18 / 35
本編
18 大好き
しおりを挟む「……やっぱ、線香花火だけって飽きるよな」
買い込んだ線香花火を三分の二ほど消費した後、俺はそう呟いた。独り言のつもりだったが、それを聞いた一樹は吹き出した。
「いや、うん。だろうなって思ってたよ」
「やっぱそうだよな? 他の派手な花火の合間にやるからこそ線香花火は楽しいんだな……やる前に気付けばよかったわ……」
俺がぼやいていると、一樹はくすくすと笑いながら言った。
「まあ、一生に一度くらいはいいんじゃないかな? こんなに線香花火ばっかりやる機会ってもうないだろうし」
「確かにそっか」
「それにさ、俺は結構楽しいよ」
「マジ?」
「うん。君とやってるからかなあ」
何気なく言う一樹。何となく気恥ずかしくなって、ちょっと目線を逸らしながら「そっか」と呟いた、その時だった。
「お兄さんたち、ずっと線香花火やってるんですかー?」
顔を上げると、女の子の二人組が立っていた。年齢はどちらも同じくらいだろうか。そのうちの一人と目が合うと、彼女は俺の近くにしゃがみ込んできた。
しゃがみ込んできた方は、かなり可愛らしい小柄な女の子だった。ゆるく巻いた茶髪をポニーテールにしていて、白いパフスリーブのブラウスに黒いショートパンツという服装をしている。
もう片方の子は黒いショートカットで、シンプルなTシャツに青いカラーパンツという比較的カジュアルな格好をしている。こちらの子も可愛い顔をしている。恐らくどっちの子もモテるんだろうな。
彼女たちは好意的な雰囲気を醸し出していた。特にポニーテールの子は、にこにこしながら俺の目を見つめている。
この感じはきっと逆ナンパだ。こういった機会は時々あるし、誰とも付き合っていない時に一度着いて行ったこともある。ワンナイトで終わったが。理由? わざわざ言わせるなよ恥ずかしい。
よりにもよって一樹といる時にされるなんてな、と思いながら俺は「まあ……」と苦笑いを浮かべた。乗り気じゃないことを察して、どこかへ行ってくれると助かるんだけど。
「へえ~! 線香花火好きなんですか? って、あれ? もしかして線香花火しかやってない感じですか?」
「あー、はい」
「え! すご! めちゃくちゃ楽しそうですね! でも、ずっと線香花火やってると飽きちゃいません?」
「まあ……」
「やっぱりそうですよねー。あの、私たちも花火しにきたんですよ。で、色んな花火持ってきたんですけど、良かったらお兄さんたちも一緒にやりません?」
すごい。あからさまに乗り気じゃない雰囲気を出してるのに、ポニーテールの彼女は構わず迫ってくる。しかも、「お兄さんたち」と言いながらも俺の目しか見ていない。後ろのショートカットの子がちらちらと一樹を見ているのとはえらい違いだ。
「いや、うーん……ありがたいんですけど、今日は線香花火だけやるって決めてるんで」
「えー、いいじゃないですかぁ。私たち、多めに花火持ってきたんで、余りそうでちょっと困ってるんですよ。私たちのこと助けると思って!」
「あはは……」
これは俺の欠点だが、ぐいぐい迫られるのに弱い。何だか、すげなく断ってしまうのが申し訳ないような気持ちになるのだ。
特に、相手に悪意がないとなおさらだ。自分に好意を持ってくれた相手を邪険に扱うのは、少し傲慢じゃないかと思ってしまうから。
そのせいで、「千冬はいつまで経っても女のあしらい方が上手くならないな」と宏輝にため息を吐かれたことがあるし、涼に「まあ、千冬は優しすぎるくらい優しいからね」と苦笑されたことがある。
「でもあの、今日はこいつと二人で線香花火やり倒すつもりで来たんですよ。だから気持ちはありがたいんですけど、大丈夫です。な、一樹。……一樹?」
何気なく一樹に話を振って、俺は絶句した。そういえば一樹がやけに静かだなあと思っていたが、彼は血の気の引いた顔で黙りこくっていた。
その尋常じゃない様子に驚いてもう一度「……一樹?」と名前を呼ぶと、一樹をチラチラ見ていたショートカットの子が不意に「あっ!」と声を上げた。
「どっかで見たことある顔だなぁってずっと思ってたんだけど、もしかして綱島じゃね?」
