2 / 2
後編:もっと早く……。
しおりを挟むえ?!
とお互いが驚く。
ここは井上君の会社の最寄り駅じゃない。奎吾が住んでいるマンションに近いホテルだ。
前置きに五千文字近く使ってごめんなさい。ここで、冒頭部分の会話に戻りますね。
「何してるんですか、高瀬さん」
「――井上君」
明らかに怒っている井上君に問答無用で略奪されて、駅とは逆の住宅街の方向に引っ張られて歩く。
「い、井上君偶然だね? お仕事の帰り?」
ぐんぐんと歩く井上君の背中に声を掛けてみたけど、返事は無かった。
そのまま見知らぬマンションに到着して、エレベーターに押し込まれる。井上君は無言のまま五階のボタンを押した。
「入って下さい」
「……あ、うん」
井上君のお家だと思う。
玄関からして物が少なくて彼らしいな、と一瞬考えた間を井上君は拒絶と取ったのか彼らしくない雑な動作で靴を脱ぎ捨ててまた腕を引かれた。
「い、井上君靴、くつ」
「どうでも良いですから」
どうにか脱いだ靴は廊下に離れて落ちているけど、井上君は視線を向けもしない。
ドアを一枚潜るとよくある1Kタイプの部屋だったけどちょっと広めでしっかりとしたデスクとパソコンがあった。
そう言えば在宅ワークの日も多いって言ってたな。
大好きな井上君のお部屋をじっくり眺めたいのに、あっさりと奎吾はベッドに放り込まれてしまう。
ご、強引な井上君はレアだ!
だって彼はいつも優しくて「大丈夫だって!」って強く何度も言っても奎吾に触れる時は繊細だったから。
井上君は奎吾を押し倒して、いつもとは真逆の位置関係から言葉を落として来た。
「あの人もセフレですか?」
質問されたので奎吾は真面目に答える。
「違うよ? 普通の行きずりのひと。俺のセフレは井上君だけだよ」
「……なんで行きずりの男と普通にホテルに入るんですか? 危ないとか思わないんですか?!」
――あ、心配してくれてるんだ。
こんな状況でも奎吾の胸はきゅんとした。
言って無いけど、こう見えて奎吾は極真空手黒帯である。素人に手を上げることは当然ご法度だが、非常時やルール違反の愚か者にちょっとしたオイタを食らわせる位は訳が無いのだ。
だから自由気ままにセックスライフを送れているのである。それを知らない井上君はぱっと見は弱そうな奎吾を心配してくれたんだな。やっぱり井上君は優しい!
大丈夫だと理由を説明しようとして……奎吾は驚いた。
大丈夫だよ、俺こう見えてね! その言葉が出せなかった。
「え?」
お、押さえ込まれてる?
まさか……俺今、完璧に押さえ込まれてない?! い、井上君……何者?!!!?
「身体付きで何か格闘技をやってるのは知ってます。でも、相手だって何かを嗜んでる可能性もあるんですよ」
ぐっと軽く体重を掛けられて――不覚にも奎吾は完全にきゅんきゅんしていた。
井上君のギャップがエグイ♡ まさかここでこんな雄味を出してくるなんて……ずるい!!!
「僕の方が身長も体重もあります。そんな相手にこうされたら、打撃だって簡単に出来ないでしょう? 自分のやっている事がどれだけ危ないか分かってるんですか本当に?」
「井上君……かっこいい」
惚けてそう返すと、井上君は呆れた様に溜息を吐いた。
***
「ちょ、井上君?! ちょと待ってくれないかな?」
「駄目です。ほら、動かない」
ぺちん、と軽く尻を叩かれて奎吾は思わず喘いだ。
まさか……まさかあの元ピカピカ童貞井上君が完全に主導権を握るセックスを経験出来るなんて夢にも思っていなかった。
押さえ込まれたままあっさりと服を剥かれて、奎吾がサクサクセックスの為にしてきた準備に気付いた時井上君は過去一で怖い顔と声だった。
「……なんです? この準備万端具合は」
「だって! だって普通井上君みたいに優しい人はいないから、自分で準備して行ってサクッとチンコだけ借りて済ませて来るのが早いから!」
ぐっと背中に体重を掛けられて思わず喉から息が漏れた。
苦痛を感じるか感じないかのギリギリのラインの責め苦に彼の怒りの深さと格闘技を嗜む者が必ず最初に叩き込まれる理念のせめぎ合いを感じる。
確実に本気で怒ってる。
自分より強いであろう男が、怒ってる。
本当なら恐れても良い状況なのに、奎吾は思いっ切り興奮していた。
それは奎吾が基本的にアホなのと、それと同じくらいに井上君への信頼があるからだ。
絶対に井上君は奎吾を傷付けない。どれだけ怒ってても、彼と言う優しい人間は誰かを痛めつけたりは出来ない人種だと奎吾は知っている。
そしてもう一つの気持ちがあった。
「や、……やきもち、妬いてくれてたら俺、嬉しいなあ」
「――少し黙ってて貰えますか」
「お゛お゛っ??!!!!」
