猫をかぶるにも程がある

如月自由

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本編

9 千冬ってたまに変だよね

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 次の日、俺はバスに揺られていた。サークルの合宿所へと向かうバスだ。

 俺たちのサークル「On And On」は、三泊四日で海沿いの宿に泊まる。合宿担当の人たちの間で海に行くか山に行くか大層もめたらしいが、結局夏合宿は海、冬合宿は山で落ち着いたようだ。
 バスの中で俺は、ぼうっとファストラバーズの演奏の動画を見ていた。隣の席に座っていた友達が眠ってしまって暇になったからだ。
 こういうバスの中って、最初の方はワクワクしながら話したり、ビンゴ大会が始まって盛り上がったりするんだけど、しばらくすると半分くらいの人が寝ちゃうんだよな。俺はいつも「暇だな」と思いながらぼうっと起きてる人だけど。
 大体サービスエリアで起きて、サービスエリア限定のアイスやら何やらを買ってはしゃぐところまでがセットだ。

 やっぱ上手いな、一樹。
 もう繰り返し見ているのに、俺はそうしみじみと思った。他の曲も聴いてみたいし、オリジナル曲も聴いてみたい。あと、高校の時の軽音部で演奏した動画とかないのかな。あったら見せてもらいたいな。

「千冬、何見てんの?」

 後ろから声が聞こえた。見ると、友達のりょうが後ろの席から俺を覗いている。どうやら、彼も隣の人が眠ってしまって暇みたいだ。

 涼はサークルに入ったばかりの時から仲の良い友達の一人だ。いつもにこにこしてて、めちゃくちゃ良いやつだから大好き。
 涼には付属生なんだけど、付属校の時から付き合っている彼女がいる。今涼の隣で眠っている同期の子がそうだ。もう付き合い始めて四年目だったかな。

 涼の彼女は韓国アイドルが好きで、髪型や服装、メイクが全て韓国風だ。ちなみに彼女の今の髪型はブルーブラックのロングだ。
 涼も彼女の趣味に影響されて、最初は「韓国のアイドルってなかなか顔と名前覚えられないなぁ」なんて思っていたらしいのに、今じゃ彼女と同じくらい推している。
 涼自身の見た目も韓国風だ。涼の今の髪色は彼女とお揃いのブルーブラックだし、服装も韓国系だし。
 そのうえ涼はかなり美容に気を遣っているし、「僕さ、メンズメイクもありなんじゃないかなって最近思うんだよね」なんて言っている。これも彼女の影響である。
 彼女に影響され過ぎじゃないかな……と少し思わなくもないが、涼が楽しそうだし、似合ってるからそれでいいか。

 俺は覗き込んできた涼にスマホを手渡した。

「軽音サークルのバンドの演奏」
「うちの大学の?」
「そう。何だっけ、えーっと、BRUE――」
「――MOMENT?」
「そうそれ」
「へー。あそこレベル高いらしいよね」

 涼はスマホを受け取って画面に目を落とした。で、スマホを見た途端「あっ」と声を上げた。

「僕このバンド知ってる。ファン多くて上手いところでしょ? メジャー狙えるんじゃないかって言われてるくらい」
「え、有名なんだ」
「うん有名。割と色んな人から話聞くよ。美帆(みほ)もここのバンド好きらしいし。何か学祭で聴いてハマったらしいんだよね。僕も一緒に聴いたけど、確かにすっごい上手かった」

 美帆みほっていうのは涼の彼女だ。今彼の隣で寝ている彼女。
 涼は俺よりもずっと幅広い友達がいるから、涼が有名って言うんならそうなんだろうな。
 でも、そんなに有名だなんて知らなかった。確かに、一樹が自分でサークルの看板バンドだって言ってはいたけど。
 あれだけ上手ければ当然だけど、ファストラバーズが好きな人は、一樹の歌声が好きな人は、俺だけじゃなくてたくさんいるのか。何だかちょっとだけもやっとした。

「これ何の時の演奏?」
「何か、夏合宿でのライブの映像。特別に動画撮って送ってもらった」
「へー。これ僕にも聞かせてよ」
「いいよ。イヤホンこれな」
「ありがと。ていうか、意外だな。千冬ってこういうのも聴くんだ。いつも聴くの、洋楽とかヒップホップばっかりじゃなかったっけ?」
「そうなんだけど、最近は邦ロックもいいかなって思い始めてる。まだ全然知らないけど」
「へー、いいんじゃない? でももっと意外なのがさ、千冬って軽音サークルに知り合いいるんだね」
「うん。同じ学科のとも――」
「?」

 俺は口ごもった。一樹のことを自然に「友達」と言いそうになってしまったが、一樹は確か、俺と付き合ってるってことをバンドメンバーに言ってくれてたんだっけ。
 付き合ってるってことを隠されるのは嫌だよな。何か、隙あらば別の出会いを探してる感じが出ちゃって。
 恋愛感情があるのかは何とも言えない。でも、一樹と過ごすのは楽しいから、別れるつもりも別の子に乗り換えるつもりも全くない。
 だから、ここは隠さない方がいいよな。しかも涼はすごく仲の良い友達だし。

「……実はさ、同じ学科のやつがこのバンドやってて」
「へー。千冬って学科何だっけ。英文?」
「そう。で俺、そいつと今付き合っててさ」
「えっ、そうなん――んん?」

 涼はぱちくりと目を瞬いて、もう一度まじまじとスマホを見た。

「……あれ? このバンド、男しかいない……よね?」
「うん。涼はそういうの気にしないだろ?」
「まあ、気にはしないけど……驚きはするよ。千冬って男もイケたんだ」
「うーん、俺も全然イケるとは思ってなかったんだけど、付き合ってみたらアリだなって思って」
「へー……そういうことってあるんだね。ちなみに――」
「ちなみにどの人? いつから? どういうきっかけ?」

 横から別の声が挟まってきて驚いた。見ると、涼の彼女の美帆が身を乗り出してスマホを覗き込んでいた。

「あれ、美帆起きてたんだ。いつの間に?」
「今さっき。こんな面白そうな話してんのに寝てるとかもったいないでしょ。てか、どうせなら宏輝こうきも起こしてあげれば? 宏輝だけ仲間外れみたいじゃん」「確かに。おーい宏輝起きろー」

 涼は美帆の言葉に頷いて、無遠慮にがしがし前の座席を蹴り出した。俺は「もっと優しい起こし方あるだろ」と苦笑して、隣で眠りこけている友達の肩を揺らした。
 彼は「ん……んー……? もうサービスエリア?」と眠そうな声で呟いた。

 宏輝っていうのは、俺の隣に座っている友達だ。宏輝も涼と同じく、一年の時からずっと仲が良い同期だ。
 宏輝はザ・スポーツマンって感じの見た目をしている。黒髪の短髪で、背が高くて、身体は引き締まっていて、精悍な顔つきで。
 そのうえ優しいから当然モテるんだけど、宏輝は女の子からのアプローチに一切振り向かない。何でも他人に恋愛感情を抱けないんだとか。
 もったいない、とは思わない。別に人の勝手だし。でも宏輝は、他人の恋愛話を聞くのはかなり好きらしい。自分自身が興味を持てないから、尚更。

「サービスエリアはまだ全然先だけど、千冬が面白そうな話してるから起こしてあげようと思って」
「面白い話? 何?」

 宏輝は目を擦りながらこっちに身を乗り出してきた。そうやって皆に身構えられると、何だか話すのが恥ずかしいな。
 俺は頭をかいて、小さく言った。

「あの……俺に彼氏ができたって話」
「えっそうなのか? おめでとう。かの――ん? 彼氏?」
「うん」
「男もイケたんだな、千冬」
「らしいね」
「らしいねって……他人事かよ」

 宏輝は少しの間驚いていたが、「何にせよおめでとう」と笑った。

「で? どんなやつ?」
「それを今から聞こうとしてたの。で、どれ?」

 美帆に促されて、俺は動画の中央を指差した。

「これ。ボーカル」
「あっ、めちゃくちゃ歌上手い人だよね? 私、この人の歌好きで何度かこのバンドの演奏見に行ってるよ! そっか、この人か」

 美帆は目をキラキラさせながら言う。「んー? よく見えん」と宏輝が言うので、俺は動画じゃなくて一樹が送ってきた写真の方を表示して、一樹を拡大して見せた。

「この、真ん中の黒髪」
「ボーカルの人、こんな顔してたんだ。思ってたよりイケメンだね。推せる」
「僕はイケメン云々よりも表情の方が気になるんだけど。この人、何でこんな虚無の顔してんの? 普段からこんな感じ?」
「写真がめちゃくちゃ苦手らしい。普段はもっと笑うやつなんだけどな」
「ほーん……何か意外だな。千冬と系統違うよな? 何がきっかけで付き合うようになったんだよ」