「綱島って誰だっけ」
「奈々子忘れたの? ほら中学の時のさぁ、根暗ホモだよ根暗ホモ」
一樹の肩が震える。その不穏な呼び名に俺は思わず顔をしかめた。けれど女の子二人は構わずに会話を続ける。
「あっあいつか! え、叶望よく分かったね」
「私すごくね? てかさ、綱島どうしちゃった訳? 超カッコつけてんじゃん」
「大学デビューってやつじゃね? マジでウケるんだけど。似合ってねー」
「それな。綱島クン、誰かいい男は釣れましたかぁ?」
「アッハハハ!」
二人の声色には明らかに嘲笑が含まれている。一樹はいよいよ真っ青になって俯いた。ぎゅっと固く握りしめた両の拳が震えている。
嫌な想像が頭をよぎる。一樹は「友達がいない」と言っていた。裏切られたから、もう信用できないから、って。それと、高校の話は辛うじて軽音部のことをぽつぽつと教えてくれたが、中学の話は全くしたがらない。
それはもしかして、中学の時に――
「お兄さぁん、こいつと仲良くするのやめた方がいいですよ」
「……どうして?」
口の中がカラカラに乾いている。掠れた声でそう尋ねると、ポニーテールの子は顔を歪めて言い放った。
「だってホモだもん。それにクラス中にいじめられてたような根暗でキモいやつだし」
一瞬頭が真っ白になった。話の流れからそうじゃないかとは思ってたけど、いざ本当にそうだと知ると、やっぱり衝撃が大きい。
一樹は俯いたまま震えている。この世の終わりみたいな顔をして。中学の時なんて五、六年前のことだ。それなのにここまで動揺してしまうなんて、当時どれだけ苦しい思いをしたんだろうな。
「綱島っていっつも下向いて黙ってるやつで、たまに喋っても何言ってるか分かんなかったよねぇ」
「そうそう! アハハ!」
「綱島ぁ、今はちゃんと喋れんの? 黙ってないで何か言えよ」
ポニーテールの子はしゃがんだまま、一樹のことをどついた。ビクリと震えてさらに深く俯いたっきり、何も言葉を発しない一樹がひどく痛々しい。
彼女の顔はニヤニヤと醜く歪んでいる。ショートカットの子も同じように笑いながら「ちょっとー、綱島かわいそうじゃーん」なんて嘲笑混じりに言った。
「アハハ、こいつ何も言わないじゃん。やっぱあの頃から変わってないんだねー」
一樹はどれだけ辛い思いをしたんだろうなとか、それなのに反省した様子ひとつ見せないどころかニヤニヤ馬鹿にしてるこいつらは何なんだとか、色んな思いが渾然一体となってカッと頭に血が上った。
俺は気付いたら、花火の燃えカスと水が入ったバケツを手に持って、その中身を思いっ切り彼女らに向けてぶちまけていた。
「――バッカじゃねえの、お前ら。ホモとか根暗とかそんなしょうもない理由で人をここまで傷付けといて、それで何とも思わない訳? 何でニヤニヤ笑ってられんの? マジで頭おかしいだろ」
状況がよく分かってないのか、彼女たちは呆然と固まっていた。その髪からはぽたぽたと雫が落ちている。
俺は乱暴に荷物をまとめて、一樹の手を掴んで強引に立ち上がらせた。彼の手は冷え切っていた。
「……信じらんない。水かけるとか最っ低! 意味分かんない! 警察行ってやるから!」
ややあって、ポニーテールの子が目を剥いて怒り出した。
ぐらぐらと煮えたぎる怒りでどうにかなりそうだ。俺はその怒りをなんとか飲み下して、「行けば?」と低い声で言った。
「勝手にしろよ。それで警察の人に『昔いじめてたやつをまたいじめてたら、そいつの友達にキレられて水かけられましたー助けてくださいー』って言えば? 堂々とそう言えるもんならな」
彼女は唇を噛んできっとこちらを睨んだ。もちろん反省の色なんて微塵も見えない。
俺は彼女らに黙って背を向けた。そして一樹の腕を引っ張りながら、早足でその場を後にした。
歩いても歩いてもはらわたが煮え繰り返るような怒りが収まらない。仮にも女の子相手だと思って殴らなかっただけ褒めてほしいくらいだ。
一樹がいじめられてた相手はあの子たちだけじゃないんだろう。クラス中にいじめられてたって言ってたから。
その中にはたぶん、一樹を裏切った友達がいるんだろうな。友達なのに助けなかったとか、見て見ぬ振りしたとか、一緒にいじめてきたとか、そんなやつが。
