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袖すり合うと……side洸太 20
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「市村さん、お疲れ様です」
今日は優真さんが帰ってくるらしい。
昼休みに届いた優真さんからのメッセに若干浮かれながら外に出たら、ぴゅうと吹き付けてきた風は随分と冷えていた。
会社を出てすぐ、そう声を掛けてきたのはどこか見覚えのあるようで、知らない人だった。
首から下げっぱなしの入館証に、僕が今常駐している先のロゴがあったので、恐らく同じフロアで仕事をしている人なんだろう。
しょせん僕は社外から来た人間だ。
プロジェクトメンバーやその近くの人しか顔見知りではない。
まぁ、そもそもコミュ障だし、人の顔覚えるの苦手だし。
なので、僕が直接かかわった事のない人、例えば営業さんや管理部門の人達はほとんど知らない。
だから、この人はかかわりの薄い人なんだろう。
そんな僕にも声を掛けてくるあたり、この人は良い人なのかもしれない。
「あ……おつかれ……様です」
人見知りさく裂。
妙に小声になってしまった。
それでも向こうは気分を害した感じでもなく、僕を見てニコニコ微笑んでいる。
「市村さん、私が誰だかわかってないんじゃないですか?」
「はぁ……まぁ……あ、いえ。僕は出向してきてる人間なので……」
にこりと笑みを浮かべているが、なんとなくとがめられているような雰囲気を感じ、ちょっと気まずい。
「ふふ、いいんですよ。私は営業の人間ですからね。開発部門の方達とは案件で直接かかわりがないと難しいですよね。
私は木下と申します」
以後お見知りおきを。と続ける木下さんに、曖昧に微笑み返す。
「えっと営業の木下さんですね。すみませんなんか……」
何について謝ってるのか、自分でもわかってないながら木下さんにチラチラと視線を送る。
営業という職業柄だろうか。清潔感のある長さの黒髪に、体型にあったスーツ。
顔立ちもいたって普通で、いや僕に言われたくないだろうけど、良い意味で当たり障りのない感じの人だった。
最近僕の周りにいるのが、優真さんを筆頭に個性強めの人が多かったから、木下さんの見目はある意味新鮮だ。
「これから駅に向かわれるのですか? 私もなんで……」
ご一緒しても? と言外に問われ、曖昧に微笑み返す。
……人見知りコミュ障に談笑を求められても、ストレスで死ぬが?
駅までの十分、果たして僕は生きて帰れるだろうか。
などと失礼なことを考えつつも、ある意味取引先の人なので無碍にもできず、二人肩を並べて歩き出す。
冬の冷たく澄んだ空気が鼻の奥を刺す。
「……市村さんはどちらの……線で帰られるのですか?」
駅への入り口が見えてきたところで、そう問われた。
「えっと……今は▲▲線です。……え?」
僕が路線を答えた瞬間、相手の顔が歪に歪んだ。
「どうかしましたか?」
その表情が怒りの表情に見えて、思わず聞いてしまう。なんか▲▲線に恨みでもあんのか?
「……あぁ、いえ。ちょっと目にゴミが……」
「あぁ、それは大変ですね。もう大丈夫ですか?」
目にゴミ入ると痛いもんな。
とたん大きな風が吹いて、その冷たさに思わず身を竦めた。
「……んで……」
「え?」
不意に落とされた木下さんの呟きが風の音にかき消される。
「何か……?」
一瞬冷たい視線で見降ろされて、ぞわりと背に悪寒が走る。も、瞬き一つののちには、普通の表情に戻っていた。
「あ、いえ……。以前は○○線沿いにお住まいだったと聞いていたので……」
「そう……「あ、駅に着きましたね。では私はこちらなので……今日はこれで……」 あ、はい。お疲れさまでした」
そそくさと足早に去って行く木下さんに慌てて挨拶を返す。なんなんだいったい。
僅かな疑問を抱えながら、僕は▲▲線の改札を抜けた。
電車の扉に寄りかかり、真っ暗な窓の向こうを眺める。
時折反射でどこまでも平凡な男の顔が映る。どこか疲れたように見えるのは、今日も変なメモ書きが残されていたり、飲み終わった紙カップが捨てたはずのゴミ箱から消えていたせいだろうか。
「なんなんだよいったい」
ぼそりと窓に映る「僕」に問いかける。もちろん答えは返ってこない。
……今日帰ったら、優真さんに話を聞いてもらおう。
さすがに……疲れた。
ほぼ連日の正体の分からない嫌がらせに、自分が思うよりも疲弊していたのかもしれない。
とどめにほぼ知らない人との談笑があって。正直今のHPはもうゼロだ。
くらくらする思考をなんとかつなぎ止めて、重い身体を引き摺るようにして優真さんのマンションを目指す。
この間メェメェさんが強行突破したオートロックを、優真さんから貰ったカードキーで解除する。
自らの居場所を示すエレベーターの階層表示を何と無しに眺めながら……ふと気づく。
「……木下さん、なんで僕が○○線沿いに住んでるって……? 誰から聞いたんだ?」
○○線沿いに住んでたのは、ここから家出して優真さんに連れ戻されるまでの僅かな期間だけだった。
もちろんプロジェクトリーダーである宮内さんには伝えたが、あとは会社の手続き上必要な部署にしか伝えていない。
もちろん手続きが必要な会社というのは、僕が所属するミトラシステム株式会社の方だ。
だから……営業担当だと言った木下さんが僕の住所を知りえる機会は……ない。
宮内さんがバラすとはとても思えないし。
