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03.「――冗談じゃない」
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その後に控えているのであろう世間の混乱を見透かしたように彼の事務所は動画を公開している最中に公式ホームページを更新した。
そしてそこには彼が今まで全て伏せていたプロフィールが事細かに公開されていたのだ。
「お兄ちゃんコレ……」
「すごいね」
出身地及び国籍は日本だが幼少期は主にイギリス、ロンドンで過ごしその後は父の仕事の都合でイタリア、日本、ドイツなどを巡りアメリカの誰でも知っているような有名大学に進学し卒業後日本に帰国。
そして母方の伯父が代表を務める大手芸能事務所に俳優として所属し現在に至るというとても華々しい物だった。
さらに彼の実母も現在同事務所に顧問弁護士の一人として名を連ねているらしい。正に世間の人間が想像する「α」を地で行く人生を送っているのだろう。
今まで一所属俳優扱いだったことに対して世間が驚くこともそうだが、この記載内容だと彼が事故を起こした相手が今現在どの国に住んでいる何人かも分からずネットでこれから動き出すのであろう特定班も苦戦する可能性が見える。
兄妹で一台のパソコンを覗き込みつつ色々話していると、文章的にはとても穏やかだが直訳するとなかなかに恐ろしい内容が以下に続けて書かれていた。
――憶測による報道等で相手とこちらに少しでも被害があったらどれだけ軽微でも即訴えますからね。
――今までは見過ごしていましたけれど、過去にネットで過激な言動をした人間や悪質な取材をした出版社を訴える準備はもう整っていますよ。
――何か行動を起こすなら、それなりの覚悟を持って皆さん動いてくださいね。一般人だとか通用しませんよ、会社をあげて徹底的にやりますからね。
これだけの破壊力のある内容をぱっと見は穏やかな文章で纏め上げることが出来るのだから日本語とは奥深い。
灯莉は自分の置かれた環境を少し忘れて真剣にこの文章をしたためた相手に拍手を送りそうになった。
全て読み終えた灯莉は何かを言いたそうに自分を見ている妹に優しく微笑んで自分のスマホを操作した。
電話を掛ける先は――父親だ。
「……父さん、今大丈夫?」
「ああ、どうした」
少しだけ遅い時間ではあったが父はすぐに電話を取ってくれたので灯莉は余計な前置きはせずストレートに確認すべきことを質問する。
「俺を噛んだのって、如月 透麻なの?」
「ぶっ」
あまりの剛速球に驚いたのは父ではなく隣に座っていた妹の方だった。
しかし電波の向こうの父は一つ息を吸って、いつも通りの落ち着いた声で言う。
「そうだ。――ついに接触して来たのか?」
「違うよ。今ネットで『これからあなたを探したい』って言ってたんだ。『死んでも会いたくないなら連絡が欲しい』って。そうしたら従うけれど……多分あの言い方だと拒否の連絡が無いなら探しますって意味で間違いないと思う」
「……そうか」
今も何かで繋がっているかは分からないが弁護士を介した示談書を作成するにあたりこちらの情報をあちらの両親が何一つ知らないなんて考えにくい。
慰謝料を振り込んだ口座の名義だけでも今の世の中探偵でも雇えば然程時間もかけずに見付けられるだろう。
それを危惧した灯莉の問いに父は冷静なままの声で続けた。
「お前に慰謝料が振り込まれた時に通帳と一緒に渡した示談書はまだあるだろう?」
「勿論。ちゃんと金庫にしまってあるよ」
五千万なんて大金どこから手に入れたんです? なんて税務署が乗り込んで来た時の為にいつでも提示出来るように大切に保管しているがこの約十五年間日の目を見ることは無かった書類を思う。
すると普段寡黙な父はさらりと言った。
「それをもう一度読んで一人の自立した大人として自分で決めなさい。助けが必要ならまたいつでも連絡すると良い」
「――分かった、ありがとう」
結構重大な話だったのに灯莉が実際に父と会話した時間は二分にも満たなかった。
でもまあ、父らしくて良いと灯莉は思う。
「お父さんなんだって?」
「慰謝料の振り込みの時に一緒に受け取った示談書をもう一度読みなさいって。そこに色々書いてあるんだと思う」
「――私も、見て良い?」
心配そうな妹の声に灯莉は「勿論」と頷いた。
自室の金庫を開けて数年ぶりに直接触れた示談書を見て「そう言えばちゃんと読んだことは無かったな」と灯莉は思った。
莉帆は気を使って灯莉が読み終えてから見せてくれれば良いと自室まではついて来ていない。その時間を利用して自分のスマホで世間の騒ぎ具合をリサーチするのだ! と息巻いていたくらいだ。
「さて……何が書いてあるかな」
そう一人で呟いてきちんと綴られた数枚の冊子を開いて読み始めて数分後、灯莉は取り敢えずではあるが安心を得ることは出来た。
今必要な情報だけを抜き出すと
・灯莉に関する情報を記した書類は全て両親どちらか名義の銀行の貸金庫で生涯保管する。
・如月透麻が成人後灯莉を探そうとしても如月透麻の両親は一切力を貸さない。
・如月透麻が灯莉を探すことに彼の両親が加担した場合は『第二性特例法』の適応を速やかに申請し即座に警察に被害を訴える。
とあった。
時代が変わり性犯罪への厳罰化が進んだことは有名だが、その中でも『第二性』の扱いは特殊で特例法には色々あるが一番重要な部分をざっくり説明すると『時効』も『加害者の年齢による少年法の適応による罰則の限界』も無いのだ。
それが何を意味するかを簡単に纏めると、彼の両親が自分の息子に協力し灯莉の情報を提供した場合灯莉側は過去の『未成年同士の咬傷事故』を成人が起こしたのと同等の『αによるΩへの番契約を伴った強姦致傷事件』として警察に訴えることが出来る。
性犯罪が魂の殺人と言われるほど卑劣な物であることを大前提としても無理矢理『番』にされた『Ω』がその後一生に渡って負う傷と現在の医学ではどうしようも出来ないヒートを伴う後遺症は常人が想像するよりも遥かに重いことを国が正式に認めているのだ。
ニュースで時折この手の報道を見かけるが、結果は執行猶予がつかない実刑判決でまず間違い無い。
加害者が法廷の場で争うのは『何年服役しますか?』がスタートラインなのだ。――だってαは、相手のΩをある意味で『殺した』のと同じなのだから。
「でも……俺の場合は別にここまでしなくても」
そこまで思って灯莉は認識を改めた。
あまりにも普通に生活出来ているせいで忘れているが、灯莉が今ここまで平和なのは如月と直接会っていないおかげで『βもどきのΩ』として生きていられるからだ。
あれらを正確に読み込む為に必要な英語スキルを身に着けたと言っても良い程何年も調べ、何度も何度も読んだあの件に関する論文たちを思い出す。
もしあのケースが自分にも本当に当てはまるなら、如月と接触する=この生活が終わる、と言う図式が成り立つ。
三か月に一度セックスのことしか考えられなくなる約一週間をこれから何年過ごすことになるのか分からないという現実は想像しただけで全身が総毛立つ。
今まで生きて来てあの事故を除き排泄器官としてしか使っていなかったそこを、女性のように滴らせてあの男だけを求めるしか出来ない一生が待っているのだ。
「――冗談じゃない」
鳥肌が立った腕を無意識に擦り、灯莉は自室を出た。
そして自分の考えの方向性は決まっているが一応莉帆にも相談してこちらから相手の事務所に捨てアドでメールでも送ってみようか、と考える。
手紙は相手に不要な情報を与える可能性がメールより圧倒的に高い気がして尚のこと恐ろしかったから出来れば使いたくない。
――αは正式に番った相手でも捨てることが出来るのだから、さっさと自分に相応しい若くて見目麗しいΩでも選んでとっとと幸せになってくれよ。アンタ程の男なら相手はいくらでもいるだろう。
