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後日談04:いっきゅうけんちくし はじめて すを つくる ! 前編

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灯莉と透麻が一緒に暮らし始めて少し時間が経ち、二人は一緒に二回のヒートを経験した。

しかしまだΩとしての階段を少しずつ上っている灯莉のヒートは二回とも軽いもので、良いのか悪いのかは分からないが一般的なΩが経験する「理性を失うレベルの強烈な性衝動」というレベルには至っていない為どちらかというとお互いがヒート中のセックスに慣れる為の練習期間のように過ごした。

だが灯莉と正式な番になったことで透麻はずっと悩まされて来た「三か月に一度訪れる体調不良」からはすっかり解放され、健康な二十代のαそのものに戻り以前よりも過密なスケジュールを鼻歌交じりで楽々熟している。

その件について灯莉は心配で一度透麻のマネージャーである那岐に確認したが本当に何の問題もないそうだ。
寧ろ体調も精神面も頗るよく以前より仕事がかなり捗っているらしい。

今までも透麻は「優秀なα」である世間のイメージから一切外れない見事な仕事ぶりを現場関係者たちからも高く評価されていたが、それは体調不良を隠しながらの「健康を演じた」姿だった。
だから「すっかり健康を取り戻しました!」の域に戻ったらもう……周りから見れば一秒の無駄な時間もないほどの量のスケジュールを急に詰められているようにさえ見えているようだ。

しかしそれは普通の会社員として働く灯莉と可能な限り生活の時間帯を合わせる為に色々と調節した結果らしく透麻は何の不満も抱いていないどころか、透麻から申し入れて今のスタイルになっている。
首都圏屈指の巨大な駅の通路を駅貼りポスターでジャックしているような人間が自宅に帰るとエプロンをして夕食を嬉々として作って自分の帰宅を待っている、という妙な状況にも最近ようやく灯莉は慣れて来た。

「ただいま。夕飯の支度ありがとな」
「おかえりなさい! 良いんですよ、ウチは『共働き』ですからね!」

嬉しそうに手を動かしながら笑う透麻に灯莉は軽く苦笑いする。
まだ入籍はしていないがそれも時間の問題で、共働きであることは事実だが灯莉と透麻の収入格差は多分桁が一つ……下手をしたらもっと違う可能性すらある。
透麻がαであることもそうだが、カップルのパワーバランスは収入に大きく影響されると灯莉は職場の女性陣から色々と聞いていた。

「俺も手伝うよ。何すればいい?」
「後は盛り付けるだけなんで、着替えて来て下さい」
「わかった」

一緒に暮らすようになって見るようになったニカッと笑う透麻の笑顔に見送られ自室に向かう。
着替えを機械的に熟しながらも透麻の脳内では職場の女性陣との会話に関する思考が続いていた。

交際当初は女性の後ろを追い掛け回して色々気を回していた男でも、時が経ち女性が完全に自分の物になったと判断すると露骨に手を抜き出して今まで普通に自分でやっていたことすらやらなくなるらしい。
それでもまだその段階ではギリギリ許せると彼女たちは口を揃えて言っていた。

しかし子供が出来るとそうはいかなくなる。
女性はその身体に自分と相手の子供を宿し、初めての経験や今までとの変化に戸惑い心細くなったり悪阻などから今までと同じことが出来なくなったりする。
しかし、大抵の男は良くも悪くも「変わろうとしない」場合が多いらしい。
酷い時には経済力の差を盾にして女性側に負担を押し付け、最悪の場合何故か自分自身が「大きな子供」になる。

さらにそれの上をいく人間だと何故か自分の血を分けた子供にすら張りあうようになって数年間は女性側が子供の為だ、と我慢するが堪忍袋の緒が切れてサヨウナラか心の中で完全に見切りを付けられてATM認定。
人によってはあわよくば不倫してくれれば貰う物をがっつり搾り取ってさっさと別れられるのにな……という恐ろしい境地にまで達するらしい。

何故灯莉がこんな話を知っているか。
それは灯莉が自分は「Ω」であることを職場の皆に打ち明けたからだ。

これからヒート休暇などを取得するようになればすぐに分かることだから、灯莉は自分の口から言いたかったので素直に告げた。
ただそれだけだったのに、何故か女性陣たちのランチタイムに当たり前のように時折招かれるようになったのだ。

彼女たちも気を使ってくれているようで週に一、二回のものなのだが灯莉の番がどんな人物なのかを詮索するとか噂話のネタを探しているとかいった悪感情は一ミリもなく、ただ自分たちと同じ「産む性」である灯莉を仲間認定して、今までβの男性としての意識が強かった灯莉に色々と教えてくれているというのが正直なところだ。


――いつか透麻も変わってしまうだろうか?

不意に灯莉はそんなことを考える。
悲観主義ではないつもりだったが、今の透麻との生活が幸せ過ぎてたまに灯莉は怖くなる。
自分達は確かに番った。しかし灯莉はもう三十歳を超えている男のΩだ。

透麻が子供についてどう思っているかなんて話はしたこともないけれど、仮に欲しがられた所で一般的に言われている身体的な面での現実から産んでやれる可能性は限りなく低い。
その上でさらに言うと「自分が『産む側』の場合でも本当に子供が欲しいのか?」ともし問われたら即答することは灯莉にとってとても難しい。

そこまで考えて灯莉はただ着替えに戻ったにしては無駄に時間を使ったことにすぐ気付いて急いでリビングへと戻った。

「悪い、遅くなったな」
「大丈夫ですよ。仕事で何かありました?」

優しい気遣いの言葉に軽く首を振って今日の夕飯を見る。
透麻のルックスは完全に「洋風」だ。
しかしこの男――和食が一番得意なのである。そして時間が取れる時は灯莉から見るとかなり本格的なレベルの物すらさらっと出して来る。
念の為言っておくと洋食も中華だって何も見ずにぱぱっと作れるのだから本当に恐れ入る。

今日のメニューのメインはチキン南蛮だ。
一度灯莉が会話の中で好物だと言ったのを覚えていたらしく、ある日しれっと登場した逸品だ。
家庭料理全般は母親が作ってくれたものが一番だと思って灯莉は生きて来たが透麻の作るご飯は本気で美味い。
しかもαの能力をこれでもかと無駄遣いして灯莉の食いつきや反応を具に観察し、次に的確に活かして来るから上達度合いが半端ないのだ。

「やった、チキン南蛮だ」

思わず嬉しさからそう呟くと透麻は灯莉よりずっと嬉しそうに笑った。
そして二人で食卓についてたわいもない会話をするのだが、コレが基本途切れない。
「会話不足はすれ違いの始まりよ!」と職場のお姉さまたちにアドバイスを貰ったがここは今の所問題ないと思う。
楽しく笑い合っていたがある話題に差し掛かった時、目の前の透麻の整った顔立ちが一気に曇った。それに対して何故だ? と思うより先に灯莉には原因がすぐ分かる。

「三泊四日なんて直ぐだろ」
「でも北海道ですよ? もうほぼ海外ですよ!?」
「語弊がある言い方は止めろ」

新しいドラマの撮影で北海道ロケが入ったのが透麻は大層お気に召していないらしい。
しかし親交のある監督と脚本家、キャスト達と一緒に作り上げる作品の為仕事を受けたが――やはりまだ納得出来ていない部分があるようだ。

「お前あれだけプロ根性発揮してキツイ仕事も平気に熟すくせに北海道の何が嫌なんだよ。一緒に物産展行ってご機嫌で買いまくって食べきれなくて配った位好きだろ北海道」

灯莉が呆れつつ食事を続けると透麻は一つ溜息を吐いてから言った。

「北海道が嫌なんじゃなくて灯莉さんと会えない三泊四日が嫌なんですけど、そろそろ俺の健気な愛を社会人としての責任より前に思い出して貰えません?」
「ああ、ごめん」

びっくりする程素直に言われたので、灯莉の口からもするりと謝罪の言葉が出た。
いや、でも三泊四日ってそこまで? 一か月とかなら分かるけどそこまで騒ぐレベルか? 口に出しはしないが灯莉がそう考えていると頭の中を正確に見透かしたように透麻は言った。

「一泊二日でも俺はもう無理ですけどね」
「あ、そう……」
「だから灯莉さん、パンツください! お願いします!!!」
「うわ、気持ち悪」
「ひどい!!!」

冗談ではなく本気で返した灯莉の顔を見て透麻は泣きそうになりながら両手を合わせ続けた。



***



そんなやり取りをしてから数日後、透麻はごねにごねて出発時間ギリギリまで子供のように駄々をこねてマネージャーの那岐に白い目と哀れみが混ざった不思議な瞳で見られながらも勝ち取った戦利品を自前で用意したジップロックに大層大事そうに入れて出発した。

灯莉は呆れながらも透麻を軽い気持ちで見送って、その時は別に何も感じなかった。
別に付き合い始めた最初は週末だけ会うとか普通だったし言っちゃなんだけど「亭主元気で留守がいい」の気持ちが微かにあったからだ。
撮影は透麻がごねた影響も多少あるのだろう。かなりタイトにスケジュールが組まれているらしく空いた時間にメッセージは送るけれど電話は灯莉の睡眠中の時間と被る恐れがあるから難しいと最初から言われていた。

それを踏まえて正直に言おう。
解放感があったのは――初日の数時間だけだった。

無駄に広い家は何処へ行っても透麻のフェロモンがあるのに、肝心の本体がいない。
今までだって帰宅時間が合わず灯莉が一人で先に眠っていることはあった。でも朝起きると必ず透麻は横に寝ていて、幸せそうな寝顔を見せてくれたり気の抜けた無防備な寝起きの顔で笑い掛けてくれたから全然寂しいとかを感じたことはなかった。

――これが、数日続くのか?

いざ寝る段になって見たスマホは先ほど灯莉が返したメッセージが未読のまま。
真面目に仕事をしている透麻を思うと仕方がないという気持ちが強く出て来た灯莉は滅多に使うことのなかった自室のベッドで寝ようと思っていたが、予定を変更して半ば無意識的にいつも二人で寝ている大きいベッドに向かう。

そしてぽすっと横になって濃い透麻のフェロモンを感じて心が満たされたのは一瞬だった。
何が足りない? と本気で考えて直ぐに体温だと気付く。
でもそれはどうしようもないことだと社会人としての思考が強く出たが、寂しいものは寂しいのだ。

「……何かなかったか?」

ベッドから床に降りて灯莉は部屋を歩き回る。
この部屋はとにかく広くて、透麻の私室も兼ねているから絶対に何かはあると思う。
今まで滅多に触ったこともなかった透麻がメインで使用しているウォークインクローゼットのドアを開けて中に入ると、なんだかとても気持ちが高揚した。

この感情の動きを灯莉はもう知っている。
でもヒートにはまだ早い筈だ。だから透麻も渋々だけどロケに行くことを了承した。
その証拠に微かに鈍くなりつつある思考でベッドサイドに戻り毎日測定しているフェロモン測定器を使用したが表示された数値はやはり正常範囲内だった。

「うん、気のせいだな」

それにとても安心した灯莉は上機嫌でウォークインクローゼットの中に戻る。
透麻からは「家にある全ての物はなんだって好きにして良い」という許可を最初から貰っているので遠慮はいらない。
この空間自体にも透麻の匂いは残っている。
でも強さで言うとベッドがやっぱりぶっちぎりだ。
それに気付いてちょっとがっかりしたが、手前の収納の上に綺麗に畳まれて置かれている見慣れた部屋着を見付けて灯莉はテンションが上がった。

――これ、今朝着てたやつだ!

後で洗濯しておくからそのままにしてさっさと着替えて出掛けろ! という今朝のやり取りを思い出して思わず顔が僅かににやける。
悔しいことに灯莉より身長も筋肉もある透麻の部屋着は少し大きいが今はその大きさが良かった。

灯莉は見付けた透麻の部屋着を抱き締めてベッドに戻る。
ごそごそといつもの定位置に身体を落ち着かせて、抱き締めた部屋着に顔を埋めて思い切り吸い込んでうっとりした直後また何かが足りないことに気付いてしまった。
何と言うか……うん、上手く言えないけれどとにかく足りないのだ。

「……難しいな」

同じ枕を二つ並べて寝ているが透麻の方を借りて、今朝まで透麻が着ていた部屋着を抱き締めても――物足りない。
だから灯莉は家の中を歩き回って気に入る物を探した。

その行動が俗に言う『何』で、ヒートでもない状態でソレをするΩは極々少数派である事なんて考えもせずとにかく仕事と同じくらい一切の妥協を許さないレベルで灯莉は家じゅうからかき集めて来た色々な物をベッドの周辺に真剣な顔で並べていく。


「ここにコレを配置すると建ぺい率が……」


全く考慮する必要のないことを真剣に考えながら灯莉が一人で過ごす最初の夜は更けていった。
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