猫をかぶるにも程がある

如月自由

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本編

10 線香花火ってめちゃくちゃエモいよな

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 線香花火って、何ですぐ消えちゃうんだろうな。すぐ消えちゃうからこそ綺麗なのかな。何かそういう格言ありそうだな。知らんけど。
 そんなアホなことをぼうっと考えながら、俺は線香花火を見つめた。

 宿に着いて荷物の整理をした後、俺たちは宿に併設されていた体育館でしばらくバスケをやった。一応バスケサークルだし。そんなにガチでやらないけど。大学を代表して公式戦に出たりするのは、サークルじゃなくて部活の方だ。
 その後、大浴場で汗を流して皆でご飯を食べてから、皆で花火をやろうってことになった。このために合宿係が大量に買い込んだらしい。
 宿の裏手に海辺があったため、俺たちは暗くなってから砂浜に花火とチャッカマンとその他諸々を持ち込んで、ささやかな花火大会を開催することになった。

 サークル員の多くは、ネズミ花火やら打ち上げ花火できゃあきゃあ騒いだり、手持ち花火を振り回して絵を描いてみたり、振り回した結果「危ねーよ!」なんて怒られたりしている。
 俺も最初はそっちに加わって騒いでいた、いやむしろ先陣切って騒いでいたんだけど、ちょっと疲れちゃって今は一人で黙々と線香花火に火をつけていた。
 バスケ、全力でやり過ぎたかな。それとも最初からトップスピードではしゃぎ過ぎたかな。
 ちなみに涼は気付いたら彼女の美帆とどこかへ消えていたし、宏輝は最初の十分だけ花火をして「もう眠いし俺は寝る」と言ってさっさと宿へと帰っていった。お前ら自由だな。

「……ちーくん」

 不意に隣から声が聞こえた。数ヶ月前は毎日のように聞いていた声だ。声の方を振り向くと案の定、元カノの花澄だった。
 花澄は外はねボブの毛先を軽く弄りながら、俺のことを上目遣いで見た。「線香花火、私にも一個くれる?」と言ってきたので、俺は黙って一つ手渡して、火をつけてやった。
 花澄はサークルの同期で、大学一年の秋から半年ほど付き合っていた元カノだった。振られたけど。

「何かさ、ちーくんとこうやって二人きりになるの、久しぶりだね」

 花澄は線香花火をじっと見つめながら言う。

 彼女に「ちーくん」と呼ばれるのが好きだった。彼女は付き合っていた頃、どこか甘えるような柔らかい言い方で「ちーくん」と呼んでいた。変わんないんだな、呼び方。
 そりゃセックスはちゃんとできなかったけど、それ以外の部分で目いっぱい尽くしたつもりだった。なのに、思っていたよりずっと短く、あっけなく終わってしまったから、俺はしばらく引きずっていた。
 正直、二人きりになったら今でも動揺するだろうとは思っていた。――でも、案外何ともないんだな。少しの気まずさが残るばかりだ。

「ちーくんさ、さっき大伍とか順平とかとすっごいはしゃいでたよね。私、菜々とあれ見てて笑っちゃった」
「まあ……でもあれは大伍と順平がアホなだけだよ。あいつらまだあっちで何かやってんじゃん。うわ、あいつら夜の海入りやがった。アホだなーほんと」
「ふふ、本当だ。じゃあちーくんは、何で今は一人で線香花火やってるの?」
「うーん、そういう気分だからかな。俺、線香花火大好きだからさ、一人で静かに眺めたいんだ」

 花澄は「んふふ」って感じの笑いをこぼした後、線香花火に目を落としたまま言った。

「ちーくんって自由だよね。何にも縛られてない感じ」
「そう?」
「うん。私、ちーくんのそういうところ好きだな」

 驚いて花澄を見ると、彼女も俺と目を合わせてきた。花澄の上目遣いの目は心なしか潤んでいた。

「――私、別れてから色々考えたんだけど、やっぱりまだちーくんのことが好きみたい」

 花澄はまっすぐ俺を見つめながら言う。
 ……思っていたよりも何も感じなかった。ただ、今更だなぁ本当、としか。

「ちーくん以上に良い人なんていなかったよ。ごめん、私、ちーくんに酷いこと言っちゃったよね。本当に謝りたいと思ってるんだ」
「……セックス一つまともにできないなんて男として終わってる、ってやつ?」
「うん。本当にごめん、私……」
「いいよ。もう気にしてないし」
「本当? ……やっぱり、ちーくんって優しいよね、すっごく」

 俺は花澄の言葉に苦笑した。優しいから許したんじゃなくて、もうどうでもいいだけなのにな。
 ちーくん以上に良い人なんてって、花澄は俺と別れた後サークルの先輩と付き合い始めたはずなんだけど。振られたり上手くいってなかったりして、俺により戻そうって言ってきたのかな。
 俺はそんなに都合のいい男じゃないんだけど。

「私、もうあんな酷いことは言わないし、ちーくんの全部受け止めるよ。だからさ、私たち、やり直せないかな?」
「無理だよ」
「……どうして?」
「だって俺、今付き合ってる人いるし。そいつと別れて花澄とやり直す理由がないよ」
「……どんな人? 同じサークルの子?」
「違う。同じ学科で軽音サークル入ってるやつ。これ」

 スマホを操作して一樹の写真を表示して見せた。花澄は俺のスマホを覗き込んだ後「えっ」と声を上げた。

「何これ。男じゃん」
「うん」
「え、ちーくんってば男に走っちゃったの? ごめん、そんなに私が言ったことってショックだった?」
「は? 何が?」

 何を言ったのか分からなくて、意図せず冷たい声が出た。
 ショックだった? ごめん? ショックだったから男にって、何だよその言い方。

「え、だって男だよ? おかしいでしょ普通に。私の言葉で自信なくしちゃって、もう女の子とは付き合えないってなっちゃったから、男と付き合ってるってことじゃないの?」
「は? 何言ってんのお前」
「違うの? じゃあ何で男と付き合ってるの?」
? 何その言い方」
「だってそうでしょ。同性と付き合ったって無駄じゃん。周りから白い目で見られるだろうし」

 あー、俺、何でこんなやつのこと好きだったんだろ。ほんの少し胸の奥で燻っていた恋心が、急速に冷めていくのを感じた。
 百歩譲って「同性と付き合ったって無駄」と思うのはいい。だけど、それを堂々と口に出すのは違うだろ。しかも同性と付き合ってるって言ったやつの目の前で。
 俺はそう怒ろうかと思った。が、やめた。付き合ってる頃ならまだしも、もうどうでもいいし。

「あーまあ、そうかもな」

 投げやりに言うと、花澄は「は? 何それ」と冷たい声色で吐き捨てた。

「私はさ、ちーくんのためを思って言ってるんだよ? 男同士なんて未来ないし、普通じゃないよ」
「はぁ……。かもな」
「ねえ真剣に答えてくれる? そんな適当な返事じゃなくて。私、真剣に話してるじゃん。男同士と付き合うより私と付き合った方が絶対世間体とかいいし、皆から祝福されるに決まってる。それに私の方がちーくんのこと――」
「じゃあ真剣に答えるけどさ」

 線香花火の火を無理やり落として、俺は花澄に向き直った。

「まず世間体とか皆とかって何? 逆にさ、俺と付き合ってたのは世間体が良くて皆から祝福されるからなの? 俺っていう人間はどうでもいいってこと? そんな死ぬほどくっだらねえ理由で俺と付き合ってた訳?」
「そ……そんな言い方しなくたっていいじゃん……」
「したくもなるだろ。だって俺はさ、周りがどうこうじゃなくて、「野々村花澄」って一人の人間を魅力的に思ってたから付き合ってたのに。なのに周りがどうとかで平気で他人のこと馬鹿にするとか、何か、思い出まで汚されたみたいですげえショックだわ」

 花澄は「そんなの……」と心なしか涙声になって俯いた。
 何か、一樹に会いたいな。不意にそんなことを思った。「ちーくん」じゃなくて、一樹のあの声で「千冬くん」って呼ぶのが聞きたい。

「ていうかさ、男同士は未来ないとか知らねーわ。未来がどうなんて俺が決める。関係ないお前が口出ししてんじゃねえよ」
「……後で絶対後悔するよ、そんなの」
「別に、後悔したってそれが俺の人生だし」
「男同士とか変だよ。絶対私の方がいいのに」
「まあ、お前はそう思ってりゃいいよ。じゃあな」

 俺は立ち上がって、花澄に背を向けた。鼻をすするような音が聞こえたが、無視をして。
 ここから少し離れた場所まで歩いていこう。皆の騒ぎ声が全然聞こえなくて、こんなくだらないこと話しかけられない場所。
 そこで夜の海眺めながら、一樹に電話するんだ。一樹、今何やってんだろうな。




「もしもし、千冬くん?」

 しばらく歩いて、周りに誰もいない静かな場所まで辿り着いた。遠くから騒ぐサークル員の声が聞こえる。
 俺は砂浜に腰を下ろして、一樹に電話をかけた。そしたら思いのほか早く繋がって、一樹が嬉しそうに俺の名前を呼ぶ声が聞こえた。

「もしもし。一樹、今何やってる?」
「今? 家でだらだらしてた。千冬くんは?」
「俺ね、今夜の海見てる。いいだろ」
「夜の海?」
「そ。宿のすぐ近くに海あってさ、そこで皆で花火やってたんだよね」
「花火? いいなあ。俺、花火なんてしばらくやってないかも。でもじゃあ、サークルの友達と花火しないで、今俺と電話して大丈夫なの?」
「うん。もう一通り騒いだし。あとさ、何か無性に一樹の声聞きたくなって」

 一樹は少しの間黙った。かと思えば、小さく「ううう……」と唸る声が聞こえた。

「えなに、お前どうしたん?」
「だって、千冬くんがそんなこと言うから……。ずるいよそんなの。やめてよ。俺、もっと千冬くんのこと好きになっちゃうよ」
「なっていいよ。だって俺ら付き合ってんじゃん」
「うぁ……」

 一樹は変な声を漏らした。その後、「……勘違いして本気で舞い上がっちゃうから、やめてよほんとに」と小さく呟く。

「勘違いって何が?」
「……何でもない」

 一樹はそれ以上の追求を拒絶するような声色で呟いた。俺は釈然としないながらも話題を変えた。

「花火っていえばさ、俺、線香花火が一番好きなんだよね。一樹は?」
「俺も線香花火が一番好きかなあ。地味っていえば地味だけど、何だかんだで一番綺麗だよね」
「分かる。あと線香花火ってめちゃくちゃエモいよな。俺さ、線香花火だけを何種類も集めてやりたいくらい好き。そんなん絶対飽きるって言って誰も一緒にやってくれないけど」
「あはは、そうかも。でも俺はやってみたいと思うけどな」
「じゃあ今度一緒にやろうぜ」

 え? と一樹は間の抜けた声を漏らした。

「線香花火しかやらない花火。線香花火だけネットで買ってさ。東京って確かそこら辺で花火できないんだっけ? だからいつどこに行って花火やるかも決めないとな」
「え……俺と? 二人で?」
「以外に何があんの」
「うわ……そっか、そっかぁ……。俺、ずっと君と花火したいなって思ってたんだ。嬉しい」

 一樹は喜びを噛み締めるようにしみじみと言った。なら誘えよ。この様子だと、本当はやりたいけど誘えてないことが他にもあったりするのかな。
 俺はそう思って一樹に聞いた。

「他には?」
「他?」
「うん、他に俺とやりたいこと、あるなら教えて」
「! 俺、その……君とお祭り行きたいな。いい?」
「いいに決まってんじゃん。行こ。どこのやつ行く?」
「任せるよ。俺、祭りって全然行ったことなくて詳しくないから」
「んーそっか、じゃあ今度会った時に決めよ。てか、一樹って祭り全然行かない人なの? あんま好きじゃない?」
「嫌いとかじゃなくて、一緒に行く人がいなくてさ。友達全然いないから。……だから俺、中高の時は一回も行ったことない」
「へー。じゃあこれから新鮮な気持ちで祭り楽しめるってことじゃん。いいな」

 俺はというと、祭りは大好きだったしいつも思い切り参加していた。俺の地元は田舎だから、地域の人皆で集まって開催する祭りが年二回あって、俺はそれが好きだった。
 東京の大きな神社とかで開催される大規模な祭りもいいけど、地元の祭りもちょっと恋しいな。

 そんなことを考えていたら、一樹が笑いを含んだ声で言った。

「……君って、ほんとにポジティブだよね。そう返されるとは思わなかった」
「あれ、俺なんか変なこと言っちゃった? ごめん」
「ううん全然。……そうだね、これから新鮮な気持ちで楽しめるって考えたら、悪くないのかも」
「だろ? でも俺も上京二年目でさ、東京の祭りは去年二回行っただけだから全然知らね」
「へえ。千冬くんの地元の祭りはどんな感じだった? ていうか地元どこだっけ」
「長野。俺の地元の祭りはさ――」

 一樹が楽しそうに相槌を打ってくれるから、俺は調子に乗ってたくさん話した。俺は話すのが好きだから、こうやって聞いてくれるのは嬉しい。

 俺、一樹に色んなこと知ってもらいたいんだ。家族のこととか、地元のこととか、中高の時どう過ごしてたかとか、好きな食べ物とか、あとは何の花火が好きかみたいなちっちゃいことも。俺っていう人間を分かってほしい。
 それで、一樹のことも色々教えてほしい。良いところも悪いところもたくさん。一樹っていう人間がどんな人なのかを知りたい。
 でも一樹は家族のことも、地元がどこなのかも、中高の時はどんな生活を送ってたかも、何にも話したがらない。

 そういうことを無理に聞くのはよくないって分かってるから何も聞かないけど、いつかちゃんと教えてくれるかな。教えてくれるといいな。
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