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前編

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仕事の手は止めぬままちらりと時計を見る。現在時刻は――十七時四十五分。
以前なら心待ちにしていた定時の十八時がどうしよう、迫っている。

ブブッと足元に置いた小さな鞄から振動音がして大貫 小百合の背中が僅かに跳ねた。別にスマホ位皆普通に時折触るが子供の頃から真面目で道から外れる事と悪目立ちする事がどうしても恐ろしかった小心者の彼女はわざわざ机の下に頭を突っ込んで如何にも足元の荷物の中から探し物をしております! という体を装って自分のスマホを戦々恐々としながら覗き込む。
この際広告でもスパムでも何でもいい! あの男からの連絡で無ければ!!! と祈りながら見たスマホには残念な事にあの男からだった。

―何時上がり

それだけ。
それだけである。

先週かな? 家でなんとなくテレビを付けたまま家事をしていると最近の若者はラインの文末に「。」が付いていると恐怖を感じるなんて話題が流れていてギリ平成生まれの小百合は度肝を抜かれた。

ま、丸が駄目?! 義務教育でも普通に使用されている句読点すらZ世代とやらは否定すると言うのか。それは日本語への冒涜ではないのか! なんて自分自身でも正確には使いこなせていないであろう母国語を思い現実逃避をする。

だが逃避したい現実はいつだって残酷だ。
文字だけのコミュニケーションツールで自らの意図を明確に伝える記号の類はとても大事では無いだろうか? 短文なら尚更そうじゃないのか? なんて思う間もなく追撃が来る。


―へえ
―シカト


ブブ、ブブッと続け様に表示されるスマホの通知が恐ろしい。
そして、これを小百合に送りつけている相手のルックスを思うとさらに恐ろしかった。
人を見た目で判断してはいけません、と親も先生も言ったが人間が視覚から得る情報は全体の八十パーセントとも言われるのだから影響を受けても仕方が無いと思われまするぞ! ズレたブルーライトカット仕様の眼鏡を戻し、なんとか小百合は返事をする。


―定時です。


どうだ。君たち世代が恐れ戦く「。」を付けてやったぞ?
コレ、マルハラって言うんだろう? 怖いだろう? なんて思いつつも流石にいつまでも机の下に頭を突っ込んでいるのは怪しいのでそれ以降も振動音は聞こえたが小百合は無視をした。
だって仕事中にスマホは基本触らないと彼女はなけなしの勇気を振り絞って既に伝えてあるのだから。




***




「おい、ちゃんと立てって。人が折角マンコ舐めてやるって言ってんだから気合い見せろよ」
「そ、そ、そんなのいりません!」

泣きそうだ。
と言うか、実際涙は既にじんわりと滲んでいる。念の為必要無いとは思うけれど言い添えるとこの涙は快感では無く恐怖と何だかんだで言いなりになって男の自宅へとまた簡単に連れ込まれてしまった己の情けなさからだった。

「これ以上ダラダラすんなら生で突っ込むぞ?あ?」
「それだけは嫌です!」

ぞわっと恐怖を感じ後ろから自分を押さえている男を反射的に見ると、男はニヤリと悪い顔で笑って自らのそれはもう見事なペニスを取り出し小百合の前で見せ付ける様に扱いているではないか。

――怖い! 今日も今日とて、死ぬほど怖いッ!

恐らくこの男を見れば小百合でなくとも大抵の人間は怖いと感じ、道ですれ違う場合は万が一にでも肩がぶつからない様に気を遣うと断言できる。

そして更に恐怖を煽る要素として男の事を小百合はほぼ何も知らない点も上げられるのだが、しょうがないから視覚から得た情報をここに書き記して行こうと思う。

男の身長は百八十五センチを恐らく越していて、身体は細身ではあるが脱げば腹筋はバキバキの八つに割れているボクサー体型と言えば良いのだろうか。体脂肪率は絶対低くて、なんだったら水に浮きもしないレベルかも知れない。

色を抜き過ぎてもうどうしようも無くなったから仕方なく切った、と言う髪は白? 銀? 全く小百合には判別不可能な色合いだし、人間の耳にそこまで穴を開ける必要はございますか? あなたはご自分の耳にそこまでの恨みがあるのですか? と真剣に問いたくなる位耳にはバチバチとピアスが光っていてさらに言うとその中には耳を縦断する金属の棒まで刺さっている始末だ。まさに意味不明だ。全く分からない。
これがお洒落だと言うなら私は死ぬまでダサくて構わない。

何故、何故こんな事になったのか。
それを思い返そうとすると目の前の男は小百合が上の空になった事に目敏く気付いて一つ舌打ちして小百合を押さえ込んでいた腕の力を解く。

