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01.ネットで出会った秘密の相手。
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私は牧田透子、つい最近二十五歳になった。
身長は高くないし顔は平凡でスタイルも平均……ううん、平均ちょい下の自覚はある。
詳しい事はあんまり聞いていないけれど親族が創業に携わったらしい大きな会社に役員として勤める寡黙なサラリーマンの父と子育てを終えてから自分で稼いで気兼ねなく使えるお小遣いが欲しいとパートに出て友人とのお茶代を稼ぐ社交的な母の間に生まれ、二つ年上の兄と一つ年下の弟を持つごくごく普通の社会人だ。
家族仲はべったりとしている訳でもお互い一切興味がない訳でも無い程々の距離感で長期休暇には兄弟間で特に連絡を取り合わなくても自然と同じ都内ではあるが実家に帰省して全員揃って穏やかに過ごすと言う実に家庭環境で育った。
年齢的な事もあり同級生達はちらほらと結婚したり子供が出来たりと色々耳に入っては来るが両親も兄弟も誰も「さっさと結婚しろ」的な言葉は口にしない良い意味で子供の自主性を尊重してくれる両親でもある。
子育て=子供が自立し生きていける様に育てる事、との教育方針から大学を卒業すると同時に家を出る前提で子供の頃から躾けられていた為兄の例に倣い一人暮らしを始めてもう三年経っていた。
今のご時世誠に有難いホワイトな会社に奇跡的に就職出来た為基本的には十九時には自宅に帰れる。今日もホワイト企業の恩恵に預かり帰宅し真っすぐバスルームに直行してリビングに戻ったのは二十時を少し回った頃だった。
ピロリ、と鳴った通知音に胸が躍る。
「あ、誠さん」
元々友人は多い方では無いのでスマホが鳴るのは広告とかそんなのが多いけれど、彼『誠さん』は私の中で特別な相手だった。
『無事に帰宅できたかな?』
「うふふ、心配してくれてる」
いつも通りの簡素なメッセージだけれど心が躍って自然と顔がにやけた。
「はい、ちゃんと帰宅してお風呂にも入りましたよ。と」
返信内容を口に出しながら返す。駆け引きめいた事が出来る器用さは無いので基本即レスしてしまうけれどお互いの時間が合う時は誠さんも同じ様に返してくれるからきっと面倒だとは思われていないと信じている。
誠さんは私が自身の性癖に迷って勇気を出して書き込んだちょっとアブノーマルな相手を探す為のサイトで知り合った所謂メル友だ。
今でもメル友って言うのかな?……まあその辺は置いておこう。それで、そのサイトはこの手のサイトにしては珍しく男女共に完全無料でメッセージ機能だけは文字数制限はあるけれど無料で利用できるし専用のアプリまである優れものなのだ。
でも通話と動画や画像交換は有料なのでメッセージをくれた大半の男性は簡単な自己紹介と一緒にハッキリとは書かないが暗号めかした表現で無料通話アプリのIDを添えて詳しい事はそっちで話そう、と言う人が多かった。
でも誠さんだけはそんな事は一度も言わずただ純粋に優しい話し相手として毎日欠かさずメッセージを送り合う様になりこの関係はもう一年以上も続いている。
私はもう不特定多数に対する投稿は一切せず本当にこのサイトを誠さん専用の連絡ツールとして活用していた。
「会おうとも写真を送れとも言わずに一年以上もこんな風にずっと優しくしてくれるなんて奇跡みたいな男性だな……ネカマ?まさかねえ」
ごろり、とソファに横になってアプリ上の誠さんのプロフィール画面を再度見る。
もうとっくに暗記してしまっている位だけれどたまに見ずにはいられないのだ。
名前:誠
年齢:51~59歳
居住地:東京23区
職業:会社員
年収:1000~
結婚:既婚
子供:有
希望する相手:メッセージのみ
性癖:S(軽め) 自認S度1(★☆☆☆☆)
NG:野外・スカトロ・苦痛を伴う行為・合意の無い行為
既婚者である事も子持ちである事も隠さないその潔さも結構好きだし、年齢的に父親と同世代と言う事も甘えやすさの要因になったと思う。
なによりメッセージだけで良いと言う男性は中々居なかったのだ。皆あわよくば今からでも会おう!みたいな男性の方が当然だが圧倒的に多い。
ぎこちなくもささやかなやり取りを初めて割とすぐの頃に既婚者と知っていて毎日メッセージをしていると私訴えられたりする?と急に不安になってそれをそのまま彼に送ると彼からはこんな返事が来た。
『妻とは性格は合うけれど性癖は合わないから下の子供が自立したのを機に家庭にいざこざを持ち込まない事を大前提にお互い好きにする事になっているんだ』
それを見た時へえ、そんな夫婦もいるのかと思い自分の両親を思い出す。
卒婚とか言うのかな? 意味は合ってる? そう言えば家もそうかも? まあどちらも不倫なんてするタイプじゃ無いけれどお母さんも弟が家を出たらパートに行って自分のお小遣いを確保して友達と旅行だなんだと好きにしている。
常にべったりしている夫婦関係では無いけどお互いがお互いを深く理解していて相手の自主性を尊重しているのは子供の頃から一貫していた。
――じゃあこれからも誠さんにメッセージしても良いですか?
