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本編
2 罪深い私
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――私の人生で一番の幸運は、魔王様に一番近くでお仕えできていること。私の人生で一番の不幸は、その魔王様に本気で恋をしてしまったこと。
あの方、魔王カノン様は本当に素晴らしい方だ。カリスマというのは彼のことを言うのだと思う。
強すぎるその力故に親に捨てられたそうだが、しかしそのことをものともせずに力強く生き、魔王様は周りの魔族を惹きつけて離さなかった。
その圧倒的な力と王者の貫禄、しかし慈悲深く心優しい性格と、その類稀なほどに整った顔立ちは、まさに天に定められた絶対的支配者だったのだろう。
そんな魔王様と私が出会ったのはたまたまだった。私は先代の元で働いてはいたものの、ただ殺されないように、逆らわないように、息を潜めて生きるだけの毎日だった。
そんなある時、確か先代が、なかなか命令に従わない街を一つ焼き払えと命令した時だったと思う。
痛む良心を無視して火が放たれるのを黙って見ていた私の目に飛び込んできたのは、一人の少年だった。それが魔王様だ。
『こんなの許せない……』
彼のまだ若い瞳は怒りに燃えていた。その鮮やかな紅い瞳が美しいと思った。
それにどうしようもなく魅せられた私は、先代のところから逃げ出すことを決め、彼に手を差し伸べた。
その手をとった魔王様と私は、道中で様々な魔族を仲間に引き入れながら破竹の勢いで進んだ。
最初は私と魔王様だけだったが、魔王軍に虐げられる町や魔族を救うたびに感謝され、そして同じ志を持つ者が集まり、魔王様は日に日に強くなっていって。
皆この悪夢にうんざりしていたのだ。それを魔王様は救ってくださった。
そしてあっという間に先代は倒され、彼が魔王となった。誰もがこの奇跡に感動し、魔王様に感謝を捧げた。
しかしそれだけで魔王様は終わらなかった。虐げられていた民たちを救うべく、反対勢力は次々に切り捨て血塗られた道を進みながら、様々な改革を行った。
そしてわずか十年ほどでこの国は見違えるように平和になった。
だが魔王様の快進撃はまだ続いた。
同じ魔族が奴隷として虐げられていることを知るや否や、その魔族奴隷たちの解放を謳い、人間の国に宣戦布告をし、魔王様自ら先陣を切って戦いを挑んでいった。
結果魔王様に勝てる人間などいようはずもなく、次々と魔王様は他国を下した。
世界征服も夢ではなかった。けれど魔王様が望んだのは世界征服ではなく世界平和だった。
故に魔族奴隷を解放させ我が国で保護をすると、あとは大した賠償金も領土もとらずに講和条約を結んだ。とったのは我が国が赤字にならない程度の金と、保護した魔族たちが暮らせるだけの土地のみ。
それどころか、戦争が終わったのちは相手国を保護国化することもなく独立国として認め、積極的に外交に励み、交易を行おうと努力していた。
魔王様が魔族だけではなく、人間にとっても英雄、世界平和の象徴と呼ばれるようになって久しい。
とある宗教の女神信仰をこじらせ魔王を目の敵にする国に、勇者と呼ばれる人間兵器を送られ続けていることにも「大した害はないから」と黙認し続け、あっさりと無力化しているところも評価を上げる要因になる。
その国は厄介なことにかなりの勢力を持っている。魔王様はむやみに大きな戦争を起こして、悲しみの種をばら撒きたくないのだろう。なので黙認する代わりに簡単に無力化し、暗にそちらの国力は我が国に到底及ばないと示し続けている。
魔王様はいつも、魔族に大きな危険が及ばない限りは何事も広い心で受け止める。自らに向けられる嘲りすらも。
あの方は世界最強とも言われる力を持っているのに、とても慈悲深く心優しい方なのだ。
送っているそちらの国の立場ばかり悪くなっていくのに、そちらは気付いているのだろうか。かの国が躍起になって勇者を送るたび、少しずつ見切りをつける国が増えているそうなのに。
本来であれば勇者というのは魔王様並に強く、世界を揺るがしかねないほどの力を持つはずだ。実際、勇者の手によって殺された前魔王も少なくない。
しかし魔王カノン様だけは別格だった。
魔王様自ら全力の加護を歩兵にすらかけ、適当なところで負けて城まで誘導してこい、あとは自分が始末する、と命令し、本当に言葉通りあっさりと始末してしまうのだ。
国民にすら被害がない。なぜならあらかじめ人気のない方に誘導させ、町や村に入ろうものなら魔王様自ら全力で張った結界に阻まれるから。
だからあり得ないことに、何度勇者が来ようとも我が国に実害はほとんどないのだ。城が多少壊れたりはするが、それも魔王様がすぐ直してしまう。
――そんな魔王様を隣で見続けて、惚れない方がおかしいと思う。
魔王様は本当に格好良いのだ。全国民の憧れといっても過言ではないと思う。言動だけではない、その容姿も言わずもがな。
その艶やかな長い黒髪と、鮮烈な紅い瞳と、抜けるように白く繊細な肌と、通った鼻筋と、薄く艶かしい唇と、引き締まった長身。
全てにおいて作り物のように整っていて、黙っていれば彫刻のように美しく、口を開けばどこからか溢れ出る色香で皆を魅了し、戦場に立てばその猛々しい美しさで圧倒する。
そんな魔王様に対して私はずっと、非常に罪深いことをし続けている。