考えれば考えるほどに腹が立つ。こんなに腹が立ったのは、妹の千夏が中二の時、同じ部活の人にスパイクを捨てられたとか何とかで泣き帰ってきた時以来だ。
あの時は我を忘れるくらいに腹が立った。だって千夏は滅多に泣かない気丈な子だから。彼女が必死に止めてこなかったら、俺は本気で陸上部に殴り込みに行っていたと思う。
自分がどこに向かっているのか、ていうかここがどこなのか分からなくなるくらい河原を歩いた頃、不意に手を引かれた。
振り向くと、一樹が弱々しく俺のことを見上げていた。ぽろぽろと泣きながら。
その悲しい表情を見たら怒りが一気に引っ込んだ。俺は慌てて立ち止まって、一樹の目元に手を伸ばした。
「な、泣くなよ。落ち着いて――っていっても無理か。あー……とりあえず、座る?」
一樹がこくんと小さく頷く。俺が河川敷にそっと腰を下ろすと、一樹もそれに倣うように座った。
彼は声を押し殺すようにして涙をこぼしていた。その姿が痛々しく見えて、俺はそっと彼の肩を抱いた。好きなだけ泣けよ、って言うみたいに。
そしたら彼は膝を抱えて顔を覆った。優しく肩を叩いていると、彼はとうとう声を上げてしゃくり上げ始めた。
一樹はどれだけ辛くて、惨めで、悲しい思いをしたんだろう。少しでもその苦しみを肩代わりできればいいのに。
そんなことを考えながら、俺は黙って彼に寄り添った。
やがて一樹は落ち着いてきた。しゃくり上げる声が収まってきて、すんすんと鼻をすすり始める。
俺は片手でボディバッグをしばらく漁って、ようやく探り当てたティッシュを「一樹、ティッシュ使う?」と差し出した。
彼は小さく首を縦に振って、顔を伏せたままそっと受け取って鼻をかんだ。
「あ、あの……俺……」
やがて彼は真っ赤に泣き腫らした目で、だけどさっきよりは幾分か落ち着いた表情で俺の顔を見た。けれどすぐに顔を伏せ、うろうろと視線を彷徨わせてしまう。
彼は俺と目を合わせないまま「その……」とか「えっと……」とか「お、俺……」なんて口にした。だけどどれもちゃんとした言葉にはならない。しまいには、彼はがりがりと頭を掻きながら、焦ったように浅い呼吸を繰り返した。
「ご、ごめん、上手く話せなくてごめん。えっと、俺、あの……ごめん。あああ、駄目だ、どうしよう、言葉出てこない。ごめん、俺、俺……」
「ゆっくりでいいよ。落ち着けって。な?」
「ごめん、俺あの、違うんだ。話せる、ちゃんと話せるから。だから、俺のこと見捨てないで。本当ごめん、ごめんなさい。嫌いにならないで」
彼の目が再び潤み始める。分からないけど、何かしらのトラウマを呼び起こしちゃったのかもしれない。
胸が痛い。俺は努めて優しい声で、ゆっくりと話しかけた。
「大丈夫。大丈夫だから。そんなことで嫌いになんてならないよ。何なら話さなくってもいいから。な? だから落ち着いて、深呼吸して」
「ごめん、俺、」
「謝んなって。一樹は何も悪くないから」
宥めるように肩を叩きながら、一樹が落ち着くまでしばらく待った。そうしたらやがて、彼は小さな声でおずおずと話し出した。
「……俺が、友達に裏切られたって話はしたでしょ?」
「うん、聞いた」
「で、その……俺、昔っから同性のことしか好きになれなくてさ、初恋が同性の同級生だったんだ。中一の時に同じクラスのサッカー部のやつを好きになって、でも叶う訳ないよなって思って、一年ぐらい誰にも言わず隠し通してきて」
「うん」
「だけど、小学校の時から仲良くしてた友達がいてさ、そいつとはすごく仲良くしてたし信頼してたから、そいつになら打ち明けてもいいかな、俺が同性愛者だってこと受け入れてくれるかなって……思っちゃったんだ。勘違いだったけど」
一樹が後悔するように囁く。何となく先の展開が読めて、俺は彼の肩を抱く手に力を込めた。
「……次の日には、俺が同性愛者でサッカー部のやつが好きだってことが、クラス中に広まってた。誰が広めたかなんて言うまでもないよね。で、皆に散々キモいとかありえないとか言われて……気付いたらいじめが始まってた」
彼は強く拳を握った。そして、血反吐を吐くように続けた。