『勿論。君はとても可愛いから出来る限りずっと繋がっていたいよ』
その返信を見てすごくドキドキした。今思えばあの時から私の心は傾き始めていたんだと思う。
彼と知り合った経緯を思い出すと話は結構遡る。
自分がM寄りの思考を持って居るかも知れないと思ったのは高校生の時、友人が学校に持って来たちょっとえっちな描写があるマンガをこっそり回し読みしていた時に首輪を嵌められた女の子が年上の男性に口での奉仕をしている描写があったのだけれどそれが驚くほど心に刺さったのだ。
皆はえーやだー、変態じゃん!とか言っていたのでその場では話を合わせたけれどそれからの私はネットで素人が自作の小説を投稿するサイトにハマった。
全年齢層の区分もあったけれど18歳以上になってからはもう完全に大人向けの小説の虜になり、SM関係の色々な小説を読み漁った。
動画を見た時もあるけれど余りにも生々し過ぎて引いてしまいまた小説に戻ったのだ。
色々読み漁り辿り着いた結論として一番好きなのは『年上の包容力のあるSの男性に優しく甘く躾・管理』される系の話で、叩いたりいじめたり苦しめたりとかは苦手と言うか嫌だと言う事が自覚できたので私が好きな系統の話を書いてくれる作家さんに長ったらしい感想を送り愛と感謝を伝え繰り返し何度も何度も読み返して自慰行為にふける、と言うのが最高の楽しみになった。
それから大学を卒業し会社からほど近いマンションを契約して自分だけの空間を手に入れた私は実家に居た時には買えなかった大人のおもちゃもこれからは買える!と最初は意気込んだけれどやっぱり恥ずかしくてちょっと怖くて結構な大人になったのに未だ友達は自分の指とネット小説という情けない状況が続いていた。
しかしどうしても生身の経験がしてみたい。
疑似行為でも構わないから、とにかく誰か相手が欲しい。レスポンスが欲しい、あわよくば趣味を分かち合える恋人が欲しい! と言う気持ちが抑えきれず私はネットで色々調べて割と評判が良いサイトを見付け登録し、アプリも即ダウンロードした。
―経験はありません。自分が本当にMなのかも半信半疑ですがゆっくり仲良くなれる方がもし居ればと思い登録しました。
怖いから相手をメッセージのやり取りのみにして、我ながら文才が悲しいレベルだけれど素直な心を必死に記し投稿したのだが、届くのは下心満載かつ自称ドSや攻撃的かつ高圧的な勘違い野郎からのメッセージばかり。
辟易としやっぱり自分は一生自慰だけして死んでいくのか…と諦めかけていた時に誠さんからのメッセージが届いたのだ。
『燈子さんはじめまして。私もメッセージだけの相手を探しています。かなり年上ですがもし良ければゆっくりやり取りを重ねませんか?』
「おおっ!!!」
処女の自分ですらAVの見過ぎだ馬鹿野郎!と怒鳴り付けたくなるようなメッセージの雨あられの中で彼のメッセージは光り輝いていた。
でも警戒心は抜けず、本当にメッセージだけで良いか?電話も画像交換もなしだぞ!と最初に確認したのだが彼は気を悪くする素振りも無くそれが良いと言ってくれたのだ。
そうして私達の関係は始まった。
当然知り合った場所が場所だから性的な話題は出る。それは勿論どんとこいだったし、今まで誰にも言えなかった事を打ち明けると言う行為はそれだけでも私を酷く興奮させた。
恋愛経験すらほぼ無いと言っても良い自分の稚拙かつ曖昧な性知識や代わり映えの無い文面じゃ彼は楽しく無くてすぐ飽きられるのでは?と思っていたけれど、何故かそこも可愛いと言ってくれて今では自慰も彼の許可を得てからする様になっているのだが、それでもずうっと私は指と彼に対する妄想だけでやってきていた。
それだけでも確かに気持ちいい。
