に自分で出来ることを全部試したくなるから」
「あはは!」

李一らしい! と口を開けて笑った恭一を見て、李壱も笑った。

「アナタはどうなの?」
「んー……僕は正直、高校生の頃は恨むことも多かったかなぁ? でも今考えればあれは単なる八つ当たりだったって思えるからちょっと悪いことしたかなぁなんて思ってるよ」

李壱が用意してくれたお茶を一口飲んで素直な心を言うと、くすりと笑った李壱が真面目なのか冗談なのかを迷うような表情と口調で言う。

「まあ、居るか居ないか分からない『神様』に縋る前に隣に居る『神室様』を大いに頼ってちょうだい。必ずお役に立ってみせるわよ」
「あはは! そうだね、僕には神室様がついてるね」
「そうよー? 私の中で『恭』ちゃんが『一』番なんだから」

またおかしなこと言う、と笑った恭一に李壱は「あら」と唇を尖らせる。
そんな表情をしても男前をキープ出来るのだからやっぱりずるい。

「そこは、僕も『李』ーちゃんが『壱』番よ! って元気よくノって来てくれる場所じゃない」
「あはは! また変なこと言ってる!」

そこまで言われて吹き出した恭一は……ふとカレンダーを見て思い出した。
また今年もこの日が来たんだな、と思う。でも去年程苦しく無いから無駄に心に蓋をする必要は無い。無いから――早速神室様に頼ってみることにした。

「ねえ神室様。早速だけど、僕お願いがあるんだ」
「なあに? 別れ話以外ならなーんでも聞いてあげるわよ」

いつかも聞いた言葉をもう一度言った李壱の手を恭一は握り締めて、敢えて真っ黒になったテレビを見ながら言ってみる。なんてことない話題を振るみたいに。

「今日は祖父――ううん、『じいちゃん』の誕生日なんだ。電話を、してみたいなって思ったんだけど……隣に居てくれないかな」

なんて言われるだろう、なんて思う間もなく李壱は繋いだ手に優しく力を籠めてくれる。

「それはとっても素敵ねえ。是非とも横に置いて頂きたいわ」
「――ありがとう」

目の前のテーブルに置いたままだったスマホを取って、操作する。
恭一は李壱みたいに片手でスイスイカッコよくスマホを操作出来ないから少しだけ繋いだ手を離して画面を開いた。そして通話アプリを選択して、何年経っても記憶にしっかりと刻まれている電話番号を押す。――もう、一八四は要らない。

実家を出てもう何年も経っているけれど祖父の生活習慣は変わっていないだろうか? 家具の配置は、変わっていないだろうか?
もし同じなら祖父は今頃の時間帯リビングのあの本革のソファに座って寛いでいるはずだ。そしてその視線の端には固定電話が置かれている台がある。

祖母はきっとあの頃のままならお風呂に入っている時間帯のはずだ。
記憶の中の祖父は普段仕事が忙しいこともあってか誕生日に外出することを好まなかった。自宅で家族揃って祖母と……祖母と、女……いや、違う。恭一の『産みの親』が一緒に作った手料理を食べてささやかに祝うことを何より喜んだ。
だから、きっと今電話を掛けるのが一番良いと思う。

コールが五回目に入ろうとした時、電話が繋がった。
思わずぎゅうっと握り締めた手を李壱が優しく包んでくれる。


「はい」


ああ、良かった。やっぱり祖父が電話に出てくれた。
恭一は李壱と繋いだ手を少し動かして、自分からもしっかりと握った。絶対に離れない様に。

「あの――」
「まさか恭一か?」

駄目だよじいちゃん、そんな風に誰かの名前を出したらオレオレ詐欺に付け込まれちゃうよ。アレ、手口が年々進化していてすごく怖いって新聞に書いてたよ。李壱がそう言ってたもん。
そんな風に思うけどまだそれをすぐ言葉に出来る程の距離感には戻れていない。戻れていないけれど、恭一は李壱と繋いだ手にさらに力を籠めて少し震える声を絞り出した。


「た、誕生日……おめでとう。それと――ご、めん」


電波の向こうの祖父が、小さく息を飲んだのが分かる。
何を言われるだろうと構えるより先に祖父はとても穏やかな声で返してくれた。

「――良いんだ。……それより、どうもありがとう。お前はどうだ? 何か困っていることは無いか?」

優しい声が少し震えているような気がするけど、気のせいだろうか。
恭一は敢えてそこを掘り下げることはせずに頷いた。電話だから、頷いたって伝わらないのに何度も何度も頷いて言葉を返す。

