猫をかぶるにも程がある

如月自由

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本編

20 なに?

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 朝目覚めたら、一樹の家のベッドに寝ていた。

「ん……?」

 ぐうっと大きく伸びをした後、俺は首を傾げた。あれ? 何で一樹の家にいるんだっけ?
 俺はここ数日、中高と同じバスケ部だった地元の友達と遊んでいた。そして昨日の昼ごろ俺の家に泊まっていた友達が地元に帰っていき、昨晩は東京に残された上京組の友達としばらく飲んでいた。
 上京組の彼らは同じ東京にいる友達とはいえ、会う機会はそんなに多くない。それぞれ別の学校に通っているため、予定をすり合わせるのが難しいのだ。地元にいたときは電話一本ですぐ集まれたのに。
 で、俺と友達二人で、久しぶりだったから調子に乗って飲みまくって……それから、どうしたんだっけ?

「ううーん……」

 しばらくうんうん考えて、思い出した。俺が酔った勢いで会いにきたんだ。それだけはうっすら覚えている。
 一樹はバンドの練習をしていたんだろうが、練習で疲れた夜中、突然酔っ払って会いに来て、勝手にベッドを占領して眠りこける恋人……どう考えても迷惑だ。一樹はよくキレなかったな。

 ふと目を落とすと、薄い掛け布団が俺にかけられていた。それと、着ている服こそ昨日のままだけど、履いていたはずの靴下がちゃんと畳まれて、ベッド脇に俺の鞄と一緒に置かれている。
 あとポケットに入れたままだったスマホは、ベッドの側の充電コードを差し込まれている。手を伸ばしてスマホを取って見ると、充電は100%だった。

「めちゃくちゃ愛されてんじゃん俺……」

 思わず顔を覆って呻いた。
 一樹が俺のことを大好きなのは知っている。だけどやっぱり、こうして実感するとすごく嬉しい。
 ましてや花火をした日から――ちゃんと好きってことを自覚した日から、バンド練習やらバイトやら何やらが重なって、一回も会っていなかったからなおさら。

 今一樹はどこにいるんだろう、顔見たいな、と思いながら部屋の中を探すも、全然見当たらない。ならば、とベランダを見たら、案の定一樹はベランダの柵に寄りかかってたばこをふかしていた。細い煙がゆるりと立ち上っている。
 俺は窓を開けて、後ろから一樹に声をかけた。

「一樹おはよ。昨日ごめん、突然押しかけてベッド占領して」

 一樹は振り返ると、煙草を片手に持ったまま俺の方へ寄ってきて、緩く笑った。

「おはよう。全然いいよ。でも、千冬くんは二日酔いとか大丈夫? 二日酔いの薬とか頭痛薬とかあるけどいる?」

 真っ先に出るのが俺への文句じゃなくて俺の心配なんだな、そう思ったら、じんわり胸が温かくなった。あー何か好きだなぁ。
 俺は急にキスしたくなって、部屋の中からベランダへ上半身を少し乗り出して唇を重ねた。一樹の薄い唇を食んで、開いた唇へと舌を滑り込ませ、ゆるく絡める。

「ん……煙草の味する」

 しばらくキスをした後、俺は一樹を見つめながらそっと笑った。苦いし美味しいとは思わないが、一樹の感じている味だと思うと悪くない気がする。
 一樹は目を丸くしていた。そして身じろぎせずに俺をじっと見つめた後、どこか遠慮がちに尋ねる。

「……千冬くん、まだ酔ってる?」
「え、何で? もしかして酒臭かった?」
「あ、いや、そういう訳じゃないけど……」
「本当に? 気遣ってるんじゃなくて? 実は臭いとかない? ……あのさ、ちょっとシャワー借りていい?」
「え、あ、うん」
「ありがと! あとついでにタオルとかも借りるわ」