気持ちいいけれど、もう少しだけ……本当に少しだけで良いから彼に近付きたい。そんな感情が胸の中に降り積もって行く感覚を誤魔化しきれなくなって来た調度そんな頃、私達の関係が少しだけ動いたのだ。
それは本当に最近で、なんなら先週の事だった。
『君に贈り物をしたいんだ。A〇zonの欲しいものリストって知ってる?』
『はい、聞いた事はありますけど使った事は無いです』
『じゃあもし良かったらこのリンクを見て設定して貰えないかな?設定さえ間違えなければ匿名で君に贈り物が出来るから』
「………『住所バレを防ぐ為の完全な設定方法』……流石誠さん、好き」
おもちゃすら無いと言っていた私の事を覚えてくれていたのだな。
彼は優しい文面で欲しいものリストの作り方を纏めたサイトのURLを貼ってくれて、その登録方法の説明のサイトにすら彼の配慮を感じて私はまた彼への信頼を深めたのである。
言われるままに細心の注意を払って私はサイトに登録し何度も何度も確認して、確認して! 彼に作業が終了した事を伝えると労いの言葉と共に『値段がバレるなんて無粋だけどね』と言って彼は私にいくつかの商品のリンクをまた送ってくれたのだ。
これを私が欲しいものリストに入れる事によって彼がそれを買って送ってくれて匿名で私の元に届くと言う仕組みらしい。成程時代はかなり進化しているのだな。
大容量のコンドームと、ローションと……あと、専用のアプリをお互いがダウンロードする事で楽しめる遠隔操作バイブ。
ドキドキしながら登録してそれを伝えると『よくできました』のメッセージが来てもう心臓はバックバクだった。
こう言った物品の相場を知らないからこんなにするんだ…と驚いて、ちょっと他の関連商品を見ると誠さんは値段が少し上がるけれど安全性の高い物を指定してくれた事が分かってまた胸がきゅんとした。
そして届いた商品が今、まさに目の前にある。本当につい今しがた届いたのだ。
ドキドキしつつ開封して商品自体はパッケージに入れたまま私は取り敢えずお礼を言う為スマホを手にした。
『誠さん、プレゼントありがとうございます。今受け取りました』
しゅっとメッセージを送ると直ぐに既読がついた。
ドキドキしつつ画面を開いたまま人生初のアダルトグッズを眺めていると直ぐに返事が来る。
『無事に届いて良かった。じゃあまずバイブを充電してその間に一緒に設定をしよう』
『わかりました』
わかりました、なんて文面だけで見ると普通なのにこっちはもうドキドキしかない。
初めて見るアダルトグッズは思ったよりも毒々しく無くてつるんと?ころんと?した感じだった。
USBで充電できるらしいので説明書通りに接続し充電ランプが灯った事を確認して更に文字を打つのだけれど、電話だったらもっと簡単に…とか最近すごく思ってしまう。
でも誠さんはメッセージだけの相手が希望って言っていたし我儘言って嫌われても怖いから、と思考から追い出して途中で止まっていた文字を追加で打つ。
『お待たせしました。充電ランプつきました』
『じゃあ説明書のQRコードを読んで専用のアプリをDLして、捨てアドから登録をして“パートナーID”と“パスワード”を教えてくれるかな?分からない事があったら聞いてね』
「……慣れてる……のかな」
はい、と従順な返事をして手は言われた通りの作業をするけれどなんとなくモヤモヤした。
誠さんにはもしかしたら私以外にもこうして連絡を取っている相手が居て、そっちの人とも同じ様にこのおもちゃで遊んでいるのかも知れない……そんな事を考えて私はまた頭を振った。
嫉妬なんてそんな駄目だよ。
元から奥さんのいる人なんだから、遊びに決まってるんだから。私だって性癖が合う相手だってちゃんと割り切らないと…もう、駄目駄目!