 宏輝は顎を触りながら問いかけてきた。俺はうーんと悩んだが、結局素直に答えた。

「宅飲みしてたらヤっちゃって、そのまま付き合うことになった」

 三人は同時にふき出した。そしてけらけら笑いながら口々に言う。

「何か、千冬ってそういうのばっかりだよね。前の彼女もその前の彼女もそうじゃなかったっけ?」
「だったね。前の彼女はサシ飲み帰りに告白されて、そのまま誘われて流れでヤったんだっけ」
「その前の彼女が新歓飲みで逆お持ち帰りだろ?」
「千冬は貞操観念が緩い訳じゃないと思うんだよね。絶対浮気はしないし。でも、何だろうね。押しに弱い?」
「あー……」

 涼の指摘に俺は呻いた。
 押しに弱い点は、俺も自覚している欠点だ。別に嫌々他人に合わせているんじゃなくて、押されるとすぐその気になってしまうのだ。単純なのかもしれない。

「その欠点、ちょっとは直した方がいいと僕は思うよ」
「……はい」

 俺は涼の言葉に素直に反省した。妹の千夏にもよく言われるんだよな、この欠点。

「で? その前段階の話を聞かせろよ。前々からずっと仲良かった訳じゃないよな? 軽音サークルの友達の話とか聞いたことないし」
「ああ、うん。知り合ったのは六月ごろだったかな。それ以前は話したこともなかった」
「へー、じゃあどんなきっかけで知り合ったの? ゼミ?」
「いや、ゼミは全く別。一樹――あ、そいつ一樹って名前なんだけど、一樹は確か近現代の英文学のゼミで、俺が英米演劇のゼミ」
「全然違うな。じゃあ何で?」

 俺は一瞬口ごもったが、正直に言った。

「俺が学食で坦々麺食べてて」
「うん」
「立ち上がった時に一樹にぶつかって、その汁を思いっきり一樹の白Tにぶちまけちゃってさ。それをきっかけに仲良くなった」
「……ん? 今、すごい展開の飛躍がなかった? それをきっかけに、って何?」
「何って言われても……そのままだけど」
「……そこから何があったら付き合うことになるんだ?」
「俺にもよく分かんない……」

 知り合ったきっかけを改めて他人に話してみると、何でこれで付き合い始めたのか分からないな。俺の印象、普通だったら最悪じゃない?

「でも何か、仲良くなる前から一樹は俺のこと好きだったらしいんだよね。一目惚れって言ってた」
「あー……千冬の顔ならそれもありえるか。千冬めちゃくちゃイケメンだし」
「ありがと。涼だって格好良いし、俺お前の顔好きだよ。でさ、ヤっちゃった翌朝に一樹に告白されたんだけど、その時半泣きで、何でもするから付き合ってくれって縋り付かれたんだよ。何か一樹、本当に俺のこと大好きみたいでさ」
「それで、いいよ付き合おうって言っちゃったって訳か」
「そう。そこまで想われたら悪い気はしないっていうか」

 三人は何とも言えない顔をしていた。「何?」と聞くと、美帆と涼が渋い顔で口を開いた。

「いや……何でそれで付き合おうってなんの? 普通さ、半泣きで縋りつかれて告白されたら引くよね? しかもヤった翌朝でしょ?」
「うん……正直僕もそれはないわって思った。千冬ってたまに変だよね。たまにじゃないか?」

 宏輝も黙ってうんうんと頷いている。あれ? 何で?
 涼は苦笑いを浮かべて続けた。

「まあ……君がそれで幸せなんだったらいいんだけどさ。で、今付き合って一ヶ月くらい? どんな感じ――」

 涼が言いかけたそのとき、前の方から「そろそろサービスエリアに着きそうなんで、寝てる人は起こしてあげてね~!」という声が聞こえてきた。

「――色々話聞きたかったんだけど、また後で教えてよ」
「俺にもな」
「えー涼と宏輝は千冬と同室でずるいな。私にも後でちゃんと聞かせて?」

 三人から口々に言われて、俺は笑って答えた。

「うん、話したいことたくさんあるから、後でな」
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