自分が『普通』に生活出来ている灯莉は、本気でそう思っていた。
相手も『普通』に生きていると……思っていた。
そしてそこには彼が今まで全て伏せていたプロフィールが事細かに公開されていたのだ。
「お兄ちゃんコレ……」
「すごいね」
出身地及び国籍は日本だが幼少期は主にイギリス、ロンドンで過ごしその後は父の仕事の都合でイタリア、日本、ドイツなどを巡りアメリカの誰でも知っているような有名大学に進学し卒業後日本に帰国。
そして母方の伯父が代表を務める大手芸能事務所に俳優として所属し現在に至るというとても華々しい物だった。
さらに彼の実母も現在同事務所に顧問弁護士の一人として名を連ねているらしい。正に世間の人間が想像する「α」を地で行く人生を送っているのだろう。
今まで一所属俳優扱いだったことに対して世間が驚くこともそうだが、この記載内容だと彼が事故を起こした相手が今現在どの国に住んでいる何人かも分からずネットでこれから動き出すのであろう特定班も苦戦する可能性が見える。
兄妹で一台のパソコンを覗き込みつつ色々話していると、文章的にはとても穏やかだが直訳するとなかなかに恐ろしい内容が以下に続けて書かれていた。
――憶測による報道等で相手とこちらに少しでも被害があったらどれだけ軽微でも即訴えますからね。
――今までは見過ごしていましたけれど、過去にネットで過激な言動をした人間や悪質な取材をした出版社を訴える準備はもう整っていますよ。
――何か行動を起こすなら、それなりの覚悟を持って皆さん動いてくださいね。一般人だとか通用しませんよ、会社をあげて徹底的にやりますからね。
これだけの破壊力のある内容をぱっと見は穏やかな文章で纏め上げることが出来るのだから日本語とは奥深い。
灯莉は自分の置かれた環境を少し忘れて真剣にこの文章をしたためた相手に拍手を送りそうになった。
全て読み終えた灯莉は何かを言いたそうに自分を見ている妹に優しく微笑んで自分のスマホを操作した。
電話を掛ける先は――父親だ。
「……父さん、今大丈夫?」
「ああ、どうした」
少しだけ遅い時間ではあったが父はすぐに電話を取ってくれたので灯莉は余計な前置きはせずストレートに確認すべきことを質問する。
「俺を噛んだのって、如月 透麻なの?」
「ぶっ」
あまりの剛速球に驚いたのは父ではなく隣に座っていた妹の方だった。
しかし電波の向こうの父は一つ息を吸って、いつも通りの落ち着いた声で言う。
「そうだ。――ついに接触して来たのか?」
「違うよ。今ネットで『これからあなたを探したい』って言ってたんだ。『死んでも会いたくないなら連絡が欲しい』って。そうしたら従うけれど……多分あの言い方だと拒否の連絡が無いなら探しますって意味で間違いないと思う」
「……そうか」
今も何かで繋がっているかは分からないが弁護士を介した示談書を作成するにあたりこちらの情報をあちらの両親が何一つ知らないなんて考えにくい。
慰謝料を振り込んだ口座の名義だけでも今の世の中探偵でも雇えば然程時間もかけずに見付けられるだろう。
それを危惧した灯莉の問いに父は冷静なままの声で続けた。
「お前に慰謝料が振り込まれた時に通帳と一緒に渡した示談書はまだあるだろう?」
「勿論。ちゃんと金庫にしまってあるよ」
五千万なんて大金どこから手に入れたんです? なんて税務署が乗り込んで来た時の為にいつでも提示出来るように大切に保管しているがこの約十五年間日の目を見ることは無かった書類を思う。
すると普段寡黙な父はさらりと言った。
「それをもう一度読んで一人の自立した大人として自分で決めなさい。助けが必要ならまたいつでも連絡すると良い」
「――分かった、ありがとう」
結構重大な話だったのに灯莉が実際に父と会話した時間は二分にも満たなかった。
でもまあ、父らしくて良いと灯莉は思う。
「お父さんなんだって?」