「駄目駄目!今はめくるめく官能の世界に行くんだから!」
壁が厚いマンションの角部屋で良かったと思わずにはいられ無い位の音量が出てしまって思わず口を塞いだ。
今まで生活していてお隣さんの存在を感じる事は一度も無かったけれども用心するに越したことはない。
誠さんは私を焦らす事も無く待って居てくれているので自分なりに急いで作業をして表示されたパートナーIDとパスワードを送るといつもの連絡用アプリとは違う今入れたばかりのアプリの通知が入った。
――誠さんとのリンクを承認しますか?
「えっと、はいだよねコレ。確実に」
ぽちっと押すとパートナー、と言う所に誠さんが表示された。うん、大丈夫だと思う。
するとこのアプリ内でも通話やメッセージが出来る様でメッセージが送られて来た。……最近のこういったグッズはここまで進化しているのか、すごいな日本。流石世界に誇る変態の国。
『ちゃんと登録できたみたいで良かった。今度からこっちのアプリでメッセージ送っても大丈夫?』
『はい大丈夫です』
音声通話とビデオ通話のアイコンがあってドキドキしたけれど気が付かないふりをして、心配性でヘタレな私は念の為スマホのカメラの部分にマステを貼る。だってもし見られて好みじゃないって嫌われたら死んじゃうもの。
充電がどれ位で終わるか分からないから今日出来るのかな? なんて考えるけどもう身体は完全に期待して触っても居ないのに濡れているのが分かる。
触ろうかな? なんて考えた絶妙なタイミングでメッセージが来た。
身長は高くないし顔は平凡でスタイルも平均……ううん、平均ちょい下の自覚はある。
詳しい事はあんまり聞いていないけれど親族が創業に携わったらしい大きな会社に役員として勤める寡黙なサラリーマンの父と子育てを終えてから自分で稼いで気兼ねなく使えるお小遣いが欲しいとパートに出て友人とのお茶代を稼ぐ社交的な母の間に生まれ、二つ年上の兄と一つ年下の弟を持つごくごく普通の社会人だ。
家族仲はべったりとしている訳でもお互い一切興味がない訳でも無い程々の距離感で長期休暇には兄弟間で特に連絡を取り合わなくても自然と同じ都内ではあるが実家に帰省して全員揃って穏やかに過ごすと言う実に家庭環境で育った。
年齢的な事もあり同級生達はちらほらと結婚したり子供が出来たりと色々耳に入っては来るが両親も兄弟も誰も「さっさと結婚しろ」的な言葉は口にしない良い意味で子供の自主性を尊重してくれる両親でもある。
子育て=子供が自立し生きていける様に育てる事、との教育方針から大学を卒業すると同時に家を出る前提で子供の頃から躾けられていた為兄の例に倣い一人暮らしを始めてもう三年経っていた。
今のご時世誠に有難いホワイトな会社に奇跡的に就職出来た為基本的には十九時には自宅に帰れる。今日もホワイト企業の恩恵に預かり帰宅し真っすぐバスルームに直行してリビングに戻ったのは二十時を少し回った頃だった。
ピロリ、と鳴った通知音に胸が躍る。
「あ、誠さん」
元々友人は多い方では無いのでスマホが鳴るのは広告とかそんなのが多いけれど、彼『誠さん』は私の中で特別な相手だった。
『無事に帰宅できたかな?』
「うふふ、心配してくれてる」