「っ」

思わずバランスを崩しお尻から倒れ込みそうになるのを簡単に片腕で止めた男は静かに小百合を地面に座らせて、唖然とする彼女のおでこに真四角のモノをぺチンと張り付けた。

「ゴムそれ一個しか無ェから、ミスったら生な」
「え?え?」

意味が分からない。
意味が分からないの最初が何処から始まっているのかも分からない小百合の困惑を目の前の男は鼻で笑って、独特の三白眼を細めた。

その仕草は何故だか蛇を連想させて小百合の身体を強張らせるのだが、男は分かってやっているのだろうか。
当然男は小百合の理解が追い付くのを待ってくれる筈も無く、嘲笑うような顔と声で言い放つ。

「そんなにゴムが好きなら、テメェの口で付けろっつってんだよ」

くっと髪を掴まれた。
乱暴にされる、と反射的に目を閉じたが男の手はそれ以上力を入れる事は無く乱暴とは真逆の撫でる様な仕草を見せる。
過去の経験から小百合はそれが『飴と鞭』による典型的な支配の入り口だと察知した。


優しくしたり冷たくしたり、対象者が正解の行動を取れると褒めて甘やかす代わりに思い通りにならなかったら責めて時には罰すら与える。小百合の父はそうやって母を支配する典型的なモラハラ男だったし、かなり巧みにガスライティングを使いこなす本当に厄介な人間だった。

母を淡々と罵倒し何もかもを完全に否定して、母が時に泣きながら「そうです私は異常者です」「あなたの言う通りです、申し訳ありませんでした」と毎日の様に父に土下座する。
すると父は「分かってくれれば良いんだよ」と優しく母を抱き締める、と言うところまでがルーティン。

父のターゲットは何故か母だけだったので表向きは従順なフリを演じながら冷静な視点を持ち成長した小百合は疑問を抱きつつも勇気を振り絞って祖父母に相談した。だが、その時にはもう遅すぎた。
母は完全に精神的に父の支配下に入っているだけではなく深刻な共依存にまで陥っていて祖父母がなんとか引き離そうとしても叶わず、そのままある日突然二人揃って信号待ちの列に突っ込んで来た車に撥ね飛ばされて死んでしまったのだ。

そしてここが一番の謎なのだが、事故の瞬間何故か二人はお互いを庇う様に抱き合っていたと言うではないか。

お医者さんが『最愛の両親を一度で喪った』一人娘である小百合に伝えた目撃者が語ったと言う客観的な事実は多少美化されていると理解していても酷く彼女を混乱させ、愛も恋も何もかもを含めて小百合から対人関係における情緒の基礎の部分をゴッソリと崩し、完膚なきまでに木っ端微塵にした上でさらにひっくり返して……その結果小百合は本当にさっぱりと色々な事が分からなくなった。

男女間の愛情はおろか小百合の必死の叫びすら届かなかった実体験から世の中でもかなり強い部類に分類される筈の実の母娘間の情まで、何もかも。
人格を形成する基礎の部分で躓いているのだから友人関係だって知れたもので、彼女は元からその気はあったが他人と親密な関係を築く事が一切出来ない人間になった。

だからこれからずうっと一人で生きていくつもりで色々と人生設計を組み立てて来たのに、ひょんな事(そんな言葉で片付けるのは非常に癪だ)で知り合った恐らく低く見積もっても最低五歳、下手をしたら十歳近くは年下かもしれない男の勃起したペニスを玄関先で突き付けられている。
……本当に、人生とは何が起きるか分からない。

「……――今何考えてる」

随分高い位置から低い声が落とされた。
それはメッセージと同じで問う内容である筈なのに語尾は平坦だったが尋ねられている事は理解出来たので小百合は自分の脳内に出て来ていた苦い記憶を追い払い、喫緊の困難であるペニスと向き合わなければならなくなる。

「く、口でゴムを付けた経験が無いのでやり方が分かりません」

取り繕っても仕方が無いので素直に言うと馬鹿にされるとの予想を裏切り男は「ハッ」と真意が上手く汲み取れない笑いを浮かべ、乱雑に自分の靴を脱いだ。

そして小百合の身体を簡単に抱き上げて、彼女のパンプスを歩きながらその辺の床に投げ捨てつつ長い脚でずかずかと部屋の奥へと進んで行く。

朝起き出したままであろう少し乱れたベッドの上に小百合を降ろした男は皮肉にも丁度いい高さに来て居る自分のペニスを更に数回扱いて、小百合の手にコンドームを押し付けた。