「はぁ……魔王様、魔王様……」
寝台に寝転がり、勃ち上がった自身を慰めながら魔王様を小さく呼ぶ。こういう時に考えるのはいつも魔王様のこと。
私などが穢していいような方ではないのに、身体はどうにも言うことを聞いてくれない。魔王様の側に寄るだけで、触れて私で穢したくなるようになったのは最近のことじゃない。無表情を保つのが辛いのだ。
こんなこと知られたら軽蔑されるだろう。だけど好きで、好きで好きで堪らなくて、つい考えてしまうのは止まらない。
あの低くてどこか甘さを含んだ声で「ヒューイ」と呼んでもらえたなら。
あの白い肌に噛んで、吸い付いて、私のものだという証を残せたら。
あの薄赤い唇に私の唇を重ね、中まで味わうことができたなら。
ああ、そうならば私は、きっと年甲斐もなく我を忘れてしまう。
魔王様はどんな声で啼くのだろう。どんな顔で善がるのだろう。
あの形のいい眉がきゅうと寄って、切なげに掠れた声で「ヒューイ」と呼んで、あの赤い瞳が潤んで、頰が赤らんで、懇願するように私を見つめて。
きっとそれは、この世の何よりも美しく艶かしい。
私でたくさん穢してしまいたい。その蕾の内を私のもので貫いて、私の、白濁が――。
「ん――っ」
そうして精を吐き出してしまってからようやく、あまりの後悔に埋まってしまいたいとすら思うのだ。
想像の中ですら、あの方を穢していいものか。私の醜い欲望などを叩きつけていいような方でないのに。それを私は、こんな形で――失格だ。魔王様の側近失格だ。
そうやって延々と後悔しながら、だけど心のどこかで、ああ、魔王様のあの目が私に向くことはないものか、と小さな望みのない希望を宿してしまう。
魔王様はどうやら色事に関心がない。いくら見目麗しい者がいようと興味なさげに睥睨するのみ。
それだから、今のところ一番近しい存在は自分だという自負が捨て切れず、おかしな欲望を抱いてしまうのだ。
そうして日に日に肥大していく魔王様への思いをひた隠しにしつつ、日々を過ごしていたある日――大きな転機が訪れる。
今までで一番強力な勇者。それが魔王軍の共通認識だった。
どんな勇者でも魔王様は玉座から立ち上がることなく倒してしまうのだが、今回ばかりは違うかもしれない。お手を煩わせないように、少しでも、力を削らなくては。
そう思い必死に立ち向かうも、駄目だった。歯が立たず、私は悔しさのあまり頭が沸騰しそうになるのを感じていた。
そして勇者に負わされた大きな傷が治るや否や、すでに控えていた魔王軍と共に私は勢い込んで謁見の間へ足を踏み入れた。
「ご無事ですか、魔王様……! 此度の勇者は段違いに強く魔王様の元へ向かわせるまでに極力弱らせようと画策したのですが歯が立たず――あの、勇者はどこに」
しかし魔王様はいつも通り――否、いつもより気怠そうにはしていたが、頬杖をついて、やはり玉座から立ち上がることなく自らの足元を指差した。
「そこの首と胴体の別れた男がそうだ。確かにずる賢い手を使ってはきたが……そうか、強かったのか」
興味がなさげに吐き捨てる魔王様。私含め、皆少しの間放心状態になってしまったのは致し方ないだろう。
そしてふつふつと込み上げてきた感情も、恐らく皆同じ。
――自分たちでは歯が立たなかった相手ですら一歩も動くことなく封殺。ああ、魔王様は何と格好良いのだろう。さすが私たちの魔王様だ。惚れ直してしまう。
相変わらずだ、と興奮で高鳴る胸の鼓動を何とか抑えつつ、平素を装って私はその後報告を続けた。しかし魔王様が立ち上がろうとして――
「魔王様ッ!?」
魔王様は小さく呻き声を上げて崩れ落ちてしまった。
何かあの勇者に呪いでもかけられたのか、それとも皆の前で無理をしていたのか、焦る私の目に飛び込んできたのは、想像もつかないような魔王様の表情だった。
その頰には赤みがさしていて、紅い瞳は潤み、ゆるりと眉はひそめられ、僅かに口を開きながら上目遣いで私を見てくる魔王様は――まずい、と思った。
なんて扇情的な表情なのだろう。私の貧相な想像なんかより、ずっと。体温が上がって下半身に熱が集中してしまう。
「ま……魔王様、一体、どうなさったのですか」
「大したことは……あの勇者に、催淫魔法を……」
さいいんまほう、脳内で何度か反芻し、ようやく意味を理解したその時かっと身体が熱くなるのを感じた。
「そ、その……魔王様」
「んっ……すまない、今は触らないでくれ」
何をすればいいのか分からず、とにもかくにも助け起こそうと腰に手をやると、魔王様は僅かに身体を震わせ吐息を漏らした。
普段とは違う、色っぽい魔王様に私は目が離せなかった。思わず喉が鳴る。
「……少し休めば魔法の効果も切れるだろう。すまないが、私は少し休ませてもらう」
「で、でしたらっ! あの、わ、私が、部屋まで支えさせていただきます!」
気付けば、私はそう言っていた。
触れたい。もっと、もっとこの魔王様に、触れて、そして――。
淫らな思いに突き動かされるまま、部屋までお運びし、下がれと言われたにも関わらず私はこう聞いていた。
「魔王様……私に何か、お手伝いできることはありますか」
そんな私に魔王様は、息を呑みこそすれ、咎めることはしなかった。その瞳に期待の色が見えるのは、気のせいだろうか。
「何でも、すると……誓うか」
「ええ、魔王様のためとあらば」
そう答えるや否や、腕を引かれ、深い口づけをされた。そうして、今まで欲望を押さえに押さえつけていた壁が全て崩壊して――。