いつも通りの簡素なメッセージだけれど心が躍って自然と顔がにやけた。
「はい、ちゃんと帰宅してお風呂にも入りましたよ。と」
返信内容を口に出しながら返す。駆け引きめいた事が出来る器用さは無いので基本即レスしてしまうけれどお互いの時間が合う時は誠さんも同じ様に返してくれるからきっと面倒だとは思われていないと信じている。
誠さんは私が自身の性癖に迷って勇気を出して書き込んだちょっとアブノーマルな相手を探す為のサイトで知り合った所謂メル友だ。
今でもメル友って言うのかな?……まあその辺は置いておこう。それで、そのサイトはこの手のサイトにしては珍しく男女共に完全無料でメッセージ機能だけは文字数制限はあるけれど無料で利用できるし専用のアプリまである優れものなのだ。
でも通話と動画や画像交換は有料なのでメッセージをくれた大半の男性は簡単な自己紹介と一緒にハッキリとは書かないが暗号めかした表現で無料通話アプリのIDを添えて詳しい事はそっちで話そう、と言う人が多かった。
でも誠さんだけはそんな事は一度も言わずただ純粋に優しい話し相手として毎日欠かさずメッセージを送り合う様になりこの関係はもう一年以上も続いている。
私はもう不特定多数に対する投稿は一切せず本当にこのサイトを誠さん専用の連絡ツールとして活用していた。
「会おうとも写真を送れとも言わずに一年以上もこんな風にずっと優しくしてくれるなんて奇跡みたいな男性だな……ネカマ?まさかねえ」
ごろり、とソファに横になってアプリ上の誠さんのプロフィール画面を再度見る。
もうとっくに暗記してしまっている位だけれどたまに見ずにはいられないのだ。
名前:誠
年齢:51~59歳
居住地:東京23区
職業:会社員
年収:1000~
結婚:既婚
子供:有
希望する相手:メッセージのみ
性癖:S(軽め) 自認S度1(★☆☆☆☆)
NG:野外・スカトロ・苦痛を伴う行為・合意の無い行為
既婚者である事も子持ちである事も隠さないその潔さも結構好きだし、年齢的に父親と同世代と言う事も甘えやすさの要因になったと思う。
なによりメッセージだけで良いと言う男性は中々居なかったのだ。皆あわよくば今からでも会おう!みたいな男性の方が当然だが圧倒的に多い。
ぎこちなくもささやかなやり取りを初めて割とすぐの頃に既婚者と知っていて毎日メッセージをしていると私訴えられたりする?と急に不安になってそれをそのまま彼に送ると彼からはこんな返事が来た。
『妻とは性格は合うけれど性癖は合わないから下の子供が自立したのを機に家庭にいざこざを持ち込まない事を大前提にお互い好きにする事になっているんだ』
それを見た時へえ、そんな夫婦もいるのかと思い自分の両親を思い出す。
卒婚とか言うのかな? 意味は合ってる? そう言えば家もそうかも? まあどちらも不倫なんてするタイプじゃ無いけれどお母さんも弟が家を出たらパートに行って自分のお小遣いを確保して友達と旅行だなんだと好きにしている。
常にべったりしている夫婦関係では無いけどお互いがお互いを深く理解していて相手の自主性を尊重しているのは子供の頃から一貫していた。
――じゃあこれからも誠さんにメッセージしても良いですか?
