8 / 28
袖すり合うと……side洸太 8
しおりを挟む
「貴方かしら? 図々しく優真の家に居座ってる男って……」
過去にいた人間の残したプログラムに致命的なバグが見つかってその対応に追われたり、進捗会議で僕以外の部分に重大な遅延が発生していたり、結合試験の段階で仕様検討漏れが発覚したりとなかなかハードな一日を終えてぐったりと帰路についてた僕に、不躾にそう声を掛けてきたのは……僕の人生に関わりのなさそうな一人の女性だった。
緩く巻かれたロングヘアとか、左右が対象になってる整った顔とか、自分の体形に自信がなければ着こなせないようなタイトなワンピースとか、ていうかあんな格好、友達の結婚式に出た時しか見た事ないんだけど、彼女は結婚式の帰りとか?
……まさかの普段着なのか? あの刺さったら足の骨が折れそうな尖ったヒールも? 満員電車で近くに来てほしくないんだけど?
余談だけど、後日この話を常駐先の女性陣に話したところ、そう言ったヒールを履いてる女性は電車に乗らないらしい。
え? じゃあどうやって移動を? と疑問に思ってたら、ベテランの女性が「そういう女性にはアッシーとかメッシーがいるのよっ!」と言っていたが、アッシーって……何?
「ちょっと! 聞いてるのっ?! 見た目からして鈍そうだけど、ホントに鈍いのねっ!!」
ぼんやりと女性のことを観察していたらずいぶんと時間が経っていたらしい。
整えられた眉をキリキリと上げ、綺麗に尖った指先をこちらに向けてきた。
……爪の先にめちゃくちゃ重そうな宝石が付いてるけど、あれ日常生活で引っ掛けたりしないのかな?
「ちょっと!!」
イライラとした空気を醸し出してきたので、仕方なく口を開く。
「あの……どちらさまですか?」
僕のその言葉に、女性の怒りは益々高まったらしい。
いやなんでだよ? 知らない女性にいきなり話かけられた人間の真っ当な反応だろ?
「私のことはいいのよっ! それよりアンタよアンタ! 図々しく優真の部屋に居座ってるアンタ!
アンタのせいで優真の付き合い悪くなったって評判なのよ? 優真に迷惑かけてるのわかんないの?!
アンタなんて、優真にとってちょっと気が向いただけの捨て猫と一緒なんだから、とっとと出ていきなさいよっ!」
「……はぁ」
……この人、優真さんのオトモダチかな?
……いや別に構わないけどさ。優真さんがどんな人とどんなオツキアイをしてようが、僕には関係ない。
どんなにぎしぎし胸が軋んだって……僕には関係ないのだから。
「ホント鈍いわねっ! アンタ如きが優真を引き留められる訳ないでしょ? 飽きたらポイってされるのが目に見えてるんだからっ!」
そこで女性の様子は一変した。
「ねぇ? 私だって意地悪言ってる訳じゃないのよ? アンタがある日突然優真に捨てられて追い出されて途方に暮れる姿が目に見えるようだから忠告してあげてるの。
分かる? だから......自分からとっとと出ていった方が……」
身の為よ? と真っ赤な唇を歪ませて嗤いながら去って行く彼女に……。何も返せる言葉はなかった。
カチリカチリと静かな部屋にマウスのクリック音だけが響く。
派手な女性に絡まれて、一層の疲労感に包まれながら帰宅した後。
身体は疲れているのに、妙に頭が冴えわたってしまい寝付けずにいた。
だから……。
今までなんとなく……そうなんとなくやってこなかった新居探しを始めたのだ。
僕の住んでたマンションは、僕の部屋自体は水浸しになったのと煙の臭いが染みついてしまったくらいの被害だったが、火元の部屋はかなり損傷が激しいらしく、復旧にはそれなりに時間が掛るらしい。
だから……これを機に新しい部屋へ移り住むのもいいのかもしれない。
最近YouTuberという存在が一般的になっていたせいか、ありがたいことに防音がしっかりした部屋も増えている。
だから……候補の部屋はいっぱいあって、僕が希望する条件を入れて出てきた検索結果の部屋は、それなりに僕の要望を満たしている……はずなのに。
「……ここは……ちょっと今の職場から遠いかな?」
「……ここは……ちょっと風呂が狭いかな?」
「……ここは……部屋全体が防音なんじゃなくて、防音ボックスが付いてるだけなのか……」
「……これは……ボロ過ぎんだろ」
……
……
……
なんだかんだと難癖をつけていった挙句、あれほどあった新居候補は……ゼロになっていた。
「……何やってんだろ。僕……」
もう自分の気持ちが分からない。
僕は……どうしたいんだろう? 僕にとって優真さんて……何?