「一回で覚えろよ」
「……」

何故そこまで偉そうにされなければならないのか、とは当然思うが言葉にも態度にも出さない。
この手の男に歯向かった所で無駄などころかもっと酷い目に遭わされる事なんて簡単に予測できるからだ。
小さく頷いた小百合を見て男は言う。

「まず表と裏を確認しろ。大抵外巻きだからそこで見分ける」
「……はい」

意外にまともな説明に驚きつつも避妊と性病の予防に大層役立つコンドームに対する知識は小百合自身を守る為に必要だったので真面目に聞いた。
言われた通りコツを掴めば見分けるのは出来そうである。
納得した様に再度頷いた小百合の頭を男はペニスを扱いていなかった方の手で撫でて説明を続けた。

「出す時ミスると即ゴミだから、開ける時は慣れるまで気を付けろ。あと俺は0.02しか使わねえから覚えとけよ」
「……はぁ」

知らねえよ、と喉元まで来たがぐっと堪えた。
だってこの男、他のインパクトも強過ぎて言い忘れていたが喉元から胸に掛けてタトゥーまで入っているのだ、怖いだろう? 恐ろしいだろう? うまく言語化出来ない不思議な模様だと思っていたらトライバル? と言うらしい。本当に要らない知識である。

また他所事を考えていると知られたら困るので小百合は真面目な顔をして恐る恐るゴムを開けた。……うん、開封自体は無事に出来たと思う。

「ここからは?」

咥えるのか? ゴムを? どんな感じで? なんて思いつつも説明が途切れたので視線を上げると男は一拍置いてからまた説明を再開した。

「……まァ、最初だから手で許してやるわ。アンタ爪は短ェな?じゃあ先端のソコ摘まめ。そこに空気が残ってたら破裂する」
「ヒッ」

破裂。
なんて恐ろしい言葉だろう。
それをした瞬間にコレの存在意義自体が無くなる恐ろしさから小百合が息を飲むと男は意地悪く笑って続ける。

「俺がズル剥けのパイパンだからアンタ楽だぞ? 後は先端に当てて、ゆっくり下ろせば終わりだ」

言外に感謝しろよ、と言うニュアンスが感じられたので聞き流して言われた通りの作業を済ませる。……うん、ミッションコンプリートではなかろうか。

別に求めてもいない達成感を何故か感じてほっとすると男は小百合の頭を撫でてベッドに乗り上げ、彼女の腕を引いて押し倒し抵抗する暇も与えず所謂『まんぐり返し』の体勢にされた。……この男は何故かこの姿勢を好むのだ。

「ハッ、相変わらず貧相な身体の割にだらしねぇ腹だな」
「じゃ、じゃあ止めれ――ヒうッ?!」

鋭い犬歯が見える程大きな口を開けぱくりと性器全部が本当に食べられてしまうレベルで男の口の中に収まる様を見せ付けられるのは毎回怖い。

だが、じゅるり、と時折唾液を零しながら施される舌による愛撫が気持ちいい事を小百合はもう教え込まれていた。
こんな行為で喘ぐのは嫌で最初唇に血が滲むほど声を殺した所、とてもひどい目に遭った。
それは勿論暴力的では無かったが強過ぎる快感は苦痛と紙一重である事を男は小百合に徹底的に刻み込んだのである。

「あー、あッ!あぐぅ、んんん、あ、あああああああああっ!」
「イーけ、雑魚マンコ♡」
「いぐうううっ!!!!」

一瞬だけ口を離してまた蛇の様に笑った男の舌で小百合はイった。
すぐに長い指が侵入して来て小百合の口から出る静止の言葉を男はいつもの様に楽しそうに笑いながら聞き流して、小百合本人すら知らない男が開発した内部の弱点を容赦なく責め立てあっさりとまた絶頂に導いてみせる。

息も絶え絶えでなんとか呼吸を整える小百合を満足そうに見てから簡単に彼女の身体を裏返した男は絶妙な加減で伸し掛かった。
それは小百合が泣きながらもう許して欲しいと懇願するまでイかされまくったある意味恐怖の寝バックの体勢である。

「あ、あ……それ嫌! わ、私が上に乗るから! が、頑張るから」
「あー? 何言ってんだ? たった二回イっただけでこんなザマ晒してる雑魚マンコ上に乗っけて何になんだよ」

ぐーっと若く、信じられ無い程に固く熱いペニスが押し入って来る。
逃げようにも一切の抵抗を許さない体位だったが小百合は黙って大人しくしている事が出来ずにじたばたともがいてしまった。

それは本能的な逃避願望が起こした行為で男を否定するとか反抗心とかそう言う類では無かったのだが、男はそうは取らなかったらしい。

不機嫌そうに舌打ちをした男は傍に転がっていた自分のスマホを操作して、ベッドのヘッドボードに放った。
男が何か動いたのは理解したが何をしたかまでは分からなかった小百合の耳に彼女が男の誘いを拒めない厳然たる事実を突きつける。

―あー、あう、あ、おおおんっお、いぐ、いぐうううう!ま゛だいぐうううー!!!

聞こえて来たのはとても下品な女の喘ぎ声だった。
それが何かを察知した小百合は耳を塞ごうとしたが当然の様に遮られて、完全に自身を根元まで小百合の中に沈めた男と身体が密着する。

―アンタ、名前は?
―ヒ、ヒギイッ?!あ、あああああやだやだやだいぐ、いぐうう!!!
―こんな温いピストンでアヘってんじゃねえよ雑魚♡名前だ名前、自己紹介しろ

「あ、やだ、これ嫌! 止めて、止めて下さい」
「うるせぇ、黙って聞いとけ」

首を左右に振りながら訴えても男からの返答は残酷だった。
今小百合の耳に届いているのは音声だけだが、彼のスマホの中には完全なる動画として残っているのだ。
動画の中のあの日の小百合は泣きながら翻弄され男からの問いにただ従順に従う事で解放を待つだけの可哀想なメスだった。

―お、おおぅンッ……お、おーぬぅきぃ アッ! さ、さゆぅううんぐう、さゆり、でッ
―ははは。全然言えてねえじゃん。でえ?小百合は『誰』の『何』になるって言ったっけ?

震える小百合の身体を男が優しく抱きしめる。
小百合を今苦しめているのは間違いなくこの男なのに、その抱擁と優しく揺する様な挿入はこの男から与えられるセックスの良さを知った彼女にとってはまさに猛毒だった。

―あ゛?!お゛お゛ッ
―おいおい、さーゆーりー?落ちたって叩き起こすぞ。さっさと答えろ、何回も教えただろ?

止めて。
止めて止めて止めて。

本当に嫌なはずなのに身体はあの時の快感を思い出して男を締め付け、当然それは男に気付かれている。
どうしようもない情けなさから滲む涙をシーツに押し付ける事で隠しているとスマホの中のあの日の自分が叫んだ。

―『カイト専用』の『ちんぽ穴』に、な゛り゛ま゛ずうッ
―おーよしよし、イイコだなァ。

そこまでで男は…櫂途は動画を止めた。
そしてすすり泣く小百合の首筋に優しくキスを落としながら甘い声で問う。

「小百合は、『誰』の『何』?」
「……―」

ちゅ、ちゅ、と優しいキスが彼からの許しのカウントダウンに感じられた。ここを失敗すると自分はきっと、もっと酷い目に遭わされてしまう。
だから小百合はぎゅうと唇を噛んで震えながら言った。

「か、かいと専用のちんぽ穴……で、す」
「はいダメー、全然心が籠ってない」
「あ゛う゛っ」

ぐにゅん、と奥の奥を捏ねられ汚い喘ぎ声が上がる。
不覚にもこの男が初体験だった小百合は自分の喘ぎ声が世間一般で言う汚い部類だと知らなかった。
だがこの男は何故かそれをとても気に入ったらしく小百合が汚く喘げば喘ぐほど喜ぶ。

「なァ、三十超えて処女だったオナニーも碌に出来ねえ雑魚マンコをこんなに愛せるのは俺だけだぜ?そろそろ意地張るの止めて素直になれよ」
「う、うッ……なんで、なんで私がこんな目に」

流石に情けなくて本格的に泣きだした小百合をカイトはとても優しく抱き締めて、あやす様に小百合の中を優しく捏ねる。
それはこんな状況ですら小百合に快感を与え、酷く混乱させた。

「泣くなって。な? 俺、お前の事は過去も含めて全部分かってっから、それでもお前を愛してる」
「…な、何を言ってるの?」

今まで一度もこんなやりとりは無かった。
この男は小百合を呼びだして好き放題抱くだけ抱いて……そんな関係だった筈だ。

「少しは考えろよ。お前がイきまくって潮噴いてびちゃびちゃになったシーツを洗濯して失神したお前を毎回風呂に入れてんの、俺だぞ?」
「……」

言われてみればそうだ。
普通ならホテルに連れ込んで小百合を放置して帰る事だってこの男には出来た。……寧ろその方が遥かに手軽だ。
若くて謎の身なりだがこのマンションは小百合が住んでいる所より遥かにランクが高いのだからお金には困っていないだろう。
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