『勿論。君はとても可愛いから出来る限りずっと繋がっていたいよ』
その返信を見てすごくドキドキした。今思えばあの時から私の心は傾き始めていたんだと思う。
彼と知り合った経緯を思い出すと話は結構遡る。
自分がM寄りの思考を持って居るかも知れないと思ったのは高校生の時、友人が学校に持って来たちょっとえっちな描写があるマンガをこっそり回し読みしていた時に首輪を嵌められた女の子が年上の男性に口での奉仕をしている描写があったのだけれどそれが驚くほど心に刺さったのだ。
皆はえーやだー、変態じゃん!とか言っていたのでその場では話を合わせたけれどそれからの私はネットで素人が自作の小説を投稿するサイトにハマった。
全年齢層の区分もあったけれど18歳以上になってからはもう完全に大人向けの小説の虜になり、SM関係の色々な小説を読み漁った。
動画を見た時もあるけれど余りにも生々し過ぎて引いてしまいまた小説に戻ったのだ。
色々読み漁り辿り着いた結論として一番好きなのは『年上の包容力のあるSの男性に優しく甘く躾・管理』される系の話で、叩いたりいじめたり苦しめたりとかは苦手と言うか嫌だと言う事が自覚できたので私が好きな系統の話を書いてくれる作家さんに長ったらしい感想を送り愛と感謝を伝え繰り返し何度も何度も読み返して自慰行為にふける、と言うのが最高の楽しみになった。
それから大学を卒業し会社からほど近いマンションを契約して自分だけの空間を手に入れた私は実家に居た時には買えなかった大人のおもちゃもこれからは買える!と最初は意気込んだけれどやっぱり恥ずかしくてちょっと怖くて結構な大人になったのに未だ友達は自分の指とネット小説という情けない状況が続いていた。
しかしどうしても生身の経験がしてみたい。
疑似行為でも構わないから、とにかく誰か相手が欲しい。レスポンスが欲しい、あわよくば趣味を分かち合える恋人が欲しい! と言う気持ちが抑えきれず私はネットで色々調べて割と評判が良いサイトを見付け登録し、アプリも即ダウンロードした。
―経験はありません。自分が本当にMなのかも半信半疑ですがゆっくり仲良くなれる方がもし居ればと思い登録しました。
怖いから相手をメッセージのやり取りのみにして、我ながら文才が悲しいレベルだけれど素直な心を必死に記し投稿したのだが、届くのは下心満載かつ自称ドSや攻撃的かつ高圧的な勘違い野郎からのメッセージばかり。
辟易としやっぱり自分は一生自慰だけして死んでいくのか…と諦めかけていた時に誠さんからのメッセージが届いたのだ。
『燈子さんはじめまして。私もメッセージだけの相手を探しています。かなり年上ですがもし良ければゆっくりやり取りを重ねませんか?』
「おおっ!!!」
処女の自分ですらAVの見過ぎだ馬鹿野郎!と怒鳴り付けたくなるようなメッセージの雨あられの中で彼のメッセージは光り輝いていた。
でも警戒心は抜けず、本当にメッセージだけで良いか?電話も画像交換もなしだぞ!と最初に確認したのだが彼は気を悪くする素振りも無くそれが良いと言ってくれたのだ。
そうして私達の関係は始まった。
当然知り合った場所が場所だから性的な話題は出る。それは勿論どんとこいだったし、今まで誰にも言えなかった事を打ち明けると言う行為はそれだけでも私を酷く興奮させた。
恋愛経験すらほぼ無いと言っても良い自分の稚拙かつ曖昧な性知識や代わり映えの無い文面じゃ彼は楽しく無くてすぐ飽きられるのでは?と思っていたけれど、何故かそこも可愛いと言ってくれて今では自慰も彼の許可を得てからする様になっているのだが、それでもずうっと私は指と彼に対する妄想だけでやってきていた。
それだけでも確かに気持ちいい。
気持ちいいけれど、もう少しだけ……本当に少しだけで良いから彼に近付きたい。そんな感情が胸の中に降り積もって行く感覚を誤魔化しきれなくなって来た調度そんな頃、私達の関係が少しだけ動いたのだ。
それは本当に最近で、なんなら先週の事だった。
『君に贈り物をしたいんだ。A〇zonの欲しいものリストって知ってる?』
『はい、聞いた事はありますけど使った事は無いです』
『じゃあもし良かったらこのリンクを見て設定して貰えないかな?設定さえ間違えなければ匿名で君に贈り物が出来るから』
「………『住所バレを防ぐ為の完全な設定方法』……流石誠さん、好き」
おもちゃすら無いと言っていた私の事を覚えてくれていたのだな。
彼は優しい文面で欲しいものリストの作り方を纏めたサイトのURLを貼ってくれて、その登録方法の説明のサイトにすら彼の配慮を感じて私はまた彼への信頼を深めたのである。
言われるままに細心の注意を払って私はサイトに登録し何度も何度も確認して、確認して! 彼に作業が終了した事を伝えると労いの言葉と共に『値段がバレるなんて無粋だけどね』と言って彼は私にいくつかの商品のリンクをまた送ってくれたのだ。
これを私が欲しいものリストに入れる事によって彼がそれを買って送ってくれて匿名で私の元に届くと言う仕組みらしい。成程時代はかなり進化しているのだな。
大容量のコンドームと、ローションと……あと、専用のアプリをお互いがダウンロードする事で楽しめる遠隔操作バイブ。
ドキドキしながら登録してそれを伝えると『よくできました』のメッセージが来てもう心臓はバックバクだった。
こう言った物品の相場を知らないからこんなにするんだ…と驚いて、ちょっと他の関連商品を見ると誠さんは値段が少し上がるけれど安全性の高い物を指定してくれた事が分かってまた胸がきゅんとした。
そして届いた商品が今、まさに目の前にある。本当につい今しがた届いたのだ。
ドキドキしつつ開封して商品自体はパッケージに入れたまま私は取り敢えずお礼を言う為スマホを手にした。
『誠さん、プレゼントありがとうございます。今受け取りました』
しゅっとメッセージを送ると直ぐに既読がついた。
ドキドキしつつ画面を開いたまま人生初のアダルトグッズを眺めていると直ぐに返事が来る。
『無事に届いて良かった。じゃあまずバイブを充電してその間に一緒に設定をしよう』
『わかりました』
わかりました、なんて文面だけで見ると普通なのにこっちはもうドキドキしかない。
初めて見るアダルトグッズは思ったよりも毒々しく無くてつるんと?ころんと?した感じだった。
USBで充電できるらしいので説明書通りに接続し充電ランプが灯った事を確認して更に文字を打つのだけれど、電話だったらもっと簡単に…とか最近すごく思ってしまう。
でも誠さんはメッセージだけの相手が希望って言っていたし我儘言って嫌われても怖いから、と思考から追い出して途中で止まっていた文字を追加で打つ。
『お待たせしました。充電ランプつきました』
『じゃあ説明書のQRコードを読んで専用のアプリをDLして、捨てアドから登録をして“パートナーID”と“パスワード”を教えてくれるかな?分からない事があったら聞いてね』
「……慣れてる……のかな」
はい、と従順な返事をして手は言われた通りの作業をするけれどなんとなくモヤモヤした。
誠さんにはもしかしたら私以外にもこうして連絡を取っている相手が居て、そっちの人とも同じ様にこのおもちゃで遊んでいるのかも知れない……そんな事を考えて私はまた頭を振った。
嫉妬なんてそんな駄目だよ。
元から奥さんのいる人なんだから、遊びに決まってるんだから。私だって性癖が合う相手だってちゃんと割り切らないと…もう、駄目駄目!
「駄目駄目!今はめくるめく官能の世界に行くんだから!」
壁が厚いマンションの角部屋で良かったと思わずにはいられ無い位の音量が出てしまって思わず口を塞いだ。
今まで生活していてお隣さんの存在を感じる事は一度も無かったけれども用心するに越したことはない。
誠さんは私を焦らす事も無く待って居てくれているので自分なりに急いで作業をして表示されたパートナーIDとパスワードを送るといつもの連絡用アプリとは違う今入れたばかりのアプリの通知が入った。
――誠さんとのリンクを承認しますか?
「えっと、はいだよねコレ。確実に」
ぽちっと押すとパートナー、と言う所に誠さんが表示された。うん、大丈夫だと思う。
するとこのアプリ内でも通話やメッセージが出来る様でメッセージが送られて来た。……最近のこういったグッズはここまで進化しているのか、すごいな日本。流石世界に誇る変態の国。
『ちゃんと登録できたみたいで良かった。今度からこっちのアプリでメッセージ送っても大丈夫?』
『はい大丈夫です』
音声通話とビデオ通話のアイコンがあってドキドキしたけれど気が付かないふりをして、心配性でヘタレな私は念の為スマホのカメラの部分にマステを貼る。だってもし見られて好みじゃないって嫌われたら死んじゃうもの。
充電がどれ位で終わるか分からないから今日出来るのかな? なんて考えるけどもう身体は完全に期待して触っても居ないのに濡れているのが分かる。
触ろうかな? なんて考えた絶妙なタイミングでメッセージが来た。
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