袖すり合えば……恋が始まる

ニノハラ リョウ

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袖すり合うと……side洸太 8

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「貴方かしら? 図々しく優真の家に居座ってる男って……」

 過去にいた人間の残したプログラムに致命的なバグが見つかってその対応に追われたり、進捗会議で僕以外の部分に重大な遅延が発生していたり、結合試験の段階で仕様検討漏れが発覚したりとなかなかハードな一日を終えてぐったりと帰路についてた僕に、不躾にそう声を掛けてきたのは……僕の人生に関わりのなさそうな一人の女性だった。

 緩く巻かれたロングヘアとか、左右が対象になってる整った顔とか、自分の体形に自信がなければ着こなせないようなタイトなワンピースとか、ていうかあんな格好、友達の結婚式に出た時しか見た事ないんだけど、彼女は結婚式の帰りとか?
 ……まさかの普段着なのか? あの刺さったら足の骨が折れそうな尖ったヒールも? 満員電車で近くに来てほしくないんだけど?

 余談だけど、後日この話を常駐先の女性陣に話したところ、そう言ったヒールを履いてる女性は電車に乗らないらしい。
 え? じゃあどうやって移動を? と疑問に思ってたら、ベテランの女性が「そういう女性にはアッシーとかメッシーがいるのよっ!」と言っていたが、アッシーって……何?

「ちょっと! 聞いてるのっ?! 見た目からして鈍そうだけど、ホントに鈍いのねっ!!」

 ぼんやりと女性のことを観察していたらずいぶんと時間が経っていたらしい。
 整えられた眉をキリキリと上げ、綺麗に尖った指先をこちらに向けてきた。
 ……爪の先にめちゃくちゃ重そうな宝石が付いてるけど、あれ日常生活で引っ掛けたりしないのかな?

「ちょっと!!」

 イライラとした空気を醸し出してきたので、仕方なく口を開く。

「あの……どちらさまですか?」

 僕のその言葉に、女性の怒りは益々高まったらしい。
 いやなんでだよ? 知らない女性にいきなり話かけられた人間の真っ当な反応だろ?

「私のことはいいのよっ! それよりアンタよアンタ! 図々しく優真の部屋に居座ってるアンタ!
 アンタのせいで優真の付き合い悪くなったって評判なのよ? 優真に迷惑かけてるのわかんないの?!
 アンタなんて、優真にとってちょっと気が向いただけの捨て猫と一緒なんだから、とっとと出ていきなさいよっ!」

「……はぁ」

 ……この人、優真さんのかな?
 ……いや別に構わないけどさ。優真さんがどんな人とどんなをしてようが、僕には関係ない。
 どんなにぎしぎし胸が軋んだって……僕には関係ないのだから。

「ホント鈍いわねっ! アンタ如きが優真を引き留められる訳ないでしょ? 飽きたらポイってされるのが目に見えてるんだからっ!」

 そこで女性の様子は一変した。

「ねぇ? 私だって意地悪言ってる訳じゃないのよ? アンタがある日突然優真に捨てられて追い出されて途方に暮れる姿が目に見えるようだから忠告してあげてるの。
 分かる? だから......自分からとっとと出ていった方が……」

 身の為よ? と真っ赤な唇を歪ませて嗤いながら去って行く彼女に……。何も返せる言葉はなかった。
 
 

 
 カチリカチリと静かな部屋にマウスのクリック音だけが響く。
 派手な女性に絡まれて、一層の疲労感に包まれながら帰宅した後。
 身体は疲れているのに、妙に頭が冴えわたってしまい寝付けずにいた。

 だから……。

 今までなんとなく……そうなんとなくやってこなかった新居探しを始めたのだ。

 僕の住んでたマンションは、僕の部屋自体は水浸しになったのと煙の臭いが染みついてしまったくらいの被害だったが、火元の部屋はかなり損傷が激しいらしく、復旧にはそれなりに時間が掛るらしい。

 だから……これを機に新しい部屋へ移り住むのもいいのかもしれない。

 最近YouTuberという存在が一般的になっていたせいか、ありがたいことに防音がしっかりした部屋も増えている。
 だから……候補の部屋はいっぱいあって、僕が希望する条件を入れて出てきた検索結果の部屋は、それなりに僕の要望を満たしている……はずなのに。

「……ここは……ちょっと今の職場から遠いかな?」

「……ここは……ちょっと風呂が狭いかな?」

「……ここは……部屋全体が防音なんじゃなくて、防音ボックスが付いてるだけなのか……」

「……これは……ボロ過ぎんだろ」

 ……
 ……
 ……

 なんだかんだと難癖をつけていった挙句、あれほどあった新居候補は……ゼロになっていた。

「……何やってんだろ。僕……」

 もう自分の気持ちが分からない。
 僕は……どうしたいんだろう? 僕にとって優真さんて……何?

 強引で、胡散臭くて、イケメンで、お金持ちで、なんかキラキラしてて、コミュ力高くて、記憶力もよくて、怪しい仕事なんでも屋してて……。
 僕の、平凡で、平穏で、当たり障りのない人生とはすれ違わなさそうな人で……。
 
「……ははっ」
 
 自嘲するしかない。

「早く……早く探さないと……」

 胸の奥から込み上げてきたぐるぐるとねちゃねちゃとした黒い感情の塊が、喉を塞いで僕の息を止めてしまう前に……。

「早く……早く……」

「な~に探してンの~~?」

 急く気持ちのままモニタを見つめていた僕は、部屋のドアが開いた事も、そこから猫のように気配なく忍び寄ってきた存在にも、気づいていなかった。

 カラコンを外した後の黒い瞳が不穏な光を放っていた事も、にんまりと上がった口角の裏に、激情が隠れていた事も。

 全く気づいていなかったのだ。
 
 
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