強引で、胡散臭くて、イケメンで、お金持ちで、なんかキラキラしてて、コミュ力高くて、記憶力もよくて、怪しい仕事してて……。
僕の、平凡で、平穏で、当たり障りのない人生とはすれ違わなさそうな人で……。
「……ははっ」
自嘲するしかない。
「早く……早く探さないと……」
胸の奥から込み上げてきたぐるぐるとねちゃねちゃとした黒い感情の塊が、喉を塞いで僕の息を止めてしまう前に……。
「早く……早く……」
「な~に探してンの~~?」
急く気持ちのままモニタを見つめていた僕は、部屋のドアが開いた事も、そこから猫のように気配なく忍び寄ってきた存在にも、気づいていなかった。
カラコンを外した後の黒い瞳が不穏な光を放っていた事も、にんまりと上がった口角の裏に、激情が隠れていた事も。
全く気づいていなかったのだ。
過去にいた人間の残したプログラムに致命的なバグが見つかってその対応に追われたり、進捗会議で僕以外の部分に重大な遅延が発生していたり、結合試験の段階で仕様検討漏れが発覚したりとなかなかハードな一日を終えてぐったりと帰路についてた僕に、不躾にそう声を掛けてきたのは……僕の人生に関わりのなさそうな一人の女性だった。
緩く巻かれたロングヘアとか、左右が対象になってる整った顔とか、自分の体形に自信がなければ着こなせないようなタイトなワンピースとか、ていうかあんな格好、友達の結婚式に出た時しか見た事ないんだけど、彼女は結婚式の帰りとか?
……まさかの普段着なのか? あの刺さったら足の骨が折れそうな尖ったヒールも? 満員電車で近くに来てほしくないんだけど?
余談だけど、後日この話を常駐先の女性陣に話したところ、そう言ったヒールを履いてる女性は電車に乗らないらしい。
え? じゃあどうやって移動を? と疑問に思ってたら、ベテランの女性が「そういう女性にはアッシーとかメッシーがいるのよっ!」と言っていたが、アッシーって……何?
「ちょっと! 聞いてるのっ?! 見た目からして鈍そうだけど、ホントに鈍いのねっ!!」
ぼんやりと女性のことを観察していたらずいぶんと時間が経っていたらしい。
整えられた眉をキリキリと上げ、綺麗に尖った指先をこちらに向けてきた。
……爪の先にめちゃくちゃ重そうな宝石が付いてるけど、あれ日常生活で引っ掛けたりしないのかな?
「ちょっと!!」
イライラとした空気を醸し出してきたので、仕方なく口を開く。
「あの……どちらさまですか?」
僕のその言葉に、女性の怒りは益々高まったらしい。
いやなんでだよ? 知らない女性にいきなり話かけられた人間の真っ当な反応だろ?
「私のことはいいのよっ! それよりアンタよアンタ! 図々しく優真の部屋に居座ってるアンタ!
アンタのせいで優真の付き合い悪くなったって評判なのよ? 優真に迷惑かけてるのわかんないの?!
アンタなんて、優真にとってちょっと気が向いただけの捨て猫と一緒なんだから、とっとと出ていきなさいよっ!」
「……はぁ」
……この人、優真さんのオトモダチかな?
