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04.
しおりを挟む「ね、ねえ本当に良いの? 俺がこっちで本当に良いの? すっごく嬉しいけれど本当に無理してない?」
「うん。僕はこっちが良いな」
あれからのレネの動きは早かった。
あっと言う間に鎖と枷を粉砕して自力で難なく脱出し、色んな書類を何処からか取り出して、ささささーっとありとあらゆる事を最短経路で済ませて咲哉はレネの家に連れ帰られていた。こう見えて優秀な人、と言うのは嘘では無かったようだ。
因みにもう入籍は済んだので咲哉はサクヤ・クラヴィスに……なってないのだ。結婚証明書を見て後で気付いたのだが、何故かレネが長谷部姓を名乗る事になっていた。
長谷部 レネディケート? こっち風に言うと レネディケート・ハセベか。
どうして? と尋ねた咲哉にレネは屈託なく笑って
「異世界から俺の為にこっちに来てくれた咲哉はもうこれ以上何も失わなくて良いんだよ! これからは俺がぜーんぶ咲哉にあげるんだ!」
と言った時にはもう不覚にも完全に胸を貫かれてしまったのである。
咲哉と暮らす為に買った! と言った家は咲哉が当初イメージしていた田舎の一軒家よりは数段豪華だったけれど、レネの社会的な立場を考えればぱっと見質素と言える物件だった。
しかしその分中の設備にはかなり拘っているらしく、特にセキュリティに関しては王城レベルの物を余すことなく備えたとレネは笑っていた。何よりレネはあまり広い家に住んで自宅で二人きりなのに物理的に咲哉と離れるのが嫌なのでご両親がお祝いにとごり押ししてくる滅多矢鱈な大豪邸を断ってここを選んだという。
それは咲哉も賛成だった。
そして二人はそう広くも無い家の探索すら後回しにしてささっとお風呂に入って、ドキドキしながら一緒にベッドに入っての今なのだ。
取り敢えずお互いバスローブは着ているが、何というか圧巻のスタイルの違いに咲哉はちょっと恥ずかしさを通り越して申し訳なさすら抱いた。
広い肩も厚い胸も、筋肉がハッキリと出ている全身も咲哉とは何もかもが全然違う。
咲哉はよく言えば華奢、悪く言えばとても貧相な身体をしていると自分では思っている。
頑張っても筋肉もぜい肉もつかない細いだけの身体は……この理想的な肉体美を持つレネの目にどう映るのだろう。
急に不安に襲われた咲哉の変化をレネは目敏く見抜いて、怯えさせない様に静かな動作で咲哉の手を握りながら控えめに聞いて来た。
「どうしたの? 怖い? 俺は本当にどっちでも良いんだよ」
「違うよ、そうじゃない。ただ……僕は見ての通り貧相だから、レネの前で裸になるのがちょっと居た堪れないなって思っただけなんだ」
元から僕はネコ専門だから、と言うのは流石に憚られた。
これから初めて肉体関係を持つ夫となった人に暗に別の男との性行為の経験を告げるのはよくない事位咲哉にもわかるからだ。
だが咲哉の言葉を聞いたレネは心底不思議そうな顔をして、咲哉のバスローブをあっさりと肩から落としてじいっと薄っぺらくてなんとも言えない身体を見詰めた。
「ちょ?!」
「……最初ね」
「え?」
驚いて身体を隠そうとした咲哉の腕を優しく掴んだレネが愛しそうに頬を緩めて咲哉の頭にキスをする。
その唇は額、頬、首筋と移動していくが彼の言葉は途切れない。
「本気で妖精族か、別格に珍しい妖精族の混血か何かだと思ったんだ。俺、生きているヒト族を見たの初めてだったから」
「よ、妖精…?」
三十手前のオッサンを捕まえてこの男は何を言っている? あ、冗談か! そう思って咲哉はレネを見たが、彼の瞳は至って真面目だった。
「繊細な空気を纏っていて骨格まで細くて、それに加えて薄い象牙色の肌は透き通る様で……本当に、滅多に森の奥から出て来ない妖精族が何かに擬態して俺に魅了の魔法でも掛けてんのかと思った。それ位、咲哉の事綺麗だと思ったよ」
「ちょ、……待って?! さすがに恥ずかしい」
思わず解放されていた手で彼の口を塞いだけれど、また手首を取られてあっさりと掌をべろりと舐められて咲哉はびくりと身体を跳ねさせた。
レネは咲哉の仕草にまた優しく目を細めて、一本一本の指にキスをしてそれからまるでフェラをするように時折指を舐め上げながら続ける。
「でもね『ニオイ』がしたんだ。妖精族はよっぽど長生きした特別な個体以外は基本精神体だから目には見えても触れないし匂いもしない。……でも咲哉からは俺が『番』だって認識して死ぬ気で追い掛けて突き止めたニオイがした」
「……ン」
自分は指でも感じるタイプだっただろうか?
咲哉は催眠に落とす様に低い声で囁いて来るレネの言葉を聞きながらぼんやりと思ったが、答えは「不明」だった。
だって今まで身体を重ねた相手の中に咲哉の指先までこんな風に触れた人間は一人もいなかったのだから。
「ヒト族の事も改めてちゃんと勉強したんだよ? 頭が良くて魔力も高いけれど身体が弱くて本気で優しくしなきゃ駄目だって。特に俺みたいな体力馬鹿な肉食獣人が好き放題したら簡単に壊れちゃうって」
「レ、レネ――」
ちう、と音を立てて手首の内側の皮膚の薄い所にキスマークが付けられた。
そんな事をされるのも当然初めてで咲哉は動転してしまう。
――どうしよう。
どうしてレネはいざこういう雰囲気になったらこうも余裕なんだろう?
きっといつもの雰囲気で……言っちゃ悪いけど大型犬みたいにがーっとじゃれてきて、勢い任せの多少荒っぽいセックスになる事は覚悟していたのに、全然違う。
「咲哉」
バクバクと妙に脈打つ心臓に意識を取られていると急に真剣な口調で名前を呼ばれたので咲哉はレネと視線を合わせた。
その瞳が……いつもの無邪気な物とはかけ離れていてまた脈が飛ぶような感覚を抱く。
だ、誰だろうこの『大人の男の人』は。
「な、なに?」
「怖がらないで、ちゃんと優しくする」
「う、うん」
静かに端正な顔が近付いて来て、唇が合わさる数センチ前で静止した。
なんとなく目を逸らせなくてそのまま至近距離で見詰め合っていると、レネがふっと見た事の無い顔で笑って、言った。
「ちゃあんと優しくするから――『俺以外』なんて記憶から消し去ってよ」
返事は要らない、と言わんばかりのタイミングのキスだったのに……重なった唇は驚くほどに優しかった。
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