 一樹の妙な態度に首を傾げつつ、俺は窓を閉めて浴室へと向かった。



「一樹ってさ、朝に煙草吸うの好きだよな」

 手早く身体と髪を洗って、「自由に使っていい」と言われているタオルと部屋着を借りて、俺は浴室から出た。そしたら一樹はまだベランダで煙草を吸っていて、俺は思わずそう声をかけた。
 それから、ベランダにもう一つ置かれているスリッパを履き、タオルを肩にかけて一樹の隣に並んだ。
 彼はもう妙な様子は見せず、いつも通りの表情をしていた。何だったんだろう、あの態度。

「言われてみれば。寝起きの煙草が一番好きかも」
「ふーん。何で?」
「煙草をぼーっと吸いながら朝の街眺めるの好きなんだよね。朝の街ってよくない?」

 俺はベランダの柵に寄りかかりながら街を見下ろした。今の時間は大体九時。まだ朝と言っても差し支えない時間だろう。だいぶ昼に近いが。
 確かに、朝は独特の澄んだ空気をしている気がする。俺は「分かる」と笑った。

「なんか空気の感じとかいいよな。俺、朝弱いからなかなか起きられないんだけどさ、早く起きられた日はそこら辺をちょっと走ったりすんの好きだし」
「うわ健康的」
「だろ。一樹も朝一緒に走る?」
「それ、高校ん時の持久走の授業サボってた俺に聞く?」
「え、走んの嫌い?」
「好きではないかな。キツくない?」
「うーん、俺も持久走はそんなに好きじゃなかったけど、軽く走るくらいだったら気持ち良いよ」
「そうかなあ」

 一樹はベランダの隅に置いてある灰皿で煙草の火を消した。そして再びベランダの柵に寄りかかって、「そういえばさ」と俺の顔を見た。

「千冬くんは今日予定ある?」
「ない。あー、部屋の片付けはしなきゃいけないけど。そんくらい。一樹は?」
「ないよ。練習もバイトもたまたまない。明日からライブまではまたずっと練習あるけど」
「何で今日ないの?」
「俺は元々この日を練習のために空けてたんだけど、蓮がどうしてもバイト休めなくて、練習なしになった」
「へー。蓮って……ベースの人だっけ」
「そう。えーっと、写真これ」

 一樹はポケットからスマホを取り出して、少し操作した後に画面を見せてきた。そこには片手に煙草を持って笑うロン毛の男が写っている。ああ、そういえばこんな人いたっけ。

「この人も煙草吸うんだ」
「かなりのヘビースモーカーだよ。ていうか、俺が吸い始めたのは蓮の影響だし」
「そうなん?」
「うん。バンド組んだばっかりの時に蓮が隣で煙草吸ってて、それ見てたら『吸う?』って蓮に煙草渡されて、んで試しに一本吸ってみて。それがきっかけ」
「ふうん……」

 あ、俺の知らない一樹だ。そう思ってちょっとだけもやっとした。付き合い始めて二ヶ月とちょっとだから、知らないことの方が多くて当たり前なんだけど。

「この人のバイトってなに?」
「塾講」
「えー、そうなんだ。なんか一部の女子生徒にめちゃくちゃ人気出そう」
「うん、実際何度か担当の生徒に告白されてるらしいよ」
「あー分かる。何ていうか、太宰治とかが好きな人に好かれそうなタイプに見える」
「蓮にそれ言ったら喜ぶだろうなぁ。あいつ、まさに太宰治好きだから」
「へー。太宰治好きってなんか頭良さそうだな」
「いや、あいつは太宰治が好きな自分に酔ってるだけの痛いやつだよ。ただのカッコつけ。たぶん内容はろくに理解してないんじゃない?」
「辛辣だなあ」

 俺は湧き上がってきたもやもやを苦笑いで覆い隠した。
 一樹はバンドメンバーに対していつも辛辣だ。だけど、恐らくバンドメンバーに対して特別辛辣で塩対応なんじゃなくて、それが通常運転なのかな、とは思う。
 以前一樹とバンドメンバーの金髪マッシュくんこと祐介の浮気を疑ってしまった時、ぽろっと一樹の口から出てきた言葉はかなり荒かった。だから、きっとあれが素なんだろうな。
 だけど、一樹が俺に対してそんな態度を取ることは決してない。別に塩対応をされたい訳ではないけど、そんな一樹も知りたいと思うから、何だか寂しいし妬ける。

 でもまあ、一樹が好きなのは俺だしな。そう思って一樹のことを見つめたら、彼は「なに?」と首を傾げた。俺は軽く唇を重ねてから「何でもない」と返した。
 一樹はそっと自分の唇に指で触れた後、勢いよく顔を逸らした。

「な、なに? 今日どうしたの?」
「え、別にどうもしないけど。何で?」
「何でって……」
「一樹こそさっきから――あ、もしかしてキス? 何かしちゃ駄目な理由でもあった?」
「そういう訳じゃ、ないけど……」

 一樹は目を合わせずもごもごと何かを呟いた後、言い訳みたいに答えた。

「だって、今まで千冬くんからキスしてくれたこと、全然なかったし」
「そうだっけ?」

 そうだった気が、しないでもない、かもしれない。もしそうだとしたら、変わった理由は分かっている。俺が一樹を好きって自覚したからだ。
 もしかしたら俺、好きって気持ちを自覚して浮かれてるのかな。だとしたらちょっと恥ずかしいな。

「嫌だった?」
「いやその、むしろ、嬉しいから困る……」
「何で困んの」

 一向に目を合わせない一樹の顔を覗き込んだら、彼は顔を赤く染めていた。それを見て「もしかして照れてる?」と聞いたら、彼は小さく頷く。
 赤くなって照れる一樹がやたら可愛く見える。きゅうん、と胸が締め付けられた。

「そんな照れなくっても」
「だって……仕方ないじゃんこんなの。これ以上君のこと好きにさせないでよ。今以上に好きになったら、俺、何するか分かんないよ?」
「何すんの? 教えてよ。まあ一樹なら何してもいいけど」
「うぁ……本当そういうところめちゃくちゃずるいな……」

 一樹はなぜか顔を覆って悶え始めた。何なんだ一体。思ったことを言っただけなのに。

「……俺、その、すごい嫉妬しちゃうかも」
「全然いいけど」
「そっ……それから、束縛もしちゃうかもしれないし」
「束縛? っていうと、今どこいるよーとか、今から帰るよーとか、そういうの毎回連絡すればいい?」
「っ……あ、あとたぶん、千冬くんの予定を逐一知ろうとしちゃうし」
「いいよ。俺のスケジュール帳見る? たぶん遊びの予定とバイトのシフト全部書いてあったはずだけど」
「え、あ、ええ……? 本当に……?」
「本当に。あとは?」
「あと、その……俺のこと一番に優先してって、言っちゃうかも」
「もうしてるけど?」

 これだけの頻度で会いにきていて、優先してない訳がないだろ。ていうか付き合っている以上、優先するのは当たり前だ。
 そしたら一樹は「えぅ」なんて形容しがたい声を上げて、耳まで赤く染めた。

「……俺、本気にしちゃうよ……?」
「え、逆に今の冗談だった訳?」

 結構本気で答えちゃったんだけど。
 一樹は顔を覆ったまま、あーとかうーとかしばらく唸った後、ふらふら歩き出した。

「お、俺、ちょっと頭冷やしてくる……」
「なに、どういうこと? てかどこ行くん?」
「分かんない……何かそこら辺適当に歩いてくる……あいたっ」

 一樹は、途中で半開きの窓に激突しながらもベランダから部屋の中に入り、そのままふらふらと外へ出て行った。

「……なに?」

 俺はドアが閉まる音を一人聞きながら、首を捻った。いや、本当に頭冷やしてくるってなに?
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