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袖すり合うと……side洸太 18
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自販機のボタンを押せばカタンと紙コップの落ちる音がする。
続いてコーヒーの落ちる音と、馥郁とした香りが漂ってきた。
平日の午後三時。昼からずっとデスクに噛り付いてモニタとにらめっこしていたので、ちょっと休憩だ。
凝った首筋をマッサージしながら、今日は定時で帰れそうだなと一息つく。
ピーピーと出来上がりを告げる自販機から紙コップに入った熱々のコーヒーを取り出して、高めのテーブルの上に置く。
私物のスマホを見れば、優真さんからメッセージが届いていた。
『今日はグラタンだよ~。熱々のハフハフだよ~。楽しみにしててね~』
踊るような文体に思わず笑みが零れる。
見た目で判断するのはどうかと思うが、あのイケメン、料理も得意だ。
僕のこともまめまめしく、甲斐甲斐しく世話を焼いてくれる。
『熱々で口のナカ火傷したら、火傷したとこ舐めてあげるから安心してね~~』
「ていうか、あの人できない事なさそうだよな」
思わず独り言が漏れて慌てて周囲を見回すと、休憩室の対極に人影があったがあの距離なら声も届かないだろう。
『安心できる要素が一つもありませんが……グラタン楽しみにしてますね。今日は定時で』
「いっちー。ちょっといいっすかー?」
返事を打ってる途中で平田さんに声を掛けられた。
この時間、深刻そうな表情で手招きする平田さんは正直言って不吉だ。
「……どうしました? 平田さん」
「……いっちー、いい話と悪い話、どっちから聞きたいっすか?」
それどっちもいい話じゃない場合が多いよね?
「……悪い話からで」
「いっちー、大胆っすね」
そうかな?
「悪い話は……隣の案件でバグが発生して隣が阿鼻叫喚です」
「いい話は?」
「宮内さんが隣のリーダーに土下座されて頼み込まれた結果、いっちーを貸し出すことを上が了承しました」
それ、いい話か?
「僕にとってのいい話はどこに?」
「最初っからそんなんないっす」
マジかよ。ていうか、一応他社から貸し出されてる僕を別のプロジェクトに貸し出すなんてよほどのことなんだが?
……グラタン、食べたかったなぁ。
という訳で隣のリーダーが呼んでるっす。と告げる平田さんに一つ頷いて、おきっぱなしにしていたコーヒーを取りに行こうと踵を返した瞬間。
「っ?! あ、すみません」
どうやらさっき休憩室にいた人が出ていくところだったらしい。
僅かに肩が触れた。
反射的に謝ると、向こうも会釈を返してそそくさと去って行った。
「……いっちー、大丈夫だったっすか?」
「う、うん……あれ?」
テーブルに置いておいたはずのコーヒーが……ない。
「あ、あれ?」
飲み終わったっけ? いやむしろ一口飲んで熱すぎたから置いておいたんだから……。
休憩室を見渡してもあのカップはない。
「……さっきの人が片付けてくれた……とか?」
「いっちー、どうしたっすか?」
でも普通あんななみなみと残ってるコーヒー、本人が入り口にいるのに片付けるか?
首を捻っていると、何かあったのかと平田さんが様子を見に来た。
「いや……」
とコーヒーの件を伝えると、びっくりするほどしかめっ面になった。いやなんで?
「いっちー、マジで気を付けるっす。もしかしたらホントにヤバいヤツかもしれないっす」
「いやなんでそんな……」
ぐぐっと眉根に皺を寄せた平田さんを訝しく思っていると、若干呆れたようなため息を吐かれた。
「……いっちー、気づかなたったすか? さっきぶつかったのが……」
「え?」
例のいっちーに邪な視線を向けてた子会社の営業っすよ。
しぃんと静まり返った休憩室に、自販機のモーター音だけが響いていた。
「……という事があったんですよ」
なんとかありつけた熱々グラタンにフーフーと息を吹きかけながら、今日の出来事を話す。
相手は勿論優真さんだ。
洸太の考え過ぎだよ~と笑い飛ばされると思っていたのに……優真さんの眉間には、昼間の平田さんに負けず劣らずの渓谷ができていた。
あまりに真剣なその表情に、思い過ごしだと笑い飛ばしたくなる。
「まさかですよね。僕の飲みかけのコーヒーなんかどうするんですかね? どっか捨てたとかなら、どちらかと言えば嫌がらせ、嫌われてる方ですよね」
ははっと付け足した笑い声は、優真さんの物凄い剣幕によって儚く消えた。
「何言ってんの?! そんなん俺だって持ってくよっ! 洸太と間接チューできるんだよ? 洸太が口付けたとこ舐め回して、コーヒー飲みほして、とりあえずカップは持って帰るよね?!
え? 何ソイツ、まさか洸太と間接チューしたの? 許しがたい! 実に許しがたいっ!」
ぶっコロ~とか物騒なこと言い始めた優真さんを慌てて宥める。
「いやいや、そんなことしませんって「俺はするっ!」 ……ソーデスカ」
え? するの? マジで?