「大丈夫。す、好きな人が出来て……その人と一緒だから、元気だよ」

きっと祖父は恭一の好きな人が李壱であると気付いていると思う。
他人と距離を置く関わり合いしか出来ない恭一が自分から会いに行く相手がどれだけ貴重かをきっと祖父は知っている。そうじゃなかったらいつかのあの日祖父が李壱をわざわざ訪ねて来る必要なんてそもそも無いのだから。

別にどれだけ反対されたって李壱の傍を離れる気持ちは一切無いけれど、取り敢えず祖父には伝えておきたかった。
祖父の返事は心配する必要なんて何一つない程穏やかだった。

「そうか。お前が元気で幸せならそれで良い」
「――うん。こ、今度仕事でこっちに来る時が来たら連絡してよ。……ちゃんと紹介するから」

絞り出すような声になったけれど確かに言った恭一の言葉を最後まで静かに聞いて、祖父は優しい声で言う。
こんな風に弾んだ祖父の声を聞くのは何年振りだろう。

「楽しみにしているよ、電話をありがとう。……ああ、この番号は登録しても良いのか?」
「うん、良いよ。じゃ、じゃあ――『また』ね」
「ああ、おやすみ。またな」

たったこれだけの会話だった。
時間にすると本当に短い。――でも、掌が汗でびしょびしょになるくらい緊張した。したけど、ちゃんと言えた。
通話が切れているのをもう一度しっかり確認してからスマホをソファに放り投げて反射的に李壱の首に思いっ切り抱き着く。しがみ付くように強く腕に力を籠めると李壱も何も言わずに抱き締めてくれた。
余計な言葉は何も言わずただ背中を撫でてくれる彼がどうしようもなく愛しくて思わず言葉が零れる。

「僕、今日シたい」

いつもの李壱ならきっとこう言う。
「残念ねぇ、私もシたいけれど明日アナタはお仕事だからそれ以外で愛し合いましょ」って。分かっているけど、駄目元だけど言いたかった。けれど、李壱の返事は違った。

「奇遇ねえ。私も今とってもシたいわ」


――でも、ほどほどにしておきましょうね。


そう言われて、この人を好きになって本当に良かったと心の底から思えた。



***



翌日恭一は起こされる前に自然と目が覚めた。
とても天気が良いからカーテンを閉めていてもいつもより部屋が明るいせいかもしれないし、昨日祖父と久し振りに話せて心が少し軽くなったおかげかもしれない。

自然な動作で隣を見たけれど李壱はもう起き出しているようだ。お互い休みの朝なら目が覚めるまで隣に居てくれるけれど今日は恭一だけが仕事だからきっと先に起きてくれたのだろう。キッチンの方から音がするから李壱はきっと朝食の用意をしてくれていると思う。
ちなみに李壱の家に泊まった時の恭一の朝食は『バランス栄養食かゼリー飲料』+『李壱の珈琲』+『缶詰のフルーツ少し』が定番だ。

ベッドからもぞもぞと抜け出して起きて行くと李壱はやっぱりキッチンで作業をしていた。
いつもの部屋着といつものヘアバンド。あ、今日はちょっと寝癖がついていて可愛い。
一緒に過ごす時間を重ねる内に恭一は李壱に対してカッコいいだけじゃなく可愛いと思うことが増えたのだ。そういう些細な変化がとても嬉しい。だって関係性がさらに深まったみたいじゃないか。

「おはよう」
「あら、おはよう。偉いじゃない一人で起きれるなんて」
「うん」

子供のようなことで褒められるけど全然嫌じゃない。
李壱が自分の目を見て、優しく言ってくれる言葉は全部好きだ。

「僕顔洗って来るね」
「うんうん、そうすれば丁度時間的にもぴったりよ」

明るい笑顔でそう言われて恭一は洗面所に移動して、いつもの流れで軽く身嗜みを整える。この段階では本当に、最低限だけ。
ついでにトイレも済ませて戻ると李壱はフライパンで何かを焼いているようだ。

恭一が変に気負わない様にと李壱はいつも自炊した普通の食事を摂る。
最初の……高校生のあのトラウマを背負った本当に最初の頃の恭一は手料理を見るだけで吐いた。食卓につくなんてとても出来ないレベルで身体が手料理を拒絶していた。

でも時間が少し流れて一人で暮らしたりするようになって料理が並べられたテーブルに座ることは出来るようになった。けれど、実を言うとその頃でもちょっと気持ち悪かった。
特に湯気を上げて並ぶ手作りの温かい食事が、一番気持ち悪かった。一番恐ろしかった。
かつての恭一にとって何よりの『しあわせの象徴』であった温かい手料理は何年経っても見るだけで心をズタズタに抉った。

でも、李壱と一緒に過ごすようになってちょっと変わった。
一緒にいる李壱が自分と同じ食生活を強いられるのは実はかなり心苦しかったので李壱がある日軽い調子で「私は普通に食べるわよー」と言った時、恭一は「それが良い。その方が良い」と素直に思えたのだ。
李壱は絶対に恭一に対して「もっと食べろ」とか「もう少し太れ」とは言わない。
ただいつも「コレ置いとくから摘まめそうなら摘まんでちょうだい」と軽い感じで何かを添えてくれる。恭一が缶詰のフルーツを食べる様になったのは間違いなく李壱のおかげだ。

「こっちももうすぐ出来るから先に食べててちょうだい」

いつものダイニングテーブルには恭一用のセットが既に置いてあった。
それに淹れたての珈琲をトン、と持って来て置いてくれた李壱の言葉に恭一は首を振る。

「ううん、珈琲飲んで待ってるよ。ありがとう、一緒に食べたい」
「分かったわ」

李壱の今朝の食卓は今の所パンとサラダが出ているから、今はきっと何かメインの物を準備しているんだろうな。恭一はそう思って今日も美味しい珈琲を飲んでキッチンに立つ李壱をなんとなく眺めた。
相変わらず……カッコいい人だ。でも、綺麗でもある。不思議だけどすごく魅力的な人だ。

昨日祖父と話せたのは李壱が隣に居てくれたから。
李壱と知り合って、一緒に過ごして恋人になれたからだ。

祖父は元々あまり感情を表立って出す人では無いけれど、昨日の電話の声は喜んでいたと思う。喜んでくれていたと思う。
だってその証拠にあの電話の後割と早い段階で恭一のスマホに祖父のスマホからメッセージが届いた。
そこには「このまま変更が無ければ来月そっちに行く予定だ」と書かれていた。ちょっと緊張するけれど、李壱が一緒なら大丈夫だって素直に思える。

産みの親から本当はずっと拒絶されていたと知った時、恭一はあまりにもショックで受け止め切れずそれまでとても大事にしていた『家族』という存在を丸ごと切り捨てた。そうじゃないと自分を保てなかった。
家族を捨てて、地元を捨ててまさに逃げる様に都会に出て来た。

大学を卒業して祖父母が用意してくれたマンションを売り払って携帯の番号すら変えて全てを本当に捨て去ったまま後何年続くか分からない人生を一人で生きていくものだとなんとなく思っていた。

でも、李壱が居た。李壱が自分を見付けてくれた。
自分が逃げ出さない心地いい距離をキープしてずっと寄り添って少しずつ少しずつ近寄って気付けば隣に居るのが当たり前なくらい李壱はもう恭一の人生の一部になっている。

考えたくも無いけれどもし李壱を失う日がいつか来たらその時はきっと、確実に『母』を失った時以上のショックが降り注ぐと断言出来る。そして心を守る為にどんな方法を探しても受け止めることは不可能だということも、ちゃんと理解している。
それくらい李壱は恭一にとって大切で絶対に欠かす事の出来ない相手になっていた。


「ごめんなさい、お待たせ。卵を使い切ってしまいたくて朝からボリューミーになっちゃったわ」
「……珍しいね、オムレツ作るの」

出て来たメニューを見てドクン、と恭一の心臓が一度強く鳴った。
李壱の朝は基本ずっと目玉焼きだったからオムレツを作って食べているのを見るのは初めてのことだ。

――恭一は昔、オムレツが大好きだった。一番好きだと言っても良いくらい大好きだった。大好物は? と聞かれたらオムレツ! と即答するくらい好きだった。
でもそれを最後に見たのは……『あの朝』だ。
どうしよう。ここで吐いたら……そんなことを考えて今までの恭一なら真っ先にテーブルから離れたかもしれない。
でも、目の前に笑顔の李壱が居たから何故か平気だった。

「すごく綺麗に出来てるね」
「あら、ありがとう。面倒だけど一度漉すと綺麗に出来るのよ」


「さ、食べましょう」
李壱がそう笑顔のままで言って手を合わせたのを見た瞬間――恭一は何故か「ああ、自分はもう大丈夫なんだ」と思った。
理由なんて分からない。何がどう作用したのかも分からない。
それでも強くそう思った。


――『あの朝』。
自室のドアを開けた先の廊下に置かれていた一脚の背の低い椅子。
その上にあったトレー。ああ、あのトレーは確か『産みの親』が一番お気に入りの小花柄のものだった。
どんな気持ちで用意したのかは今でもさっぱり分からないけれど、まるで機嫌を取るように並んだ恭一の好物達の中心に……オムレツはあった。


「面倒だけど一度漉すと綺麗に出来るのよ」
「大切な人に美味しい物を食べて貰う為には、手間を惜しんではいけないの」
「美味しい? 恭一は本当にオムレツが好きね。そんなに喜んでくれるならお母さんも嬉しいわ」
「そうねえ。私ももっと大きなものを焼いてあげたいけれど、一日で卵ばかりたくさん食べてたら駄目よ。また明日必ず作ってあげるわ。恭一がこんなに喜んで食べてくれるなら、お母さんが毎日でも作ってあげる」


頭の中を『母』の優しい言葉がぐるぐるとまわった。
ずっと脳内で靄がかかったように不透明だった『母』の顔が――ハッキリと見える。

母を知る地元の同級生達の中には「お前の母ちゃんって花の妖精みたいだよな」と言う人間もいた。恭一もそれは全面的に同意出来る位母は可愛らしかった。
不本意だから恭一はいつも同じ言葉で一度だけ言い返してそれ以降は聞き流していたけれど、「花の妖精」と同じくらいの頻度で言われる言葉があった。


――恭一って、母ちゃんと同じ顔してるよな。


ちょっとやめてよ。僕は男だよ! 母さんと同じ顔ってなんなの! いつもそう言い返したし、実際にそうだと思っていた。
でも……うん、分かる。もう、認めることが出来る。僕は母さんと本当にそっくりだ。
流石に大人になった今でも同じ顔は厳しいと思うけれど似ているのはどうやったって否定出来ない。それくらい似ている。


「どうしたの? 可愛いお顔で考え事かしら?」

綺麗な所作で一口食べて、きちんと口を空にした李壱が優しく笑う。
それを見て恭一も同じように笑って首を振った。


『神様』がこの世に居るのかは分からない。
分からないけれど、もし居たとするなら――僕はもう大丈夫だよと伝えたい。八つ当たりしてごめんなさいと一言でいいから謝らせて欲しい。
そして、僕じゃなくてもっと大変な思いをしている人をフォローしてあげて欲しい。
ちょっとで良いし、なんなら気まぐれでも良いから。

僕はこれからまずは自分で頑張ってみようと思う。
これまでも自分なりに頑張ってはいたけれど、努力の根本的な方向性を変えようって思う。
今までは手を差し伸べてくれる相手を拒絶して必死に自分自身を守る為に、自分だけが入れる狭い世界に閉じ籠る為に頑張ってた。気持ちを閉じて、誰も入れないようにって頑張ってた。そうすれば二度とあんな辛い思いをしなくて済むって信じ込もうとしていた。

でもそれは違うんじゃないかな? って李壱が思わせてくれた。
李壱は「そんなの間違ってるからやめなさい!」って無理矢理僕の世界に土足で踏み込む事はせず、ただ傍に居てくれた。
「外も案外悪くないわよ? 一歩だけでも出てみない? 嫌ならまた戻れば良いじゃない」っていつも笑ってた。それに誘われて自分だけの殻から出てみたら、本当に悪くなかった。

楽しかったし、何より幸せだなって思うことが出来た。
だからこれから先の人生の努力は、目の前に居る僕の大切な『神室様』こと李壱を大切にして彼とずっと一緒に仲良く生きていく為にしたいと思う。時間も気力も体力も惜しむことなく全力で使いたいと思う。


そんなことを考えていると「ぐう」と小さくお腹が鳴った。
――ああ、何年振りのことだろう。生理的に空腹を訴えるだけの合図じゃなく目の前の食べ物に心が惹かれてお腹が鳴るなんて。
折角用意して貰ったバランス栄養食のパッケージを申し訳ないけれど開ける気持ちに今はなれない恭一は、李壱の寝癖をちらっと見て少し微笑んでから彼の色素の薄い瞳を真っすぐに見詰めた。






「ねえ李壱――ひとくち、ちょうだい」

僕、お腹が空いたよ。
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