「慰謝料の振り込みの時に一緒に受け取った示談書をもう一度読みなさいって。そこに色々書いてあるんだと思う」
「――私も、見て良い?」
心配そうな妹の声に灯莉は「勿論」と頷いた。
自室の金庫を開けて数年ぶりに直接触れた示談書を見て「そう言えばちゃんと読んだことは無かったな」と灯莉は思った。
莉帆は気を使って灯莉が読み終えてから見せてくれれば良いと自室まではついて来ていない。その時間を利用して自分のスマホで世間の騒ぎ具合をリサーチするのだ! と息巻いていたくらいだ。
「さて……何が書いてあるかな」
そう一人で呟いてきちんと綴られた数枚の冊子を開いて読み始めて数分後、灯莉は取り敢えずではあるが安心を得ることは出来た。
今必要な情報だけを抜き出すと
・灯莉に関する情報を記した書類は全て両親どちらか名義の銀行の貸金庫で生涯保管する。
・如月透麻が成人後灯莉を探そうとしても如月透麻の両親は一切力を貸さない。
・如月透麻が灯莉を探すことに彼の両親が加担した場合は『第二性特例法』の適応を速やかに申請し即座に警察に被害を訴える。
とあった。
時代が変わり性犯罪への厳罰化が進んだことは有名だが、その中でも『第二性』の扱いは特殊で特例法には色々あるが一番重要な部分をざっくり説明すると『時効』も『加害者の年齢による少年法の適応による罰則の限界』も無いのだ。
それが何を意味するかを簡単に纏めると、彼の両親が自分の息子に協力し灯莉の情報を提供した場合灯莉側は過去の『未成年同士の咬傷事故』を成人が起こしたのと同等の『αによるΩへの番契約を伴った強姦致傷事件』として警察に訴えることが出来る。
性犯罪が魂の殺人と言われるほど卑劣な物であることを大前提としても無理矢理『番』にされた『Ω』がその後一生に渡って負う傷と現在の医学ではどうしようも出来ないヒートを伴う後遺症は常人が想像するよりも遥かに重いことを国が正式に認めているのだ。
ニュースで時折この手の報道を見かけるが、結果は執行猶予がつかない実刑判決でまず間違い無い。
加害者が法廷の場で争うのは『何年服役しますか?』がスタートラインなのだ。――だってαは、相手のΩをある意味で『殺した』のと同じなのだから。
「でも……俺の場合は別にここまでしなくても」
そこまで思って灯莉は認識を改めた。
あまりにも普通に生活出来ているせいで忘れているが、灯莉が今ここまで平和なのは如月と直接会っていないおかげで『βもどきのΩ』として生きていられるからだ。
あれらを正確に読み込む為に必要な英語スキルを身に着けたと言っても良い程何年も調べ、何度も何度も読んだあの件に関する論文たちを思い出す。
もしあのケースが自分にも本当に当てはまるなら、如月と接触する=この生活が終わる、と言う図式が成り立つ。
三か月に一度セックスのことしか考えられなくなる約一週間をこれから何年過ごすことになるのか分からないという現実は想像しただけで全身が総毛立つ。
今まで生きて来てあの事故を除き排泄器官としてしか使っていなかったそこを、女性のように滴らせてあの男だけを求めるしか出来ない一生が待っているのだ。
「――冗談じゃない」
鳥肌が立った腕を無意識に擦り、灯莉は自室を出た。
そして自分の考えの方向性は決まっているが一応莉帆にも相談してこちらから相手の事務所に捨てアドでメールでも送ってみようか、と考える。
手紙は相手に不要な情報を与える可能性がメールより圧倒的に高い気がして尚のこと恐ろしかったから出来れば使いたくない。
――αは正式に番った相手でも捨てることが出来るのだから、さっさと自分に相応しい若くて見目麗しいΩでも選んでとっとと幸せになってくれよ。アンタ程の男なら相手はいくらでもいるだろう。
自分が『普通』に生活出来ている灯莉は、本気でそう思っていた。
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