「でも真面目な話、ソイツどんなヤツかわかる範囲で教えて~。ちょっと調べるよ~」
「え? いやいやそこまで優真さんの手を煩わせるわけにも……」
「恋人を守る為ならお安い御用だよ~。てか、俺が許せないノ。だから……ね?」
イケメンは可愛く首を傾げるとなんでもお願いを聞いてしまいそうになる程あざと可愛かった。
けど……。
ソイツ、気になるんだよね~~と小さく呟いた優真さんの心配が、杞憂でもなんでもなかったとわかったのは、しばらく経ってからだった。
続いてコーヒーの落ちる音と、馥郁とした香りが漂ってきた。
平日の午後三時。昼からずっとデスクに噛り付いてモニタとにらめっこしていたので、ちょっと休憩だ。
凝った首筋をマッサージしながら、今日は定時で帰れそうだなと一息つく。
ピーピーと出来上がりを告げる自販機から紙コップに入った熱々のコーヒーを取り出して、高めのテーブルの上に置く。
私物のスマホを見れば、優真さんからメッセージが届いていた。
『今日はグラタンだよ~。熱々のハフハフだよ~。楽しみにしててね~』
踊るような文体に思わず笑みが零れる。
見た目で判断するのはどうかと思うが、あのイケメン、料理も得意だ。
僕のこともまめまめしく、甲斐甲斐しく世話を焼いてくれる。
『熱々で口のナカ火傷したら、火傷したとこ舐めてあげるから安心してね~~』
「ていうか、あの人できない事なさそうだよな」
思わず独り言が漏れて慌てて周囲を見回すと、休憩室の対極に人影があったがあの距離なら声も届かないだろう。
『安心できる要素が一つもありませんが……グラタン楽しみにしてますね。今日は定時で』
「いっちー。ちょっといいっすかー?」
返事を打ってる途中で平田さんに声を掛けられた。
この時間、深刻そうな表情で手招きする平田さんは正直言って不吉だ。
「……どうしました? 平田さん」
「……いっちー、いい話と悪い話、どっちから聞きたいっすか?」
それどっちもいい話じゃない場合が多いよね?
「……悪い話からで」
「いっちー、大胆っすね」
そうかな?
「悪い話は……隣の案件でバグが発生して隣が阿鼻叫喚です」
「いい話は?」
「宮内さんが隣のリーダーに土下座されて頼み込まれた結果、いっちーを貸し出すことを上が了承しました」
それ、いい話か?
「僕にとってのいい話はどこに?」
「最初っからそんなんないっす」
マジかよ。ていうか、一応他社から貸し出されてる僕を別のプロジェクトに貸し出すなんてよほどのことなんだが?
……グラタン、食べたかったなぁ。
という訳で隣のリーダーが呼んでるっす。と告げる平田さんに一つ頷いて、おきっぱなしにしていたコーヒーを取りに行こうと踵を返した瞬間。
「っ?! あ、すみません」
どうやらさっき休憩室にいた人が出ていくところだったらしい。
僅かに肩が触れた。
反射的に謝ると、向こうも会釈を返してそそくさと去って行った。
「……いっちー、大丈夫だったっすか?」
「う、うん……あれ?」
テーブルに置いておいたはずのコーヒーが……ない。
「あ、あれ?」
飲み終わったっけ? いやむしろ一口飲んで熱すぎたから置いておいたんだから……。
休憩室を見渡してもあのカップはない。
「……さっきの人が片付けてくれた……とか?」
「いっちー、どうしたっすか?」
でも普通あんななみなみと残ってるコーヒー、本人が入り口にいるのに片付けるか?
首を捻っていると、何かあったのかと平田さんが様子を見に来た。
「いや……」
とコーヒーの件を伝えると、びっくりするほどしかめっ面になった。いやなんで?
「いっちー、マジで気を付けるっす。もしかしたらホントにヤバいヤツかもしれないっす」
「いやなんでそんな……」
ぐぐっと眉根に皺を寄せた平田さんを訝しく思っていると、若干呆れたようなため息を吐かれた。
「……いっちー、気づかなたったすか? さっきぶつかったのが……」
「え?」
例のいっちーに邪な視線を向けてた子会社の営業っすよ。
しぃんと静まり返った休憩室に、自販機のモーター音だけが響いていた。
「……という事があったんですよ」
なんとかありつけた熱々グラタンにフーフーと息を吹きかけながら、今日の出来事を話す。
相手は勿論優真さんだ。
洸太の考え過ぎだよ~と笑い飛ばされると思っていたのに……優真さんの眉間には、昼間の平田さんに負けず劣らずの渓谷ができていた。
あまりに真剣なその表情に、思い過ごしだと笑い飛ばしたくなる。
「まさかですよね。僕の飲みかけのコーヒーなんかどうするんですかね? どっか捨てたとかなら、どちらかと言えば嫌がらせ、嫌われてる方ですよね」
ははっと付け足した笑い声は、優真さんの物凄い剣幕によって儚く消えた。
「何言ってんの?! そんなん俺だって持ってくよっ! 洸太と間接チューできるんだよ? 洸太が口付けたとこ舐め回して、コーヒー飲みほして、とりあえずカップは持って帰るよね?!
え? 何ソイツ、まさか洸太と間接チューしたの? 許しがたい! 実に許しがたいっ!」
ぶっコロ~とか物騒なこと言い始めた優真さんを慌てて宥める。
「いやいや、そんなことしませんって「俺はするっ!」 ……ソーデスカ」
え? するの? マジで?
「でも真面目な話、ソイツどんなヤツかわかる範囲で教えて~。ちょっと調べるよ~」
「え? いやいやそこまで優真さんの手を煩わせるわけにも……」
「恋人を守る為ならお安い御用だよ~。てか、俺が許せないノ。だから……ね?」
イケメンは可愛く首を傾げるとなんでもお願いを聞いてしまいそうになる程あざと可愛かった。
けど……。
ソイツ、気になるんだよね~~と小さく呟いた優真さんの心配が、杞憂でもなんでもなかったとわかったのは、しばらく経ってからだった。
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