――何をしてしまったのか、私は。
事が終わると、私は今までで一番激しい後悔に襲われた。
抱いてくれ、とは確かに言われた。言われたが、魔王様には催淫魔法がかけられていたのだ。それも非常に強い勇者による。
それを私は、真に受けて好き勝手抱いて、抱き潰して、挙げ句の果てに魔王様の意識まで飛ばして。
「ああぁ……」
死んでしまいたい。魔王様になんと罪深いことをしてしまったのか。
魔王様は確かに淫らだった。けれど当たり前だ。催淫魔法で正気ではなかったのだろうから。
催淫魔法とはその名前に似合わず、「淫らな欲求を催す」だけに決して留まらない効果がある。この魔法を使ってよく性奴隷がつくられると言えばわかるだろうか。それくらい強力で、滅多に使われない魔法だ。
それなのに、私は、こんなことを! 首を刎ねられてもおかしくないくらいの不敬罪。いや、むしろ刎ねられてしまいたい。
意識を飛ばしていたのは少しの間だけだったようで、魔王様が僅かに身じろぎした。
やがて意識が明瞭になったのか、寝台に腰掛ける私の前髪を指でかきあげ、こうこぼした。
「酷い顔だ。私との行為は嫌だったか」
「い、いえ、私などが、その、とても……ああぁ……申し訳ありません……」
後悔にかられるままに寝台の上で土下座をした。
魔王様が少し戸惑ったように「ヒューイ」と私の名前を呼ぶ。事が終わっても名前を呼んでくださるのか、とこの後に及んでまだそんなことを考えてしまった。
「何故謝る」
「わ、私などが魔王様に……自らの浅ましい欲望をぶつけるなどという、正気の沙汰とは思えないようなことを……申し訳ありません、本当に申し訳ありません……」
「大げさだ。それに私がお前に付き合わせたのだろうが」
「でっですが、魔王様には催淫魔法がかかっていて、正気ではなかったのでは……」
「催淫魔法にそれほどの効果があったとは思えないが、確かに善がり狂った自覚はある。とても良かったぞ、ヒューイ……」
とろりと蕩けた瞳で見つめながら、魔王様は白い指を私の頰に添えた。その色気に囚われてしまう。
混乱する私を見て、魔王様は笑いをこぼした。
「随分と顔が赤いな……そういえば、私のことが好きだというのは本当か?」
「あ、あ、あのっその……ぅう」
魔王様はもう片方の頰に手を添えると、鼻がつきそうなほどに顔を寄せてきた。
あまりの混乱に一度頭が弾けてしまったようだ。意味のある言葉を発せない。魔王様の美しい顔がこんなに近くにあると落ち着かない。
すると魔王様はくつくつと笑い出した。こんなに上機嫌な魔王様はなかなか見ない。ああ笑った顔もとても綺麗だ。私はそうぼんやりと考えた。
「驚いた。普段は冷静なお前がこんなに表情を変えるとは。どうやら私のことが好きなのは本当のようだな」
「も、申し訳ありません……」
私などの劣情で魔王様の心を乱してしまうのが申し訳ない。穴に埋まってしまいたい。俯くと、魔王様は「謝ることはない」と笑いを含んだ声で言い、続けた。
「……そうだ、お前は私にやたらと伴侶を見つけて欲しがっていたな。ならばお前がなれ」
再度頭が弾けてしまう。今魔王様は何と言ったのだろう。わ、私が、魔王、様、の?
固まってしまった私を見て、今度こそ魔王様は腹を抱えて笑いだした。
「何だその顔は」
「え、だ、だって、その……は、んりょ? 私が? ですか?」
「そうだ。ちょうどいいだろう?」
「あ、え、だって、あの、なん、えぇ……?」
突然の展開に頭が理解を拒む。意味のない言葉を口から垂れ流し、ついに何もわからなくなって私は顔を両手で覆った。胸が苦しくて堪らない。
冗談だとしても本気にしてしまうからやめてほしい、心臓がもたないから、と私は切実に思った。
「くく、ヒューイ。先ほどまで強引に私を責め立てていたお前はどこへ行った?」
「あ、あれは……! そ、それを言うなら魔王様だって……魔王様、だって……」
先ほどまでの情事を思い出し、私は頭が沸騰するかのように思えた。
私も私だが、魔王様もかなりの変貌ぶりだった。例えるならまるで、発情しきった、淫魔のような――。
失礼なことを考えてしまい、私は慌ててその考えを振り払った。催淫魔法をかけられ正気じゃなかった相手に、なんてことを。
「申し訳ありません、魔王様は催淫魔法をかけられていたの――」
「私は元々ああだ。催淫魔法といえど行為が始まってしまえば大した効果もなかったしな。どうも私は普段と夜では性格が変わるらしい」
絶句してしまった私に、魔王様は楽しそうに笑った。それから少しからかうように続ける。
「なぁヒューイ。番う上で一番大切なものは何だと思う?」
「え、ええと……心が通じ合うか否か、でしょうか……?」
「そうか。私は身体の相性だと思う」
「えっ」
また何も言えなくなってしまった私の髪を、魔王様は掬うようにくしけずった。
「お前は他の誰よりも格段に身体の相性が良い。そもそも、他の者は遠慮をしてなかなか私を組み敷こうとはしないからな。その点お前は良い。あの容赦のない責め方は私好みだ。ならば伴侶にお前を選びたくなるのは当然のこと」
「……そんな、理由で……?」
「身体の相性は重要だろう? 死ぬまでに何度身体を重ねると思っている」
平然と言ってのける魔王様に、私は内心首を傾げた。魔王様は、このような方だっただろうか。
「……あの、魔王様。もしや今まで誰とも婚姻関係を結ばなかったのは……」
「身体の相性の問題だな」
魔王様はあっさりと答えた。私は何度か瞬きをしつつ考え込み、思わず首を傾げてしまった。
そんな問題であるなら、魔王様の伴侶を探している時に感じていた、今までの私の苦い思いは何だったのだろう? ひどい脱力感が私を襲う。
「それがなくとも、お前ならば良いと思っていたのも事実だが。私はお前以上に信頼できる者も、頼りにしている者も、心の通じ合う者もいないと思っている。お前は違うか、ヒューイ?」
不意打ちだった。完全に不意打ちだった。私は嬉しくて仕方なくて、けれどなんて言っていいか分からなくて、ただただ「違いません」と答えた。私の声は、今までにないほど弾んでいた。
「そうだろう? ならば決まりだヒューイ。それに私は、もうお前を離してやれそうにない……んっ」
魔王様は私の身体に手を回すと、口づけをしてきた。情熱的で、身体の芯が熱くなるような口づけを。
蕩けてしまいそうだと思った。唇が離れる時に紡がれる銀の糸すらも艶かしい。
私の腕の中で、とろりと甘く私を見つめる魔王様は美しくて、可愛らしい。魔王様がさらに乱れる姿を思い出して私は、生唾を飲み込んだ。もっと、と求めてしまう私は本当に罪深い。
「ああ……その顔だ。お前のその顔が堪らない」
うっとりと言う魔王様は、婉然と微笑み、私にこう囁いた。
「ヒューイ。催淫魔法がそんなに気になるのなら、効果が切れた今、もう一度するか……?」
魔王様は自らの窄まりを指で開いた。その中から、ぐぷり、と淫靡な水音を立てて私が散々出した白濁が溢れる。
誘うように扇情的なその姿に、理性の箍がまた外れてしまいそうになる。
「魔王様……」
「カノンだ、ヒューイ」
「っ……カノン、様。カノン様は、私だけと約束していただけますか? ……私は、カノン様を愛しています。ずっと、ずっと、誰よりもっ……」
「んっ、はぁんンっ……あ、あぁ……ヒューイ、私は……ァんっ……!」
私は腰を掴んで再び、私の怒張で魔王様の中をこじ開けた。魔王様は答えようとするも、恍惚に身を震わせ艶かしい吐息を漏らす。
私などがおこがましい、そう封印していた思いは、もう抑えられそうもない。魔王様にその封印を解かれてしまった。ならば、責任を取ってもらわなくては困る。
こんな姿を、誰にも見せたくない。私だけ、私だけが知る姿でいてほしい。醜い独占欲が私の心を満たす。
「愛しています、カノン様……私だけ、私だけのものでいてくれますか……?」
「あぁんっ、ァ、ヒューイっ……約束、するっ……お前だけの、ン、ものに、あぅっ、なるからぁ……」
もっとしてくれ、という囁きの色香にやられ、私は残っていた理性を再び手放した。
……その後、今までの色事に対する淡白さは何だったのかと思うほどの速さで、気づけば私は魔王様――否、カノン様の手によって、伴侶の座に収まっていた。
周囲には私の身体ばかり心配されるので、恐らく私が抱かれていると思われているのだろう。私とて、事情を知らなければきっとそう思う。
カノン様は私と一緒になってしばらくの間、かつてないほどに上機嫌だった。あまりにもにこやかだと、見惚れる者が続出するからやめてほしい。
カノン様はそれからというものの、頻繁に私をからかうようになった。
急に愛してると耳元で囁いては満足気になったり、ふとした時に腰を抱かれては顔が赤いぞと笑われたり。
ずっとずっと想ってきた相手なのだから仕方がないでしょう。そう言うと、カノン様は決まって嬉しそうになる。それほどまでに好かれて嬉しくないはずがない、そう言って。
それなのに、夜になると豹変する。それがまた堪らない。
普段は凛として美しいカノン様が、夜は快楽でどろどろに蕩けた顔をして、ヒューイ、ヒューイ、と私の名前を切なげに呼ぶのだ。私の背中に跡をつけて。
私だけが知っているカノン様だ。他の誰にも渡さない。否、渡せるはずがない。
しばらく身体を重ねて、思っていたよりもずっとカノン様は淫らなのだと知った。
だって、私の陰茎をいつもうっとりと眺めるし、強引に押し倒して下に手を伸ばしても、そこはいつだって私の指を嬉しそうに受け入れる。
それから私の白濁を美味しそうに飲み込むし、何なら顔にかかっても恍惚とした表情をする。
もともと私は、罪悪感に押し潰されそうになりながらもカノン様を好きなように扱うことを想像してきた。
だが実際のカノン様は私の想像以上で、それに影響されたのか、私は日に日に登ってはいけない階段を登っているような気がする。
カノン様には、未だ追いつけていないし追いつける気もしない。
けれど、それも悪くないと思えてしまうのは、既にどうしようもないくらいにカノン様に溺れてしまったということだろう。
色々と問題はあるし苦労もある。けれど――この生活が幸せだ、と私は自信を持って言える。
事を終えた後の甘く気怠げな雰囲気の中、カノン様は軽く唇を重ねると、柔らかく微笑んだ。
「ヒューイ、愛してる」
「わ……私も、です」
カノン様はくすりと笑った。
「お前は本当に、普段は生娘のような反応をするな」
「きっ……そ、それを言うなら、カノン様なんて……」
「何だ? 淫乱とでも言いたいのか?」
「そんな……ことは……」
言いながら、先ほどの行為を思い出して私は埋み火のような興奮が再び煽られるのを感じた。
カノン様はそんな私を愛おしげに見つめると、不意に私の猛りに舌を這わせた。
「かっ……カノン、様……」
「ヒューイの顔を見ていたらもう一度したくなった。お前は寝てろ。私が、動くから……」
――そう言われつつも、その日は結局、私の方からがつがつと責め立ててしまった。
あの方、魔王カノン様は本当に素晴らしい方だ。カリスマというのは彼のことを言うのだと思う。
強すぎるその力故に親に捨てられたそうだが、しかしそのことをものともせずに力強く生き、魔王様は周りの魔族を惹きつけて離さなかった。
その圧倒的な力と王者の貫禄、しかし慈悲深く心優しい性格と、その類稀なほどに整った顔立ちは、まさに天に定められた絶対的支配者だったのだろう。
そんな魔王様と私が出会ったのはたまたまだった。私は先代の元で働いてはいたものの、ただ殺されないように、逆らわないように、息を潜めて生きるだけの毎日だった。
そんなある時、確か先代が、なかなか命令に従わない街を一つ焼き払えと命令した時だったと思う。
痛む良心を無視して火が放たれるのを黙って見ていた私の目に飛び込んできたのは、一人の少年だった。それが魔王様だ。
『こんなの許せない……』
彼のまだ若い瞳は怒りに燃えていた。その鮮やかな紅い瞳が美しいと思った。
それにどうしようもなく魅せられた私は、先代のところから逃げ出すことを決め、彼に手を差し伸べた。
その手をとった魔王様と私は、道中で様々な魔族を仲間に引き入れながら破竹の勢いで進んだ。
最初は私と魔王様だけだったが、魔王軍に虐げられる町や魔族を救うたびに感謝され、そして同じ志を持つ者が集まり、魔王様は日に日に強くなっていって。
皆この悪夢にうんざりしていたのだ。それを魔王様は救ってくださった。
そしてあっという間に先代は倒され、彼が魔王となった。誰もがこの奇跡に感動し、魔王様に感謝を捧げた。
しかしそれだけで魔王様は終わらなかった。虐げられていた民たちを救うべく、反対勢力は次々に切り捨て血塗られた道を進みながら、様々な改革を行った。
そしてわずか十年ほどでこの国は見違えるように平和になった。
だが魔王様の快進撃はまだ続いた。
同じ魔族が奴隷として虐げられていることを知るや否や、その魔族奴隷たちの解放を謳い、人間の国に宣戦布告をし、魔王様自ら先陣を切って戦いを挑んでいった。
結果魔王様に勝てる人間などいようはずもなく、次々と魔王様は他国を下した。
世界征服も夢ではなかった。けれど魔王様が望んだのは世界征服ではなく世界平和だった。
故に魔族奴隷を解放させ我が国で保護をすると、あとは大した賠償金も領土もとらずに講和条約を結んだ。とったのは我が国が赤字にならない程度の金と、保護した魔族たちが暮らせるだけの土地のみ。
それどころか、戦争が終わったのちは相手国を保護国化することもなく独立国として認め、積極的に外交に励み、交易を行おうと努力していた。
魔王様が魔族だけではなく、人間にとっても英雄、世界平和の象徴と呼ばれるようになって久しい。
とある宗教の女神信仰をこじらせ魔王を目の敵にする国に、勇者と呼ばれる人間兵器を送られ続けていることにも「大した害はないから」と黙認し続け、あっさりと無力化しているところも評価を上げる要因になる。
その国は厄介なことにかなりの勢力を持っている。魔王様はむやみに大きな戦争を起こして、悲しみの種をばら撒きたくないのだろう。なので黙認する代わりに簡単に無力化し、暗にそちらの国力は我が国に到底及ばないと示し続けている。
魔王様はいつも、魔族に大きな危険が及ばない限りは何事も広い心で受け止める。自らに向けられる嘲りすらも。
あの方は世界最強とも言われる力を持っているのに、とても慈悲深く心優しい方なのだ。
送っているそちらの国の立場ばかり悪くなっていくのに、そちらは気付いているのだろうか。かの国が躍起になって勇者を送るたび、少しずつ見切りをつける国が増えているそうなのに。
本来であれば勇者というのは魔王様並に強く、世界を揺るがしかねないほどの力を持つはずだ。実際、勇者の手によって殺された前魔王も少なくない。
しかし魔王カノン様だけは別格だった。
魔王様自ら全力の加護を歩兵にすらかけ、適当なところで負けて城まで誘導してこい、あとは自分が始末する、と命令し、本当に言葉通りあっさりと始末してしまうのだ。
国民にすら被害がない。なぜならあらかじめ人気のない方に誘導させ、町や村に入ろうものなら魔王様自ら全力で張った結界に阻まれるから。
だからあり得ないことに、何度勇者が来ようとも我が国に実害はほとんどないのだ。城が多少壊れたりはするが、それも魔王様がすぐ直してしまう。
――そんな魔王様を隣で見続けて、惚れない方がおかしいと思う。
魔王様は本当に格好良いのだ。全国民の憧れといっても過言ではないと思う。言動だけではない、その容姿も言わずもがな。
その艶やかな長い黒髪と、鮮烈な紅い瞳と、抜けるように白く繊細な肌と、通った鼻筋と、薄く艶かしい唇と、引き締まった長身。
全てにおいて作り物のように整っていて、黙っていれば彫刻のように美しく、口を開けばどこからか溢れ出る色香で皆を魅了し、戦場に立てばその猛々しい美しさで圧倒する。
そんな魔王様に対して私はずっと、非常に罪深いことをし続けている。
「はぁ……魔王様、魔王様……」
寝台に寝転がり、勃ち上がった自身を慰めながら魔王様を小さく呼ぶ。こういう時に考えるのはいつも魔王様のこと。
私などが穢していいような方ではないのに、身体はどうにも言うことを聞いてくれない。魔王様の側に寄るだけで、触れて私で穢したくなるようになったのは最近のことじゃない。無表情を保つのが辛いのだ。
こんなこと知られたら軽蔑されるだろう。だけど好きで、好きで好きで堪らなくて、つい考えてしまうのは止まらない。
あの低くてどこか甘さを含んだ声で「ヒューイ」と呼んでもらえたなら。
あの白い肌に噛んで、吸い付いて、私のものだという証を残せたら。
あの薄赤い唇に私の唇を重ね、中まで味わうことができたなら。
ああ、そうならば私は、きっと年甲斐もなく我を忘れてしまう。
魔王様はどんな声で啼くのだろう。どんな顔で善がるのだろう。
あの形のいい眉がきゅうと寄って、切なげに掠れた声で「ヒューイ」と呼んで、あの赤い瞳が潤んで、頰が赤らんで、懇願するように私を見つめて。
きっとそれは、この世の何よりも美しく艶かしい。
私でたくさん穢してしまいたい。その蕾の内を私のもので貫いて、私の、白濁が――。
「ん――っ」
そうして精を吐き出してしまってからようやく、あまりの後悔に埋まってしまいたいとすら思うのだ。
想像の中ですら、あの方を穢していいものか。私の醜い欲望などを叩きつけていいような方でないのに。それを私は、こんな形で――失格だ。魔王様の側近失格だ。
そうやって延々と後悔しながら、だけど心のどこかで、ああ、魔王様のあの目が私に向くことはないものか、と小さな望みのない希望を宿してしまう。
魔王様はどうやら色事に関心がない。いくら見目麗しい者がいようと興味なさげに睥睨するのみ。
それだから、今のところ一番近しい存在は自分だという自負が捨て切れず、おかしな欲望を抱いてしまうのだ。
そうして日に日に肥大していく魔王様への思いをひた隠しにしつつ、日々を過ごしていたある日――大きな転機が訪れる。
今までで一番強力な勇者。それが魔王軍の共通認識だった。
どんな勇者でも魔王様は玉座から立ち上がることなく倒してしまうのだが、今回ばかりは違うかもしれない。お手を煩わせないように、少しでも、力を削らなくては。
そう思い必死に立ち向かうも、駄目だった。歯が立たず、私は悔しさのあまり頭が沸騰しそうになるのを感じていた。
そして勇者に負わされた大きな傷が治るや否や、すでに控えていた魔王軍と共に私は勢い込んで謁見の間へ足を踏み入れた。
「ご無事ですか、魔王様……! 此度の勇者は段違いに強く魔王様の元へ向かわせるまでに極力弱らせようと画策したのですが歯が立たず――あの、勇者はどこに」
しかし魔王様はいつも通り――否、いつもより気怠そうにはしていたが、頬杖をついて、やはり玉座から立ち上がることなく自らの足元を指差した。
「そこの首と胴体の別れた男がそうだ。確かにずる賢い手を使ってはきたが……そうか、強かったのか」
興味がなさげに吐き捨てる魔王様。私含め、皆少しの間放心状態になってしまったのは致し方ないだろう。
そしてふつふつと込み上げてきた感情も、恐らく皆同じ。
――自分たちでは歯が立たなかった相手ですら一歩も動くことなく封殺。ああ、魔王様は何と格好良いのだろう。さすが私たちの魔王様だ。惚れ直してしまう。
相変わらずだ、と興奮で高鳴る胸の鼓動を何とか抑えつつ、平素を装って私はその後報告を続けた。しかし魔王様が立ち上がろうとして――
「魔王様ッ!?」
魔王様は小さく呻き声を上げて崩れ落ちてしまった。
何かあの勇者に呪いでもかけられたのか、それとも皆の前で無理をしていたのか、焦る私の目に飛び込んできたのは、想像もつかないような魔王様の表情だった。
その頰には赤みがさしていて、紅い瞳は潤み、ゆるりと眉はひそめられ、僅かに口を開きながら上目遣いで私を見てくる魔王様は――まずい、と思った。
なんて扇情的な表情なのだろう。私の貧相な想像なんかより、ずっと。体温が上がって下半身に熱が集中してしまう。
「ま……魔王様、一体、どうなさったのですか」
「大したことは……あの勇者に、催淫魔法を……」
さいいんまほう、脳内で何度か反芻し、ようやく意味を理解したその時かっと身体が熱くなるのを感じた。
「そ、その……魔王様」
「んっ……すまない、今は触らないでくれ」
何をすればいいのか分からず、とにもかくにも助け起こそうと腰に手をやると、魔王様は僅かに身体を震わせ吐息を漏らした。
普段とは違う、色っぽい魔王様に私は目が離せなかった。思わず喉が鳴る。
「……少し休めば魔法の効果も切れるだろう。すまないが、私は少し休ませてもらう」
「で、でしたらっ! あの、わ、私が、部屋まで支えさせていただきます!」
気付けば、私はそう言っていた。
触れたい。もっと、もっとこの魔王様に、触れて、そして――。
淫らな思いに突き動かされるまま、部屋までお運びし、下がれと言われたにも関わらず私はこう聞いていた。
「魔王様……私に何か、お手伝いできることはありますか」
そんな私に魔王様は、息を呑みこそすれ、咎めることはしなかった。その瞳に期待の色が見えるのは、気のせいだろうか。
「何でも、すると……誓うか」
「ええ、魔王様のためとあらば」
そう答えるや否や、腕を引かれ、深い口づけをされた。そうして、今まで欲望を押さえに押さえつけていた壁が全て崩壊して――。
――何をしてしまったのか、私は。
事が終わると、私は今までで一番激しい後悔に襲われた。
抱いてくれ、とは確かに言われた。言われたが、魔王様には催淫魔法がかけられていたのだ。それも非常に強い勇者による。
それを私は、真に受けて好き勝手抱いて、抱き潰して、挙げ句の果てに魔王様の意識まで飛ばして。
「ああぁ……」
死んでしまいたい。魔王様になんと罪深いことをしてしまったのか。
魔王様は確かに淫らだった。けれど当たり前だ。催淫魔法で正気ではなかったのだろうから。
催淫魔法とはその名前に似合わず、「淫らな欲求を催す」だけに決して留まらない効果がある。この魔法を使ってよく性奴隷がつくられると言えばわかるだろうか。それくらい強力で、滅多に使われない魔法だ。
それなのに、私は、こんなことを! 首を刎ねられてもおかしくないくらいの不敬罪。いや、むしろ刎ねられてしまいたい。
意識を飛ばしていたのは少しの間だけだったようで、魔王様が僅かに身じろぎした。
やがて意識が明瞭になったのか、寝台に腰掛ける私の前髪を指でかきあげ、こうこぼした。
「酷い顔だ。私との行為は嫌だったか」
「い、いえ、私などが、その、とても……ああぁ……申し訳ありません……」
後悔にかられるままに寝台の上で土下座をした。
魔王様が少し戸惑ったように「ヒューイ」と私の名前を呼ぶ。事が終わっても名前を呼んでくださるのか、とこの後に及んでまだそんなことを考えてしまった。
「何故謝る」
「わ、私などが魔王様に……自らの浅ましい欲望をぶつけるなどという、正気の沙汰とは思えないようなことを……申し訳ありません、本当に申し訳ありません……」
「大げさだ。それに私がお前に付き合わせたのだろうが」
「でっですが、魔王様には催淫魔法がかかっていて、正気ではなかったのでは……」
「催淫魔法にそれほどの効果があったとは思えないが、確かに善がり狂った自覚はある。とても良かったぞ、ヒューイ……」
とろりと蕩けた瞳で見つめながら、魔王様は白い指を私の頰に添えた。その色気に囚われてしまう。
混乱する私を見て、魔王様は笑いをこぼした。
「随分と顔が赤いな……そういえば、私のことが好きだというのは本当か?」
「あ、あ、あのっその……ぅう」
魔王様はもう片方の頰に手を添えると、鼻がつきそうなほどに顔を寄せてきた。
あまりの混乱に一度頭が弾けてしまったようだ。意味のある言葉を発せない。魔王様の美しい顔がこんなに近くにあると落ち着かない。
すると魔王様はくつくつと笑い出した。こんなに上機嫌な魔王様はなかなか見ない。ああ笑った顔もとても綺麗だ。私はそうぼんやりと考えた。
「驚いた。普段は冷静なお前がこんなに表情を変えるとは。どうやら私のことが好きなのは本当のようだな」
「も、申し訳ありません……」
私などの劣情で魔王様の心を乱してしまうのが申し訳ない。穴に埋まってしまいたい。俯くと、魔王様は「謝ることはない」と笑いを含んだ声で言い、続けた。
「……そうだ、お前は私にやたらと伴侶を見つけて欲しがっていたな。ならばお前がなれ」
再度頭が弾けてしまう。今魔王様は何と言ったのだろう。わ、私が、魔王、様、の?
固まってしまった私を見て、今度こそ魔王様は腹を抱えて笑いだした。
「何だその顔は」
「え、だ、だって、その……は、んりょ? 私が? ですか?」
「そうだ。ちょうどいいだろう?」
「あ、え、だって、あの、なん、えぇ……?」
突然の展開に頭が理解を拒む。意味のない言葉を口から垂れ流し、ついに何もわからなくなって私は顔を両手で覆った。胸が苦しくて堪らない。
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「くく、ヒューイ。先ほどまで強引に私を責め立てていたお前はどこへ行った?」
「あ、あれは……! そ、それを言うなら魔王様だって……魔王様、だって……」
先ほどまでの情事を思い出し、私は頭が沸騰するかのように思えた。
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失礼なことを考えてしまい、私は慌ててその考えを振り払った。催淫魔法をかけられ正気じゃなかった相手に、なんてことを。
「申し訳ありません、魔王様は催淫魔法をかけられていたの――」
「私は元々ああだ。催淫魔法といえど行為が始まってしまえば大した効果もなかったしな。どうも私は普段と夜では性格が変わるらしい」
絶句してしまった私に、魔王様は楽しそうに笑った。それから少しからかうように続ける。
「なぁヒューイ。番う上で一番大切なものは何だと思う?」
「え、ええと……心が通じ合うか否か、でしょうか……?」
「そうか。私は身体の相性だと思う」
「えっ」
また何も言えなくなってしまった私の髪を、魔王様は掬うようにくしけずった。
「お前は他の誰よりも格段に身体の相性が良い。そもそも、他の者は遠慮をしてなかなか私を組み敷こうとはしないからな。その点お前は良い。あの容赦のない責め方は私好みだ。ならば伴侶にお前を選びたくなるのは当然のこと」
「……そんな、理由で……?」
「身体の相性は重要だろう? 死ぬまでに何度身体を重ねると思っている」
平然と言ってのける魔王様に、私は内心首を傾げた。魔王様は、このような方だっただろうか。
「……あの、魔王様。もしや今まで誰とも婚姻関係を結ばなかったのは……」
「身体の相性の問題だな」
魔王様はあっさりと答えた。私は何度か瞬きをしつつ考え込み、思わず首を傾げてしまった。
そんな問題であるなら、魔王様の伴侶を探している時に感じていた、今までの私の苦い思いは何だったのだろう? ひどい脱力感が私を襲う。
「それがなくとも、お前ならば良いと思っていたのも事実だが。私はお前以上に信頼できる者も、頼りにしている者も、心の通じ合う者もいないと思っている。お前は違うか、ヒューイ?」
不意打ちだった。完全に不意打ちだった。私は嬉しくて仕方なくて、けれどなんて言っていいか分からなくて、ただただ「違いません」と答えた。私の声は、今までにないほど弾んでいた。
「そうだろう? ならば決まりだヒューイ。それに私は、もうお前を離してやれそうにない……んっ」
魔王様は私の身体に手を回すと、口づけをしてきた。情熱的で、身体の芯が熱くなるような口づけを。
蕩けてしまいそうだと思った。唇が離れる時に紡がれる銀の糸すらも艶かしい。
私の腕の中で、とろりと甘く私を見つめる魔王様は美しくて、可愛らしい。魔王様がさらに乱れる姿を思い出して私は、生唾を飲み込んだ。もっと、と求めてしまう私は本当に罪深い。
「ああ……その顔だ。お前のその顔が堪らない」
うっとりと言う魔王様は、婉然と微笑み、私にこう囁いた。
「ヒューイ。催淫魔法がそんなに気になるのなら、効果が切れた今、もう一度するか……?」
魔王様は自らの窄まりを指で開いた。その中から、ぐぷり、と淫靡な水音を立てて私が散々出した白濁が溢れる。
誘うように扇情的なその姿に、理性の箍がまた外れてしまいそうになる。
「魔王様……」
「カノンだ、ヒューイ」
「っ……カノン、様。カノン様は、私だけと約束していただけますか? ……私は、カノン様を愛しています。ずっと、ずっと、誰よりもっ……」
「んっ、はぁんンっ……あ、あぁ……ヒューイ、私は……ァんっ……!」
私は腰を掴んで再び、私の怒張で魔王様の中をこじ開けた。魔王様は答えようとするも、恍惚に身を震わせ艶かしい吐息を漏らす。
私などがおこがましい、そう封印していた思いは、もう抑えられそうもない。魔王様にその封印を解かれてしまった。ならば、責任を取ってもらわなくては困る。
こんな姿を、誰にも見せたくない。私だけ、私だけが知る姿でいてほしい。醜い独占欲が私の心を満たす。
「愛しています、カノン様……私だけ、私だけのものでいてくれますか……?」
「あぁんっ、ァ、ヒューイっ……約束、するっ……お前だけの、ン、ものに、あぅっ、なるからぁ……」
もっとしてくれ、という囁きの色香にやられ、私は残っていた理性を再び手放した。
……その後、今までの色事に対する淡白さは何だったのかと思うほどの速さで、気づけば私は魔王様――否、カノン様の手によって、伴侶の座に収まっていた。
周囲には私の身体ばかり心配されるので、恐らく私が抱かれていると思われているのだろう。私とて、事情を知らなければきっとそう思う。
カノン様は私と一緒になってしばらくの間、かつてないほどに上機嫌だった。あまりにもにこやかだと、見惚れる者が続出するからやめてほしい。
カノン様はそれからというものの、頻繁に私をからかうようになった。
急に愛してると耳元で囁いては満足気になったり、ふとした時に腰を抱かれては顔が赤いぞと笑われたり。
ずっとずっと想ってきた相手なのだから仕方がないでしょう。そう言うと、カノン様は決まって嬉しそうになる。それほどまでに好かれて嬉しくないはずがない、そう言って。
それなのに、夜になると豹変する。それがまた堪らない。
普段は凛として美しいカノン様が、夜は快楽でどろどろに蕩けた顔をして、ヒューイ、ヒューイ、と私の名前を切なげに呼ぶのだ。私の背中に跡をつけて。
私だけが知っているカノン様だ。他の誰にも渡さない。否、渡せるはずがない。
しばらく身体を重ねて、思っていたよりもずっとカノン様は淫らなのだと知った。
だって、私の陰茎をいつもうっとりと眺めるし、強引に押し倒して下に手を伸ばしても、そこはいつだって私の指を嬉しそうに受け入れる。
それから私の白濁を美味しそうに飲み込むし、何なら顔にかかっても恍惚とした表情をする。
もともと私は、罪悪感に押し潰されそうになりながらもカノン様を好きなように扱うことを想像してきた。
だが実際のカノン様は私の想像以上で、それに影響されたのか、私は日に日に登ってはいけない階段を登っているような気がする。
カノン様には、未だ追いつけていないし追いつける気もしない。
けれど、それも悪くないと思えてしまうのは、既にどうしようもないくらいにカノン様に溺れてしまったということだろう。
色々と問題はあるし苦労もある。けれど――この生活が幸せだ、と私は自信を持って言える。
事を終えた後の甘く気怠げな雰囲気の中、カノン様は軽く唇を重ねると、柔らかく微笑んだ。
「ヒューイ、愛してる」
「わ……私も、です」
カノン様はくすりと笑った。
「お前は本当に、普段は生娘のような反応をするな」
「きっ……そ、それを言うなら、カノン様なんて……」
「何だ? 淫乱とでも言いたいのか?」
「そんな……ことは……」
言いながら、先ほどの行為を思い出して私は埋み火のような興奮が再び煽られるのを感じた。
カノン様はそんな私を愛おしげに見つめると、不意に私の猛りに舌を這わせた。
「かっ……カノン、様……」
「ヒューイの顔を見ていたらもう一度したくなった。お前は寝てろ。私が、動くから……」
――そう言われつつも、その日は結局、私の方からがつがつと責め立ててしまった。
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