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本編

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 ここは獣人達の暮らす街。

 色々な種族が行き交う街中を、息を切らせてボクは走る。
 売れっ子小説家であるキミが締切に追われてたのがやっと落ち着いて、今日は久しぶりにキミに会えるっていうのに。
 
 ……寝坊した。

 まぁ、キミに逢えるって浮かれまくって眠れなくなって、そしたらキミに似合いそうな香りの組み合わせなんて思いついちゃってさ。
 明け方近くまで調香してたボクが悪いんだけどさ。
 我ながら調香師の鏡だとは思うんだけど、恋人としては印象悪いよね。

 あぁ、キミはどんな顔して待ってるかな?
 怒ってる? 悲しんでる? それとも……。

 そんな自分に都合のいいコト考えてたからいけなかっのかな?
 街の中央広場、噴水の縁に腰をおろしてキミはウットリとした視線を送ってた。
 
 キミの履いてる靴に。

 キミがオシャレ好きなのは知ってるけどさ。
 特に靴が大好きでさ。お気に入りの一足は特に大事にしてるって知ってるけどさ。
 お日様の光に照らされて、キミの黒と白の入り混じった髪の毛が艶々してる。
 犬の獣人である君の白黒まだら模様の髪色。キミは嫌がってるけど、ボクは大好きなんだけどな?
 キミのすらっとした長躯に今日も洒落た細身のスーツがよく似合ってる。
 新しく誂えたのかな?
 スーツに合わせたんだろう見たことない革靴も、丁寧にツヤを出されててピカピカで。
 ウットリとしたキミの視線を独り占めしてる。

 ……まるでボクのことなんて目に入ってないみたいに。

 いや、遅刻したボクが悪いんだけどさ。
 靴にヤキモチ妬くなんておかしいんだけどさ。

 だけどね?

 ボクを見て?

 なんだかムカムカした気持ちで、俯いたままのキミの前に立つ。
 キミの視線を一身に集める靴との間にボクの姿がちょっとでも映るように。

「……お待たせ」

 そう声を掛けたら、ぱっと笑顔になってこっちを見るから、ボクは靴に嫉妬したことを言い出せないんだ。

「……髪の毛跳ねてる。また寝坊した?
 ダメだよ。調香に夢中になって夜更かししちゃ」

 キミと同じ犬獣人であるはずなのに、キミの艶々とした髪の毛とは全く違うボクのフワフワとまとまらない金髪に、キミの長い指が触れる。
 それが心地よくて、ボクはキミの手に頭を擦り寄せた。
 そしたら何故か……。
 クンと鼻を鳴らしたキミが一瞬だけ顔を顰めた……ように見えた。
 ボク達犬獣人は大体鼻が効く。今日ボクが纏ってるのは、香りを抑えたキミをイメージした香りだったんだけど……気に入らなかったのかな?
 調香師をしてるボクの今一番のお気に入りなんだけど。

 ちょっとだけ不安になってキミの顔を覗き込むと、キミは何でもないような顔でこっちに手を差し出してきた。

「さて、久しぶりのデートは何をする? どこに行こうか?」

 だからボクは伸ばされた手をギュって握り返して。

「街歩きしよっ! キミが締切で家に篭ってる間に色々新しい商品が出たりしたんだよ!」

「……本当に君は街歩きさんぽが好きだね」

「うん! キミと歩くの大好きなんだ」

 なんてね。嘘だよ。
 キミと歩くのも好きだけど、本当は……。
 たくさん歩いて……早くキミの視線を独り占めしてる靴がすり減ってしまわないかなって思ってるんだ。
 ……靴にまで嫉妬してって言うかもしれないけどさ。
 それだけ……キミのコトが……大好きだから……。

 ちらりと視線をおとせばピカピカ光る靴の爪先が見えた。
 ……ごめんね、靴としての生き様を真っ当してるだけなのに、ボクの醜い嫉妬が寿命を縮めちゃう。

 そんなコトを考えていたら、艶々の爪先がボクに近づいてきた。
 いや、キミが近づいてきた。

 キュッと金髪の中に埋もれて見える垂れ耳を引っ張られて。
 こしょりと聞こえてきたのは、愛しいキミの秘密めいた小声。

「君は僕の靴に嫉妬してるみたいだけど、僕だって嫉妬するんだよ?
 ……君が纏ってる、僕の知らない香りに……」

 そう言ってキミが気まずげに笑うから。

 ボクはキミを抱きしめずにはいられなくなるんだ。

「コラっ! ここは街のど真ん中っ!」

「じゃあ、早く二人っきりになろう?」

 早く早くと急かして。
 しょうがないなぁって笑うキミを、ボクの家に連れ込むまであと少し。
 
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