上昇するエレベーターの壁に背を預けながら、気づいてしまった事実に何となく嫌なものを感じて……。背中がふるりと震えた。
今日は優真さんが帰ってくるらしい。
昼休みに届いた優真さんからのメッセに若干浮かれながら外に出たら、ぴゅうと吹き付けてきた風は随分と冷えていた。
会社を出てすぐ、そう声を掛けてきたのはどこか見覚えのあるようで、知らない人だった。
首から下げっぱなしの入館証に、僕が今常駐している先のロゴがあったので、恐らく同じフロアで仕事をしている人なんだろう。
しょせん僕は社外から来た人間だ。
プロジェクトメンバーやその近くの人しか顔見知りではない。
まぁ、そもそもコミュ障だし、人の顔覚えるの苦手だし。
なので、僕が直接かかわった事のない人、例えば営業さんや管理部門の人達はほとんど知らない。
だから、この人はかかわりの薄い人なんだろう。
そんな僕にも声を掛けてくるあたり、この人は良い人なのかもしれない。
「あ……おつかれ……様です」
人見知りさく裂。
妙に小声になってしまった。
それでも向こうは気分を害した感じでもなく、僕を見てニコニコ微笑んでいる。
「市村さん、私が誰だかわかってないんじゃないですか?」
「はぁ……まぁ……あ、いえ。僕は出向してきてる人間なので……」
にこりと笑みを浮かべているが、なんとなくとがめられているような雰囲気を感じ、ちょっと気まずい。
「ふふ、いいんですよ。私は営業の人間ですからね。開発部門の方達とは案件で直接かかわりがないと難しいですよね。
私は木下と申します」
以後お見知りおきを。と続ける木下さんに、曖昧に微笑み返す。
「えっと営業の木下さんですね。すみませんなんか……」
何について謝ってるのか、自分でもわかってないながら木下さんにチラチラと視線を送る。
営業という職業柄だろうか。清潔感のある長さの黒髪に、体型にあったスーツ。
顔立ちもいたって普通で、いや僕に言われたくないだろうけど、良い意味で当たり障りのない感じの人だった。
最近僕の周りにいるのが、優真さんを筆頭に個性強めの人が多かったから、木下さんの見目はある意味新鮮だ。
「これから駅に向かわれるのですか? 私もなんで……」
ご一緒しても? と言外に問われ、曖昧に微笑み返す。
……人見知りコミュ障に談笑を求められても、ストレスで死ぬが?
駅までの十分、果たして僕は生きて帰れるだろうか。
などと失礼なことを考えつつも、ある意味取引先の人なので無碍にもできず、二人肩を並べて歩き出す。
冬の冷たく澄んだ空気が鼻の奥を刺す。
「……市村さんはどちらの……線で帰られるのですか?」
駅への入り口が見えてきたところで、そう問われた。
「えっと……今は▲▲線です。……え?」
僕が路線を答えた瞬間、相手の顔が歪に歪んだ。
「どうかしましたか?」
その表情が怒りの表情に見えて、思わず聞いてしまう。なんか▲▲線に恨みでもあんのか?
「……あぁ、いえ。ちょっと目にゴミが……」
「あぁ、それは大変ですね。もう大丈夫ですか?」
目にゴミ入ると痛いもんな。
とたん大きな風が吹いて、その冷たさに思わず身を竦めた。
「……んで……」
「え?」
不意に落とされた木下さんの呟きが風の音にかき消される。
「何か……?」
一瞬冷たい視線で見降ろされて、ぞわりと背に悪寒が走る。も、瞬き一つののちには、普通の表情に戻っていた。
「あ、いえ……。以前は○○線沿いにお住まいだったと聞いていたので……」
「そう……「あ、駅に着きましたね。では私はこちらなので……今日はこれで……」 あ、はい。お疲れさまでした」
そそくさと足早に去って行く木下さんに慌てて挨拶を返す。なんなんだいったい。
僅かな疑問を抱えながら、僕は▲▲線の改札を抜けた。
電車の扉に寄りかかり、真っ暗な窓の向こうを眺める。
時折反射でどこまでも平凡な男の顔が映る。どこか疲れたように見えるのは、今日も変なメモ書きが残されていたり、飲み終わった紙カップが捨てたはずのゴミ箱から消えていたせいだろうか。
「なんなんだよいったい」
ぼそりと窓に映る「僕」に問いかける。もちろん答えは返ってこない。
……今日帰ったら、優真さんに話を聞いてもらおう。
さすがに……疲れた。
ほぼ連日の正体の分からない嫌がらせに、自分が思うよりも疲弊していたのかもしれない。
とどめにほぼ知らない人との談笑があって。正直今のHPはもうゼロだ。
くらくらする思考をなんとかつなぎ止めて、重い身体を引き摺るようにして優真さんのマンションを目指す。
この間メェメェさんが強行突破したオートロックを、優真さんから貰ったカードキーで解除する。
自らの居場所を示すエレベーターの階層表示を何と無しに眺めながら……ふと気づく。
「……木下さん、なんで僕が○○線沿いに住んでるって……? 誰から聞いたんだ?」
○○線沿いに住んでたのは、ここから家出して優真さんに連れ戻されるまでの僅かな期間だけだった。
もちろんプロジェクトリーダーである宮内さんには伝えたが、あとは会社の手続き上必要な部署にしか伝えていない。
もちろん手続きが必要な会社というのは、僕が所属するミトラシステム株式会社の方だ。
だから……営業担当だと言った木下さんが僕の住所を知りえる機会は……ない。
宮内さんがバラすとはとても思えないし。
上昇するエレベーターの壁に背を預けながら、気づいてしまった事実に何となく嫌なものを感じて……。背中がふるりと震えた。
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