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02.
しおりを挟む結論から言うと譲が連れて来られた先は想像通りこの辺では有名なヤクザの事務所があるビルだった。
でも想像していたのと現在譲が置かれている状況は全く真逆である。
「——ほんっと、急に呼んでごめんね!」
「い、いえ……」
ごめんね! と譲に言った自分と多分そう年齢の変わらないと思われる男性は……何て言うか小悪魔的な可愛さを持っていた。
彼は纐纈 玲一郎(コウケツ レイイチロウ)と名乗ったのだが、完全に今時かつ洋風なルックスと違い純和風で厳かさすら感じさせるお名前である。
気軽にレイって呼んでね? とウインクを貰ったがとても無理なので曖昧に苦笑いで返しておいた。
だって纐纈と言えばこの辺一帯を仕切る纐纈組を真っ先に連想させて、正直言うと怖い。
だが明るい髪色とピアスが似合う目元に涙ボクロのある青年は地味でもっさい譲にも横柄な態度をとる事無く深夜に無理矢理連れて来た事を詫びて経緯を教えてくれたのだ。
纐纈さんは予想通り纐纈組の息子さんで現在修行中(なんの? と聞いてはいけない)の身なのだがその一環で身分を隠しつつ複数のバーを管理している。
そのバーで纐纈さんはバイトで入って来た祥と出会い、付き合う様になった……んだ、そうだ。
そこまで聞いて「誤解から消される?!」と一瞬震えた譲に彼は笑って首を振って話を続けてくれた。
「最初は遊びのつもりだけど俺マジで好きになっちゃってさぁ、まあ……ろくでもないのは見れば分かるけど、恋ってそう言うもんじゃないじゃん?」
ハハハ、と引き攣った笑いを浮かべる事しか出来ない譲に彼は説明を続けた。
好きになったなら当然色々調べる。
すると不特定多数と遊び、ころころと相手を変える祥が不定期ではあるが必ず戻る場所がある事は直ぐに判明した。……そう、譲だ。
色々な伝手を辿って探ると譲との関係の長さが分かった。
それと同時に、祥が譲を「便利な無料の宿屋兼金蔓」扱いしている事も。
「流石にクズだって思ったけどさ、クズって知ってても俺が惚れたみたいに譲君もアイツの事大好きだったら後から入った俺が邪魔ものでしょ? そういうのさー、やっぱ筋通さないの嫌なんだよねぇ」
ヤクザだ。
この人、優しくておしゃれな見た目しつつも考えの根底がヤクザだ。
でも……こんな譲の気持ちにも配慮してくれる良い人だ。
純粋にそう思えたので譲は恥ずかしいけれど自分の気持ちを伝えた。
「ええと…確かに最初の頃は恋人同士でした。でも今の祥との関係は俺を体よく利用しているだけなんです」
「好意は無いの? あと、金蔓の件もちょっと聞きたい」
真面目な顔をしてこちらを見て来る纐纈に譲は頷いた。
それは自分の身に危険が及ばない様にオーバーに告げる悪口といった風ではなく、客観的な自分の恥を打ち明ける様な物だったので纐纈の信用を得たのだが譲は当然そんなこと知らない。
「好意はもう……何て言うか、枯れ果てちゃいました。お金は最初の頃はそれっぽい理由をつけて貸して! って感じだったんですけど、最近はもう財布から勝手に抜かれてます。……全部情けない俺が悪いんですけどね」
「……そっか。まあアイツ口だけはやたら回るから譲君が文句言ってもセックスになだれ込まれて有耶無耶にされてる図が見えるしね」
「う……」
初対面の人にすら簡単にバレてしまった情けなさから譲は思わず口籠った。
そんな譲を纐纈は優しい顔で見て続ける。
「殴られたりはしてないの? 後、動画とかそう言うので脅されたりとか」
「暴力は今の所ないですし、脅されてもいないです。祥は俺の事心底ちょろいと思ってるので多分脅すまでも無いって感じかと」
言ってて余りの情けなさに泣きたくなって来た……でもここで泣いたら本当に自分のダメ人間っぷりに立ち直れなくなりそうなのでぐっと堪えると纐纈は少し考えた後「うん」と何かを決めた様に一つ頷いた。
「譲君と話して君が嘘がつけない善良な人間であると俺は判断した。……だから、聞いて欲しい話と、その上でお願いしたい事がある」
「………え?」
正直言うと絶対良い話ではない事は簡単に予測出来たので本心では嫌だったが自分が置かれた立場を考えるとノーはとてもじゃないけど言えない。
軽く震える手を自分で握り締めて小さく頷いた譲を見て纐纈は口を開く。
「実は祥の馬鹿、額は大したこと無いんだけど店の金に手を付けて今逃げてんだよね」
「————ッ?!!!?!」
あまりにもとんでもない話で言葉も出なかった。
絶対に祥は知らないだろうけれど、他人様の……しかも、よりによってヤクザが経営に関わっているお店のお金に手を付ける?! そ、そんなの海に沈められてもしょうがない案件じゃ無いのか?!
恐怖で本格的に震え出した譲を纐纈は余裕の笑顔で受け止めて「君には関係の無い話だから怯えなくて良いよ」と優しく笑った。
もうその笑顔すらはっきり言って恐ろしいのだが話には続きがありそうなので頷くと、彼は続ける。
「責任者は俺なんだけど、アイツは俺の事ただのバイトだと思ってんだ。で、金はレジから抜いた……と。カメラにもバッチリ映ってるから犯人はアイツで確定。誰にもバレてないつもりなのかも知れないけれどあれ以降無断欠勤続けてるから状況証拠的にもマージで黒。かーなりアホ」
「………」
祥に対する愛想は完全に尽きているが別に死んで欲しいとまでは思っていない譲はもうコクコクと頷くしか出来ない。
完全に青ざめた……いや、白くなった譲の顔を見て纐纈が吹き出す。
「ちょっと譲君? 大丈夫だよ? 確かにアイツのした事は犯罪で本来なら即警察案件だけど俺だって自分のカレシにわざわざ前科つけたいワケじゃないんだ。だから、アイツを見付けて証拠がある事を説明して、その上でちゃんと謝罪と返金をしてくれれば穏便に済ませるよ、って言う話し合いがしたい。……でも完全に雲隠れしててそれも出来ないんだ」
「そ、そうなんですかっ」
良かった。
どうやら譲は漫画とかドラマの影響を受け過ぎていたらしい。
指がどうとか、海にどうとか、マグロ漁船とか……そんなのやっぱり嘘なんだ! 良かった、とちょっとだけ顔色が戻ったまま相槌を打つと纐纈は笑った。
「だから君にお願いがあるんだ」
「な、なんでしょう?」
「いつになるかは分からないけれど、君の所に祥が戻る可能性は今までの傾向からかなり高いと思う」
「あ……はい」
纐纈の言いたい事が分かった譲は頷いた。
確かに彼の言う通り切羽詰まった祥は譲のなけなしのお金をまき上げに来ることは容易に想像できる。
「だから……君の所に逃げ込んで来る祥をそのタイミングで捕まえたいんだ」
「は、はい。……でもすみません、俺じゃ祥を取り押さえるのは無理かと……」
これまた情けない話だが事実なので素直に言うと、纐纈は笑って頷いてずっと部屋のドアの入り口で微動だにしなかった男を呼んだ。
「秋吉」
「——はい」
低い声で返事をした『秋吉』と呼ばれた男は先程譲を呼び止める為に車から最初に降りて来たその人だった。
背が高くて足が長い上に肩幅が広く、胸板も厚い。
顔は凛々しく整っていて男性らしさが強いのにむさ苦しい感じはしなくて、ハッキリ言ってとってもカッコいい。
男が見てカッコいいと感じる男。なれるなら自分はこんな外見が良かったな、と純粋に憧れてしまうような容姿を持っているのが『秋吉』と呼ばれた男だった。
「コイツは俺の大事な右腕で本当に信用出来る奴だ。譲君には悪いんだけど、この秋吉を事態が落ち着くまで君の部屋に置いてくれないかな?」
「秋吉と申します。どうぞ、よろしくお願い致します」
「え? え? あ、細部です」
「存じ上げております」
混乱のあまり礼儀として反射的に自己紹介をした譲を秋吉は穏やかな目元の笑みだけで受け止めてくれる。
うわああああ、かっこいい。
カッコいい大人の男の人! って感じだ。
「調べた感じから祥は君の部屋の合い鍵を持ってるんでしょう?」
「持っているというか……気付いたら勝手にスペアを持ち出されていたというか……」
「うわぁ…。ま、まあとにかく! わざわざ人目に付く場所で接触してくるよりも君の家に上がり込んで君の帰宅を待つか勝手に家探しして金目の物を盗んでいくかの行動に出る確率がとっても高いんだ」
「それは……そうですね」
アイツならやりかねない。と言うか、間違いなくやりそうだから素直に頷くと纐纈も秋吉も頷いた。
「だからこの秋吉を君の家にセ〇ムとして貸し出したい。……お願い出来るかな?」
「えっと……僕は、バイトとかで家にいない時間の方が長いので家を漁られるのを守ってくれるのは嬉しいんですけれど……本当に狭くて、時間を潰す物も何もない部屋なんですけど?」
因みにテレビも無いです。
そう言ったが秋吉は小さく微かに微笑んで「問題ありません」と言った。
そこから譲と秋吉の奇妙な同居生活が始まったのである。
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