「……それからは、悪口言われたり笑われたりとかは当たり前で、気付いたら物がなくなってたり、持ち物に落書きされたり、あとは、殴られたり蹴られたり、服を――」
「――もういいよ、一樹。話さなくていい、そんなこと詳しく話さなくていいから」
俺はもう堪らなくなって、思わず一樹の言葉を遮った。さっきからずっと心が締め付けられるように痛くて、ヘドロのような胸糞悪い気持ちが腹の底でぐるぐると渦巻いている。
叶うならその友達も、いじめの主犯格だったやつも、さっきの女二人も、いじめを見て見ぬふりしたやつも、全員まとめて殴り飛ばしてやりたい。やっぱり水をぶっかけたくらいじゃ足りなかったかな。
「それでさ、しばらくずっと耐えてたんだけど、ある日突然学校に行けなくなったんだ。どんなに頑張っても玄関から足が動かなくなって。そういう時って本当に、玄関で靴を履いた後、冗談みたいに一歩も動けなくなるんだよ。で、不登校になっちゃった」
「……聞いていいのか分かんないけど、親はなんて?」
「……学校でいじめられて不登校になるような息子なんてとんでもない、お前は我が家の恥だ、って言われたよ。うちは医者一家だからか、親が極端なエリート主義なんだよね。だから、お前みたいな出来損ないの息子はいらないってさ」
一樹は顔を歪めた。笑おうとしたけど失敗した、って感じに。その表情はとても痛々しかった。
「それで、しばらく不登校を続けた後に学区外の中学に転校して、高校は極力地元から遠いところに進学して……もう親には期待されてないから、はなから医学部は諦めて違う学部に進学して、それで今に至るって感じ」
「そ、っか……」
「……実は俺、地元は東京なんだ。だけど、金は出すからうちから出て行ってくれって親に言われちゃって。俺なんかとはなるべく早く縁を切りたいってことなんだろうね。それで、実家から大学は近いのに一人暮らししてるんだ」
そこまで話して、一樹は顔を伏せた。
俺は一樹に何か言葉をかけたくて、でも何も思いつかなくて、口を開けたり閉じたりした。辛かったな、なんて軽々しく言ったら、分かったように言うなって思われるかもしれないから。
実際、俺には分からない。想像はできても、身に染みて理解することはできない。いじめも家族との不仲も全く縁のない人生を送ってきたから。
「……ごめんね」
「え?」
「迷惑だよね、こんな話されても。俺、余計なことまでいっぱい話しちゃった。ごめん、今の話忘れて」
ぎこちなく笑う一樹が見ていられなくなって、俺は「そんなことない!」と大声を出した。
「迷惑なんかじゃないよ。話してくれてありがとう」
「……本当に?」
「もちろん! 迷惑に思ってるとかじゃなくて……俺、一樹と違って呑気に生きてきたから、何か無神経なこと言っちゃいそうで、なんて言えばいいのか分かんないけどさ――」
思わず、一樹の肩に回した手に力がこもる。俺は悩みに悩んで、結局思ったことをそのまま口に出した。
「一樹は悪くないよ。でも環境が悪かったな。同性愛者だからっていじめるなんて本当に意味分かんねーし、自分の息子に我が家の恥だって言う親なんて最低すぎる。マジで信っじらんねえ。でも、世の中そんな最悪なやつばっかりじゃないから大丈夫だよ。むしろそんなやつの方が少数派だと思うし、大丈夫。だから――ええと、あー、上手く言葉がまとまんねー! とにかく、俺は一樹がこうやって話してくれて嬉しいし、一樹は何も悪くないし、きっとこれから良いことがいっぱい起きるから大丈夫!」
一樹はぽかんと口を開けていた。その表情を見たら、何だかアホなことを言っちゃった自分が恥ずかしくなってきて、俺は「あー、えーっと」なんて口ごもった。
そしたら彼は、不意に笑いをこぼした。驚いていると、彼はくすくすと笑いながら空を仰いだ。
「なんか、千冬くんがそう言ってるのを聞くと、じゃあ大丈夫なんだろうなって気分になってくるなあ」
「……どういう意味? 良い意味?」
「良い意味だよ。すっごくね。俺、君のそういうところ大好き」
彼はさりげなく涙を拭って、俺の顔をちらりと見て笑った。さっきまでのぎこちなさはどこにもない、自然な笑顔だった。
「このまんまだと俺、君なしじゃ生きていけなくなっちゃうかも。困るなあ」
彼の笑顔はへにゃりと柔らかくて、ちょっと悪戯っぽい色を含んでいた。その表情からも、声色からも、俺に心から気を許してるんだってことがひしひしと伝わってくる。
一樹は本当に俺のことが好きなんだな、とか、俺のことをこんなに無防備に信じてくれるんだな、とか、一樹がこんな風に柔らかく笑ってくれるのは俺にだけなのかな、とか、そんなことを考えたらもう堪らなくなった。
切ないような温かいような激情が胸元に突き上げてきて、俺は気付いたら彼を強く抱きしめていた。
胸が苦しい。強い力でぎゅうぎゅうと締め付けられているみたいだ。いくら彼を抱きしめてもこの気持ちは消えていかない。どころか、どんどん強くなっていく。
「……千冬くん、ちょっと痛い」
ややあって、彼に遠慮がちに言われて初めて我に返った。俺は慌てて「あ、ご、ごめん!」と彼を離した。
「いや、全然大丈夫なんだけど、どうしたの?」
「え!? あ、いや、何でもない。あー……そうだ、あっちの方にコンビニあったじゃん? 俺、なんか飲み物とか買ってくるよ。一樹何がいい?」
「……随分いきなりだね? コンビニ行くなら俺も行くけど」
「い、いや! 俺一人で行くよ! 一樹のこと励ましたいなーって気持ちで買ってくる訳だから。何かある? 何でもいい? よしじゃあ俺買ってくる! 待ってて!」
「ええ……突然なに……?」と困惑している彼を置いて、俺は財布を片手に走った。
自分の言動が不自然なことは自覚している。でも、今は一旦彼から離れないと、どうにかなりそうだった。
顔が熱い。駄目だ、この感じは間違いなくあれだ。
しばらく走って、コンビニが見えてきた。俺はようやく力が抜けて、ずるずるとその場にしゃがみ込んだ。
こんなタイミングで自覚するなんて思ってもみなかった。あーこれ駄目だ。本格的に駄目だ。一樹の笑顔とか、「千冬くん」って呼び方とかを思い出すだけで、どうしようもなく胸が苦しい。
ちゃんと好きになれるかどうか分かんないって馬鹿なこと言ったのはどこの誰だよ。いや俺か。本当に馬鹿じゃん俺。
「あー……好き……」
俺は顔を覆って、呻くように呟いた。心臓が長距離を全力疾走した後みたいにばくばくと鳴っている。
考えてみたら、思い当たる節が多過ぎた。一樹と過ごす時間は心地良くて、一樹のことは何でも知りたいって思って、一樹と一緒だと些細なことも楽しくて。
そこまで来て、今までどうして気付かなかったんだよ。初恋もまだのガキかよ。偏見はないつもりだったけど、もしかしたら心のどこかで「同性だから」ってストッパーかかってたのかな。
好きになれるか分かんない、どころの話じゃない。気付いたらすごく好きになっちゃってる。今までで一、二を争うくらいに。
ぐるぐる渦巻く感情を整理するのに時間がかかって、俺はしばらくの間そこから動けなかった。
そして買った飲み物を手に一樹の元へ戻った時には「随分遅かったね。大丈夫?」と彼に再び怪訝な顔をされてしまった。曖昧に笑って誤魔化したけど。
1
お気に入りに追加
136
あなたにおすすめの小説

初心者オメガは執着アルファの腕のなか
深嶋
BL
自分がベータであることを信じて疑わずに生きてきた圭人は、見知らぬアルファに声をかけられたことがきっかけとなり、二次性の再検査をすることに。その結果、自身が本当はオメガであったと知り、愕然とする。
オメガだと判明したことで否応なく変化していく日常に圭人は戸惑い、悩み、葛藤する日々。そんな圭人の前に、「運命の番」を自称するアルファの男が再び現れて……。
オメガとして未成熟な大学生の圭人と、圭人を番にしたい社会人アルファの男が、ゆっくりと愛を深めていきます。
穏やかさに滲む執着愛。望まぬ幸運に恵まれた主人公が、悩みながらも運命の出会いに向き合っていくお話です。本編、攻め編ともに完結済。

ド陰キャが海外スパダリに溺愛される話
NANiMO
BL
人生に疲れた有宮ハイネは、日本に滞在中のアメリカ人、トーマスに助けられる。しかもなんたる偶然か、トーマスはハイネと交流を続けてきたネット友達で……?
