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16.α様が疑う余地のないレベルで公共の電波を私物化してアピールしてくる。

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私用の携帯の番号を灯莉が自分から教えて、灯莉と透麻は灯莉の父が自作してくれた魔改造スマホのアプリではなくこの国で入れていない人間の方が少ないであろうメッセージアプリのIDも交換してそちらでの連絡がメインになった。

この段階で灯莉は自ら両親に透麻と会うまでは至らないが私用のスマホの連絡先を交換したことを伝え、今まで負担してくれていたスマホがもう事実上不要になったことを直接実家に行って感謝とともに話した。
父は相変わらず平坦な声で「分かった。お前の好きなように生きろ」とだけ言って灯莉が返したスマホを受け取り、母はもう何か覚悟を決めたかの様に穏やかな顔で優しく頷いている。
莉帆はまた仕事で色々な所を飛び回っているらしく不在だったが三人で夕食を一緒に取って灯莉は次の日自宅へと戻った。


私用の連絡先を交換してから、灯莉の朝は透麻からのメッセージで始まる。

――おはようございます。今日はドラマの撮影で一日スタジオに缶詰めで、共演の佐枝さんとリハ前にお茶飲んでます。

女性と付き合っていた時を引き合いに出すのは悪いかもしれないけれど、本人に伝えなければセーフだと思うので灯莉の心の中だけで言うと……透麻は女子みたいだと思う。
とにかく何故だか分からないがちょっとした何気ない報告メッセージを送ることを好み、写真も頻繁に添えて来るのだ。

送り付けて来る透麻本人にもその自覚があるようでかなり最初の段階で「返事は貰えると嬉しいけれど無理はしなくて良いです。ただ、既読がつくだけでもすごく幸せなんです」と言われている。
しかし灯莉は歴代彼女たちとの連絡では少し億劫で返信に困ってしまうような何気ないメッセージを一つもスルーすることなく短いながらも律儀にストレスを感じることも無く毎日返している。

「この万が一でも流出したらそこそこ騒ぎになりそうな画像をしょっちゅう送って来るの、なんとかならないかな……」

今日は芸能関係に疎い灯莉でもハッキリと顔と名前と出演作品がさらっと数個は出て来る名脇役の大ベテランとの仲が良さそうなオフショットが送られて来た。
しかし誰かと一緒に映っている時の透麻は基本おすまし顔をしているので現場ではクールぶっているのかもしれない。
既読だけ付けてさすが本物の俳優はスマホのカメラでさらっと撮っただけでもカッコいいなと思っていると追撃メッセージが来た。

――佐枝さんには番が居ます

「馬鹿か」

灯莉は軽く吹き出しながら思わず口から零れた言葉と同じ内容のメッセージを返して、テレビをつける。
今日のトップニュースは九州の方で起きた残忍な通り魔の被害を伝えていて朝から少し気が滅入ったが朝食の用意をしているとピロン、と間抜けな音がスマホから鳴った。
見る必要も無く相手は透麻だと分かる。だから灯莉はパンをトースターにセットしてヤカンに水を入れて火をつけてからスマホをもう一度手に取る。

――馬鹿で良いです。朝ごはんちゃんと食べてくださいね

「お前はちゃんと仕事をしろ」

きちんと灯莉の都合を気遣って透麻の連絡は割とサクッと終わる。これがまた返事をしても面倒なことにはならないと思わせるから返信が苦では無い。
スタンプを一つだけ返してから灯莉は簡単に用意したいつものメニューをテーブルに運んだ。

丁度芸能コーナーに差し掛かった朝のニュースはついさっきまで灯莉に実にどうでも良い内容のメッセージを送って来ていた男が涼しい顔で高そうなスーツを身に着け制作発表会見に出席している様子をそこそこ長い尺を使って映し出していた。
なんでも透麻は生意気なことに最初主演でオファーが来たが脚本を読んで自分よりも彼が役に合っている、と今真横で映っている俳優にその座を譲りまたしても準主役のような位置に収まったらしい。

「生意気だなコイツ。でもそれが許されるだけ評価されているのか?」

一人暮らしの友達でもある独り言を言いつつ何気なく透麻が今度出るドラマを検索して、書かれていた内容に灯莉は一瞬固まった。
よくあるあらすじと同じページにある『相関図』の所を何気なく見ると透麻が居たのだが……内容がちょっとアレだった。

『一級建築士:登坂 祥吾(28)役 如月 透麻』と書かれていたのだ。

――いやいやまさか……あの馬鹿でも流石に仕事にそんなしょうもない私情は挟まないだろう。
うん、挟まない挟まない。

いつもは普通に美味しいと感じるパンが何故か普段より多く口の中の水分を奪っていく気がして灯莉は珈琲に手を伸ばしたのだが、口に含むのを一拍遅らせた自分を褒めてやりたい。
テレビの中ではそれぞれの役作りに対する質問が飛び、透麻は余所行きの顔をして涼しい表情でアッサリと答える。

「そうですね。私は『とても親しい』方が一級建築士なので、その方の振る舞いから色々と勉強させて頂きましたね」
「ゴフッ」

あっぶな。口からパンがちょっと飛んで行った。
幸い固形物だけだからティッシュで拭き取ってなんとかなったが、これに珈琲が混ざっていたら朝から最悪だった。
しかし冷静に考えると透麻の言う「とても親しい一級建築士」が灯莉を指している保証は無い。
だって自分達はまだ会ったことが無いのだから、仕事ぶりを見られたことなんて当然無い。

「駄目だな俺。なんか最近すごく毒されている気がする」

幸いにもメインの受け答え相手が主役の俳優に移ったのをこれ幸いと思った灯莉はささっと手軽な朝食を流し込むように終えた。

「……ドラマ、来月スタートで月曜二十二時か……」

地上波の連ドラを見る習慣は今までの人生で一度も無かったが、灯莉は追っかけ予約機能まで使ってそのドラマにドはまりすることになるのだが今はその話は置いておこうと思う。

そしてその後「衣装合わせです」と送られて来た写真で何故か透麻がキャメルのチェスターコートを着ていたのだが、灯莉は嫌悪感を抱くどころか「何真似っこしてんだアイツは、子供か」と駄目で手が掛かる弟を見守るような気持ちにすらなってしまったのだ。
これを毒されていると言わなくてなんなのだろう。

普通なら純粋に「気持ち悪い」と感じると思う。とても素直に、心の底からそう思っても許されると思う。
いくら相手がイケメンα様だからと言って寄せ方がちょっと強引すぎやしないかと思う――でも、灯莉は恐怖も嫌悪感も抱かなかった。

「あー……コレ、俺マジでどうなるんだろう」

苦し紛れに「お前はグレー系の方が似合うと俺は思う」と返したら……ドラマの初回登場時にマジで透麻はグレーのチェスターコートを着ていたから灯莉はリアルタイムで見てテーブルに突っ伏したのである。


――公共の電波を、スポンサーあっての大事な現場を私物化するな。


色々と複雑ではあるが決して嫌だとは思っていない。取り敢えず今はそれを認めただけで許して欲しい。
初回の放送ですっかり来週の放送を楽しみにしていた中で、そのままつけていたテレビから流れた夜のトップニュースを見て灯莉は硬直した。


「速報です。TKS系列で現在放送中のドラマ『パラダイムシフト』の撮影現場にエキストラとして参加していたΩ女性が違法な発情促進剤を現場にて自身に投与し、故意にヒートを発生させ咬傷事故に発展する事件が起きました」


アナウンサーが真面目な顔で告げたタイトルは本当に灯莉がつい数分前まで真面目な顔で視聴していた透麻が出ているドラマそのものだった。
それを聞いた瞬間灯莉は色んな事をすっとばして無意識の内に手元にたまたま持っていたクッションを思い切り床に叩きつけ、自宅のリビングで滅多に出さない大きめの声で叫ぶ。



「誰の――に、手ェ出してんだよッ!!!!!」



そして怒りのままにスマホを探し、色々と思う所があって灯莉のこのスマホからは今まで一度もかけたことの無かった透麻の連絡先を着信履歴の一番上から呼び出して迷う事無く発信ボタンを押した。
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