ちょっときつめの押し潰すような後背位の体勢で首の真後ろを鷲掴みされて思いっ切り根元まで一気に貫かれた。
完全に油断していたせいで刺激に耐えられず崩れ落ちると寝バックになってしまう。
これは……ちょっと待って欲しい。
「おっ?! 待っ、待って! 俺うごく」
「駄目ですよ。僕なりに高瀬さんを分析した結果、あなたが好きそうな場所を刺激するにはきっとこの体勢が一番だと思うんです」
「あー、あ、こねるのやめて! こねるのほんとに、無理だから!!!!」
バチュバチュと今まで一度も無かった一切の容赦の無い突き上げに奎吾は汚く鳴いた。
――ヤバい。これはヤバい。
耳に聞こえる自分の上げる汚い喘ぎ声とは別に、心が警鐘を鳴らす。
このセックスは駄目だ。
完全に主導権を取られて、気持ちいいを逃がせない。奎吾が理性をもって楽しめる「ほどほど処理セックス」の域を逸脱している。
こんなモノを教え込まれたら戻れなくなるじゃないか!
適当な男を引っかけて、他人のチンコを借りてオナニーするような気軽さで行う処理セックスなんかじゃ、駄目になるじゃないか!!!
「嫌だ! 嫌だ嫌だ嫌だ――嫌だぁ! あ、あーいぐいぐいやだいぐぅ」
夢中でもがいても無意味だ。相手と体勢と状況が悪過ぎてなんの抵抗も出来ない。
そんな奎吾を見下ろしながら井上君は今までの彼とは別人のように奎吾の弱点を徹底的に攻め続けた。
イってもイってもやめてくれないし、泣いて詫びても返事もしてくれない。
呼んでも無視だ。
表情が見えない、相手のリアクションが分からない自分だけが酔っているセックスは……さすがの奎吾でも悲しい。
これが別の人間だったら「レイププレイ、略してレイプレ」なんておどけて楽しめたが相手が井上君では、無理だった。
だから奎吾は泣きながら唯一出来る小さな抵抗、顔を微かに左右に振る事だけを続けながら叫んだ。
「――ごめんなさい! もうしないから! しないから、顔見せて! むし、しないでぇ!!!」
そこまで言うとようやく井上君は止まってくれた。
完全に体力を無くし自分の腕も満足に動かせなくなった奎吾の身体を簡単に裏返して、正常位挿入手前の体勢で停止して至近距離からしっかりと目線を合わせて来る。
「もうしませんか? 行きずりの男と軽々ホテルに行きませんか?」
「行かない……絶対に、行かない」
べそべそと出て来る情けない涙を井上君は優しく拭って、そこでようやくいつも通りに微笑んでくれた。
「セックスしたい時はまず僕を呼んでくれますか?」
その穏やかな笑顔に、奎吾の抑えていた感情が零れる。
――ずるいじゃないか。
ノンケのくせに! 俺が、俺が本気で恋をしたってセフレのくせに! セフレにしかしてくれないくせに、こんなセックス教え込んでそんな言葉まで言ってそんな表情まで見せて、結局女に行くくせに!!!
泣きながらなけなしのプライドと根性を振り絞ってそう叫びながら暴れたら、井上君はあっさりと奎吾をまた押さえ込んだ。
親猫が子猫の首をかぷっとして問答無用で持ち上げる位の実力の差が確かにそこにある。
遣り切れなさから目に涙を溜めたまま自分を睨む奎吾の頬をまた優しく撫でて、井上君は言った。
「僕はセックスが上達して高瀬さんから身を委ねても良いっていう合格点を貰えたならすぐにでも告白してお付き合いをしたいなってずっと思ってました。――あなたのこと、とっくに大好きです。女性とはお付き合いどころか話もまともにしたことが無いのでなんとも言えません」
その言葉に奎吾は別の意味で泣いた。
そんなの童貞貰ったその日からとっくにそうなんだけど――もっと早く言ってよ。
170
お気に入りに追加
29
この作品は感想を受け付けておりません。
あなたにおすすめの小説
信じて送り出した養い子が、魔王の首を手柄に俺へ迫ってくるんだが……
鳥羽ミワ
BL
ミルはとある貴族の家で使用人として働いていた。そこの末息子・レオンは、不吉な赤目や強い黒魔力を持つことで忌み嫌われている。それを見かねたミルは、レオンを離れへ隔離するという名目で、彼の面倒を見ていた。
そんなある日、魔王復活の知らせが届く。レオンは勇者候補として戦地へ向かうこととなった。心配でたまらないミルだが、レオンはあっさり魔王を討ち取った。
これでレオンの将来は安泰だ! と喜んだのも束の間、レオンはミルに求婚する。
「俺はずっと、ミルのことが好きだった」
そんなこと聞いてないが!? だけどうるうるの瞳(※ミル視点)で迫るレオンを、ミルは拒み切れなくて……。
お人よしでほだされやすい鈍感使用人と、彼をずっと恋い慕い続けた令息。長年の執着の粘り勝ちを見届けろ!
※エブリスタ様、カクヨム様、pixiv様にも掲載しています
幸せな復讐
志生帆 海
BL
お前の結婚式前夜……僕たちは最後の儀式のように身体を重ねた。
明日から別々の人生を歩むことを受け入れたのは、僕の方だった。
だから最後に一生忘れない程、激しく深く抱き合ったことを後悔していない。
でも僕はこれからどうやって生きて行けばいい。
君に捨てられた僕の恋の行方は……
それぞれの新生活を意識して書きました。
よろしくお願いします。
fujossyさんの新生活コンテスト応募作品の転載です。
悩ましき騎士団長のひとりごと
きりか
BL
アシュリー王国、最強と云われる騎士団長イザーク・ケリーが、文官リュカを伴侶として得て、幸せな日々を過ごしていた。ある日、仕事の為に、騎士団に詰めることとなったリュカ。最愛の傍に居たいがため、団長の仮眠室で、副団長アルマン・マルーンを相手に飲み比べを始め…。
ヤマもタニもない、単に、イザークがやたらとアルマンに絡んで、最後は、リュカに怒られるだけの話しです。
『悩める文官のひとりごと』の攻視点です。
ムーンライト様にも掲載しております。
よろしくお願いします。
愛人は嫌だったので別れることにしました。
伊吹咲夜
BL
会社の先輩である健二と達哉は、先輩・後輩の間柄であり、身体の関係も持っていた。そんな健二のことを達哉は自分を愛してくれている恋人だとずっと思っていた。
しかし健二との関係は身体だけで、それ以上のことはない。疑問に思っていた日、健二が結婚したと朝礼で報告が。健二は達哉のことを愛してはいなかったのか?
ジャストフィット、粗チン!!!
一片澪
BL
翔太はある日定番の異世界転移をした。
転移した先は女性であっても見上げる程体格の良い人間ばかりの世界。
驚きつつも気のいい国民性にすっかり馴染んだ翔太は現実を受け止めながらも異世界での生活に適応していく。
そんなある日、翔太がお世話になっている国を実質的に傘下に置いている大国から数年に一度の『娶りの儀』と呼ばれる結婚相手を探す一団が訪れる。
――権力に物を言わせて女性達を浚っていくのか?!
怒り心頭の翔太。だが優しく紳士的な大国からの一団に選ばれることはこちらの世界ではとても名誉なことで女性たちは素敵な相手に見付けて貰えることを楽しみにしているらしい。しかしとてもじゃないが信じられない翔太は現場を直接見たいと申し出る。
見学しつつ見張る気持ちで言ったのに何故か「参加者」の位置に席が用意されていて……。
※大国の守護者と呼ばれる極めて大柄な強面将軍(こちらの世界では驚愕の粗チン☆だけど前戯は神テク)×みんな異常なほどデカい世界に放り込まれたヒョロガリオタク日本人(相対的粗チン)受け。
※真面目に読まないでください。軽ーく読み流すくらいの寛大なお心でどうかお願いいたします。
婚約破棄された婚活オメガの憂鬱な日々
月歌(ツキウタ)
BL
運命の番と巡り合う確率はとても低い。なのに、俺の婚約者のアルファが運命の番と巡り合ってしまった。運命の番が出逢った場合、二人が結ばれる措置として婚約破棄や離婚することが認められている。これは国の法律で、婚約破棄または離婚された人物には一生一人で生きていけるだけの年金が支給される。ただし、運命の番となった二人に関わることは一生禁じられ、破れば投獄されることも。
俺は年金をもらい実家暮らししている。だが、一人で暮らすのは辛いので婚活を始めることにした。
親友と同時に死んで異世界転生したけど立場が違いすぎてお嫁さんにされちゃった話
gina
BL
親友と同時に死んで異世界転生したけど、
立場が違いすぎてお嫁さんにされちゃった話です。
タイトルそのままですみません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる