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本編
7 こんなのもうセックスじゃん
しおりを挟む一樹との通話が終わってしばらくして、俺が夕飯を食べ終わった頃に、一樹から写真と動画が送られてきた。思ったより送ってくるのが早かった。
一樹からは「金髪マッシュがギターのヤリチンで、黒髪ロン毛がベースのメンヘラ製造機、茶髪ウルフがドラムのヒモだよ」というメッセージが添えられている。
写真の方から見てみたら、そこには四人の男がそれぞれ楽器を持って写っていた。
まず一樹が一番前に写っていて、その隣にいるギターを持っている人が、一樹が「ヤリチン」って言ってた人かな。
彼は金髪マッシュヘア、それもキノコのような形に切り揃えられた髪型で、一重の細い目をしている人だった。なんていうか、髪型にしても服装にしても、俺がイメージするバンドマンそのままだ。すごくギターケースを背負って街中を歩いていそうに見える。
で、俺は詳しくないからギターとベースを見分けられないが、一番端にいるこの人がベースの人だろう。「メンヘラ製造機」って言われていた人。
彼はゆるくパーマをかけた黒い髪を肩の辺りまで伸ばしていて、丸眼鏡をかけている。バンドマンっていうより神保町にいる文学青年って感じがする。気怠そうな雰囲気の人だ。
そして奥でドラムと共に写っているのが「ヒモ」の人だろう。
彼はオレンジっぽい茶髪(けれど根本の方は黒い)で、髪型はウルフカットだった。というか、多分色落ちしたあと染め直してなくて、伸び切っただけの髪型っぽいな。よく分からない謎のキャラクターが描かれているTシャツも目をひく。
写真に写っているメンバーの中ではダントツで楽しそうな笑顔をしている。犬みたいな笑顔だ。すごく人懐っこそうに見える。
なんていうか、全員系統が違ってすごく面白い。一体どういう経緯でバンドを組んだんだろう。
しかし、こうやって静止画でじっくり見てみると、一樹は結構かっこいい。この中で一番イケメンに見える。
一樹は、俺が「センター分けとか似合いそう」と言ったせいか、その後本当にセンター分けにするようになった。
最初の方は照れ照れしながら「……似合う、かな? 変じゃない?」なんてよく俺に聞いてきていた。その度に似合う似合うと言い続けていたら、付き合って一ヶ月ほど経った今では、もう当たり前のようにセンター分けにしている。
三白眼で切長な目をしているせいか、隈があるせいか、色白なせいか、一樹は少し不健康そうに見える。センター分けをすると目元がよく見えて、それがより際立つ。
というか実際のところ不健康だと思う。夜遅くまでのバイトをしているし、バンドの練習も結構夜遅くになることが多いし、そのくせ全然寝ないし、挙句毎日のように酒とタバコだ。
長生きできなさそうで少し不安になる。
が、その不健康そうな感じが逆にアンニュイさを醸し出していて、妙な魅力がある。何なんだろうな。
一樹は笑うと印象が柔らかくなるし、俺といる時は大体笑っている。けれど写真が苦手らしく、写真に写るときは大体真顔だ。そうするとアンニュイさが前面に出てくるから、いつもと違って少しドキッとする。
だが一樹は、大学に行く日は相変わらず重い前髪で顔を隠し、無地のTシャツとジーパンを着ている。俺と遊ぶ日やバンドの練習しかない日、バイトしかない日はちゃんとお洒落しているが。
なんで大学に行く日は地味な格好をしているんだと聞いてみたところ、一樹は「学校っていう空間が嫌いだから、なるべく空気みたいな存在になりたくて」と言っていた。なんだかよく分からない理由だ。
あと「俺、同年代の女が怖くて苦手だから、女の視界に絶対入らないような格好してるんだ」とも言っていた。苦手なのは同年代の女の子だけで、年上の女性は全然大丈夫らしい。やっぱりよく分からない。
一樹みたいなタイプとは、交際はおろか友達付き合いだってしたことがない。
だから、考えの一つひとつが新鮮だったりする。よく分からない考えもありはするけど、それもそれで面白い。
高校の時、俺の学校にも軽音部があった。軽音部のクラスメイトは、いつもは教室の隅で音楽を聴いているのに、文化祭のステージの上だと別人のようにギラギラ輝いていた。
俺はそれにびっくりして、仲良くなりたいと思って彼に何度か声をかけたことがある。が、あからさまに拒絶されるので鼻白んでやめてしまった。
たぶんだけど、一樹は高校時代そういうやつだったんじゃないかな。自分だけの世界を持っていて、休み時間にイヤホンをつけて、一人で黙って教室の窓を見つめてるようなやつ。
俺はそういう横顔に、無性に憧れたことがある。「自分だけの世界」ってやつを俺は持っていないから。
でも、俺はそういうやつに決まって理由もなく避けられるから、仲良くなれた試しがなかった。
だから俺は、こうして一樹と親しくなれて嬉しい。仲良くなってみて、一体どんな考え方をしているのか、そこにどんな世界が眠っているのか、ずっと知ってみたかったタイプだから。
俺が想定していたのは友達付き合いだから、こうして恋愛関係になることは想定していなかったんだけど。
だけどまあ、恋愛感情の有無はよく分からないにしても、一緒にいるのは楽しいからこれも悪くない。……身体の相性も、正直良いんじゃないかと思うし。
一通り写真を見た後、俺は次に動画の再生ボタンを押した。画面を横向きにして、ベッドに寝っ転がった辺りで一樹が口を開いた。
「えー、皆さんこんにちは。いやこんばんはか。ファストラバーズです」
一樹は気怠げに話し始めた。
一樹たちが立っているのは、普通のライブハウスのようなステージの上だった。暗いステージの上で、後ろから青い光に照らされている。すごいな、こんなちゃんとしたステージのある合宿場なんてあるのか。
「サークルのあれこれとか、バンドの組み方とか、上達するにはどうすればいいかとか、そういったことはもう他の先輩バンドが話してくれたと思うんで、俺たちから一年に伝えたいことは一つだけです」
一樹は気怠そうな表情で淡々と喋っている。そして、何の気負いもなく次の言葉を発した。
「――俺たちを超える演奏ができるよう、今後の練習頑張ってください」
ざわりとどよめく声がスマホから聞こえた。俺も驚いた。
それは激励の言葉じゃなく、副音声で「無理だろうけどせいぜい頑張れ」なんて聞こえてきそうな言葉だった。そんなことをさらりと言えるなんて、どれだけ自信があるんだろう。
一樹は驚く周囲の声をよそに、平然とギターを構えた。ざわめきが徐々に収まっていく。
やがて訪れた静寂の中で、一樹が深く息を吸う音が聞こえ、そして――。
俺は束の間息をするのを忘れた。一樹の歌声が、あまりにも綺麗だったから。
一樹の地声は低いから、歌声もそうなのかと思っていた。でも、初っ端から伸びやかな高音が響いていったから驚いた。
そのくせ声の色気は健在で、むしろさらに増した。声の震わせ方とか、息の抜き方とか、音程のしゃくり方とか、その全てに色気がある。
どうして綺麗に伸びる歌声なのに、同時にベッドの上で囁かれているような気持ちになるんだろう。その息遣いにドキドキする。
もちろん一樹だけじゃなくて、他のメンバーも上手い。あまり楽器の上手い下手が分からない俺でも、確実に上手いと分かるくらい。
ギターも格好良いし、ベースの音は気持ち良く響いているし、ドラムだって盛り上がるべきところで的確に盛り上げていて格好良い。だけど、一樹の歌声があまりに格好良くて、そればかりが耳に入ってくる。
知らなかった。一樹がこんなに歌上手いなんて。うっとり聞き惚れるくらいに綺麗で繊細なのに、思わず生唾を飲み込んでしまうくらいにエロいなんてずるい。
四分弱、最後の音の響きが消えていって、俺はほうと詰めていた息を吐いた。曲が終わるまで、身体に力が入っていることにすら気付かないくらい、曲に集中していた。
一樹はマイクの近くに置いてあったミネラルウォーターを掴んで一気飲みすると、蓋を閉めて口元を拭った。曲の余韻が残っているのか、その動作すらエロいものに見えてドキッとした。
その間に、ギターの金髪マッシュくんが何やら機材を軽く操作している。
そして何も言わないまま一樹は再びギターを構えた。背後の照明が青から赤に変わる。その後一樹はちらりとメンバーとアイコンタクトして、小さくカウントをした。
「ワン……トゥー……ワン、トゥー」
一瞬の静寂が訪れた後、さっきまでの曲とは雰囲気の違うギターが鳴らされ始めた。どこかアダルティックに歪んだ音だ。
さっきの曲は、爽やかさや切なさの中に少しアダルトさを隠し味として加えた感じの演奏だった。が、今度は打って変わってアダルトさを全面に押し出してくる演奏だ。
そして一樹は歌い始めた。原曲を事前に聞いていたから分かるが、どうやらAメロは原曲とは違い、一オクターブ下げて歌っているらしい。
さっきの伸びやかな高音や、切なげに囁く歌声とはまた違う、色気を全開にした低く甘い声だった。俺は思わず動画を停止して呻いた。
「エッ……ロ」
思わず口から溢れ出た。
さっきの曲の歌声が「ベッドの上で囁かれているような気持ちになる」なんて思っていたが、嘘だ。この曲の歌声こそベッドの上での囁きだ。
曲の冒頭ですらこんなにエロいなんて、続きを聞くのが逆に怖い。これを生で聞いた人たち、絶対正気じゃいられないだろ。そんなことを本気で考えた。
俺はしばらく謎に躊躇った後、恐る恐る再生ボタンを押した。流れてくる歌声は相変わらずものすごく色気たっぷりだ。歌詞がアダルティックなのがまたさらにエロい。
俺は食い入るように演奏を見つめた。歌声や合間の吐息がいちいちやらしくて、すごく腰にくる。
サビでの勢いのある高音や、良い意味での荒々しさがまた格好良くてエロい。歌を聞いているだけなのに、一樹に抱かれてるみたいな気持ちになる。こんなのもうセックスじゃん。
一樹は最後まで色気たっぷりに歌い上げ、ギターをかき鳴らした。バンドメンバーの三人とぴったり息を合わせながら。
最後の音が溶けて消えた後、一樹は前髪を気怠げにかき上げながら薄く笑って言った。
「ありがとうございました。九月の初めにライブやるから来てね。そっちはオリジナル曲メインでやるんで」
一樹はアンニュイな雰囲気を最後まで崩さないまま、薄らと口元を上げて笑っていた。
いつもの一樹とは全然雰囲気が違う笑みにも、前髪を無造作にかき上げる仕草にも、目が惹きつけられた。
一樹がそう言い終わると、わあっと歓声が沸いて拍手が巻き起こる音が聞こえた。うるさいくらいに盛り上がっている。
ギターの金髪マッシュくんが「下北のハコでやるから是非来てね! 後で詳細は全体ラインに流すよ!」と手を振り、後ろでドラムスティックをぶんぶん振り回しながら茶髪ウルフくんが「俺らすっげー頑張るから! オリジナル曲めっちゃ頑張って作ったし!」と愛嬌たっぷりの笑顔で続けた。
ベースの黒髪ロン毛くんはというと、何も言わずペットボトルの水を呷った後、一樹に煙草を吸うジェスチャーをして嫌そうな顔をされていた。この人も煙草吸うのか。
そこで動画が終わった。俺は深くため息を吐きながらベッドの上に倒れ込む。
――めちゃくちゃ上手いしめちゃくちゃエロかった。
心臓がドキドキを通り越してバクバク鳴っている。目を閉じると一樹がギターを弾きながら歌っている姿が目に浮かぶ。
上手いんだろうなとは思っていたが、ここまでとは思わなかった。……本当、格好良かったな。
俺は脳内で何度か演奏を反芻した。しばらくしたら落ち着いてきて、一樹に感想送ろうかなと起き上がって――最悪なことに気付いてしまった。
「うっわ、マジかよ……」
俺は思わず頭を抱えた。……なんと、アソコがしっかり勃ってしまっていたのだ。
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