……いや別に構わないけどさ。優真さんがどんな人とどんなオツキアイをしてようが、僕には関係ない。
どんなにぎしぎし胸が軋んだって……僕には関係ないのだから。
「ホント鈍いわねっ! アンタ如きが優真を引き留められる訳ないでしょ? 飽きたらポイってされるのが目に見えてるんだからっ!」
そこで女性の様子は一変した。
「ねぇ? 私だって意地悪言ってる訳じゃないのよ? アンタがある日突然優真に捨てられて追い出されて途方に暮れる姿が目に見えるようだから忠告してあげてるの。
分かる? だから......自分からとっとと出ていった方が……」
身の為よ? と真っ赤な唇を歪ませて嗤いながら去って行く彼女に……。何も返せる言葉はなかった。
カチリカチリと静かな部屋にマウスのクリック音だけが響く。
派手な女性に絡まれて、一層の疲労感に包まれながら帰宅した後。
身体は疲れているのに、妙に頭が冴えわたってしまい寝付けずにいた。
だから……。
今までなんとなく……そうなんとなくやってこなかった新居探しを始めたのだ。
僕の住んでたマンションは、僕の部屋自体は水浸しになったのと煙の臭いが染みついてしまったくらいの被害だったが、火元の部屋はかなり損傷が激しいらしく、復旧にはそれなりに時間が掛るらしい。
だから……これを機に新しい部屋へ移り住むのもいいのかもしれない。
最近YouTuberという存在が一般的になっていたせいか、ありがたいことに防音がしっかりした部屋も増えている。
だから……候補の部屋はいっぱいあって、僕が希望する条件を入れて出てきた検索結果の部屋は、それなりに僕の要望を満たしている……はずなのに。
「……ここは……ちょっと今の職場から遠いかな?」
「……ここは……ちょっと風呂が狭いかな?」
「……ここは……部屋全体が防音なんじゃなくて、防音ボックスが付いてるだけなのか……」
「……これは……ボロ過ぎんだろ」
……
……
……
なんだかんだと難癖をつけていった挙句、あれほどあった新居候補は……ゼロになっていた。
「……何やってんだろ。僕……」
もう自分の気持ちが分からない。
僕は……どうしたいんだろう? 僕にとって優真さんて……何?
強引で、胡散臭くて、イケメンで、お金持ちで、なんかキラキラしてて、コミュ力高くて、記憶力もよくて、怪しい仕事してて……。
僕の、平凡で、平穏で、当たり障りのない人生とはすれ違わなさそうな人で……。
「……ははっ」
自嘲するしかない。
「早く……早く探さないと……」
胸の奥から込み上げてきたぐるぐるとねちゃねちゃとした黒い感情の塊が、喉を塞いで僕の息を止めてしまう前に……。
「早く……早く……」
「な~に探してンの~~?」
急く気持ちのままモニタを見つめていた僕は、部屋のドアが開いた事も、そこから猫のように気配なく忍び寄ってきた存在にも、気づいていなかった。
カラコンを外した後の黒い瞳が不穏な光を放っていた事も、にんまりと上がった口角の裏に、激情が隠れていた事も。
全く気づいていなかったのだ。
22
お気に入りに追加
19
あなたにおすすめの小説
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
【同級生BL】ミカヅキと太陽【完結済み】
DD
BL
話したことはないけど、互いに存在は認識している"よそのクラスの目立つ奴"同士。
そんなふたりが仲良くなったり、ぎくしゃくしたり、仲直りしたりする短編。
前後編で完結済みですが、加筆修正はしばらく入ります。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
フローブルー
とぎクロム
BL
——好きだなんて、一生、言えないままだと思ってたから…。
高二の夏。ある出来事をきっかけに、フェロモン発達障害と診断された雨笠 紺(あまがさ こん)は、自分には一生、パートナーも、子供も望めないのだと絶望するも、その後も前向きであろうと、日々を重ね、無事大学を出て、就職を果たす。ところが、そんな新社会人になった紺の前に、高校の同級生、日浦 竜慈(ひうら りゅうじ)が現れ、紺に自分の息子、青磁(せいじ)を預け(押し付け)ていく。——これは、始まり。ひとりと、ひとりの人間が、ゆっくりと、激しく、家族になっていくための…。
【完結】雨降らしは、腕の中。
N2O
BL
獣人の竜騎士 × 特殊な力を持つ青年
Special thanks
illustration by meadow(@into_ml79)
※素人作品、ご都合主義です。温かな目でご覧ください。
死に戻り騎士は、今こそ駆け落ち王子を護ります!