「きみさえよければ、ここに住まない?」
トーマスの提案で、奇妙な同居生活がスタートするが………
距離が近い!
甘やかしが過ぎる!
自己肯定感低すぎ男、ハイネは、この溺愛を耐え抜くことができるのか!?
平凡な俺が双子美形御曹司に溺愛されてます
ふくやまぴーす
BL
旧題:平凡な俺が双子美形御曹司に溺愛されてます〜利害一致の契約結婚じゃなかったの?〜
名前も見た目もザ・平凡な19歳佐藤翔はある日突然初対面の美形双子御曹司に「自分たちを助けると思って結婚して欲しい」と頼まれる。
愛のない形だけの結婚だと高を括ってOKしたら思ってたのと違う展開に…
「二人は別に俺のこと好きじゃないですよねっ?なんでいきなりこんなこと……!」
美形双子御曹司×健気、お人好し、ちょっぴり貧乏な愛され主人公のラブコメBLです。
🐶2024.2.15 アンダルシュノベルズ様より書籍発売🐶
応援していただいたみなさまのおかげです。
本当にありがとうございました!

からかわれていると思ってたら本気だった?!
雨宮里玖
BL
御曹司カリスマ冷静沈着クール美形高校生×貧乏で平凡な高校生
《あらすじ》
ヒカルに告白をされ、まさか俺なんかを好きになるはずないだろと疑いながらも付き合うことにした。
ある日、「あいつ間に受けてやんの」「身の程知らずだな」とヒカルが友人と話しているところを聞いてしまい、やっぱりからかわれていただけだったと知り、ショックを受ける弦。騙された怒りをヒカルにぶつけて、ヒカルに別れを告げる——。
葛葉ヒカル(18)高校三年生。財閥次男。完璧。カリスマ。
弦(18)高校三年生。父子家庭。貧乏。
葛葉一真(20)財閥長男。爽やかイケメン。

【完結】ぎゅって抱っこして
かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。
でも、頼れる者は誰もいない。
自分で頑張らなきゃ。
本気なら何でもできるはず。
でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。
お酒に酔って、うっかり幼馴染に告白したら
夏芽玉
BL
タイトルそのまんまのお話です。
テーマは『二行で結合』。三行目からずっとインしてます。
Twitterのお題で『お酒に酔ってうっかり告白しちゃった片想いくんの小説を書いて下さい』と出たので、勢いで書きました。
執着攻め(19大学生)×鈍感受け(20大学生)

家事代行サービスにdomの溺愛は必要ありません!
灯璃
BL
家事代行サービスで働く鏑木(かぶらぎ) 慧(けい)はある日、高級マンションの一室に仕事に向かった。だが、住人の男性は入る事すら拒否し、何故かなかなか中に入れてくれない。
何度かの押し問答の後、なんとか慧は中に入れてもらえる事になった。だが、男性からは冷たくオレの部屋には入るなと言われてしまう。
仕方ないと気にせず仕事をし、気が重いまま次の日も訪れると、昨日とは打って変わって男性、秋水(しゅうすい) 龍士郎(りゅうしろう)は慧の料理を褒めた。
思ったより悪い人ではないのかもと慧が思った時、彼がdom、支配する側の人間だという事に気づいてしまう。subである慧は彼と一定の距離を置こうとするがーー。
みたいな、ゆるいdom/subユニバース。ふんわり過ぎてdom/subユニバースにする必要あったのかとか疑問に思ってはいけない。
※完結しました!ありがとうございました!

告白ゲームの攻略対象にされたので面倒くさい奴になって嫌われることにした
雨宮里玖
BL
《あらすじ》
昼休みに乃木は、イケメン三人の話に聞き耳を立てていた。そこで「それぞれが最初にぶつかった奴を口説いて告白する。それで一番早く告白オッケーもらえた奴が勝ち」という告白ゲームをする話を聞いた。
その直後、乃木は三人のうちで一番のモテ男・早坂とぶつかってしまった。
その日の放課後から早坂は乃木にぐいぐい近づいてきて——。
早坂(18)モッテモテのイケメン帰国子女。勉強運動なんでもできる。物静か。
乃木(18)普通の高校三年生。
波田野(17)早坂の友人。
蓑島(17)早坂の友人。
石井(18)乃木の友人。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる