君と俺は二度泣いた

一片澪

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04.『ヒト』は脆弱でのろまな生き物。

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次の日普通に診療所を開ける準備をしていると血相を変えた騎士が二人飛び込んで来た。

「オミ先生! 緊急招集です!」
「え?!」

大柄な騎士がドアノブを破壊するどころかドアごと外す勢いで言いながら突っ込んで来た様を見て鍵を開けておいて良かったと緊迫した空気の中で基臣はぼんやりと思ったがすぐに思考を切り替える。

「――直ぐに出られます。連れて行ってください」
「はい!」

基臣はこの世界に落ちて来て神殿に保護してもらった。
そして保護してもらっただけではなく生きて行く上で必要な知識と技術を与えてもらった恩がある。
だから神殿を出て自分で生きて行くことを選んだ時せめてもの恩返しにと『非常時における緊急招集治癒師』としての登録を行ったのだ。
その『緊急招集』が起こることは滅多にない。事実として基臣が遭遇するのは初めてだ。
だが、発令されたら――それは悲劇的な惨状が起こっていることを意味している。

「『転移陣』の使用が特別に許可されていますのでこのまま騎士団の詰所にご案内致します」
「お願いします。すみません、時間が勿体ないので運んでもらえませんか?」
「畏まりました!」

基臣は運動音痴ではないが運動神経抜群でもない。
更に言うとこの世界でのヒト族の身体能力は下から数えた方が圧倒的に早いくらいなのでいくら基臣が全力疾走したって騎士達からするとそれはもどかしいまでの遅さだろう。
緊急時の時間の大切さを知っている基臣が必要の無いプライドを捨てて頼むと騎士はアッサリと基臣を抱え上げて走った。――引く位の速度だった。

転移陣の起動を待つ間にお金を貯めて最初に買った指輪型の魔道具に収納していた『治癒師』のローブを取り出して今着ている服の上から羽織る。
その間も基臣は騎士たちから現場の簡単な状況を確認することも忘れない。

「――街の真ん中に『魔穴』が開く? ……そんなことがあり得るのですか?」
「我々も厄介な上級魔獣や召喚士による意図的な発生などを疑っていますが現在調査中です」

『魔穴』というのはこの世界にとっては珍しくない敢えて表現するならとても厄介な自然現象……とでも言えば良いのだろうか。
空などの空間に突然切れ目が入り、空中に出来たその切れ間から魔獣や魔物がボトボトと落ちて来る非常に厄介な現象だ。正確な原因についてはまだまだ解明されていないが近年の研究では周囲の瘴気の濃度が関係している可能性が高いとも言われている。
だから基本魔穴が開くのは魔獣が多いやっかいな森の奥や瘴気に汚染された土地が多い。
それなのに今回は街の真ん中に突然開いたとなれば何か第三者による意図的なものを想像するのは自然だが、今の基臣にとって欲しい情報はそれではなかった。

「分かりました。他の情報は届いていますか?」
「出現した魔獣は『ヘルパイヤ』です」

――ヘルパイヤ。
基臣はこっちの世界に来てから出来る限り詰め込んだ知識の中からその魔獣の姿と特性を思い出す。そして出て来た魔獣を脳裏に描いて思わず舌打ちが出た。
ヘルパイヤは地球で敢えて似た生物を探すならサル+カンガルーとでも言えば良いのだろうか。
素早く飛び跳ねながら鋭い爪で酷い時には切断手前の力で切り裂いて来るし、強力な蹴りも入れて来る。そして何より最悪なのが『毒』持ちなのだ。
しかも個体によって持つ毒の強さも種類も違う。ハッキリ言って治癒師だけでは難しい相手だった。

「『薬師』の手配はついていますか?」
「はい。Sランクの方が一名既に入っています」
「それは良かった!」

ようやく入った一つの明るい情報に少しだけ気持ちが上向く。
ただの外傷なら今の基臣なら一人でもかなりの人数を救えると思う。しかし毒が絡むと難しい。
因みに何故かこの世界には『解毒魔法』は存在しない。
その事実を知った時には「これだけ色々あってなんでだよ?!」と本気で思ったが無い物は無いのだ。

基臣は起動が終わった転移陣の中に入る。
静かに待つように騎士に指示され頷いていると、先ほど基臣を迎えに来てくれた騎士の一人が思い出したように口を開いた。

「オミ先生の世界で普及していた『トリアージ』に従い重症度別に患者を分けて搬送しています。これからオミ先生が飛ぶのは一番重い『赤タグ』の患者たちが集められている区画です」
「分かりました。お願いします」


光り出した足元に気付いた基臣は習った通りに目を瞑った。
独特の浮遊感を感じても転移先の担当者から良いと声を掛けられるまでは目を開けてはいけない決まりになっている。
それに従い指示を待っていると気配は一切感じなかったのにかなり近い位置から低い声が降って来た。


「いつまで目を瞑っているんだ? さっさとしろ」
「――え?」


思わず驚いて目を開けると同じ視線の先には男の胸部があった。
ぶっきらぼうに言い放った男の顔を見るよりも先に、男が身に着けているローブの色で相手のことがざっくりとだが理解出来る。

――コイツ、『薬師』だ。

目を開けて視線を合わせようとしたが相手の背が高くて基臣は首をけっこう持ち上げた。
『薬師』だけが身に着けられる緑系統のローブはその薬師のランクに応じて色が濃くなる。そして左二の腕に入っているラインが薬師としてのキャリアや実力を表す印にもなっている。
それで言うと目の前の男が身に着けているローブはSランクだけが身に着けられる最上級の深緑色で、ラインの数は四本。五本が最大値なのを考えるとかなり優秀な人材だしキャリア自体も長いのだろう。
褐色の肌と落ち着いた銀色の髪、そして濃い灰色の瞳を持つ薬師の男は同性の基臣から見ても一瞬思わず憧れる程の独特の男らしい色気とオーラを持っていたのだが何よりも印象的だったのはその冷めた目だった。

しかし今はそんなことは心の底からどうでも良い。
相手の様子から察するまでもなく挨拶よりも何よりも患者が最優先なことは当然なので基臣はぶっきらぼうな男の物言いは敢えて流す事にして用件だけを聞いた。

「最優先の患者は?」

きっぱりと言い切った基臣に男は一瞬だけ止まったがすぐに足をとある方向に向ける。

「あっちの奥に固まって居る。『お前』らヒトが脆弱でのろまなのは知っているが、命が掛かっているんだからさっさと動け」

不遜かつ侮辱とも受け取れる男の言葉だったが基臣は一切気にしない。
基臣はここに患者の命を救いにやって来た。別にこの男にどう扱われようと外傷を負って出血が止まらない相手に解毒の処置を取れないのは素人が考えても分かり切っている。

「分かった。俺が外傷をなんとかするから『お前』もとっとともれなく解毒しろよ」
「……ッ」

男は小さく息を漏らした気がした。
しかし身長差がある事と漏らした息自体が小さかったから意図なんて分からないし今それを汲んでやる暇は一秒たりとてない。

基臣が身に着けている『治癒師』の証明である青系のローブはS級を意味する瑠璃色で左腕のラインは二本。
恩師は「あんたなら三本つけても良いよ」と言ってくれたがこの世界に来てから診た症例数の少なさを理由に基臣はそれを辞退した。
流石にS級レベルになるとラインの数でマウントを取られることは日常生活の中では無いが、恩師以外のS級に会ったことが無いのでどう出るか……と一瞬思ったが男はそれ以上何も余計な口を利かず基臣が最初の患者の傷を癒すのを黙って見ていた。
そして最初の患者の傷を癒し、次の患者の治療に移る段になってもまだこちらを見ていたので基臣もちらりと見てから口を開く。

「なんだ? 『ヒト』を馬鹿にするのはお前の自由だが今そんな場合じゃないこと位分かるだろう。とっとと動け」

言うだけ言ってもう視線を次の患者に移した基臣の耳に今度はハッキリと男が鼻を鳴らした音が聞こえたが、基臣は直ぐに必要の無い情報だと意識の中から斬り捨てる。

それから基臣は目の前の患者の治療に没頭した。
幸いにも即死者はいなかったとの報告を受けているので後から合流した別の治癒師たちとも連携し、一人ずつ患者を着実に助けて行く。
そんな中然程間を置かず基臣が最初に世話になった街の神殿から同じS級の恩師が来てくれたこともあり治療は格段にスピードアップした。
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