時雨
BL
「駆け落ちの供をしてほしい」
すべては真面目な王子エリアスの、この一言から始まった。
王子に”国を捨てても一緒になりたい人がいる”と打ち明けられた、護衛騎士ランベルト。
発表されたばかりの公爵家令嬢との婚約はなんだったのか!?混乱する騎士の気持ちなど関係ない。
国境へ向かう二人を追う影……騎士ランベルトは追手の剣に倒れた。
後悔と共に途切れた騎士の意識は、死亡した時から三年も前の騎士団の寮で目覚める。
――二人に追手を放った犯人は、一体誰だったのか?
容疑者が浮かんでは消える。そもそも犯人が三年先まで何もしてこない保証はない。
怪しいのは、王位を争う第一王子?裏切られた公爵令嬢?…正体不明の駆け落ち相手?
今度こそ王子エリアスを護るため、過去の記憶よりも積極的に王子に関わるランベルト。
急に距離を縮める騎士を、はじめは警戒するエリアス。ランベルトの昔と変わらぬ態度に、徐々にその警戒も解けていって…?
過去にない行動で変わっていく事象。動き出す影。
ランベルトは今度こそエリアスを護りきれるのか!?
負けず嫌いで頑固で堅実、第二王子(年下) × 面倒見の良い、気の長い一途騎士(年上)のお話です。
-------------------------------------------------------------------
主人公は頑な、王子も頑固なので、ゆるい気持ちで見守っていただけると幸いです。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
【旧作】美貌の冒険者は、憧れの騎士の側にいたい
市川パナ
BL
優美な憧れの騎士のようになりたい。けれどいつも魔法が暴走してしまう。
魔法を制御する銀のペンダントを着けてもらったけれど、それでもコントロールできない。
そんな日々の中、勇者と名乗る少年が現れて――。
不器用な美貌の冒険者と、麗しい騎士から始まるお話。
旧タイトル「銀色ペンダントを離さない」です。
第3話から急展開していきます。
貴族軍人と聖夜の再会~ただ君の幸せだけを~
倉くらの
BL
「こんな姿であの人に会えるわけがない…」
大陸を2つに分けた戦争は終結した。
終戦間際に重症を負った軍人のルーカスは心から慕う上官のスノービル少佐と離れ離れになり、帝都の片隅で路上生活を送ることになる。
一方、少佐は屋敷の者の策略によってルーカスが死んだと知らされて…。
互いを思う2人が戦勝パレードが開催された聖夜祭の日に再会を果たす。
純愛のお話です。
主人公は顔の右半分に火傷を負っていて、右手が無いという状態です。
全3話完結。
恭介&圭吾シリーズ
芹澤柚衣
BL
高校二年の土屋恭介は、お祓い屋を生業として生活をたてていた。相棒の物の怪犬神と、二歳年下で有能アルバイトの圭吾にフォローしてもらい、どうにか依頼をこなす毎日を送っている。こっそり圭吾に片想いしながら平穏な毎日を過ごしていた恭介だったが、彼には誰にも話せない秘密があった。
【完結】運命さんこんにちは、さようなら
ハリネズミ
BL
Ωである神楽 咲(かぐら さき)は『運命』と出会ったが、知らない間に番になっていたのは別の人物、影山 燐(かげやま りん)だった。
とある誤解から思うように優しくできない燐と、番=家族だと考え、家族が欲しかったことから簡単に受け入れてしまったマイペースな咲とのちぐはぐでピュアなラブストーリー。
==========
完結しました。ありがとうございました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる